第8話 『食材持込み和食変換サービス、はじめました』
「……で、その気持ち悪い魚を、どうしろと?」
俺は思わず眉をひそめた。
目の前のテーブルには、若い冒険者が差し出した網袋。
中には銀色の鱗とぬめりがぎらつく、牙むき出しの細長い魚──迷宮の地下湖でしか獲れないという“四つ目迷宮魚”が鎮座していた。
……しかも、その名の通り、頭に目が四つも並んでいる。こっちを見てる気がして正直やめてほしい。
「いやあ、これ、どうにか食えるようにならないかなって……」
冒険者は苦笑しながら頭をかく。
隣でフィリーネが鼻をひくつかせ、即座に後ずさる。
「……ちょっと、アンタ。あたしに見せる前にこのぬめり落としなさいよ……生臭い!」
俺は魚をじっと見つめながら、ふと口に出していた。
「……食材持ち込み、調理して提供……」
「は?」
「いや、これ、屋台の新サービスにできるんじゃないか? “持ち込んだ素材を和食に変換”──その名も、食材持込み和食変換サービス!」
「……はははっ、(スンッと真顔になり)アンタとんでもないこと考えつくわね」
フィリーネは呆れ顔だ。
だが、その瞳にはわずかに興味の色が混じっていた。
「でも……そうね。もしアンタの料理でこんな得体の知れない魚が絶品に変わったら……そりゃ噂になるわね」
「だろ?」
「……ま、あたしは毒味役は遠慮するけど」
ツンと顔をそらしながらも、口元はほんのり緩んでいる。やれやれ、このツンデレめ。
さて──問題は、この“四つ目迷宮魚”をどう料理するか、だ。
鱗は硬く、ぬめりは強烈、生臭さは湖底の泥を思わせる。
だが……身の締まり方、光沢のある筋肉質な身質……こいつ、もしかしたら脂も旨味も強いかもしれない。
「……よし、まずはぬめりを落とすところからだ」
俺は包丁を手に、魚と向き合った。
――新しい屋台の未来が、この一尾にかかっている。
静かな裏広場。
木台に魚を載せた瞬間、〈味覚の絶対領域〉がふっと起動した。
『対象:四つ目迷宮魚。
臭み=ぬめり・鰓の血・腹の黒皮・胆汁 → 落とす/捨てる。
危険=目の下の腺・胆嚢 → 必ず除去。
手順=鰓と内臓を外す→尾or鰓から血抜き→冷水で洗う→三枚おろし→黒皮こそげ&皮引き。
火入れ=弱火で短く(沸騰NG)。
香り補正=生姜・葱・柑橘皮。
推奨献立
① 擬似味噌煮(潰し豆+甘味料+香草少量/弱火でふつふつ)
② 甘酢あん(揚げ身→ビール酢+甘味料でからめ)
※肝は苦味強・上級者向け。本件は見送り。』
そして視界の端に、薄い線が走る。
「急所→ここ」「臭腺→ここ」「泥袋→ここ」──最適解体ルートが、淡く発光して浮かび上がる。
(よし、誘導に従う)
まずは締め。
脳天に細刃を落とし即座に動きを止め、鰓弓を切って塩水で血抜き。
(※ 鰓弓: 脊椎動物の発生過程で、咽頭部に現れる弓状の構造で主に頭部や頸部の形成に関与)
血が薄まったところで水を替え、ぬめり対策に粗塩で全身を揉み洗い。
背中に沿って黒ずんだ帯がある。
〈絶対領域〉が「臭腺」と示す。ここを傷つけると湖泥の臭いが身に回る。
背皮を70℃の湯で“霜降り”してから冷水へ。
浮いた灰汁とぬめりをブラシで丁寧に掻き取る。
次に鱗取り。
硬いが薄いタイプなので、包丁の背で尾から頭へ細かく撫で上げる。
腹を浅く開き、肝・胃・腸ごと一塊で摘出。
胆嚢(緑)には触れない。
背骨沿いの血合い溝は流水と竹串で完全に洗い出す。
三枚おろし。
中骨をかわす角度を〈絶対領域〉が微妙に矯正してくる。
