8話
そういうわけで。
アザレア嬢が意外にチンピラ気質だという一面を知りつつ。僕たちは、初めての闇市から無事に学園へ帰還した。
探し求めていた魔力増強薬は結局見つからなかったが……しかし収穫もあった。
ゴロツキを撃退した直後、アザレア嬢と改めて言葉を交わした時のことだ――。
「――それで。アザレア嬢は結局どうして魔力増強薬なんて探していたんだ? ……今の魔力量で十分だろうに」
倒れ伏す、あるいは磔になったゴロツキを置いて移動した先。闇市の片隅で、僕はアザレア嬢の言葉を待つ。
「……べつに。ヒイラギさんたちには関係ないから」
「それはそうなんだが」
ふむ、とりつく島がない。こいつ、本当に僕たちと仲良くなろうとしているのか?
どうするか……。正直、僕とリューだけでは調査に限界を感じている。認めるのは癪だが、庶民の常識にいくらか疎いところがあるからな。
逆に、腐っても子爵家のアザレア嬢がなぜこんなに慣れているのか謎だが。
だがしかし、実は彼女けっこう使えるのではないか? 無愛想なだけで、だいたいこちらに協力的だし。
よし。ならば……。
「アザレア嬢。実は――僕たちは極秘の任務で、魔力増強薬の調査をしている」
「――トールさま!? それ言っちゃっていいんですかっ?」
うるさいぞリュー。僕には深淵なる考えがある。阿呆は黙って聞いておけ。
「非合法な薬だからな。魔法国の秩序のため、侯爵家として薬の効果を把握し適切に規制することはもちろん、流通経路を洗い黒幕を突き止める必要がある」
「! その薬を探してた私も、罪に問われるってこと?」
「いや違う、誤解しないでくれ。まだ入手もしていない段階で何か言うことはないよ」
「ならよかった……」
「そこは心配しなくてもいい。ただ、僕たちはそういう事情で魔力増強薬のことを調べていると伝えた上で……アザレア嬢に頼みたいことがあったんだ」
安心したのか、きょとんとした表情で僕を見返してくるアザレア嬢。
そんな彼女に僕は言った。
「――アザレア嬢にも、僕たちの調査に加わって欲しいと思っているんだ」
「――えー! な、なんでですかあ!?」
だから、うるさいぞリュー!
「わ、わたしが役に立ててないからですか? わたし捨てられちゃうっ?」
「人聞きの悪い……。単に、僕たちとは違う視点の者にも調査に加わってほしかっただけだ。このままだとなかなか進展しなさそうだからな」
闇市もそうだが、それ以外の場所でも、情報を集めるのに僕たちだけでは厳しいところがあるだろう。
それに、純粋に人手が欲しいこともある。元から薬を求めているアザレア嬢なら、うるさく言わなくても必死に探してくれるだろうから適役だ。
そして薬が見つかったなら、上手いこと言って僕が全て掠めてやればいいというわけだ。完璧な作戦……!
「じゃ、じゃあわたしも、引き続き一緒に調査していいんですね!?」
「ああ、もちろんだ。リューの力は欠かせないよ」
「! ……もう、トールさまったら! やっぱりわたしがついてないとですよねっ。魔法以外はけっこうポンコツですもんねっ!」
黙れ、クビにするぞ! 誰がポンコツだ!
……まったく。少しおだててやればニマニマして、単純なやつめ。
まあ、リューはなにかとポカをするやつではあるが……いないならいないで寂しくはあるからな。寛大な主人としてそばに置いてやろう。
……それでアザレア嬢。返事はどうなんだ? 侯爵家嫡男たるこの僕が、頭を下げ……てはいないが、自ら頼んでやっているんだ。まさか断るような真似はしないだろうな――?
「……わかった、私も協力する。でもその代わり――」
「ああ、もし薬が見つかれば、もちろんアザレア嬢にも分配するさ。本当に飲んでも大丈夫な薬か、検査はしっかりするが」
「うん……それなら」
こんな口約束、守る必要もないがな! 薬が見つかり次第検査して、問題なしなら僕が全部頂いてやる。
僕が学年首席になる日も近いな……!
しかし、それはそうと。アザレア嬢には聞いておくことがある。
僕はおもむろに口を開く。
「では……アザレア嬢も調査隊の一員になったということで、一応把握しておきたいのだが。アザレア嬢が薬を求める理由を、改めて聞いてもいいか?」
「……。ヒイラギさんなら、大丈夫……? 呪いのことも気にしてないし……」
「ん? なにか言ったか」
「ッこっちの話! 気にしないでっ」
ふむ。いやに引っ張るな。そんなに言いづらい理由なのか? 学園内に薬を流行らせているのがこいつだなんて言わないだろうな。
まあ、薬の流通元を探していると言った時点で怪しい反応がなかったから、そんなことはないだろうが。
さあ、早く言ってくれ。
「……あんまり、人には言わないでほしいんだけど」
「ああ、もちろん。僕たちは目的を同じくしたチームなんだ。アザレア嬢の不利益になることは誰にも言わない」
アザレア嬢の成績を下げられそうなら、僕が言ったとわからないように噂を流すくらいはするかもだが。
しかしアザレア嬢は、愚かにも僕の言葉を信用したようだ。
「ち、チーム……っ。じゃあ、そんなに言うなら教える、けど……」
そしてアザレア嬢は、一拍置いて唾を飲み込み、意を決したように言った。
「私、魔力増強薬を使って……――妹の病気、魔力欠乏症を治したいの」
魔力欠乏症だと? それは珍しい病気だな。しかし、ここまで勿体ぶるほどの話か?
