13話
リューのやつ、余計な真似を……!
「――決闘の場に横入りとは。どうやら、命が惜しくないと見える……」
ほら見ろ! キールがちょっとよろめいただけで、むしろお前までターゲットになってしまったじゃないか。
だがまあ、その隙に体勢を整えることができたから、助かったには助かったのだが……。
「リュー、こっちに来い!」
「と、トールさまっ……」
「早く! 全力でだ!」
せめて僕のそばに置いておかなければ。本格的にリューが狙われたら守るにも守れない!
む、キールが転移で……クソッ!
「後ろは見るなよリュー! こっちに向かって走るんだ!」
「は、はいいぃ! ひぃ!」
「そら……お前の相手は僕だ、キール!」
リューの背後にキールが現れるが、僕が障壁や力場で盾を作ればそう簡単には崩せない。ついでに、牽制以上の意味はないが、負担の軽い第一魔法も放っておこう。
「リュー、方向転換! 弧を描くようにこっちへ来るんだ!」
今度は進行方向を塞ぐように現れたキールに対処する。
よし、もう少しだリュー。……しかしどんくさい走り方だな。身体強化を使っていても、あれでは速度は出ないというものだ。
ヒイラギ侯爵家に仕える者として情けない。今度特訓でもつけてやらねば――ウワッ。
「と、トールさまあっ!」
「こらリュー、抱き着くな! 淑女が大衆の面前で――」
叱りつけようとした僕の声を遮って。
僕の胸元から、いくつもの感情が溢れるように言葉が零れた。
「――よく……ご無事で……っ!!」
リュー、こいつ……。
胸板に押し付けられた小さな顔から冷たい感触が伝わってくる。それに、身体も震えているな。
荒事などほぼ経験がないこいつが、あれほど危険な臭いを漂わせるキールに対して一矢報いたのだ。相当な覚悟がないとできない行動だろう。さしずめ……従者として、主人である僕を守ろうという一心で割って入ったのか。
賢い行動とはとても言えんが……しかし。
その忠誠心、この僕も認めないといけないな。
「リュー」
「っ! す、すみません、勝手なことして! でもわたし、トールさまが危ないって思ったら身体が勝手に……」
怒られるとでも思っているのか? いつものお気楽な雰囲気はどこへやら。
「だって、だって……トールさまが大怪我するなんてわたし、耐えられなくって。ご、ごめんなさ――」
「――いや、いい。謝るな。今のお前の忠誠には、その……助かったぞ、リュー」
「……え?」
「だから。危ないところで助かったと言ってるんだ。……だから、……ありがとう、と」
「――!」
なんだ、リューのやつめ。意外そうな顔で僕を見るんじゃない。礼を言うなんて珍しいとでも思っているのか?
言っておくが、僕は誰かに施しを受ければ、必ず謝意を口にするようにしているんだからな!
「わたしが危ないことしたらいっつも怒るトールさまが……。は、はじめて戦いで役に立てたかも! ずびびっ!」
胸の中で鼻をすするな! 汚いな……。
しかし。こんなことを戦場でゆっくり話している場合ではないな。まだ脅威は去っていないのだから。
胸からリューを離した僕に、すこし離れた位置のキールが声を掛ける。
「ふ。その娘は貴様の従者か」
「ああ、その通りだ。危機を救われるなど、主人として情けないことだが」
「いいや、情けなくもないだろう。俺も大戦時に強敵とまみえた際は、組織としての勝利を優先して仲間と動いたものだ。本来であれば、貴様のような強者とは一対一で矛を交えたいものだが……」
ふん。一対一なんてごめんだ。こんな危険な者を相手に……。
しかし、どうする。先ほどの攻撃でアザレア嬢は気を失ってしまったし、ついでに危機を救われたとはいえリューは大した戦力にならない。
勝ち筋などもはや、この土壇場で新たな力に目覚めるくらいしか……。
「第二魔法……ぶっつけ本番でいくしかないか?」
「やめておけ。貴様には使えないだろう……」
「なんだと? 会ったばかりのお前になにが分かるというんだ」
「分かるとも。こうして直に戦えば、相手のことがよく分かる」
く。また【空間転移】か!