「そこ、あと2度」「力を抜け」──指先が勝手に正解へ吸い込まれていく感覚が心地いい。
腹骨をすき、小骨は骨抜きで一本残らず抜去。
皮目は強いので、皮付きのままと湯引きで皮を縮めた片を二手に分ける。
ここで擬似味噌を仕立てる。
昨日煮て潰しておいた大豆代替に、塩、少量の甘味料、香草粉をひとつまみ。
なめらかにすり合わせ、昆布出汁でのばして「味噌床」に。
香りは幼いが、甘香ばしい“味噌の雛形”ができた。
別鍋ではビール的飲料を弱火で煮詰める。
泡が落ちて酸味と麦の香りだけが残るところへ甘味料と塩少々。
軽くとろみがついたら新生「甘酢」の完成だ。
一皿目:迷宮魚の“味噌煮風”
切り身を湯引きして霜降り。
鍋に昆布出汁+擬似味噌を溶き、ゆるく沸かす。
身を入れ、煮立たせない温度でじっくり含ませる。
煮汁を数回かけ回し、表面がつやりとしたら火を止めて一呼吸置く。
蓋を開けた瞬間、湖の生臭さは消え、香ばしい豆味噌の甘塩と皮目のゼラチン質の香りが立つ。
箸で押すと、身は層を保ったまましっとり割れる。
若い冒険者がごくりと喉を鳴らし、一口。
目が見開き、肩がふっと落ちた。
「……う、うま……! 泥の臭いがしねぇ……甘さと深い味わい……!」
ふと横にいたエルフ嬢を見やるとおいおい、よだれ垂らしそうだぞ......ふはっ!
〔調理スキル経験値+180(未知食材の最適解体・下処理)〕
〔累計経験値:1,380〕
「べ、別にあたしも食べたいなんて思ってないんだから!ただ、どんな味なのかなって思ってただけよ」
(どんな味か知りたい...それが食べたいって事なんだよ、ツンデレエルフさんよ)
言葉に出すとツンデレ返しが来て調理が進まなくなりそうだなと思い心の中でツッコむに留めた俺。
さて、お次は...
二皿目:皮カリ甘酢焼き
皮付きの切り身に塩をぱらり。
フライパンを温め、油をひかず皮から弱中火でじっくり焼く。
皮がパリッと音を立てたら返し、余分な脂を拭って煮詰め甘酢を回しかける。
火を落とし、煮詰めながら照りを纏わせ、最後に鍋を揺すって全体に絡める。
皿に盛ると、飴色の薄い膜が光を弾き、皮はガラスのように薄く硬質に鳴る。
冒険者が恐る恐るひとかじり──
「……は? カリッ……じゅわ……! な、なんだこの酸っぱ甘いの……止まらねぇ!」
今度は隣のフィリーネに一口分を小皿に取り分け渡してみた。
無言で受け取りそっぽを向いてその一口分を口に入れる。
皮のカリッに肩が跳ね、頬がほどける。
「……っ! こ、これ……好き……じゃない、けど! いや、好き……でも...好きじゃない……?」
(なんで疑問系なんだよ、とツッコみたいところを華麗にスルーして)
「気に入ったみたいだな」
「もっと...ごにょごにょ」
「え!?なんて?」
「もっと!食べさせてちょうだい!」
(顔も耳も真っ赤だ、ふふ素直じゃねぇか)
〔感応成長の器:冒険者の感動+120〕
〔累計経験値:1,500〕
〔感応成長の器:フィリーネの心が大きく揺れました+100〕
〔累計経験値:1,600〕
「決まりだな」
俺は包丁を拭いながら笑う。
「“食材持込み和食変換”、正式メニュー化。
未知の迷宮魚でも──捌きと下処理と火加減で、ちゃんと“旨い”に変えられる」
フィリーネはツンと横を向きつつ、耳までほんのり赤い。
「……べ、別にアンタの企画力に感心したわけじゃないけど。
その……次に変換する食材、私が持って来てあげてもいいわよ」
