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4話

 「次は君の番だ」って。


 そう言われたことには気づいていたけど。その時の私はそれに言葉を返す余裕もなかった……。


 だって私、こんな風に人と並んで演習に参加するのなんて生まれて初めてだったんだから。


 しかもその相手がヒイラギさん――サラサラの金髪を揺らす王子様みたいな男の子で、実際侯爵家なんていう雲の上の相手なんだから、緊張するなって言うほうが無理だって。


 ただでさえ私は、みんなの言うところの呪いを気にしなくちゃなのに。


「どうした、アザレア嬢。顔色が悪いぞ?」


「……! べつに、そんなことないから……!」


「ふむ。ならいいが」


 ダメだダメだ。ヒイラギさんに怪しまれてる。


 いつも一人だから自然と周囲の会話を聞いてしまう私でも、オリーブさん以外とあまり話さない彼のことはよく知らない。


 でも、私が出会った人の中で唯一――そう、ただ一人彼だけは。呪いのことで私にひどい扱いをしなかった。


 アザレア家の呪いを恐れず、《《そんなこと》》とまで言ってのけたヒイラギさん。


 きっと私みたいなしけた貴族のことは気にもしてないんだろうけど。ちょっとだけ……あんな特別な人に気にかけてもらえたみたいでドキッとした。


 ……べつに、それで好きになったとかいうわけじゃないけど!


 でも、とにかくこの演習で迷惑だけはかけないようにしないと。何といっても私の魔力は、呪いだなんだと言われるほどには厄介なんだから……!


「――さあ、アザレア嬢。そろそろ見せてくれないか? 君の魔法を」


「わ、わかってる……!」


 ヒイラギさんのきれいな青瞳を流し目で向けられる。いつまでもこうしてるわけないはいかない、私も続かないと……!


 ふう……集中、集中。


 すでにさっきから魔力は練っているし、あとは魔法陣の展開と起動を慎重にやるだけ。私のこの言うことを聞かない魔力でも……ずっと一人で練習してきたんだから大丈夫なはず!


 ――さあ、まずは魔法陣を! ……よし。なんとか上手くできた? 歪んだりしてないよね……うん大丈夫、いけてるいけてる。


 じゃあ、次は魔力を流さないと。純度を高めて、一定の量を、決まった経路に。


 く。いつもならもうちょっとスムーズにできるのに、なんだか今日は……。


「――ほう、さすがだ……。一分の乱れもない魔力」


 なんだか隣りでまじまじ見られているとむずがゆいな……。


 それに、今のはお世辞かな? あんまり上手じゃなかったと思うけど……。


 でも、たしかに魔法を発動するだけならこれくらいで十分。私の魔力が流れ出して、複雑な模様の魔法陣が淡く輝き出す。


 あとは魔法陣の隅々まで魔力を行き渡らせれば。


 ――そう、思った瞬間だった。


「ん? この魔力、何か妙だな。すでに身体から放出された後に量が増えている……?」


「――!」


 いまの言葉……! ヒイラギさん、もしかして私の魔力のことに気づいて……。


 ――せ、せっかく私のことを怖がらない人なのに……! だ、ダメ!


「ん? 急に魔力が乱れて……」


 あっ。しまった! ……動揺して魔力の制御が!


 う、ぐ、ぐ。言うこと、聞け……! こんなとこで暴発させちゃったら、ヒイラギさんが――!


 なんとか魔力の制御を取り戻そうとしばらく頑張るけど……。


 ぐ、うううう。


 まずい……。もう、むり……!




 ――そう、諦めかけた瞬間だった。


 魔法陣に向かって掲げた私の両手に、一回り大きな手が重なって。


 思わず隣りを見ると。


 ――え? ヒイラギ、さん?




