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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
3月 全国への道
79/79

第79話 藤堂戦

 その週の金曜日。

 放課後の稽古の時間から、剣道部の合宿は始まった。

 寮がある強みを生かして合宿自体は比較的頻繁に行われているけれど、今回は文字通りの強化合宿と言うことで、部員たちの顔つきもいくらか緊張で険しさを増している。


 それもそのはず。

 剣道の稽古はたいてい、前半の時間を基本技の打ち込みでウォームアップに使い、後半の時間で試合をしたり、その日の特別メニューをしたり、より課題解決に踏み込んだメニューを行う。

 その中で、後半になれば赤江先生も道着に身を包み、防具をつけて、指導のために部員たちと打ち合うこともある。

 しかし今日は、前半のウォームアップの時間から防具を身に着けて、念入りな準備運動に精を出していたのだ。


 普段ならあり得ない異様な光景に、いっそう緊張が走る。


「集合」

「はい!」


 ウォームアップを終えて、軽い小休止を取った後、先生が部員たちに集合をかける。


「それでは、合宿メニューとして今日から三日間。残りの時間すべて、勝ち抜き戦を行っていただきます」


 彼女の言葉に、レギュラー陣はもとより、他の部員たちもぽかんとした顔で彼女を見つめる。


「勝ち抜き戦……というと、いつものあれですか?」

「はい。しかし、この合宿では少しルールを変えます」


 みんなの心を代表するように口にした部長に、先生は笑顔で頷き返す。

 それからこちらに向かってアイコンタクトを取ると、私は先生から預かっていたポスターのように大きな紙を、道場の壁に張り出す。


「これって……」


 部員たちは、皆一様に目を見張った。

 そこに書かれていたのは、縦横に部員ひとりひとりの名前が書かれた総当たりのリーグ票だ。

 しかし、勝敗を記入するであろう各マス目は、それぞれが斜線でふたつに区切られている。


「今回の勝ち抜き戦は、勝数を競うものではありません。大会レギュラー以外の部員は、レギュラーを除くすべての部員に。そして大会レギュラーは、レギュラーそれぞれに加えて――()を含むすべての部員に、必ず一勝をあげてください」

「え……?」


 戸惑いの声をあげた部員たちの視線の先に、リーグ票の一番端の名前が目に入る。

 赤江――そこには、先生の名前が他の部員と同様に刻まれていた。


「全員が必要な相手に一勝ずつをあげることができれば、この合宿は終わりです。もしも明日中に終われば、日曜日は自主練習としても構いません」

「あの、いいですか……?」

「はい、どうぞ」


 おっかなびっくり手を上げた鈴奈先輩が、おずおずと尋ねる。


「それってつまり、もし自分が全ての部員――と先生に一勝をあげても、自分を倒していない部員が居るならば、戦い続けないといけない……ということですか?」

「そうなります」


 あっけらかんとして頷いた先生に、場がざわつく。


「だからと言ってわざと勝ち星を譲ることは許しません。私は、皆さんの正々堂々なところを信じていますので、監視の目などはおきませんが」


 彼女の笑顔が、今はやけに威圧的に感じられた。

 信じていると口にしながらも、もしも約束を破ったらいっそう恐ろしい目が待っている――そう言わんばかりの表情だった。


「もし……もし、日曜日中に終わらなかった場合はどうなりますか?」


 部長が、真っすぐに先生の目を見つめて尋ねる。


「日曜の夜で合宿は終わります。もしも、リーグの票がすべて埋まっていなければ、そこにある結果を加味して改めて全国選抜のメンバーを検討します」

「わかりました」

「レギュラー以外のメンバーも、ルール上レギュラーに勝つ必要はありませんが、当然ながら勝っても構いません。その場合は、メンバー選考のための加点として加味します」

「は、はい!」


 気おされつつもハッキリと返事を返した部員たちを前に、先生はいくらか満足げに頷いて、自らもリーグ票へ視線を向ける。


「これは、当時『藤堂戦』と呼んでいた――私が沢産剣道部に居たころの顧問、藤堂先生が立案した精神鍛錬のプログラムです。剣道とは、人生の道を示すスポーツである。しかし、その本質が闘争であることは揺るがない。闘争における成功体験とはすなわち、勝利することでしか得られない。この藤堂戦は、それを半ば強制的に積み上げるための舞台装置であり、()()()です」


 ごくりと、部員たちの喉が鳴った。


「普段行っている勝ち抜き戦は、藤堂戦の難易度を下げ、定期的に行える稽古としてアレンジしたものです。そのため、はじめに言った()()()()()()()のでなく、むしろ()()()()()と言うのが正しいでしょう」


 先生が部員たちに向き直り、その顔ぶれを一瞥する。


「あなた方ひとりひとりは、地元の大会に出場すれば上位を――全国を目指せるだけの猛者です。その全員に勝利したということは、全国の舞台で勝利をあげるのと同じ価値があると私は考えます。それが可能である、この左沢産業高校女子剣道部という環境に感謝するのは、今です」


 彼女の言葉に、気後れしていたみんなの瞳に、いくらかの闘志が宿る。


「レギュラーだけではない。全員で、全国の舞台での勝利を勝ち取りましょう。あなた方には、それができます。私が補償します」

「はい!」

「よろしい。それでは、いつものようにコートを分けて始めましょう。それと山辺さん、ちょっと」

「は、はい」


 気合を入れてコートに散らばっていく部員たちをしり目に、私は先生に呼ばれて道場の隅へと連れていかれる。


「今日明日の食事のメニューですが、いつもの倍量を出すことができますか?」

「え、倍ですか? ええと……はい、たぶん、大丈夫です」

「食材が足りない場合は、追加で発注しても構いません。足りない費用も私が出します。食事もまた、鍛錬の一貫ですからね」

「それはまた……気の休まる時がないですね」

「気を休めて勝てる全国ならば、苦労はありません。お願いします」

「はいっ!」


 私も、他の部員同様に溌溂とした返事で返す。

 本当にやるんだ。この地獄のようなメニューを。

 そして、本当に終わるんだろうか。この終わりの見えない合宿が。


 瀬李ちゃん……頑張ってね。


 視線の先、遠く離れたところで頭に手ぬぐいを巻く彼女に心の中でエールを送り、後ろ髪を惹かれながら道場を後にする。

 私も私で休んでいられない。

 みんなが合宿中に倒れないように、しっかり食事と栄養の面でサポートをしていかないと。


 さて、いつもの倍量か。

 何を作ろうかな?

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