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『異世界迷宮は和食のあとで』―その男の料理、食えば無双―  作者: 二天堂 昔
第一章 迷宮攻略は和食のあとで
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第4話『背後の視線──貝柱無双の余韻に忍び寄る影』


──にすけ視点

市場の喧騒が、少しずつ遠のいていく。

背中にはさっきまでの貝柱スープの香りと、腹いっぱいの幸福感。


貝柱無双を終えた市場通りは、笑顔と驚きの声であふれていた。


「……ふぅ。この甘みと旨みは久々に手応えあったな」


「……べ、別にもう一杯なんて言ってないわよ」


 そう言いながら器を差し出すフィリーネに、俺は苦笑しておかわりを注いでやる。


 その横顔は、ツンとすましたつもりだろうが、鼻先がほんのり赤い。

 

俺は残りの四枚の貝を並べ、腰の包丁を抜いた。

殻の合わせ目に刃先を差し込み、てこの要領でぐっとひねる。


「よっ……」

乾いた音とともに殻が開き、白く輝く巨大な貝柱と、長く絡む貝ひも、そして淡い色の内臓が姿を現す。


ためらわず貝柱を切り離し、ひもをそっと外す。

内臓は苦みの元だ、丁寧に外して桶へ。


海の匂いとともに、ほのかに甘い香りが立ち上る。

流水にくぐらせ、細かなぬめりを指先で落としていく。


ひもは塩でもみ、軽く湯引きして冷水へ落とす。

こうすると臭みが消え、歯切れがよくなる。


下処理を終えた身は、晒し布を二重にして包む。

余分な水分をじわじわ吸わせ、旨味を閉じ込めるためだ。


四つの布包みが桶に並び、静かに水面を揺らしていた。


「なんという手際の良さ......」


「素材は素早く処理すればするほど味で応えてくれるもんなのさ」


「スピード重視ってことね」


俺はドヤ顔でそうだ、と言わんばかりに頷いてやった。



「さて……とりあえず貝は全部手に入ったな」


俺は背負い袋の重みを確かめながら、フィリーネに声をかけた。


「うん。でもアンタ、これからどうするつもり?」

フィリーネは横目で俺を見る。


「ああ、そういや……この貝殻、武具素材になるんだったよな?」


「なる。戦士用の肩当てとか盾の補強材に最適らしいわ。硬いし軽いから高く売れるのよ」


俺の頭に即座に銀貨のイメージが浮かんだ。


「じゃあ決まりだ。ギルド行って査定してもらおう。うまくいけば、さっき借りた銀貨も返せる」


フィリーネはにやりと笑って、肩をすくめた。

「ふふ、ちゃんと返してもらうからね」


二人並んで、迷宮都市ラザニアの大通りをギルドへ向けて歩き出した。


しばらく歩くと背筋を、冷たい糸のような感覚が這い上がる。

……視線だ。しかも鋭く、やけに長く絡みつく。


「……あのさ、後ろの黒フードの男、何者?」

フィリーネの小声に、俺は歩みを緩めた。


振り返りかけて──やめた。視線は感じる。でも正面から見るのは妙に躊躇われる。


「知り合いではないか」


「知らない。なんか……怪しい」


 

―フィリーネ視点―


黒フードの影。

距離を一定に保ちながら、こちらを追ってくる。


目が合った瞬間──なぜか向こうの肩がピクリと揺れた。


「……お、おや? お嬢さん、もしかして私のことを?」

……声が震えてる?


なのに、何か底の見えない気配もある。

ただの人間じゃない……そんな勘が胸の奥をチクリと刺した。

 


──にすけ視点

黒フードの男が、背中に担いでいた麻袋を前に回した。

中から香草や香辛料、干し肉らしきものを取り出す。


「いやいや、お嬢さん。私はただの……旅の香辛料商人ですよ。

 ほら、この“火蜥蜴胡椒ひとかげこしょう”、涙が出るほど辛いと評判でしてね」


赤黒い小瓶を見せられたが──いや、俺そんなの買う予定はねぇぞ。

 


──フィリーネ視点

「……ふーん」

わざとらしく鼻を鳴らし、にすけに問いかける。


「アンタ、こんな香辛料買う予定あった?」

「いや、全然」

やっぱり怪しい。


「いやあ、ちょっと道を間違えましてね。お邪魔しました」

問い詰める前に男は肩をすくめ、薄い笑みを残して立ち去った。

 


