第11話「リンゴに潜む毒と、未来の王妃の名」①
気がつけば、白亜の宮殿。という名の私にとっての魔王城に通い始めたのが11月。
季節はすっかり巡り、冬を越えて春になっていた。
結婚式まであとわずかに迫ったある日。私は、ずっと心に引っかかっていた場所を訪ねる。
案内されたのは、王宮の奥まった一角にある后妃のサロン。
磨き抜かれた大理石の床に、繊細な金糸で編まれた絨毯。
壁には帝国から取り寄せたタペストリーや香炉が並び、窓辺には季節外れの花が惜しげもなく飾られている。
甘い香りが漂っているはずなのに、胸の奥はひやりと冷えたまま……。
この部屋の主が、にこやかな仮面の下に何を隠しているのか、誰も口に出そうとしないからだ。
温室のような植物の中庭を抜け、一番奥のテーブルへ案内される。
そこにいたのは深紅のドレスを纏い、扇子を手にした后妃。
まるで舞台の中心に立つ女優のように、ただ座っているだけで場の空気を支配していた。
「この度はお茶会にご招待いただきありがとうございます……」
深くカーテンシーをし、ゆっくり顔を上げる。
「后妃様」
「とんでもありませんわ、クローバー公爵令嬢」
口元の笑みは柔らかい。だが瞳の奥には、底知れぬ光がちらついている。
リリアナを始末したのも、私を何度も暗殺しようとしたのも、黒幕はこの人。
一見和やかに始まったお茶会。
けれど出されたケーキや紅茶に毒が混じっていないかと、心臓が跳ねる。
でも、きっと后妃もこう思っているだろう。
『私が、誰にも知らせずに無策でここに来るわけがない』と。
この場で私に手を出す程度の馬鹿だったら、あのエドたちが手玉に取られるわけがないんだ。
私のことなんて、王太子の婚約者という立場に守られたただの公爵令嬢。そう思っているに違いない。
けれど、それは后妃だって同じ。后妃という肩書があるから安全圏に立てるだけ。
それが我慢ならなくて、セシルを利用しようとしてるんだろ。
正直……いうほど策なんて無いんだ。証拠だって無いしな。
でも、訴えられるとしたら……これしかない。
「后妃様。セシルを利用するのを、どうか考え直していただけませんか」
「……ふふ。何を仰っているのか、わたくしにはわかりかねますわ」
にっこり微笑みながら、シュガーポットから角砂糖を二つ、紅茶に落とす。
カラン、と響いた音がやけに冷たく感じる。
声色は柔らかいが、瞳は鋭く、刺すような視線に喉が詰まる。
怯えているのを悟られまいと、紅茶を飲み干し、ケーキを口に運ぶ。
「……この宮廷で生きていくには、『言ってよいこと』と『決して口にしてはならないこと』がございます。
覚えておくとよろしいですわ」
ああ……リリアナなんて、この人の前では子ども騙しにすぎなかったんだ。
きっと、彼女に関わった者は全員、この人に消されてきたんだろう。
「そろそろ次のお妃教育のお時間ではなくて?
本日は楽しいひとときをありがとう存じますわ、クローバー公爵令嬢」
ずっと気になっていた。
終始にこやかなのに、呼び方は一貫して公爵令嬢のまま。
婚約が正式に周知されてもなお、未来の王妃ではなくただの令嬢。
それは、いつでも殺せる存在だと言わんばかりの態度なのか、それとも余裕が無い証なのか。
「そういえば……クローバー公爵令嬢は、リンゴがお好きでしたわね?」
は?リンゴ……?
「今度、とびきりのものを用意しておきますので、またぜひいらしてくださいね」
……!!!
まだ婚約が周囲に知られる前、リンゴを使った暗殺未遂があった。
あの時は、たまたま加熱して毒が無効化されたから助かったけれど……。
これって、黒幕は自分だと宣言してるようなものじゃないか!
それとも、相手にもならないと確信しているからこそ、わざと匂わせているのか。
背筋に氷が走る。落ち着け。顔に出すな。
「それは楽しみです。ご用意いただける日を心待ちにしております」
笑え。絶対に怯えた顔は見せるな。
一瞬でも『負け』を認めたような表情をしたら、そこで終わりだ!
退出のために席を立った瞬間、后妃は扇子を口元に当て、ふっと瞳だけを細めた。
「……未来の王妃殿下。どうか、その座を大切になさって」
っ……!
この人……ぬけぬけと、よく言えるな!
「本日は大変勉強になりました。今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
背を向け、出口へと歩く。
ゆるりと扇子を閉じる音が、やけに大きく響いた。
「神に愛されたクローバー家……とは、よく言ったものね」
アリエルが去った後、庭園の主が一人呟く。
アストリア王国で実しやかに囁かれる、クローバー家の異名。
あんなのはただの伝承、誰もが都市伝説だと笑う。だが、もし本当だったら?
卓上の紅茶。
角砂糖を落としていたカップを持ち上げ、隣の植木へと傾ける。
さらさらと溶け残りが流れ落ちた途端、草花がみるみる黒ずみ、萎れ、枯れ果てていく。
后妃は満足げに微笑み、手元のシュガーポットを侍女に渡した。
「処分しておいてちょうだい」
侍女は中身を悟り、震える手で受け取ると、深く頭を下げて下がった。
「新しいお茶もお願いできるかしら」
やがて新しい紅茶が運ばれる。后妃は一口含み、ゆっくりと目を閉じた。
「……わたくしの可愛いセシル。もう少しよ」
慈愛に満ちた母の顔で、遠くを見つめていた。
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