第4話 PURE ORDER
そして、現在。
龍一は久しぶりに殺人鬼「ドクター・フォーチュン」として、頭をフル回転させたので、心地良い頭脳の疲労感に浸りながら、ゆったりと肘掛け椅子に座り、クラシック音楽を聴いている。
ノートにまとめた、ターゲットの七人の情報を、あらためて確認する。龍一による簡単なメモが入っているが、実際には、さらにこれ以上の情報を掴んでいる。
彼らは荒井をリーダーとする排外主義グループ「PURE ORDER」の幹部達だ。
※ ※ ※
荒井 悠真— 男性/17歳/自分のクラス(2-B)
PURE ORDERのリーダー。冷静沈着で、論理的に物事を組み立てる知能犯タイプ。表向きは成績優秀で模範生。
佐伯 拓海— 男性/18歳/他クラス(3-A)
サブリーダー。親は有力な極右政治家。権力・コネでしょっちゅう暴力事件の揉み消しを図っている。傲慢で威圧的な性格。
加藤 蓮— 男性/17歳/自分のクラス(2-B)
特攻隊長的存在。粗暴で短気、現場で力を振るうことを厭わないタイプ。荒井を盲目的に信奉している。
中村 奏太— 男性/16歳/他クラス(2-C)
IT関係に精通している。PURE ORDERにおいて、SNS等を担当している。成績は意外と中の上くらいで、あまり目立たないタイプだが、頭脳の回転は早い。
藤原 美緒— 女性/17歳/自分のクラス(2-B)
社交性が高いPURE ORDERの「顔」。表向きは学校内の人気者だが実際は冷酷。荒井の恋人でもある。
早瀬 絵里香— 女性/16歳/他クラス(2-D)
内気で従順。圧に屈して加担してしまうタイプ。佐伯の女。佐伯からは常にモラハラを受けているとのこと。
森山 可奈— 女性/17歳/他クラス(3-C)
情報拡散・煽動が得意な裏アカ女子。自己顕示欲が強いタイプ。
※ ※ ※
一般の不良グループとはまた異なる思想信条のもとに結成された連中で、基本的には素行は問題ないのだが、こと外国人が相手となると途端に残忍な性質を露わにする。
「さて、誰の運命を動かそうか」
冷たい微笑みを浮かべながら、龍一は、七人の名前を次々と指さし、最初に処刑するターゲットを選んでいく。
その指が、ピタリと止まった。
「君だ。君にしよう」
クックッ、と龍一は笑い声を上げる。ちょうど流れている音楽が盛り上がりを迎えるところで、龍一の笑い声もまた高まり、やがて室内に響き渡るほどの大きな声で、愉快そうに笑うのであった。
※ ※ ※
翌日、PURE ORDERの幹部七人は、荒井の緊急招集を受けて、屋上に集結した。
学校の屋上は、ふだんは鍵がかかっているので、生徒はおろか教師でも入ることは出来ない。しかし、サブリーダーの佐伯は権力者の息子であり、学校にも常々圧力をかけている。屋上の鍵を手に入れることは造作もない。
(や、やだなあ……)
絵里香は、早くもおどおどしながら、屋上へと続く階段を上っていく。
どうして自分がPURE ORDERの幹部に組みこまれているのか、よくわかっていない。成績は凡庸で、見た目も凡庸、外国人排斥にしても積極的に活動をしているわけではなく、ただ不良外国人が増えるのは怖いな、と思っている程度なので、そもそもPURE ORDERに所属するほどではない。
にもかかわらず、幹部の一人になっているのは、おそらく「ご主人様」である佐伯の意向だろう。
佐伯は、常に絵里香のことを支配下に置き、絵里香をコントロールすることで自分の強さをアピールしたい、と考えているようだ。言葉の端々から、そういう意図を感じる。だから、他の幹部達に見せつけるために、あえて自分を側に置いているに違いない。そうでなければ、幹部の一人とされている説明がつかない。
屋上に出ると、清々しい青空と、臨海市の都市風景、そして遠くの水平線が、一挙に目に飛び込んできた。
フェンスの近くに、すでに他の六人は集まっている。
「あ、あの、遅れて、ごめんなさい。そ、その」
集合時間には間に合っているが、それでも、謝っておく必要がある。絵里香はいつでもご主人様の佐伯よりも遅くに来てはいけないのである。