その言葉に、四つの目を持つ不気味な迷宮魚は、もうただの“素材”に見えた。
そしてその一連の噂話しは徐々に広がりを見せ、屋台の前には、いつの間にか「変換」を頼みたい顔ぶれが、ぽつぽつと集まりはじめていた。
翌朝――人通りの少ない裏通りの屋台前。
俺はフィリーネと買い物したとき、こっそり手に入れておいた木札と、異世界版の習字道具──太い穂先の筆と、墨代わりの濃色インク壺──を屋台の脇に置いた。
「……さて、久々に腕を見せるか」
腰を落とし、筆を握る。
呼吸を整え、一画目の起筆に魂を込める。
流れるように筆が走り、力強くも品のある線が木札の上に刻まれていく。
【素材持込み和食変換サービス、はじめました】
最後の払いでインクが小さく跳ね、余白が静かに締まった。
「……ふぅ」
俺が木札を立てかけると、隣で腕を組んでいたフィリーネがちらりと横目で覗く。
呆れ顔……のはずが、ほんの一瞬、金の瞳がふっと揺れた。
「……なによ、その、変に達筆なの……。あーもう、無駄に格好いいじゃない……!」
耳がかすかに赤く染まり、すぐそっぽを向く。
そんな一幕を少し離れた場所から観察という名のストーキングをしていた魔王。
「はいはい、惚れポイント追加っと」とニヤニヤしながらメモを取っていた。
その姿は探偵のような新聞記者のような格好をしており魔王の面影は微塵も感じない。
やがて屋台前を通る人々が、木札を見て足を止めはじめる。
中には「持ち込みって……何でもいいのか?」と仲間内で囁く冒険者も。
そんなとき、若い獣人の少年が、ずっしりと重そうな包みを抱えて歩み寄ってきた。
「……大将! これ、迷宮で見つけたんだ! 料理できる?」
包みを開くと──そこにあったのは、黒光りする甲殻と長い鋏を持つ、見たことのない巨大なエビだった。
「……ほう...海老だな」
フィリーネが一歩下がりながら、
「げ……あれ、まだ生きてるじゃない……」
と眉をひそめる。
俺は木札を見上げ、口角をゆっくりと上げた。
「ようこそ、“和食変換サービス”へ。……面白い素材だ。預かろう」
次なる一皿が、静かに始動した。
見た目、装甲車を連想させる見事な甲殻──迷宮海老。
味覚の絶対領域が囁く。
『対象:迷宮海老(甲殻類)。
臭み=頭のミソ酸化・殻のぬめり → 落とす。
危険=**背ワタ(腸)**苦味/頭根元のトゲ要注意。
手順=頭を外す→冷水でぬめり洗い→塩少々で揉む→殻をむく→背ワタ除去。
火入れ=短時間(色が変わったら止める/焼き・揚げも手早く)。
出汁=頭・殻を弱火で短時間(沸騰NG)→灰汁取り。
おすすめ=味噌煮風/塩焼き/甘酢あん/潮椀。
関節から熱湯を通す事を推奨、毒は甲の内側にあり。茹でて捨てる事を推奨。』
湯気の中で甲が真紅に変わり、甘い香りが立ち上る。
潰した豆と甘味料、塩で作った“擬似味噌”を投入。
出来上がった「迷宮海老の味噌煮風」を少年に手渡す。
湯気を鼻先に寄せた瞬間、少年の獣耳がぴくりと立ち、すぐ伏せた。
警戒の匂いが残る指先で、そっと一切れをつまむ。喉がごくりと動く。
ひと口。前歯がサク、海老の芯の甘さと、擬似味噌のやわらかい甘さとコク。
尻尾が勝手に“とん、とん”と椅子を叩いた。
少年は慌てて押さえるが、もう止まらない。瞳が潤む。
「……あったかい……胸のここ、じんじんする……」
言葉がほどける。噛むほどに、目の奥の棘みたいなものが、湯に溶ける。
「これ、こわくない匂いだ……“家の匂い”だ」
ぽろ、と涙が落ち、舌の上の甘さと混ざる。
「……もう一口、いい?」