──にすけ視点

人混みに紛れるその背中が、妙に気になった。

ただの商人……にしては、あまりにも視線が鋭すぎる。


「なあフィリーネ、今の……」


「うん、しばらくは警戒しときましょ」



俺たちは再び歩き出す。

けれど、背後の視線が完全に消えた気はしなかった。


「……なんだったんだ、あの黒フード」

フィリーネがもう一度振り返るが、あの怪しい男の姿はもう見えない。


「まあいいわ。それよりギルド行くわよ」


「おう。そう言えばこの貝殻、ほんとに武具の素材になるのか?」


「ええ。この大きさなら盾や鎧の加工用に高く売れるはずよ」



俺たちは市場を抜け、石畳を踏みながらギルドの重厚な扉を押し開けた。


昼時のギルドは、依頼書を吟味する冒険者や報酬を受け取る商人でごった返している。


「これ、査定お願い」

フィリーネがカウンターに置いたのは、直径五十センチの二枚貝の殻──海魔帆貝五枚分。


さらに、俺が晒し布に丁寧に包んだ下処理済みの身が二つ。


「この二つの身も売りたい。残りは屋台用な」


俺がそう告げると、受付嬢は思わず鼻をひくつかせた。


「……これ、本当にあの臭い貝? 全然匂いがしない……」

驚きと興味が入り混じった目で俺を見る。


「まあ、ちょっとしたコツがあってな」


俺は笑ってごまかす。

奥に運ばれた貝殻と身は、査定員が寸法や重量を測り、光沢や厚みまで細かく確認した。


「貝殻は一枚あたり銀貨一枚、身は一つで銀貨五枚」

受付嬢が計算を終える。


「合計で……銀貨十五枚になりますね」


「これでしばらくは材料費に困らないわね」


フィリーネが満足げに腕を組み、俺はじゃらりと銀貨を袋に収めた。


すると査定員が奥から飛び出してきた。


「お、おいアンタ! この身……どうやって下処理したんだ!? 臭みが一切ない、いや、それどころか香りが立ってる!」


作業台の上には、晒し布越しに透ける白く締まった貝柱。

その表面はわずかに艶めき、まるで海から揚げたばかりのような鮮度を放っていた。


「わりいな」

俺は袋を肩に担ぎながら、にやりと笑う。


「それ、まだ企業秘密なんだ」


査定員は「ぐぬぬ……」と唸りながらも、興味と悔しさの入り混じった目で俺を見送った。


ギルドを後にして―

「……銀貨十五枚か。ほい、借りてた八枚、ありがとな」


俺が銀貨を差し出すと、フィリーネは一瞬だけその手を見つめ――ふっと首を振った。


「……まだ、いいわ」


「なんでだ? 借りたままなのは性に合わねぇんだが...」


問いかけても、彼女はまっすぐ答えない。視線は横に逸れ、金色の髪がさらりと揺れる。


その仕草の奥に、微かな迷いと、掴みきれない情が見えた気がした。


(……ここで返されちゃったら、きっともう、縁は切れてしまう)


そんな危うい予感が胸の奥で形を取り、そっと焦りに変わっていく。


あの出汁の香りを、もっと感じていたい。

あの味を、この舌に、何度でも刻みつけたい。


この和食職人と過ごす時間を、まだ終わらせたくない――。


フィリーネは銀貨を押し戻し、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……次の料理の食材とか色々必要になるでしょ!だからまだ返さなくていいわ...」


「おお、そういうことか、わりぃな、助かるよ。


さところでフィリーネ。ちょっと聞きたいんだが……」


ギルドの喧騒から離れ、石畳の通りを歩きながら、俺は銀貨の袋を握りしめたまま口を開いた。


「自分のステータスとかスキルって、この世界だとどうやって知るんだ?」


「……ああ、そのことね」

フィリーネは軽く顎に手を当てて、さらりと答える。


「普通は『鑑定』っていうスキルを持ってないと、人の能力は見られないわ。


でも、自分のことだけなら別。心の中で“ステータス”って念じれば、視覚的に確認できるの」


「へぇ……つまり、自分の今の戦力とか、持ってる技も一覧できるってことか?」


「そういうこと。慣れると、戦闘中でも一瞬で確認できるから便利よ」


俺は思わず笑みを浮かべた。


(なるほど……これで自分の能力を数値で確認できるのか。どれくらい通用するのか、一度確かめてみる価値はあるな)