突然、顔面に、佐伯の拳がめり込んだ。
ものすごい力で殴り飛ばされた絵里香は、横っ飛びに吹っ飛び、転がり倒れる。ヨロヨロと身を起こすと、鼻から血がボタボタとこぼれ落ちた。口の中も鉄の味がする。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
壊れた機械のように、何度も繰り返し謝罪の言葉を述べる。
そんな絵里香を無視して、佐伯は、荒井のほうを見た。
「で? このウスノロが来たんだ、そろそろ説明してくれや。俺達をわざわざ呼び出した理由を」
荒井はフッと微笑みを浮かべた。白い肌に、甘いマスク。美少年との評判も高い彼は、その容姿だけで圧倒的大多数の信頼を勝ち取っている。その見た目の麗しさに加えて、放つ言葉も穏やかで知性に溢れているため、彼に心酔している人間は数多くいる。
「先日、うちの担任の高峰君が、僕のことを探しに来たようだ」
自分より年上で、立場も上のはずの高峰のことを、「高峰先生」ではなく「高峰君」と呼ぶ。もちろん、本人の前ではそんな呼び方はしない。あくまでも仲間内での呼称だ。
「タイミング的に、あのインド人の女の子を『処刑』した、すぐ後だから、気になってね。みんなはどう思う?」
「考えすぎよ。高峰なんかに、気付かれるようなヘマはしてないし」
金に染めたロングヘアをいじりながら、裏アカ女子の森山可奈が、肩をすくめた。彼女はSNSを使っての煽動が上手い。臨海市におけるインド人ヘイトの過熱化は、ほとんど彼女の暗躍があってのことだ。そんな彼女は、自身の情報の取り扱いには注意しているので、裏アカが教師にバレることは決してない、と常に主張している。
「俺達の計画は完璧だ。万が一はあり得ない」
中村奏太。森山可奈が、PURE ORDERにおける裏のSNS担当なら、中村は表のSNS担当。眼鏡の奥の知性溢れる鋭い目は、常に手元のスマートフォンの画面へと向けられている。一度も、荒井のことを見ない。
「しょうーがねーなあ! リーダー! 高峰が心配だって言うなら、俺がぶっ壊してやるぜ! なんかしようって思えねえほど、グチャグチャに!」
特攻隊長の加藤蓮が、興奮して血走った目を向けながら、ビクンビクンと体を震わせている。ここへ来る前に、「何か」をキメてきたようだ。目の焦点が合っていない。
「まあ、みんな、落ち着いてよ。いまの状態だと、高峰が気付いてるのか、そうじゃないのか、何もわからないじゃない。まずは探りを入れないと」
荒井の恋人である藤原美緒が割って入り、冷静な意見を述べてきたが、それに対して佐伯はフンッと鼻を鳴らした。
「生ぬるいんだよ。これまでも、怪しいやつは早め早めに潰してきたじゃねえか。俺は荒井の勘を信じるぜ。高峰はどこか得体の知れねえところがあるしな」
「じゃあ、やっぱ、俺の出番だあ!」
ヒャッハア! と加藤が嬉しそうに声を上げた。
そんな風に、みんなそれぞれ、異なる発言をする中で、荒井はスッと手を上げた。まるで、指揮者が、楽団の演奏を巧みにコントロールするかのように。
「僕が直接、高峰君と話をしよう」
え⁉ と全員驚きの声を上げ、荒井の顔を見つめる。
危険すぎる。荒井は頭が切れるが、一方で高峰も相当賢いと評判の教師だ。もしも、何か勘付いているのだとしたら、下手な接触により一気に綻びが出てしまうかもしれない。少なくとも、黙ってみんなの意見を聞いていた絵里香は、そう思った。
「みんなの意見を聞いて、決めたんだ。僕は、美緒の言う『探りを入れる』案に賛成だ。彼を甘く見るでもなく、かといって必要以上に警戒していきなり攻撃するのでもなく、まずは対話で様子を見てみたい」
そう言って、荒井は歩き出した。行動に移すのが早い。
絵里香の横を通過する際、荒井は一旦立ち止まり、ポケットからハンカチを取り出すと、絵里香に手渡してきた。
「これ、血を拭くのに使って」
「え……⁉ えええ……⁉」
面食らっている絵里香を尻目に、再び歩き出した荒井は、あっという間に屋上から出ていくのであった。




