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『異世界迷宮は和食のあとで』―その男の料理、食えば無双―  作者: 二天堂 昔
第一章 迷宮攻略は和食のあとで
8/15

第7話「ツンデレエルフと歩く市場は、出汁より芳醇」


朝の市場は、まるで活気そのものが色を持って弾んでいるかのようだった。


荷車の車輪が石畳をこすり、威勢のいい掛け声が飛び交う。


香草の青い匂いと、炙られた肉の香り、潮風を孕んだ干物の香りが入り混じって、胃袋を刺激してくる。


俺とフィリーネは並んで歩いていた――いや、正確には、ほんの半歩ほどフィリーネが前を歩く。


ツンデレだからって距離を取ってるわけじゃない……はずだが、微妙に距離が変わらないあたり、彼女なりの「距離感ルール」があるらしい。


「……アンタ、今日は何探すつもりなの?」


「まずは昆布みたいな海藻と、干し椎茸。それから、味噌っぽい発酵調味料があれば最高だな」


「ふぅん……味噌、ねぇ」


フィリーネは鼻をひくつかせ、香辛料商人の屋台を横目で見ながら歩く。

俺は歩みを止め、目の前に積まれた長い海藻束を手に取った。


――おお、これ、完全に利尻昆布だ。いや、呼び方は違うかもしれないが、見た目も香りも、まさしく出汁の王様。


「お、これだこれだ! すみませーん、この海藻、全部ください!」


「全部って……アンタ、何に使う気?」

「決まってるだろ。これでスープも味噌汁も、さらに次元が変わる」


俺の目が輝いた瞬間、横のフィリーネは一瞬だけ口元を緩め――すぐにむすっとした顔に戻った。


「……ま、勝手にしなさいよ」


──チリンッ♪

《フィリーネの心を揺らしました 経験値+20》

《現在の累計経験値:870》

(……いやいやいや、なんでこれで経験値入るんだよ!?)


そんな俺の心中を知ってか知らずか、フィリーネは香辛料屋の前で足を止め、試食用の小皿を手に取っている。


「これ、美味しいわね……あっ」

ふと視線が俺とぶつかる。


「……べ、別にアンタにあげるつもりじゃないけど! ほら、一口だけ!」


匙を突き出す仕草は妙に照れくさそうで、思わず俺も笑ってしまった。


その二人を、路地の影からじっと観察している黒フードの影。

――そう、魔王である。


(くっ……この二人、朝っぱらからなんなんだ……! それに、さっきの海藻……あれは間違いない、この世界では滅多に見ない“深海魔草”だ……! 出汁を取ったらどうなる……? ああ、知りたい……! 飲みたい……!)


魔王は鼻をひくひくさせながら、今日もストーキングを続けるのであった。



塩や香辛料を並べる屋台の前で、俺は足を止めた。


海藻と干し椎茸を求めて歩き回っていたが、椎茸的な香りを持つキノコはどうしても見つからない。


「むぅ……乾燥キノコすらないのか。和食の出汁三本柱の一角が……」


その代わり、目の前には雪のように白く輝く塩の山があった。

粒は細かく、指でつまむとさらさらと零れ落ちる。


「……おっ、これはいい塩だ。苦味が少なく、甘味もある。塩むすびにしたら絶品だぞ」


「塩むすび? また聞き慣れない言葉……でも、美味しそうね」


フィリーネはじっと塩を見つめる。

俺は袋ごと銀貨で支払い、次の屋台へと向かった。


そこには、黄金色に輝く甘味料が山積みにされている。


「これは……サトウキビ系か? いや、蜜を煮詰めたタイプだな」


指先につけて舐めると、柔らかい甘みとコクが口の中に広がった。


「うん、使える。これは買いだ」


さらに進むと、大粒で艶やかな豆が袋詰めで売られている。

手に取ると、ほんのり青い香り――間違いない、大豆に近い。


「これは……! 味噌と醤油の原料だ! でも……」


フィリーネが首を傾げる。

「でも?」


「いや、この世界にはまだ味噌も醤油も存在しないみたいだ」


「それ……作れるの?」


「時間はかかるけど、理屈は知ってる。発酵させれば……いや、今はまだ早いか」


俺は豆の袋を抱えながら、キノコ、小麦粉、米的な穀物を探し続けた。

だが、乾燥棚や穀物屋台を何件回っても、それらしい物は影も形もなかった。


「……残念。今日は塩と甘味料と豆だけ、か」


「まあ、三つも見つけたんだし十分じゃない?」


フィリーネは肩をすくめ、少しだけ笑う。


──路地の奥から覗く黒いフード。魔王だ。


(塩……甘味料……豆……ふふ、なるほど。あれらをどう組み合わせるつもりだ? あの男……ただの料理人ではない……)



