第8話「后妃の冷たい微笑み」③
「あ、結婚したらさ。なるべく食事は一緒に摂ろうよ」
よいことを思いついた!みたいなノリで口にしたけれど、冷静に考えるとまるで『毎日毎食、一緒に食事がしたい』と言っているようで……。
急に顔が熱くなる。
「それは、毎日の食事が楽しみだな」
「っ……うん……」
さらりと返された一言に、かえって胸が締めつけられる。
視線を逸らして口を尖らせていると、扉の外から控えめな声がかかった。
「殿下、そろそろ祝宴の準備が整いました」
すぐにエドが立ち上がり、私へ手を差し伸べられ。
「行こうか」
差し出された掌を取ると、強くも優しく握り返され、心臓の鼓動が一気に速くなる。
また人前か。胃が痛い。
重厚な扉の前に立つと、控えていた近衛がゆっくりと押し開けた。
外から流れ込んでくる音楽が、ふいに一段と高らかに響き渡る。
煌めく光とざわめきが溢れ出し、次の瞬間には会場全体の空気がすっと引き締まった。
大広間に注がれる無数の視線。幾百もの眼差しが、まるで波のように押し寄せてくる。
足がすくみそうになる。だが隣を歩くエドは、堂々とした微笑みでまっすぐ前を向いていた。
大きな掌に導かれ、一歩、また一歩と進む。
「大丈夫だよ」
小さく囁かれたその声。
なんだかんだで、やっぱりちゃんと王太子なんだよな。
こういう場では、本当に頼りになる。
エドの存在が確かに支えとなり、ぎこちなくも前へと足を踏み出した。
夜も更け、外はしんと静まり返っていた。
王宮を後にし、揺れる馬車の中で向かい合うのは、私とエド、ただ二人きり。
ランプの炎が小さく揺れ、窓の外には凍りつくような冬の闇が果てしなく広がっている。
けれどその冷たさとは裏腹に、馬車の中は不思議と温かかった。きっと彼の隣にいるせいだ。
「今日は本当にお疲れさま」
「……うん。二日連続とか、明日は爆睡する自信がある……」
自然と漏れた本音に、彼は柔らかく目を細めて微笑む。
「俺はね、例年よりもずっと楽しかったよ」
あっさりと告げられたその言葉が胸に沁み、思わず視線を落とす。
瞼がじんわり重くなっていくのを誤魔化そうと、慌てて首を振った。
けれど次の瞬間、肩口に温もりが触れた。
「……眠いなら、少し休め」
「でも……」
「大丈夫。公爵邸に着いたら起こす」
優しい声に抗えず、そっと身を委ねる。
硬いはずの馬車の座席なのに、彼の肩に寄りかかると羽毛のように心地よかった。
どれくらい目を閉じていただろう。
馬車が停まる気配に、はっと目を開けると、公爵邸の門が目の前に迫っていた。
「……リエル、起きられるかな」
耳元に囁く低い声とともに、髪を撫でる指先。
頬に広がる熱を誤魔化すように、慌てて体を起こした。
「リエル」
馬車を降りる間際、額にそっと落とされた口づけに心臓が跳ね上がる。
数秒見つめ合い、どちらからともなく瞳を閉じ、今度は唇を重ねた。
「リエル……そろそろ戻らないと、攫ってしまうよ」
「……うん……」
馬車から降り、屋敷に駆け込む私の背を、エドは窓越しに静かに見送っていた。
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