第5話「私の誕生日、彼の誕生日」②
公爵邸に戻ると、暖かな空気が身体を包み込み、思わずほっと息が漏れた。
屋敷の外は冬の夜気で震えるほど冷えていたから、その温度差に一気に気が緩む。
「リエル、公爵閣下を呼んでもらえるかな」
エドの落ち着いた声に、執事が恭しく頷いて奥へと姿を消す。
私とエドは応接間で待つことになり、ふわりと重厚な扉が開く。
ゆるやかに歩み入ってきたのは父。
いつもと変わらぬ厳格な顔つきに加え、今日は特に威厳を纏って見え、思わず自然と背筋が正された。
「本日は、王太子殿下に我が邸へお越しいただき、祝いの席を共にできることを光栄に存ずる」
「閣下のお心遣いに感謝いたします」
えっ……何その打ち合わせ済みみたいなやり取り!?
聞いてないんだけど!?
エドは落ち着き払った声で応じ、一礼する。
慌てて私も立ち上がり、後に続いた。
「閣下。婚約者として、本日この場で贈り物を捧げたいと存じます」
ちょ、ちょっと待って!?
そんな話、私は一言も聞いてませんけど!?
この人のことだから、とんでもない国宝クラスの品が飛び出す未来しか見えないんだけど!?
エドがコンラートに視線を送ると、彼はすぐさま豪奢な箱を両手に抱えて現れた。
蓋が開かれた瞬間、室内がぱっと明るくなるほど燦然と輝く宝石のネックレスが姿を現す。
「……っ」
息が止まった。
何これ。宝石の粒、一個一個が規格外にデカい……!!
ちょっ……待って。絶対これ、鑑定団に出したら億単位いくやつだろ!?
「アリエル公爵令嬢。王太子として、そして婚約者として、この贈り物を受け取ってほしい」
受け取ってほしいじゃないよ!?
むしろ断固拒否したいんだけど!?
こんなん身に着けられる気がしない。
泥棒入ったらどうすんだよ……セコム入ってる?ジュエリー保険とか必須だろ。
お前、私に首飾り事件でも起こさせる気かよ!
父と母の目線が痛い。
キラッキラした期待の眼差しをやめてくれ!
「ありがたく……頂戴いたします、殿下」
声がかすかに震えていた。
父は一部始終を見届け、満足そうに頷く。
頼む!断れ!!断るんだ!!と心の中で祈ってみるけれど、当然断るわけもなく……。
「王太子殿下のお心遣い、確かに受け取りました」
あぁぁ……受け取っちゃった……。
さっきまで聖夜市で浮かれてたのに、最後にこんな爆弾仕込まれるなんて。
エドも当然のように私の部屋についてくるし。
「リエル……」
扉が閉まると同時に、彼の柔らかな声が耳に届く。
ふわりと肩に羽織らされたのは、紫のストールと同じ色をしたガウンだった。
「……これから寒さも厳しくなる。君がこの冬を無事に越せるように」
あっ……また禁色シリーズ第二弾!?
前回のストールは、何も知らされないまま受け取った結果、婚約内定が決まっちゃったやつじゃん!!
でも、この肌触り。
唯一無二の質感。包まれるだけで心まで温まる……!
しかも今回は全身すっぽり覆える長さ。正直ありがたすぎる。
「……やっぱり似合うと思った。気に入ってくれたかな?」
肩に置かれた手のぬくもり。耳元で響く低い声。
その優しさに、胸が甘く揺れる。
「……ありがと。寒いのは苦手だから、正直これが一番嬉しい」
「それなら良かった」
聖夜市に連れて行ってもらって、宝石までもらって、さらにこのガウン。
今日はもらってばかりだ。
エドを見上げると、彼の手が頬に添えられ、自然と顎が上げられる。
そのまま唇が降りてきて、今までで一番長い口づけ。
そして頬にも瞼にも、おでこにも。容赦なく降り注ぐ。
優しく抱きしめられても、抵抗する気持ちが湧かないのは、きっと聖夜市の余韻とほんのり残った酔い、そして誕生日のせい。
「ねぇ……エドの誕生日も教えてよ。お祝い、するよ」
「俺の誕生日?」
「そう。お返しってわけじゃないけど」
エドは小さく笑い、あっさりと答えた。
「8月15日が楽しみだな」
「へぇ、8月15日か……」
何気なく繰り返した日付。
けれど、その瞬間に頭が真っ白になる。
8月15日……忘れようもない。
西村涼子として29年間、毎年重ねてきた、自分自身の誕生日だ。
「どうかした?」
「……ううん、なんでもない」
確率にして0.27%。
サイコロを四連続で同じ目を出すより低い。
そんな偶然、本当にあるんだろうか。
「……多分、一生忘れない自信あるわ」
偶然かもしれない。
でも、もし違う何かがあるのなら、私の転生にも少しは意味があったんじゃないか。
そんな風に思えた。
「俺も、12月13日は忘れない」
「……約束な?」
名残惜しそうに、もう一度唇が重なった。
ブックマーク、☆☆☆☆☆、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




