第6話「雪の聖夜に抱きしめられて」②
っっっ一生の不覚!!
アリエル自身が昨年の聖夜祭でどれほどショックを受けていたか、記憶を通して知っていた。
でも、まさかその感情にここまで自分自身が引っ張られるなんて。
なに膝に抱えられて大人しく会場入りしてんだよ私!
マントを外してくれるエドは、なぜか少し嬉しそうだし……
大広間の扉がゆるやかに開かれると、そこは光の海だった。
高い天井からは無数の燭台が降り注ぎ、磨かれた大理石の床に反射して星空のように瞬く。
壁には冬の花を編み込んだリース、聖夜を象徴する星々の飾り。
視線を巡らせれば、絢爛な衣装に身を包んだ貴族たちがずらりと並び、その存在感に息が詰まる。
「王太子殿下、アリエル公爵令嬢、ご入場にございます!」
侍従の張り上げた声に、波のようにざわめきが広がっていく。
刺すような視線が重なり、胸の奥がきゅっと縮む。
落ち着け。去年とは違う。
今は隣にエドがいる。
手袋越しに触れる確かな温もりが、ほんのわずかな勇気をくれる。
やがて会場の奥、王と王妃が座す玉座の前へと導かれる。
壇上に立つ聖職者が厳かな祈りを唱え始めた。
「この聖夜に感謝を。国と民に祝福を」
列席者は一斉に頭を垂れる。
……どうせ今日も深夜まで踊り明かすんだろ。
貴族ってパリピかよ、なんて最初は思っていたけれど。
予想外に厳かな空気に、少し場違いな気持ちになってしまう。
祈りが終わると、王が立ち上がり、開宴の声を響かせた。
「さあ、皆で聖夜を祝おう」
その一言を合図に、楽師たちの奏でる音が広間いっぱいに広がる。
円卓に案内され、晩餐が始まった。
銀の皿に並ぶ前菜、香ばしい魚料理、肉料理の芳しい香り。
笑い声と音楽に包まれる中、目の前に次々と煌びやかな皿が置かれていく。
公爵家での食事だって十分立派なのに、ここは桁が違う。
食器一つとっても芸術品のようで、手が震えそうになる。
お妃教育で叩き込まれたマナーを反芻しながらスープを口に運ぶが、正直味は頭に入ってこない。
隣を見ると、エドは慣れた手つきで、流れるように食事を進めている。
付け焼刃の私の動きとは違って、自然体のまま場に溶け込み、ただそこにいるだけで『王太子』だった。
あぁ、本物だな……と、改めて実感する。
私の視線に気付いたエドが、唇を寄せて囁いた。
「口に合わない?」
「ぜ、全然!美味しい……と思うよ!?」
慌てて答える私に、くすりと笑って続ける。
「私は、二人で食べた屋台の串焼きの方が好きだな」
「ぷっ……確かに!あれはまた食べたいね」
予想外の言葉に思わず吹き出す。
視線を交わすだけで胸の緊張がほどけていき、次に口にしたスープは不思議と優しい味がした。
ほんの一年。
隣にいる相手が違うだけで、こんなにも世界が変わるなんて。
エドの手に導かれ、広間の中央へと進み出る。
一斉に視線が注がれる。
けれど、不思議と足は震えなかった。
「……大丈夫だ」
耳元で囁かれた低い声が、胸の震えを少しずつ和らげていく。
楽師の弦が高らかに響き渡り、舞曲が始まった。
次の瞬間、エドの腕に腰を支えられ、軽やかに身体が回る。
裾が広がり、サファイアのような光が弾けた。
あ……踊れてる……
氷青の瞳が真っすぐに私だけを映している。
その視線に絡め取られ、周囲の喧騒が遠のいていく。
「……まいったな」
「ん?」
「見とれてしまい、ステップを飛ばしそうだ」
こっちは必死なんだよ!?なんでそんな恥ずかしいことを真顔で言うんだよ!
「……困る。私が間違えたら、誰がフォローするんだよ」
息を合わせるたび、恐怖は消え、音楽の終わりと共に最後のステップ。
抱き寄せられたまま、熱を帯びた視線を交わし、深く息を吐く。
曲が終わると同時に、嵐のような拍手が押し寄せた。
その視線を浴びながら、ただ願う。
このまま会場を後にできたなら、どんなに楽だろうか。
けれど、舞踏会の夜はまだ始まったばかりだった。
「アリエル公爵令嬢、次はぜひ私と」
一人目の声がかかる。続いて、二人目、三人目……。
次々に差し出される手の数に、思わず息を呑む。
な、なんだよこれ!?
人生で三回は訪れるって聞いたモテ期か!?
まさかの、今がそれなのか!?
……やっぱり断れないよね、こういうの。
去年は誘われることすらなく、陰口を浴びるばかりだったのに。
それが今年は、王太子の婚約者になったという肩書一つで、この変わりよう。
いやいや、待て……この中の誰か、いや複数は確実に、あの時アリエルの悪口言ってた連中だろ!?
内心で毒づきつつも、どう返すべきか迷って視線をさまよわせる。
「……っ」
差し出された手を、別の大きな手が静かに制した。
エドが一歩前に出て、広間の空気をさらうように声を放つ。
「申し訳ない。アリエル公爵令嬢は体調が優れぬようだ。
今宵のご厚意は遠慮させていただきたい」
低く落ち着いた声。強い拒絶ではないけれど、揺るぎない断り方。
その瞬間、広間にざわめきが走った。
相手の貴族も一瞬戸惑ったが、王太子の言葉に逆らえる者などいない。
噂めいた囁きが、あちこちから漏れ聞こえてくる。
……あーあ。
ありがたいけど、また変な目立ち方してるよ、私。
舞踏の喧騒を離れ、案内された控室。
暖炉の火が静かに揺れ、先ほどのざわめきが嘘のように遠い。
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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
※本作には、この物語の前段階にあたるお話しがあります。
ご興味のある方はそちらもご覧いただけると嬉しいです。
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