俺は袋を背負い直し、フィリーネと並んで市場を後にした。

その背後では、魔王の視線がなおも刺さっていた。


素材探しを一旦切り上げ、俺たちは道具屋の軒先に足を踏み入れた。


棚には大小様々な鍋や鉄製のフライパン、木工職人が削り出した木椀や木匙が整然と並んでいる。


「……おぉ、こりゃあイイ。厚手の鍋だな、これなら煮込みでも焦げ付きにくい」


「ほら、この木椀なんてどう? 軽いし、模様も可愛いわ」

「お、いいじゃねぇか。木匙も合わせて買っとこう」


ひと通り道具を抱えて会計を済ませると、脳裏にふっと浮かぶのは――

醤油と味噌の作り方。


(大豆を蒸して……麹と混ぜて……塩水に漬け込んで……発酵は……)


前世の経験と知識が、まるで脳内の引き出しから勝手に飛び出してくるようだ。


宿に預けてあった移動式屋台を引き出し、広場へ向かう。


「よし、まずは豆を煮るぞ」


新しく手に入れた鍋に水を張り、大豆を投入。

炭火を起こし、じっくりコトコトと煮込む。


やがて豆はふっくらと膨らみ、湯気とともに甘く香ばしい匂いを立ち上らせた。


「……うーん、この香り。なんかもう、このまま食べても良さそうだな」


木匙でひと粒すくい、口に放り込む。

ほろっと崩れる食感と、素朴な甘み。

(……そうだ、これで一品作れる!)


「にすけ、なんか閃いた顔してるけど?」

「おう、ちょっと新メニューの予感だ」


俺はニヤリと笑い、煮豆を入れた椀を手に取った――。


鉄板を熱して甘味料をぱらり。

香ばしく溶けはじめたところに豆を戻し、さらに刻み香草を加えて炒め合わせる。


緑の香りと豆の甘塩っぱさが絡み、鼻孔をくすぐる芳香が辺りに広がった。


「はい、試食係さん一番乗り」


差し出された木椀を受け取ったフィリーネは、ぷいっと横を向きながらも一粒口に放り込む。


——ほくっ。

噛むほどに豆の甘みと香草の爽やかな香りが口いっぱいに広がり、耳まで赤くなる。


「……ま、まあまあね! あたしはもっと濃い味のほうが好きだけど!」


ツンとした声の裏に、隠しきれない満足感。

その香りに誘われ、通りの人々が足を止めた。


「一粒どうぞ」


煮介が手渡すと、食べた瞬間に目を輝かせ、「これ、一皿!」と次々に声が上がる。


最初は値段を渋っていた客も、一口で態度が変わり、あっという間に行列ができた。


——そして、木桶に山盛りだった豆は、夕刻前にはすっかり姿を消していた。


――経験値+350。累計経験値1,200。

「……いや、豆でこんなに伸びるとは思わなかったな」


呆れ笑いする煮介を、フィリーネは満足げに見やった。

その横顔は、夕暮れの光を浴びてひときわ鮮やかだった。



この日はもう豆が一粒残らずなくなり、夕焼けが迷宮都市の屋根を朱く染めていた。


屋台を片づけながら煮介は、明日への決意を口にする。


「よし……明日は豆を大量に仕入れて、いよいよ味噌作りに入るぞ」


今日の売り上げは銀貨35枚。


今日は運よく宿の一人部屋を二つ確保できていた。

「やっと広々寝られるな」


笑い合いながら宿に入り、荷を置いたところで、煮介の腹が別の欲を思い出す。


「……酒、飲みてぇな」


宿の一階には酒場が併設されており、賑やかな声と木樽の匂いが漂っている。


フィリーネを誘い、ビールに似た黄金色の飲み物を二つ頼む。

だが——口をつけた瞬間、二人同時に眉をひそめた。


「ぬるいし、なんか酸っぱいわね……」

「うむ、これは……ビールというより酸味の強い何かだな」


しかし煮介は、舌の奥でその酸味を転がしながらふと閃く。


——この酸味、もしや新しい酢のような調味料になり得るんじゃないか?


