9話
「――はい、やめ! みんな魔法止めてね」
いつぞやアザレア嬢が破壊した訓練場にて。
何人もの生徒が的に向かって魔法を放っていたが、大賢者ドロテアの号令に従いみなが一斉に動きを止めた。
ふむ、まだまだ僕には第一魔法のレパートリーが残っているが、止められたなら仕方ない。魔法発動前の魔法陣も散らしてしまう。
「はい、みんなの実力はだいたい分かりました。これから講評に入るから、みんなボクの方に来てね」
とうとうか。いいだろう……大賢者から見たこの僕の改善点、聞こうじゃないか。
と思っていると。
ん? どうしたリュー、そう慌てた顔で。
「――ど、どうしましょうトールさまっ! わたし、二回も魔法発動に失敗しちゃいました……! 緊張して!」
「なに? ううむ……それは、まずいかもしれないな」
「そんなあっ!」
いつも大げさでやかましいやつだが、この焦りようは本当にまずいときのそれだな。
リューは昔から本番に弱すぎる。偉大なる僕の従者として、醜態を晒さないよう今後鍛えてやる必要があるか……。
しかしそれも、まずは大賢者の選別を生き抜いてから。
僕はたった一つのミスもなく、多彩な第一魔法で極めて優れた実力を見せることができた。だが、リューを始め顔を青くしている生徒がたくさんいる。
「そういう意味では、リューが特別に悪い結果ということはなさそうだが。まあ、最悪はヒイラギ家の力で……」
「――力……って?」
ウワッ! 誰だ……ってアザレア嬢か!
「ッごきげんよう、アザレア嬢。別に大したことではないさ。大賢者さまの試験でもヒイラギ家の一員としてしっかり力を示さねばと、そうリューに説いていただけだ」
「ふうん?」
「――あ、ニアさん! 聞いてくださいよ~!!」
「うわっ、リューさん。どうかしたの?」
リューに泣きつかれたアザレア嬢がたじろぐ。
リューのやつ……この間の闇市以来、ずいぶんとアザレア嬢にぐいぐい行くようになったな。周囲の噂を気に病むアザレア嬢の姿に、己の発言を反省していたのは知っているが。
「ニアさんんん。わたし退学になっちゃうかもぉ……!」
「ええ? 魔法、失敗したの?」
「はい……に、二回もぉ……!」
「ちょ、ちょっと。こんなとこで抱き着かないでって……!」
くくく。アザレア嬢め、本気で困っているな。明確な拒絶こそしていないが、リューの態度にどうしたらいいか分からないらしい。
リューもこれまでの無礼を恥じて、多少大げさに振る舞っているだろうが……こんなスキンシップ、これまでずっと一人きりだったアザレア嬢には負担だろう。
宿敵が弱り切っている姿が最高に愉快だ。ただまあ、露骨に助けを求める視線を向けられては仕方あるまい。
「リュー、やめるんだ。アザレア嬢も困っているだろう」
「で、でもぉ。失敗したこと誰かに慰めてほしいんですもん! トールさまはくっついたら怒るじゃないですかっ」
「当たり前だ。それは淑女の振る舞いではない。ほら、アザレア嬢から離れるんだ」
「うう~、わかりましたよお」
ははは! 声に出してリューを褒め讃えたいところだ!
……む、アザレア嬢め。引っ付きそうな距離で半身を僕の後ろに隠したか。リューに控えめな警戒を向けているが……無様だな!
「……ねえ。こんなことしてないで、早く大賢者さまのところに行った方がいいんじゃない。私たちすごい見られてるんだけど」
「なに? ……本当だな。これは失敬」
たしかに、僕たち以外の者はみな大賢者のもとに集まっていて、まだ動いていない僕たちをみんなが見ているな。
こちらに向けられた目には大賢者の真っ青な瞳もある。一見にこやかに見えるが、なんとも感情が読めない視線だ。
それはともかく。リューとアザレア嬢のせいで、高位貴族としてみっともない行動をしてしまった。早く向かわねば。
「ほら、行くぞリューも。――申し訳ありません、大賢者さま。講義の進行を乱してしまって」
「うん? いやいや、構わないとも。大した時間ではなかったし、友だち同士仲が良いのは素晴らしいことだよ」
「……ご寛恕、ありがとうございます」
何が友だちだ。この場に友としてふさわしい者などいるものか。僕が上位者として面倒を見てやっているんだ。
が、わざわざそんなことを口にはすまい。この場でもっとも高貴な僕が下々の者も世話しているという、その素晴らしさを目に焼き付けるがいい。
なんてことを思っていると。
「――さて。それじゃあみんな集まってくれたことだし、さっそく講評に入ろうか」
ふん、講評か。僕たちの魔法行使に評価・アドバイスすると同時に、誰がレンドーア魔法学園に相応しくないか決めるという。
僕が学園を追放されることなど万に一つもないから後者を聞く必要はないが。しかし、前者についてはまさに僕が求めていたことだな。
アザレア嬢を踏み越えるために、ぜひとも魔法国最強の魔法士に助言をもらいたいものだ。
アザレア嬢も講評されるのが癪だが……どうせあの感覚派にアドバイスを活かすことなどできまい。すなわち、僕の方が講評を通してよりレベルアップし、アザレア嬢を蹴り落としてやれるというわけだ。
「みんな特級クラスの生徒だけあって、平均したら歳のわりに立派な魔法行使だったよ。けど、やっぱりボクの求める水準にない子もいたから……ここからは一人ずつ評価していこうか」
