第9話「初めての刺繡と贈り物」①
「明日の顕現祭、エドガー殿下への贈り物の用意は済んでいるの?」
母の何気ない一言に、私は思わず首を傾げた。
「?贈り物?って、なんのことですか?」
「……えっ」
どうせ明後日からまたお妃教育が再開されるし、エドはなんだかんだ理由をつけて会いに来るんだろう……くらいに考えていた矢先。
次の瞬間、母の顔が固まった。
「まさか……顕現祭を知らないの!?」
「……けん……げんさい……?」
「!!?」
侍女たちも青ざめ、部屋の空気が一気に張り詰める。
どうやらこの世界では『神の力・光が現れる日』として、冬季休暇の最終日に贈り物を交換する習慣があるらしい。
つまり明日、贈り物を用意していないと大変なことになる。
「ど、どうしよう!?今から買いに……」
「もう夜よ!どこも店仕舞いしているわ……」
わたわたする私を落ち着かせるように、母が静かに告げる。
「……せっかくだから、刺繍になさい」
「刺繍!?」
母の指示で屋敷にある刺繍道具が運ばれ、針と糸を取り出して布を広げる。
「内視鏡の魔術師とまで言われた私の手にかかれば!刺繍くらい!!」
※誰もそんなことは言ってない。
ぶつぶつ自分に言い聞かせながら針を進める。
けれど現実は甘くなかった。
……っ、穿刺針より扱い難しいんだけど!?どういうこと!?
うわぁぁぁ!!せめて丸針があれば!誰か丸針持ってこーーい!!
「お嬢様、もうお休みになられては……」
「ありがとう。もう少し頑張ってみるよ。みんなは休んで大丈夫だから」
薄暗いランプの灯りの下、針と糸を握る手は止まらないまま、日が昇り始めた。
母の予告通り、『顕現祭』とやらに合わせてやってきたエドに、何やら重厚な箱を渡される。
「顕現祭の贈り物だよ。受け取ってもらえるかな」
差し出された紫色の小箱を恐る恐る開けると、そこには小粒のサファイアが嵌め込まれた、控えめで美しいイヤリングが並んでいた。
深い青がランプの灯りを受けてきらりと揺れ、まるで夜空に浮かぶ星のように光る。
「……思ったより、控えめ」
思わず呟いた声に、エドが微かに笑みを浮かべる。
「これなら、毎日身に着けられるかな?」
「うん……どうかな、似合う?」
気恥ずかしさに頬が熱くなりながらも、箱から取り出して耳に当ててみせる。
聞かなくても、彼の表情を見た瞬間に答えなんてわかりきっているのに。
氷青色の瞳が優しく細められて、胸がどきりと跳ねる。
「エド、私からも。これ……」
今まで色々なものをもらってきたのに、初めて贈るのが手作りのハンカチだなんて。
自信のなさに手が震える。
開けられた瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
「……リエルが、これを?」
「顕現祭のこと忘れてて……エドがくれたイヤリングに対して、なんか申し訳ないんだけど……」
白地の布に、四隅へ小さなクローバー。そして角には金糸で縫い込まれた『E』の文字。
眠気と戦いながら徹夜で仕上げた、私なりの精一杯。
言い訳がましく呟いたその時、ふいにエドの口元に笑みが零れる。
「これほど美しい刺繍を、俺は見たことがない」
「ぷっ。大袈裟すぎるって」
「使うのが躊躇われるな」
「後半は慣れてきて、イニシャルはなかなか上手くいったんじゃないかと思うけどさ」
真剣な瞳に見つめられ、どうしようもなく顔が熱を帯びる。
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