しかも遠慮なくリューを狙ってくるぞ! 一度戦いに水を差したからには容赦なしということか!
「ひええ! と、トールさまっ」
「じっとしていろ、リュー! 僕を信じろ!」
「信じてますけどお! こわいものはこわいですっ!」
魔力の盾越しに叩きつけられる手刀を見て、リューが情けなく悲鳴を上げる。
くっ、さっきよりもさらに防戦一方に。リューめ、やはり足手まとい……!
炎を飛ばしても、氷結の風を吹きつけても、すべてきれいにかわされる。まともなやり方では無理だぞこれは!
「ふ、なんとも行儀の良い魔法だ。常軌を逸した精度の魔力操作……これでは第二魔法など使えようはずもない」
くそ、このキールの余裕が腹立つ……!
言っていることも意味がわからない。技術があるというのに、なぜそれで第二魔法が使えないんだ!
「どうした……。反応が遅れてきたぞ」
「と、トールさまっ……!」
これだけ一方的に嬲られれば遅れもするわ! 吹き飛ばされた時に打った背中が痛むし、細かな傷も増えてきたし。
アザレア嬢がダウンしたことで、相手に圧力をかけられる者が減ったことが痛い。
く、こうなってはもう……!
「ほう。俺と同じ、【空間転移】の魔法陣か……」
盾と力場で身を守るかたわら、一か八かで第二魔法を構築してやる!
「ッつ……掠めたか」
「トールさまっ、ご無事ですか!?」
「こんなものかすり傷だッ。さすがに複雑な魔法を構築しながらだと、他が疎かにもなる。だが、これで……!」
魔法陣の構築、魔力の錬成は済んだ。純粋な構築難易度だけなら【光】の方が上なんだが、それでも盾の成型が少し乱れてしまったな。
しかし、後は魔力を適切な経路、量、タイミングで流し込めば。
「トールさま、あぶないっ!」
こらっ、前に出るなリュー! 危ないだろう。
待っていろ、いま魔力を通して【空間転移】で――
「――発動、しない……!」
クソッ! どうしてなんだ!
どけっ、リュー!
「そら、貴様には無理だろう。これで終わりか――?」
眼前に迫る、青い炎をまとった手刀。急ごしらえの盾を貫き、リューを背に庇う僕へと突きこまれる。
身体強化の上から、とっさに詠唱と魔法陣を省略した【水】の鎧をまとって、必死に防御の体勢を作るが……。
「ぐ、うぁあッ!」
肌を焼く熱と、全身を軋ませる衝撃。そのまま後ろに吹き飛ばされたが、身体を捻ってリューを抱き、衝撃から守りながら地面を転がる。
い、痛い……がッ、それよりも!
「トールさまっ、トールさまっ! ああ、ひどい怪我……っ!」
焼けた腕も、頭から流れる血も。いまはそんなこと気にはならない。
うっとおしくまとわりつくリューを引き離すと、僕は煮えたぎるような怒りを込めてキールを睨みつける。
「――いい目だ。これほどの差を見せつけても一向に衰えない……どころか、いや増すばかりの闘争心」
当たり前だ! リューやクラスメイト達の前で、これほどの恥をかかせられては……!
なんでもスマートにこなす僕のイメージが!
「だがやはり、今のではっきりと分かった。貴様に【空間転移】は使えん……」
「クッ……どうして、できないんだッ……!」
「言ったろう、貴様は行儀が良すぎると。第二魔法を扱う適性に欠けている」
大賢者も、こいつも……! 僕に適性がないだと? そんなことがあるものか! これまでどんな魔法でも天に愛された才能と努力で習得してきたのだ。第二魔法だけ例外であってたまるものか!