ふふふ、まったく楽しみだ。アザレア嬢という特例を除いて、この学年で最も優れたこの僕への評価が。
さあ、はやく僕の番が来ないものか。
ということで、講評が始まってしばらく。
「――ということで結論。キミはこの学園に相応しい才能を持っていないね。そうだな……武術の心得もあるようだし、セイレン魔剣士学校あたりに行ってもらおうか」
「そ、そんな……! この私が!? せ、せめて上級クラスの生徒と入れ替えではダメなのですか!?」
「うーん、残念だけどダメかな。さっきの子にも言ったけど、ボクはキミたちの《《才能》》を評価しているんだ。現時点の実力で言えば特級クラスに相応しいのかもしれないけど、ボクはちょっと違うアプローチでこの学園を変えたくってね」
「そ、そんな……。これまで必死に勝ち抜いて、やっとの思いでここまで来たのに……」
「さ、キミの講評は終わり。じゃあ次は――」
ふむ。実力ではなく才能か。
想像するに、大賢者は小さくまとまった優等生より、将来性込みで大物になりそうな者を集めたいのだろう。
ふん。彼女はこの学園の理事もやっているとか言っていたが、個人の思想を以って学園文化を蔑ろにする態度は好かんな。多少非合理な部分があったとしても、そこには多くの者が考えた末の大局的な理由があるだろうに。
しかし、魔王を討伐した実績に誰も文句を言えないのが実際のところか……。
「さて、それじゃあ次の講評は、と。キミだね――アザレアちゃん」
! 来たか、アザレア嬢の番が。
彼女が魔法を使っているところは位置関係的に見えなかったが、しかしあの強烈な魔力は見えなくても感じていた。
それに、どうもこの間見た第一魔法とは別の、何か妙な気配も感じたが……。
「アザレアちゃん。まずキミの魔法行使への指摘だけれど……正直驚いたよ。不完全とはいえ、まさかキミの歳で――第二魔法を使えるなんて」
――な、なに……!? 第二魔法だと!
大賢者の言葉に僕は目を見開く。
「今のは【空間同化】の派生かな? 攻防一体の技術だし、これからの伸びしろも十分に感じた。魔力が強すぎてときおり制御が覚束なかったけど、キミの才能ならそのうちマスターできるだろうしね。ということで総評として――――文句なしの合格だね!」
あ、アザレア嬢……いつの間に第二魔法を使えるようになったというんだ!?
ダメだ、あまりにショック過ぎてその後の講評が耳に入らない。だがしかし、それほどの衝撃だったのだ。
第二魔法とは、使用できる時点で指南者級の認定が確定する超高等魔法――俗に言う世界に干渉する魔法だ。技術的な難易度も高いが、それ以上に適性が物を言う魔法で、宮廷魔法士ですら半分は使用できないんじゃないか。
この僕ですら第二魔法は使えないのというのに! さらに差が開いてしまったじゃないか……!
クソ、クソ、クソ……! いったいどんな手を使って習得したというんだ。
「――ア、アザレア嬢」
「! なに? ヒイラギさん」
「いつの間に、第二魔法を……?」
「……ちょっと前かな。ヒイラギさんに第一魔法を手伝ってもらって以来コツを掴んで。やってみたらできたっていうか……」
「なッ!?」
――ぼ、僕のせいッ!? 身から出た錆だというのか!
いやいやいやッ、そんなわけがあるか。僕の失敗じゃないぞこんなの! それだけで第二魔法をマスターできるなら、僕だって使えてないとおかしいじゃないか!
きっと他に秘訣があるのを隠しているに違いない。僕を仲間などと呼んでウロチョロつきまとってくるくせに、やはり彼女も裏で何か考えているんだ!
あああ、僕も第二魔法を使いたい使いたい使いたい――
「――……さま。……トールさま!」
「使いたい使いたい……あ? リュー?」
「わ、ひさしぶりに酷いお顔。なんかトールさま見てたらちょっと落ち着きました。……じゃなくって!」
「――もう、ヒイラギさんの講評始まるって……!」
なに? 僕の講評?
いや、もうぶっちゃけそれどころじゃないんだが。首席への道に次々暗雲が立ち込めるものだから発狂しそうなんだが。
「あ、復活したかな? ヒイラギ候のご令息……ヒイラギくん。えっと、キミはねえ」
いい、もう。どうせ特級クラス据え置きだろう。
……いや、しかしあれか。僕の魔法行使に対する助言――それ次第で、僕にも急成長の可能性が?
もはやそれくらいしか賭けられるものがない。……ああ、あと魔力増強薬なんてものもあったか。しかしそんなもの、アザレア嬢が第二魔法を習得したインパクトに比べればカスだ。
祈ろう。高みに坐する大賢者が、僕に起死回生の一手を授けてくれることを――。
そして。
じっと僕を見据える大賢者ドロテアが、その形が良く薄い唇を開く。
「ボクにも迫る、極めて優れた魔力制御。魔力の錬成、魔法陣の構築ともに文句なしの速度と正確性だったね。属性魔法の適正も多岐に渡るし、まさに器用万能って感じでどんな状況にも対応できる。正直、学生のレベルを超えてるかな」
いい。そんなことは言われずとも分かっているんだ。それより僕が聞きたいのは、アザレア嬢を超えるためのアドバイスだ。
さあ、さあ、さあ……!
最後の希望にすがる僕は、口を開かんとする大賢者を注視する。視線が合って、そして――
――大賢者は言った。
「そんなヒイラギくんにはね。――どこか別の魔法学校へ転入してもらおうか」
……………………。
……!?!?!?!?
終わった――――!