 なんだ? さっきまでがちがちに緊張してたと思ったら……。


 バッと僕に視線を向けた瞬間、急に魔法陣をめぐる魔力が揺れだした。


 こいつが魔法使うところ、癪だから今まであまり見ないようにしていたんだが、こんなことになったのはたぶん初めてだぞ。


 今まで完璧なところしか見せなかったアザレア嬢が、僕の高度な魔法の後に失敗する……見ものだな!


 なんて浮かれていたのも束の間。


 ……ん? なんか、感じる魔力がどんどん増えていっていないか?


 これ、このままだと暴発しないか――?


「先生、これはまずいのでは……って」


 おい! どうして教師がそんなに離れたところにいるんだ!


 え? 呪いが怖い? ……バカな、栄えあるレンドーアの教師がなにを言っている。


 このままではあの膨れ続ける魔力によって、制御不能な魔法が発動するか、あるいは魔力の大爆発が起こるぞ!


 おい、何とか言え、このポンコツ教師。


「――く、訓練場には強固な防護結界が張ってある。流石にその外まで影響はないはずだ」


「では、中は?」


「この魔力……壊滅的な被害を受けるだろう……」


「では、それをなんとか防ぐのが貴女の仕事ではないのですかッ」


「それはっ……しかし、あのアザレア家の魔力だぞ……! この規模はもとより、呪いのこともある。もはや、我々全員で退避するしか――」


 こいつ、逃げる気か。僕たちを保護するのも職務のうちだろう!


 しかも逃げる理由が馬鹿げた呪いときた。


 ……しかし参ったぞ、これは。もちろんこんな危ない場所、逃げられるなら逃げたいが……侯爵家嫡男の情けない逃走が周囲にどう受け取られる?


 級友の暴走も止められない惰弱な男。相手が首席だから、万年二位なら仕方がない。


 そんな評価を凡俗どもに下されてみろ。腑が煮え繰り返るぞ……!


 ――それに。


 アザレア嬢も僕たちも、いまだ学園に守られるはずの立場だ。


 僕も今の実力で、エリートである学園教師陣に勝てるとは思っていない。


 だというのに、そんな教師がこの場を放って逃げようとするのはおかしくないか?


 そんな感じのことを言ってみるも……。


「――え。いや、こんなの無理だ……。私のどうにか出来る範囲を超えているんだ。そもそも、アザレアもヒイラギも私より強い……」


「なにを馬鹿なことを。魔法国……いや、世界一の学園の教師でしょう、貴女は。この程度どうにかできないはずがない」


 どうせまた呪いがどうとかで恐れているだけだろう。嘆かわしい……!


 まだ何か誤解だとかわめいているが、埒が明かないな。


 本当は僕もこんな危ないところは逃げ出したいが、立場がそれを許さないというなら。


「――僕がやるしかないか。止めてみせようじゃないか、アザレア嬢を」


「なっ!? 正気かヒイラギ!」


 お前がやらないから、僕がやらないといけないんだろうが。


 侯爵家の立場もこういう時には辛いが仕方ない。アザレア嬢も全力ではないだろうし、まあこのくらいの規模ならどうにかなるだろう。


 僕は渦を巻く魔力の中心、アザレア嬢のもとへと歩み寄る。


 しかしなんだこれは……。直に肌に触れて分かる、この魔力の異常さ。


 こいつ、僕の魔力を喰っている……?