だが、しかし。ここまで手ごたえがないのは、やはり何かピースが欠けているのか? あと一つ、わずかなきっかけさえあれば……。
「ふ……ここまで言っても微塵も諦めていない。先ほど適性がないと言ったことは訂正しようか。それほど強靭な意思があれば、いずれ世界をも強引に説き伏せ、第二魔法に手をかけられたかもしれないな。そんな芽をここで摘むのは惜しいが……」
……。
強引に、説き伏せる? どういう意味だ。大賢者も我の強さが重要だと、似たようなことを言っていたが。
いやしかし、まさかな。
「トールさまっ、止血を! えっとえっと、包帯は……ないからっ……」
「いまはいい……あ、こらっ! スカートを破るな、はしたないぞ!」
「でもお、トールさまが出血多量で死んじゃいますよっ……!」
「これくらいで死なん! 血よりも評判を落とすほうが腹立たしい」
過保護なやつめ。お前は黙って僕に守られていろ。
ほら、またキールが攻撃を再開したぞ!
「くそ……。本当にどうする?」
また先ほどまでの繰り返しだ。
いや、傷を負って動きが鈍ってきた分、先ほどまでよりもきついか。被弾も少しずつ増えてきた。
ああ、もう何もかも苛々するな……。避けられたかもしれない戦いで傷を負って、優等生の看板にも傷がついて。
そもそも、この敗残兵にいいようにやられている現状に怒りが抑えきれん。僕を誰だと思っているんだ、大国の侯爵家令息だぞ……!
……と、そんな風に。精神的にも追い詰められ始めていたからか、それとも蓄積した疲労からか。
少し前まで感知できていた【空間転移】の予兆を今回初めて――一瞬、見逃してしまった。
そして逆に、リューのやつはキールの出現を感じ取っていたらしい。
「! と、トールさ――」
土壇場で覚醒したのか何なのか……。とにかく、先に気づいたリューに声を掛けられ、一瞬どうしたのかという顔をしてしまった。
僕が予兆を見逃したと察したら、リューがどう動くかなど火を見るよりも明らかであったのに。
「――今度は、わたしが……!」
グワッ。リューのやつ、僕を突き飛ばすなんて――いやこれはッ、転移の!
「やめろバカ、下がれ早くッ! リュー!」
「ご主人さまなんですからっ! 後ろでドシっと構えててください……! ねっ?」
引き攣ってるぞ、顔が! 怖いなら下がっていろと……クソッ、もう間に合わん。せめて盾を……!
「――主人を守ろうとするその意気やよし。実力は追いついていないが……いや、無粋だったな……」
引き攣った顔のまま、ヒュッと息を呑むリュー。
「トールさまにはもう傷つけさせません! わたしの、大切なっ……!」
現れたキールが、渦巻く魔力に覆われた手刀を振りかぶった。
――ダメだ、あれは。貫通力を高めた一撃……今から作った盾などひとたまりもないぞ!
どうする! リューを見捨てるなど論外。あれは間抜けなやつだが、小さな頃から一緒に育った兄妹のようなものだ。
まるで時間が圧縮されたように思考が回転しているが、ここからリューを守り切る手立てなど僕には……。
…………いや、第二魔法なら。
大賢者やキールの言葉を思い出せ。あいつらは何と言っていた?
時間の問題とはいえ、現時点では第二魔法を習得していない僕へ、得意げに語ったあの憎らしい二人。
言っていたじゃないか。
――世界を説き伏せ、そしてねじ伏せる強い意志。
僕にそれがないなどと、冗談もいいところだ……!
回せ、魔力を! 強く命じろ!
この僕をいったい誰だと思っている!?
ヒイラギ家の次期当主にして、やがてはレンドーア――いや、セルセイレム魔法国で頂点に立つ魔法士だぞ!
そんな僕が、従者の一人救えなくてどうする――!
「――――第二魔法」
そして。
僕の眼前で、重なった二つの影。
リューの小さな身体を貫く、残酷な指先を見た僕は――――。