フィリーネが俺の横顔をちらりと見た。


「……でも、にすけ。数字がどうであれ、アンタはもうあの貝で証明したじゃない。スキルの有無なんて関係ないわ」


その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。


──とはいえ、俺の“味覚の絶対領域”が、この世界でどう表記されるのか……興味は尽きない。



「よし……じゃあ、ちょっと試してみるか」

俺は足を止め、胸の奥でそっと念じた。


──ステータス。


次の瞬間、視界の端に淡い光の板が現れ、半透明のウィンドウが目の前に浮かび上がった。

まるで、昔ハマっていたゲームのステータス画面そのものだ。


【鮎川 煮介 Lv.5】

種族:人間

職業:和食職人(剣道師範クラス)

HP:145/145

MP:82/82

攻撃力:27

防御力:31

敏捷:24

器用:56

精神:38

スキル

・水魔法 Lv.3(湧泉)

・味覚の絶対領域(固有)

・和包丁術(極)

・出汁調合術(極)

・素材鑑別(上級)

・剣道(師範級)

・木刀愛好家(変態級)

累計経験値:800


「……おお……!」

思わず声が漏れた。


フィリーネが覗き込み、「へぇ、意外とバランス型ね。でも……」と唇を尖らせる。


「でも?」


「器用と精神の高さ……それに“味覚の絶対領域”って……あと最後の変態級の木刀愛好家ってなによ、ぷぷぷ。

やっぱり変わってるわね、アンタ」  

 

「ふっ……変わってるのは昔からだ」


俺は画面を見ながらにやりと笑った。

この数値、このスキル……どう使いこなすかは、俺次第ってことだな。


俺はステータス画面を閉じずに、もう一度念じた。

──スキル習得候補。

光の板が切り替わり、見慣れぬリストが並ぶ。


【新規スキル候補(取得には経験値消費)】


火魔法 Lv.1 【消費:経験値200】


調理補助魔法(下ごしらえ特化) Lv.1 【消費:経験値300】


食材保存術(低温魔法保存) Lv.1 【消費:経験値250】


包丁投擲術 Lv.1 【消費:経験値150】


魔力循環呼吸法(調理・戦闘兼用) Lv.1 【消費:経験値400】



「……ほぉ、経験値でこんなスキルも取れるのか」

俺は興味深くリストを眺める。


横からフィリーネが首を傾け、「ねえ、アンタだけ見ててもつまんないじゃない。あたしのも見せる?」と悪戯っぽく笑った。


「おお、ぜひ」

フィリーネが胸元に手を当て、同じように念じると、俺の前に彼女の光の板が開いた。


【フィリーネ Lv.12】

種族:エルフ

職業:狩人(剣技兼用)

HP:268/268

MP:153/153

攻撃力:62

防御力:41

敏捷:78

器用:47

精神:39

スキル

・弓術(極)

・二刀剣技(上級)

・風魔法 Lv.4

・森渡り(固有)

・追跡術(極)

・素材鑑別(中級)