〈味覚の絶対領域〉に問いかけると、すぐさま脳内に澄んだ声が響く。


《可——発酵条件次第で、調味料としての利用価値は高い》


「……ふっふっふ、やはりか」

一人ごちる煮介を、フィリーネは訝しげに見て首をかしげた。


翌朝。

市場のざわめきの中、煮介は昨日の酒場で出されていた“あの酸っぱいビール”を樽ごと二つ仕入れた。


さらに、味噌作りに欠かせない豆を麻袋いっぱいに三袋。


「これで……味噌と新しい酢、両方いけるな」


フィリーネが手際よく袋を運びながらも、目を輝かせる。


「本当に味噌ってやつ、作れるの? あの豆で?」


「ああ。塩と菌の力でな。時間はかかるが、間違いなく旨くなる」


荷を屋台に積み込みながら、煮介は辺りを見回す。

昨日の広場は人通りが多すぎて、あっという間に豆が消えた。


「……今日は静かなとこを探そう。味噌作りは手間がかかるし、酢の試作も落ち着いてやりたい」


フィリーネも頷き、二人は迷宮都市の外れ、石畳の細道を進み始めた。

陽の光を浴びた豆袋が、未来の味噌の香りを予感させるように温かく揺れていた。



豆を洗い、薪の上で大鍋にかけてコトコト煮込む。

屋台の片隅では、木樽に塩を量り入れ、麹菌代わりの香草粉末を準備する煮介。


フィリーネは豆を潰す作業を手伝いながら、時おり香りをくんくん嗅いで頬を緩めていた。


「……これ、絶対おいしいやつだよね」


「一年待てば、な」


「……え? そんなにかかるの?」


「本来はな。でも、発酵を早める手はある」


そんな会話をしていたその時——。


「おーい! 煮介さんっ!」


振り返ると、泥と血でまだら模様になった軽鎧姿の若い冒険者が、何やら大きな網袋を引きずってくる。


彼は貝のスープの時に食べて以来、にすけ屋のファンになっていた男だ。


手に持つ網袋の中では、ぬめぬめとした銀色の魚がギラリと光り、口をパクパクさせまだ生きていた。


ただ、その顔……妙に長く、眼が四つも頭の横についていて、しかも牙がびっしり。


「……うわ、なにこれ気持ちわる!!」


フィリーネが眉をひそめる。


「迷宮の地下湖で釣れたんですけど! 気持ち悪くて誰も食べようとしなくて……煮介さんならどうにかできるかなって!」


「……おい...」煮介は思わず天を仰ぐ。


「味噌作りの途中なんだが……一体これをどうしろと!?」


ぬめる鱗の光が、これからの波乱を予感させていた。




次話、『食材持込み和食変換サービス、はじめました』へ続く。


―あとがき(フィリーネ&にすけ)―


フィリーネ「ちょ、ちょっと! 第7話まで読んだなら……もう分かってるわよね? ブックマークと星! それから感想! ぜーんぶ置いていきなさいよ!」


にすけ「おいおい、フィリーネ。料理だって、食べっぱなしじゃ行儀が悪いだろう? “ごちそうさま”の一言があるからこそ、作り手は次の一皿をさらに旨くできるんだ。」


フィリーネ「べ、別に……アンタに褒められたいわけじゃ……ないけど! で、でも……読者の感想くらいは……ちょっと、気になるんだから!」


にすけ「はは、素直じゃねぇな。だが言ってることは正しい。――ブクマは“また食べたい”って印。星は“うまかった”って評価。そして感想は、“次はこうしてほしい”って声。どれも料理人には欠かせないスパイスだ。」


フィリーネ「と、とにかく! あんたが読んだ証を残さなきゃ……わたしたち、次に進めないんだから!」


にすけ「そういうことだ。だから頼むぜ、読者さん。ブクマ、星、感想――三つ揃えて、また明日も席についてくれ。」


フィリーネ「わ、分かった? ……ふんっ、ちゃんと押しなさいよね!」

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