首を傾げた僕だったが。次の瞬間、突如リューが上げた大声に、ビクリと肩を震わせた。
「それって! あのアザレア家の……!」
「ッなんだ、リュー。なにが言いたいんだ?」
「だってトールさまっ! 魔力に関連する病気なんて――」
「――まさにアザレア家の呪いだって。そう言いたいんでしょ」
「っ!」
リューのこの表情、図星みたいだな。
だから、呪いなんて原因不明なものはないと言っているのに。
「……だいたいの人がそういう反応をするから。こんな話が広まったら、妹も余計周りに避けられちゃうし、だから言いたくなかったの」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「いいよもう、今さら。べつにオリーブさんだけじゃないし。……特別なのは、ヒイラギさんだけ」
リューのやつめ。人の言うことを聞かんやつだ。
「……リューには後で言い含めておくとして。――アザレア嬢は妹さんを助けるため、魔力欠乏症の治療に魔力増強薬を試してみたいというわけか」
「……うん、そう」
「なるほど。魔力欠乏症は特効薬が存在しないからな」
「それに、妹の症状は普通よりずっと重いから。このままだと命を失う可能性だってある」
なに? 魔力欠乏症で命を落とすなんて聞いたことがないが。
だがしかし、アザレア嬢が嘘をついている様子はないな。
「うちの家系は、魔力の性質が特殊だから……。それを呪いと言うなら、そうなのかもね」
皮肉げな視線がリューに向く。
まったく。リューも申し訳なさそうな顔をするくらいなら、馬鹿げた噂なんて信じなければいいんだ。
声も出せずにパクパク口を開閉させて、お前は鳥の雛か。
仕方ない……。
「アザレア嬢。いまのリューの発言……ヒイラギ家嫡男として正式に謝罪する。――申し訳ない」
まったく、この僕に頭を下げさせるとは。
「わっ、わっ、トールさま!?」
「ヒイラギさん!?」
「従者とはいえ、リューはヒイラギ家の人間だ。無礼な発言をしたのなら、その責任は主人たる僕にある」
これは本当のことだ。リューがアザレア嬢を不当に侮辱し、僕がそれを咎めなければ、すなわちヒイラギ家のスタンスがそうと取られても仕方ない。
アザレア嬢に味方する気など一切ないが、我がヒイラギ家の看板に傷がつくことは許容できん。
だから、こうしてリューに変わって頭を下げる。
「あ、わ、わたしからもっ! ごめんなさい、アザレアさんっ!」
「ちょ、ちょっと二人とも……! そんな、頭を上げて! いいから! 今のやり取りくらい気にしてないから!」
「では、謝罪は受け入れてくれると?」
「うっ、上目遣い……。じゃなくて! ……受け入れるから!」
よしきた。
「そうか。許してもらえてよかったよ、アザレア嬢。リューも以降気をつけるように」
「は、はいっ。ごめんなさい、トールさま……」
しゅんとするリューに、まだ目を白黒させているアザレア嬢。
我が家の体面に傷をつけず、加えて今後利用してやる予定のアザレア嬢に悪い印象を残さない。これが高貴なやり方というものだ。
ふはは、僕ほどの者に頭まで下げられてはたまるまい。貴族たるもの容易く頭を垂れるべきでないという意見もあるが、柔軟に動いてこそ家格を保つことができるというもの。
そして、そのおかげで――
「――では、アザレア嬢。これから一緒に魔力増強薬を探す協力者として……よろしく頼む」
「……うん。こっちこそ、よろしく」
「わっ、わたしもよろしくさせてください〜!」
やかましいリューは置いておいて。
アザレア嬢は先ほどちらりと見せた悪感情など消え去ったようで、なんの不満も無さげに頷いて見せた。
それどころか、なんか満更でもなさそうな様子だな。
「……協力者って。友だちってことでいい……よね? 私の初めての……」
何やら噛み締めるような呟き。なんと言ったかはよく聞こえなかったが……。
とまあ、そんな具合に。
うまくアザレア嬢を利用できる立場になった僕は、今日からまた再開する学園生活で、首席目指して魔力増強薬を入手しようと目論んでいたわけだが。
今日の講義が始まるのを講義室で待っていた僕は、部屋に入ってきて壇上へ立った人物に度肝を抜かれた。
「――みんな、こんにちは。知っている人もいるかもしれないけど、まずは自己紹介から」
真っ白な長い髪。透明感があってどこか儚げな整った顔。
実年齢はかなりいっているはずだが、見た目は二十歳を越えた程度の美女だ。
しかし。そんな容姿と裏腹に、全身にまとうのは明確な強者の覇気……!
「ボクはドロテア・ダチュラ。巷では――大賢者なんて呼ばれているよ」
三十年前、魔王を打倒した勇者パーティに魔法国から唯一参加した人物。
魔法国一、どころか世界でも最上位にいる魔法士だった。
――……こいつだ! 僕の首席への道が見えたぞ!
こいつから技術を奪えれば。もはや、魔力増強薬など必要ないだろう!
……だが。そもそも、とんでもなく多忙だろう大賢者が、どうして今日ここへやってきたんだ? その理由次第で、僕の目論見がうまく行くかどうかも……。
などと考えていたところに。
大賢者は、ぶっ込んできたのだ。
「今からボクは、キミたちにこの国を背負える才があるか見極める。そして基準に満たない者には――この学園から、出て行ってもらいます」
うん……? 何やら僕のことを見ていないか?