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7話

 僕の視線の先には、物騒な魔力を滾らせるアザレア嬢。


 絡んできたゴロツキどもも引いてないか?


「……お、おい。この小娘、大丈夫か? ヤバくないか?」


「今さら腰が引けたってか? デカい獲物だ、逃げたきゃ逃げろよ!」


 仲間割れが発生しそうなほどの、アザレア嬢の圧力。そんな男たちの様子を、変わらず据わった目で睨んでいるし。


 おっと、ゴロツキどもの話がまとまったか。結局誰も逃げはしないようだな。


「じゃあ――リューは下がっていていい。僕とアザレア嬢で対応するから」


「――! そんなわけにはいかないですっ。わたし、従者!」


「腰が引けてるぞ」


 しょうがないやつだ。まあ、リューはこれまで温室でぬくぬく育てられてきたようなものだからな。


 僕の乳母の娘だから、小さい頃はそれこそ僕と同じように育ってきた。こんな荒事は初めてだろう。


 魔法学園に入れる才能はあったから、あんなゴロツキ程度リューでも倒せるだろうが……。


「うら若き少女二人を相手に、刃物まで持ち出してくる相手だからな」


「――ど、どこがうら若き少女だ! 俺たちを狩ろうとしてる肉食獣の間違いだろ!」


 アザレア嬢に関しては否定できない。


 全身に魔力を巡らせて、狩人のように油断なく男たちを睨んでるからな。


 侯爵家の紳士として、一応女子に手を出させずにと思ったが、どう見てもそんなことを言い出せる雰囲気じゃない。


 ただ、せめて……。


「アザレア嬢。彼らは僕の方で多く受け持とうと思うが……いいかな?」


「……でも。私の方が実技の成績は上だし、逆の方がいいんじゃない」


 こいつ――! こんな時に喧嘩を売っているのか!?


 別にどっちでもよいところ、わざわざ貴族家の男子として気を遣ってやったのに!


「ッああ、じゃあ。もうどっちでもいいから、向かってきたやつをそれぞれやろうか」


「それでいいよ。でも、なんなら私だけでもいいから。……ヒイラギさんみたいな人が、こんな薄汚いやつらを相手にするのは――」


「それはさすがに……僕にも男としての矜持があるッ」


 舐めてるのか? 僕だって誰にも気にされないなら後ろでふんぞり返ってるわ!


 そうじゃないから気を遣って言っているのに。弱者は大人しくしてろとでも言いたいのか。


 そんな、腹の底からふつふつと上がってくる怒りは。


 ――ほんの数瞬後、綺麗さっぱり消え去ることになる。


「……ごめん。そうだよね、ヒイラギさんはそういう人だから――。じゃあ、もうこれ以上は言わないけど……その代わりよく見ておいて」


「? なにを……」


「――ここでの立ち回り方を」


 おお、いきなりダッシュ……というか速っ。かなり本気の身体強化じゃないか?


 あんなレベルの低そうな相手にそこまでする必要が――


「はあ……!」


「……ぅごッ!」


 なっ! いきなり金的……!? メチャクチャ容赦ないじゃないか。


「う、おお! この女、いきなり目の前に!?」


 突如目の前まで接近したアザレア嬢に、ゴロツキどもも体勢を整えられていない。


「――こういう場所では、舐められたら終わり……! 仲間を守るためには、先手を打って気をくじく!」


「ど、どこの戦闘民族だ……」


「トールさま、仲間ってわたしたちのことですよねっ?」


「たしかに。いつ僕たちが仲間に」


 なぜ仲間判定? 敵だが!


 もしかして最近周りをウロチョロしてくるのも、僕をバカにするとかではなく仲良くしたいからだったりするのか?