震えた指が伸びる。今度は迷いがない。尻尾は大きく、嬉しそうに揺れた。
次に現れたのは、人間の少女。
「これ……父ちゃんが獲った迷宮鳥なの。美味しくしてくれる?」
頷いた俺は、鳥を捌き、香草を詰めて炭火でじっくり焼き上げる。
皮がパリパリに弾け、溢れた肉汁が炭に落ちて香り立つ。
「……あんた、やるじゃない」フィリーネはまた耳まで赤い。
最後に現れたのは、肩に大きな包みを背負ったドワーフの親父。
中身は……獣臭の強い迷宮猪。
「うわ、これ……くさっ!」と鼻をつまむエルフ嬢。
――臭みは擬似味噌と香草で煮立たせ、脂は捨てずに甘酢と合わせろ。
絶対領域の声に従い、鍋でぐつぐつ煮込む。
酸味と甘味が溶け合い、獣臭は旨味に変わった。
三種の和食、屋台に並ぶや否や──
「うまっ!なんだこれ!」
「さっきの海老よりこっちが好きかも!」
湯気の中で銀貨が次々と積まれていく。
そして夕暮れ、最後の一皿が売れた瞬間。
――経験値+600。累計2200!
「……また上がった……」
俺は思わず呟く。
ふとフィリーネを見ると何やらニヤニヤしている。
だが俺の視線に気づくとぷいっとそっぽを向きながら
「べ、別にアンタの料理のせいで笑顔になってたわけじゃないから!」
フィリーネはぷいっと横を向き、耳の先までほんのり赤く染めていた。
「はいはい、わかってますよツンデレエルフさん」
「だ、だれがツンデレ美少女よぉおおお......!?」
「いや、言ってねえし......」
そんなやりとりを見て客たちに笑い声が飛び交った。
そんなとき――
「……おなか、すいたよぉ……」
か細い声が、屋台の陰から聞こえた。
振り向くと、そこには小さな影。
ピンク色の狐耳が、夕焼け空にふるふると揺れている。
背中側からは、もふもふの尻尾が力なく垂れ下がっていた。
狐の獣人族、か?見た目は10歳くらいに見える。
だが、その毛並みは埃にまみれ、服は擦り切れてボロボロだ。
頬も膝も擦り傷だらけで、今にも泣き出しそうな顔。
「……お、おい……」
俺は思わず声をかけかけたが、その瞳と視線が合った瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
この幼女は一体どこから来た?
なぜ、こんな姿で一人きりなのか?
街のざわめきの中、屋台の炎がぱちりと弾けた。
その小さな体を照らす赤い夕焼けが、不吉な予感を告げているようだった。
次話、『もふもふ狐っ子、はじめての幸せごはんと止まらぬナミダ』へ続く。
――あとがき(フィリーネより)――
まったく……あの男ってば、また妙なことを始めたわね。
「和食変換サービス」? 手に入れた素材を、にすけが勝手に和食に変えちゃうだなんて……。
でも……不思議と、どんな素材でも彼の手にかかると温かくて懐かしい味になるのよ。
……くっ、認めたくないけど……美味しかったわ。
それに……また変なのが出てきたじゃない。謎の“もふもふ娘”よ!
耳と尻尾をふりふりさせて、にすけにやたら懐いて……な、なんであんなに距離が近いのよ!?
べ、別に気にしてなんかないんだからねっ! ……ただ、その……ちょっと目障りなだけよ!
――さて。ここまで読んだアンタ、どう思ったの?
面白いと思ったなら、ちゃんと“ブックマーク”してから寝なさいよね!
星だって……五つ、ピカーッと光らせてくれたっていいのよ!
感想も……し、仕方ないから読んであげるわ!
ほら、さっさと! わたしは待ってるんだから!