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情のかたち

作者: 木鷺
掲載日:2025/11/12

出会いは、小学校四年の春。

親の転勤か何かの都合で転校してきたそいつと、偶然にも隣の席になったのが始まりだった。


クラスの誰よりも明るい茶髪は、転校生という立場を差し引いても目立っていた。まだ子どもらしい残酷さと傲慢さを抱えた男子たちの、格好の標的になっていたのを覚えている。


 


「――遼」


声をかけられて、ぼんやりと漂っていた意識が現在へと引き戻される。裸の胸に片頬を寄せたまま、渚が上目遣いでこちらを見上げていた。

薄い色素の瞳が、眠たげに揺れる。


「なに? どっか痛い?」

「……いや、今日泊まってくの」

「まあ、うん。俺、明日休みだし」


目元にかかる髪を指でよけながら、腕の中でおとなしく横たわる姿を見つめる。ゆるやかに瞬きをして、「ふぅん」と小さく洩らす声には、特別な感情の色はなかった。


「ナギは仕事でしょ」

「うん」

「寝ていいよ。起こすから」

「……うん」


力を抜いた渚を抱き直し、汗の残る背を撫でながら、閉じられた瞼に口づけを落とす。抱き慣れた温もりと、ほのかに甘い肌の匂いが、いつだって不思議と安心させた。


 


二十年。情と習慣で、ずるずると続いてきたこの関係に、ぴたりと当てはまる言葉はない。

強いて言えば――腐れ縁、なのだろう。


互いに恋人ができて離れた時期もあった。

くだらないことで喧嘩して、一年ほど音信不通だったこともある。それでも結局は、いつの間にかまた抱き合って、体温を分け合って眠っていた。


別に示し合わせたわけではない。けれど、地元が同じで、今近くに住んでいるのは俺たちだけだった。


地元はそれなりに人間関係の狭い田舎で、家族ぐるみの付き合いがある。俺らが安否を確認し合っておけば、それだけで互いの家族が安心する。そんな言い訳を並べながら、ずるずると共にいた。


けれど、そろそろ潮時だ。

そう感じているのは、きっと同じだろう。


 


今年で三十歳を迎えた俺たちが生涯を共にすることは、多分、ない。


食の好みも、趣味も、笑うツボさえも似ている。一緒に過ごす時間はこの上なく楽で、何があってもこいつとなら何とかなるだろうという信頼もある。

実際、俺が事故に遭った時も、渚が風邪を拗らせて入院した時も、互いに緊急連絡先として登録していたくらいだ。


けれど、何故だか人生の舵を切る方向だけはどうしても交わらない。いつか子どもを連れて地元に戻りたい俺と、子どもも地元も好きじゃない渚。その話になるたびに、俺たちはいつも平行線のままだった。


 


「いい加減どちらかが折れて、一緒になればいいのに」


言うだけなら簡単だ。実際、俺たちの関係を知る友人に呆れ半分でそう言われたこともある。それでも、それはなんだか違うのだ。


くだらない意地といえばそれまで。だけどお互いの譲れないところをこれまで何度も上手く擦り合わせてきた。だからこそ、それが“最善”なんだろうと考えたこともあった。


それなのに、こればかりはダメなのだ。俺が折れれば渚は引け目を感じるだろうし、渚が折れてくれたとしても、俺はいつか必ず後悔する。この予感は、残念ながら外れない。


人生の半分以上を共に過ごしてきた相手の手を離すのは、半身をもがれるような喪失感に近い。それでも、きっといつかはそうしなければならない。胸の奥が静かに軋む音を聴きながら、俺はそっと目を閉じた。


 


朝方、カーテンの隙間から差し込んだ光が、渚の頬を照らしている。眠りの浅い俺はいつものようにその横顔をぼんやりと眺めていた。


細い首筋。

寝返りのたびにかすかに乱れる呼吸。


この光景を何度繰り返してきただろうと考えると、胸の奥がじんと熱を帯びる。触れれば壊れてしまいそうで、けれど離すのも惜しくて、指先が迷子のようにシーツの上を彷徨った。


やがて、渚がゆっくりと目を開ける。薄明かりの中でその瞳がこちらを見つめた瞬間、確かに何かが終わった気がした。なにかを諦めているような、もう分かっているとても言いたげな――そういう目だった。


「……起きてたんだ」

「うん。少し前から」

「早いね」

「寝れなかっただけ」


短いやり取りのあと、沈黙が落ちる。

カーテンが揺れて、冬の朝の冷たい空気が肌を撫でた。


 


「ねぇ、遼」

「ん?」

「もし、あんたが結婚するって言ったら……ちゃんと祝うから」


不意に出たその言葉が、思っていたよりも深く胸に刺さった。ああ、これが“終わり”なんだと、静かに理解する。


「……そっちこそ」


声がかすれ、言葉が途切れる。それ以上、何も言えなかった。言葉を重ねれば、どちらかが泣いてしまう気がした。


渚がゆっくりと笑って、俺の頬に手を伸ばす。

これまで何度も触れてきた仕草なのにどこか違って、やさしすぎて、まるで別れのあいさつみたいだった。


「……あったか」

「お前の手が冷たいだけだろ」


そう言って笑ってみせると、渚は少しだけ目を細めた。そのまま俺の胸に顔を埋めて、何も言わなくなった。


窓の外では、鳥の声が遠くで響いていた。いつもと変わらない朝なのに、何もかもが今日を境に少しずつ遠ざかっていくような気がした。

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