「だが……こういう時の対処法も我が家には伝わっている。古くは罪を犯した魔法国貴族の取り締まりを任とした一族だ。あらゆる状況への対処を想定している」


 そう、こういった特殊な性質を帯びた魔力に対応するには……。


「外からどうにかしにくい魔力は、その制御を丸ごと奪うべし」


 では、お手を拝借。


「ッ! ヒイラギ、さん!?」


「少し我慢してくれ。あと、抵抗もしないでくれると助かる」


 触れた手を経由して、アザレア嬢の魔力へ僕の制御を届ける。……はずだったが、なんだこれは。


「……制御は多少効くが、それよりも。触れたところから逆に僕の体を侵食してくる……!? アザレア嬢、これはわざとやっているわけではないんだな!?」


「ち、違う! わざとやってるわけじゃない、けど……!」


 なんだこの魔力は? 触れたもの全てを飲み込むような暴れっぷりだ。


 仕方ない、制御を奪えないなら次の手だ。


「それならば、僕の魔力で覆って無理矢理に流れを正す!」


 アザレア嬢が作った魔法陣に僕の魔力を流しこむ。ふつう他人が作った魔法陣は使えないものだが、ヒイラギ家に伝わる技術を使えばこの通り――。


「ぐ、う。なんだこの魔力は。だが、このまま魔法を正しく発動させさえすれば……!」


 これはうまくいくのでは。アザレア嬢の魔力が僕の魔力を喰らおうとしているが、出力でゴリ押してしまおう。


 そう、思ったのだが。


「ヒイラギさん! もうこれ以上は……! 早く離れて……!」


 予想以上の勢いで侵食してくる! 僕の魔力を喰らって強くなっていくし、その上アザレア嬢の魔力自体が自らを喰らい合っている。


 初め魔法陣に流れている魔力の量だけなら何とかなると踏んだが、このまま増えていくと手に負えなくなるぞ……!


「だが。今さら退くわけにはいかん……!」


 ――そんなの……面目が丸潰れだろうが!


 一位の魔力を止められない二位。目の前の惨劇を見て見ぬ振りした高位貴族。


 そんなレッテルを貼られてしまえば、この先僕にどれほどの不利益があることか!


 ここなんとしてもアザレア嬢の魔力を止めないと……。


 しかし、これは……そろそろまずいぞ……! もう後数分も保たない!


 ……このまま暴発によって物理的に傷を負い、さらにアザレア嬢の魔力に負けたと評判を落とすか。あるいは、アザレア嬢を見捨てて軟弱者の烙印を押されるか。


 こ、こんなもの、どの選択をしても僕が損するじゃないか!


 ヒイラギ侯爵家の嫡男たる僕にこの仕打ち。世界はどれだけこの僕を嫌っていると言うんだ……!


 そんな世界への恨み言を吐いて、最悪の結末が頭をよぎったその時だった。


「――そうか。そのやり方なら……!」


「……? どうした、アザレア嬢ッ」


 この状況で、光明を見出したような声を出して。気が狂ったのか?


「ヒイラギさんがやっていることを、私が一人でやればいいんだ! 操作できなくなった魔力を、そうじゃない魔力で覆って補強すれば――」


「なにッ? しかしこれはそんな簡単に真似できる技術じゃ……」


「――できた!」


「う、嘘だろ!?」


 一度見ただけで!?


 っく、この、天才め……! 魔力が混じり合わないよう一方で一方を覆う――これはかなりの高等技術なんだぞ!


 しかもこれ、我が家の技術が奪われているじゃないか! クソ親父に怒られる……!


「後は外側の魔力を動かして魔法陣を起動すれば、内側の魔力ごと消費できるはず……!」


「くそっ。僕もサポートする!」


 くそ、もう起きてしまったことは変えられない。なら、せめて確実にこの事態を納める――と同時に、周囲に対して僕の功績が大きいと思わせるよう、最後まで協力してやる!


 教師も同級生も、最も身分の高い僕を置いて行けなかったのか、結局留まっているみたいだから丁度いい。


 僕はアザレア嬢に合わせて暴れる魔力を導き、魔法陣を構成する全回路へ魔力を充溢させ……。


 ――アザレア嬢が、とうとう魔法の名を唱えた。

 

「第一魔法、特式――【黒炎】……!」


 直後。魔法陣からなんの捻りもなく炎が吐き出されるが、しかしそれは……。


 ――漆黒の、禍々しい黒炎。


 膨大な量のそれが真っ直ぐ的に向かって飛んで、そして飲み込んだ後には。


 ――もはや燃え滓さえ残さず……僕たちの視界から、的そのものが消え去っていた。




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