累計経験値:3,240


「……おいおい、敏捷78ってなんだよ。俺の三倍近くあるじゃねえか」


「そっちこそ器用56って何よ……しかも“味覚の絶対領域”なんて、初めて見たわ」


「まあ、食のために生きてる人間だからな」


互いのステータスに驚きつつも、妙な笑みが交差した。

能力も生き方も違う──だが、その差こそが、この先の旅を面白くしてくれる気がした。


そんな事を考えてふと俺は、晒し布で包んだ巨大な貝柱を見下ろしながら、何気なくつぶやいた。


「……魔法的な収納スキルとか、あったらいいのになぁ」


その瞬間──

カンッ! と軽快な音が響き、目の前に浮かんだ光の板が一瞬まぶしく脈打つように輝き、新たな項目が現れた。


【新規スキル候補追加】

亜空間収納 Lv.1

【消費経験値:5,000】

容量:最大500kg

保存:時間経過を現実の1/10に抑制

温度:常時18度を保つ

説明:異空間に物品を収納し、腐敗や劣化を大幅に防ぐ。食材・装備品・その他雑貨にも対応。


「お、おい……絶対領域が勝手に反応したぞ……!」


俺は思わずフィリーネを見る。

彼女は金色の瞳を見開き、「……それ、完全にあんた専用のスキルじゃない......!」と息を呑む。


だが表示された消費経験値を見て、俺は苦い顔になる。


「……五千か……今の俺、八百しかねぇ」

それでも、胸の奥で妙な高揚感が湧き上がった。


「……よし、貯めるか。これが手に入ったら、和食の幅が一気に広がる」


目標がまた一つ、くっきりと刻まれた瞬間だった。



フィリーネが銀貨の袋を腰に戻しながら、ふっと意味ありげに笑った。


「ねぇ、にすけ。あんた、さっき言ってたじゃない。たくさんの人に食べてもらえばそれが経験値になるんでしょ?」


「……ああ、そうだけど?」


「だったらさ──」


彼女は屋台の喧騒に目をやり、身を乗り出した。

「この貝で、屋台出すってのはどう? あたしが手伝ってあげるからさ」


「屋台……! それだ!」


胸の奥で、さっきの“亜空間収納”の光がまたチラリと瞬いた気がした。

客に出す分を亜空間に入れれば、鮮度なんて気にしなくていい。


食わせれば食わせるほど経験値が貯まる……まさに一石二鳥じゃねぇか。


「よし決まりだ!」と勢いよく言ったはいいが──ふと冷静になる。


「……でも、屋台ってどうやって手に入れるんだ?」


「そんなの決まってるじゃない」


フィリーネは得意げにウィンクした。

「木工ギルドに行けばいくつか売ってると思うわ。あたし、知り合いもいるし」


「木工ギルドか……」俺は思わず、さっき市場で見かけた黒フードの男のことを思い出した。

あの、俺を見て小さく笑った不気味な目。


あれは──気のせいじゃない。

けれど今は、まず稼ぐことが先だ。


「分かった、行こう。屋台を手に入れて、あの貝を世界一の料理にしてやる」



──その頃。

市場の路地裏、ひっそりとした影の中で、あの黒いフードの男──魔王は、フードの奥で眉をひそめていた。


「……くそ、どうしても気になる……あの香り。あれが、あの人間の作った“貝スープ”というやつが……」


魔王は拳を握りしめ、わずかに唇を舐めた。

「五百年……この舌を驚かせるものなど、もう存在しないと思っていたのだぞ? なのに……」



その視線は、にすけとフィリーネの背に釘付けだ。

「味を……確かめたい。確かめずにいられるものか……!」


独り言のつもりが、声が漏れていることにも気づかず、魔王は静かに尾行を続けた。



次話、『異世界屋台にすけ屋開業開店!忍び寄る魔王の影』

香りに誘われた影が、じわじわと二人に迫り来る。


―あとがき(フィリーネ&にすけ&クロフィード)―


フィリーネ「ちょ、ちょっとアンタ! 第4話まで読んでおいて、そのまま閉じるとかありえないんだから!」


にすけ「まぁまぁフィリーネ、そう噛みつくな。料理だってそうだろう? 出されたものを食べきったら、『ごちそうさま』って言うのが礼儀だ。物語も同じさ。読んだなら、ブックマークと星で『美味かった』って示してくれたら嬉しいもんだ。」


クロフィード「フン……人間の風習などくだらぬと思っていたが、なるほど“星をつける”というのは確かに余の観察対象を測る良い尺度だな。余の暇つぶしのためにも、感想を残していけ。」


フィリーネ「そ、そうよ! わ、わたしだって……アンタの一言くらい、ちょっとは気になってるんだから!」


にすけ「ふはは、結局、三人そろって同じことを言ってるな。――ブクマ、星、感想。この三つは“読者の三種の神器”ってことだな。」


クロフィード「ククク……面白いことを言う。では人間よ、余を退屈させぬためにも、三種を揃えて捧げるがいい。」


フィリーネ「ほ、ほらっ! もう決まりよ! さっさと押しなさい!」


にすけ「ご馳走を食べ終えたら、礼を言う。物語を楽しんだら、応援を残す。それが粋ってもんだぜ。」

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