第10話「二つの王冠、跪いた王太子」①
「ユリオス……お前は今後の展開をどう読む?」
馬車の中で問いかけると、ユリオスの顔が一瞬曇った。
「近く発表されますが、皇女が第一皇位継承権を得ることになります」
「それだけか?」
考えを手繰るようにユリオスは目を伏せ、低く言葉を落とす。
「我が国との、同君連合が狙いである可能性があります」
「……何だと?」
その言葉が出た瞬間、車内の空気が変わる。
同君連合。一人の君主が複数の国の王位を同時に継承すること。
史書で読む冷たい語句が、今、眼前に現実味を帯びる。
いや。可能な人物が、この国に一人だけいる。
「セシルか……!」
「もし、帝国の皇女とセシル殿下の婚姻が成立すれば、お二人の御子は我が国の王位継承権と、帝国の皇位継承権……つまり、両国の継承権を持つことになります。
形式上は共有された王冠ですが、実態は帝国がアストリアを取り込む口実になりかねません」
ユリオスの声には冷静さがあるが、その瞳は引き締まっていた。
「両国の国民が納得するだろうか」
アストリアと帝国は言語や文化が近しくとも、法も習慣も国益も違う。ユリオスの言葉が胸に刺さる。
「形式上は同君連合ですが、実質は帝国に飲み込まれる危険性が高いでしょう」
「……他国の前例と照らし合わせてもか?」
「恒久的に同君連合が成功した国家は、歴史上二国のみです」
「たった二国……」
「二国共に、新たな国を建国するという形で」
セシルを媒介にして帝国はアストリアを従属させられる。
両国の王冠が同時に彼の頭上に置かれる。その意味は、希望か、それとも戦乱の火種か。
アストリア王国だけでなく帝国まで巻き込み、セシルの頭上に二つの王冠を乗せることを望むとは。
なんということを考えるんだ……
背筋が冷たくなるのを感じた。
后妃の狙いを思えば……答えは後者に傾く。
元々血の気の多い帝国だ。アストリア王国が巻き込まれる可能性の方が高い。
隣国はもちろん、その他の諸外国も納得するとは到底思えん。
下手をしたら一触即発、そのまま戦争にすら……。
「殿下……唯一、同君連合を防ぐ手段があります」
「……何だ。言ってみろ」
声に、多少の苛立ちと期待が混じる。ユリオスは目を伏せ、短く息を吐いた。
「殿下ご自身の婚姻を前倒しにするのです。
公的な立場を先に固めてしまえば、セシル殿下を未来の架け橋として祭り上げる余地を減らせます」
ユリオスの瞳に一瞬、迷いと悲しみの色が見えたが、やがて覚悟を固めた声で言った。
「ただし、もう一つ条件があります」
「なんだ?」
「弔問にはセシルも同行させますわ」
后妃の柔らかい声音に、議場は凍り付いた。
滅多に姿を見せないはずの后妃が、ここで発言するなど。
「当然ですわ。セシルは薨去された皇太子殿下と遠縁にあたります。これ以上の適任はございません」
一見すれば筋が通っている。
だが実際には、これは弔問を装った帝国への『顔見せ』に過ぎない。
「それならば、従兄であるエドガー殿下の方が適任では?」
「まぁ!結婚を控えているエドガー殿下を国外に向かわせるなど……
王国の叡智ともいわれるルーメン公爵閣下らしくありませんわね」
后妃の扇が揺れ、場の空気を掌握する。
彼女の言葉を受け、ヴァレンシュタイン公爵までが静かに頷いた。
「后妃殿下の御心のままに」
……最悪だ。
后妃とヴァレンシュタイン公爵が既に手を組み、帝国と密約を交わしている可能性まで考えなければならない。
セシルは両国の未来の架け橋として祭り上げられながら、実際は人質同然にされてしまうだろう。
セシルにだけは母親としての情があると思っていた。
それすらも、俺の甘い幻想だったのか。
議場は后妃の一言で結論づけられ、散会となった。
唇を噛みながら、俺は彼女を初めて恐ろしいと心底思った。
宮殿内の庭園。
いつからか、父上と二人で話す時は必ずここを選ぶようになっていた。
「……ふむ。同君連合か。厄介な話だ」
吐息混じりの声。
俺はその沈黙を裂くように言った。
「父上。アリエルとの結婚を、早める許可を頂けませんか」
決意を告げると、父の眼差しが鋭くなる。
あの時、この場で父にリエルとの婚約を望むと伝えたのが、もう遠い昔のように思えた。
「……いつにするつもりだ」
「4月1日です」
「半年以上も早めるのか。……アリエル嬢には?」
「……それは……っ」
リエルは、怒るだろうか。
彼女の気持ちを無視して、政治のために話を進めようとする俺を。
「わたくしが、アリエル嬢の支度に付きますわ」
不意に母上が口を開いた。
「母上!」
「問題ないのか……?」
父上の問いに、母上は扇で口元を隠し、凛とした声で応じる。
「間に合わせますわ。陛下が一番ご存じでしょう?」
揺るぎない言葉に、胸が熱くなる。
「エド。あなたはアリエル嬢のもとへ戻りなさい」
「……!」
「きちんと話すのよ」
母上の眼差しは厳しく、けれど確かな信頼を帯びていた。
「……感謝します」
拳を強く握る。
俺はまだ、王太子としても男としても未熟だ。
王である父上、王妃である母上の力を借りなければ弟も未来の妻も守れない。
けれど、必ず守る。
そう胸に誓いながら、踵を返して公爵邸へ戻る馬車に乗り込んだ。
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