 なんでだ、意味わからん……。


 頭を悩ませているうちにも、アザレア嬢は逃げ惑うゴロツキどもをバッタバッタと薙ぎ倒していく。


「とりあえず僕も参戦しよう。淑女だけを戦わせるなんて、ヒイラギ家の沽券に関わる」


「! じゃ、じゃあわたしも……」


「いい、さっきも言ったけどリューは大人しくしててくれ。怖いんだろう?」


「……う〜。そうなんですけどお。…………じゃあ、今日だけ。お願いします……」


 素直でよろしい。リューの性格は戦いには向いていない。


 ああ、僕より明確に弱いリューを見ていると、なんだかホッとするな……。


「トールさま、やさしい……」


 すっかり弱り切って。はっはっは、存分に僕を頼ればいいぞ。


 なんて、鬼のように暴れるアザレア嬢を意識から外しつつ、リューの様子に気分を良くしていると。


「――くっ! おい、お前ら! この女はダメだ、強すぎる!」


「逃げることすらできねえ! 空き地から出ようとする奴が優先的にやられる……!」


「かくなるうえは、人質を!」


 うん? なにやら向かってくるゴロツキどもが数人。


 いま、人質と言ったか? 僕たちがアザレア嬢より弱そうだと、そう判断したわけか。


 よし。


「その言葉、後悔させてやろう……!」


 魔力を励起して全身に巡らせる。こんなやつらに第一魔法まで使うのはもったいないからな。


「おい、どっちからやる! あのちっこい女の方か!?」


「いや……そいつはさっきの化け物女ほどじゃないが魔力が多そうだ! 魔力量から見て、男の方が狙い目だろ!」


 ちっ。見る目のない雑魚どもだ。魔力制御で外に漏れ出す分を抑えているだけなんだが。


 言っておくが、僕の魔力制御はあのアザレア嬢よりも上だぞ。


 だが。こっちのことを舐めてるやつが度肝を抜かれる瞬間。あれは最高に気持ちがいいからな。


 そうだな……どう料理してやるか。


「あ、あのっ! トールさま!? 来てます来てます、こわいおじさんたち!」


 自らの優位を疑うことなく僕に向かってくるか。二人ほどは魔力で体を強化してるようだが、お粗末なレベルだ。


 さて、実力差をはっきりと理解させた上であしらうには何がいいか。


 ……よし、あれでいくか。


「いけすかねえツラしやがって! 化け物女にはいいようにやられたが、テメエなら!」


「悪く思うなよ……!」


「わあ! トールさまっ」


 迫るゴロツキども。


 だが安心しろ、リュー。こんなやつら、僕たちに指一本すら触れることはできない。


 ――ほら。この通り。


「なッ! なんだ!?」


「身体が――動かねえ……!」


 ――高密度に圧縮した魔力は、一時的に物質的な特性を持つ。その形状も、魔法士の制御力に応じて自由自在だ。


 そして、いま僕が魔力を使って作ったものは――


「――枷だよ。もう身体の自由はないだろう。あとは、僕たちを襲おうとした罪……しっかり神に赦しを請うてもらおうか」


 さらに追加で、魔力を練ってかたどる。


「――十字架。数時間はここで磔だ」


 見えない十字架に括り付けられ、複数の男たちが宙に浮いている。


 両手を水平に伸ばした姿勢がなんとも滑稽だな!


「ど、どうなってやがるんだ!? なんで身体が浮いてやがる!」


「こ、これはっ! まさか、魔力!? そんな馬鹿な!」


 ははは。間抜けに驚いているな。


 ここまで魔力を圧縮するなど、並の魔法士にはできないからな。魔力量もそれなりにいるし、あの小賢しげなゴロツキの誤解も解けただろう。


「君たちに魔力量を悟られるほど、未熟な魔力制御はしていないんだ。枷が解けるまでそこで反省するといい」


「こ……こんな!? 魔力の物質化なんて研究室の中で見るようなもので……実戦で使える技術じゃないだろう!」


「やってみれば案外できるものさ。君も試してみるといい」


「くそッ、馬鹿にしやがって! そう簡単にできてたまるかッ! なんでこんなやつがいるんだよ……! こんな技量――名匠級グランドマイスタークラスでもないとできやしないぞ!」


 指南者級マイスタークラスを飛び越えて名匠級? 大陸全土でも百人に満たない高位魔法士だぞ。


 ふん、高く評価されたものだ。それだと僕の力はすでに大抵の学園教師より上ということになる。


 まあ、こんな雑魚どもに正確な実力を推し量ることなんてできないだろう。ゴロツキの妄言は置いておいて、僕の真の実力に慄く雑魚っぷりを見れただけで満足だ。


「わあ……トールさま、ますます意味わからない強さに」


「意味が分からないことはないだろう。僕がやっているのは、確立された技術を高水準で再現しているだけだ」


 本当の理不尽というのはむしろ――。


 チラッと視線を向けた先には、禍々しい魔力を立ち昇らせるアザレア嬢。


 何人ものゴロツキを同時にしばき回して……あ、いま最後の一人が倒れた。


 ……あの魔力は一体なんなんだ? アザレア嬢の攻撃のたび、魔力が独立して動いているように見える。


 最後の一人を倒して魔力を納めようとしているが、苦戦しているようにすら――あ、いまヒイラギ家の技術を……! あまり人前で使うんじゃない!

 

「――ヒイラギさん、オリーブさん。怪我はない?」


「あ、ああ、アザレア嬢。そっちでたくさん受け持ってもらったからな、心配ないよ」


 僕を見て奪った技術を使うななんて。そんなことを言うとやはりみっともないだろうか。


 見ただけで使えるならいちいち秘匿するほどでもない、なんて言われたらキレる自信があるぞ。


 そんな風に、アザレア嬢へかける言葉に悩んでいると。


 いつもより饒舌なアザレア嬢が、僕たちのかたわらに浮かぶゴロツキを見て言った。


「やっぱりヒイラギさんは甘いね。もう二度と私たちを襲わないよう、もっと痛めつけた方がいいのに」


 本当にどうしたんだ。今日のアザレア嬢、キャラが崩壊していないか。


「いや、まあ……一応貴族として、平民は庇護すべき存在だからな。襲われたからには対応するが、それ以上の制裁は司法に委ねるべきだろう」


 アザレア嬢やリューがいる手前、侯爵家嫡男として正解の回答はこれだろう。


 大した実力もない雑魚にこれ以上興味がないというのが本音だが。


「……ヒイラギさんはやっぱり、私とは生きる世界が違うみたい。こんなやつら、つけ上がる前に思い知らせないと」


「悪いのは彼らの方だから、アザレア嬢の気持ちも理解はできるが。拘束して衛兵に引き渡すのが一番正しく、手間も少ない」


「そう……かもしれないけどさ」


 なんだ。いやに食い下がるな。いかにも納得してなさそうな顔だ。


 別に僕だって本気でそう思っているというよりは、これ以上のことをするのは面倒だし、こう言った方がいろいろ都合が良いだけなんだが。


 いや、まあそれだけじゃないか。あとは……。


「――こんな者たちを相手にアザレア嬢が手を汚しすぎるのも――癪だろう?」


「――!」


 僕を負かすほどの強者が、場末のゴロツキ相手に本気になっていると、僕の格まで下がるようで嫌だからな。


 なんて、そんな気持ちで言っただけだったのだが。


 アザレア嬢はなぜか目を見開き、僕に言ったのだ。


「――ヒイラギさん。お父さんみたい……」


 なぜ?


 僕を通して、僕じゃない誰かを見ている。僕という偉大な存在を前にその所業……ちょっと腹が立つからやめてくれないか。


「仲間からパパに格上げですねっ?」


「茶化すなリュー……!」


 やかましいわ。



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