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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
3月 全国への道
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第78話 挑戦者気分

 あくる日、朝食後の片づけが終わった食堂で、二年の先輩方が顔を突き合わせて何かを話していた。

 部長と副部長も含む、今のレギュラーメンバー全員だ。

 ずいぶん熱心に話し込んでいるので、気を利かせてお茶とお茶菓子を差し入れる。


「貰った甘納豆ですけど、良かったら」

「すまんなぁ、ありがとう」


 ちょうど近くに座っていたはー子先輩が、のっぺりとした笑みを浮かべて差し入れを受け取ってくれる。


「何の話をしるんですか?」

「選抜に向けての稽古をどうするかって話。魁星旗と同じままで挑むわけにもいかんやろって」

「魁星旗に向けて行ってた稽古じゃ足りないってのは、結果が示す通りだから。全国制覇――それを目指すなら、昨日負けた十文字高校だって倒さなきゃだし」


 鈴奈先輩が、いつになく真に迫った表情で言い添えた。

 昨日は、部全体として落ち込みムードだったけど、流石にレギュラーメンバーは強いな。

 一晩で気持ちを切り替えて、()に向かってやるべきことを落ち着いて話し合えるなら、すっかりメンタルの心配はなさそうだ。


 その隣で、ズズッと音を立てて熱いお茶を啜った安芸先輩が、溜息交じりに声をあげた。


「つっても、あと二週間そこら。やれることは限りがあるぞ。当然、新しいことなんてできねぇし。まあ、選抜じゃなくてインハイに向けてってことなら話は別だが」

「インハイに向けた課題ももちろんあるけど、それはそれとして目先の課題を克服するのも必要でしょ?」

「目先の課題って何だよ、鈴奈。残りの時間で十文字に匹敵できるようになるだけの課題って、具体的には?」

「それは……」


 口ごもった鈴奈先輩は、不安を押し殺すように甘納豆をパクパクと口に放る。

 重たい沈黙。

 安芸先輩の問いに明確な答えを出せる人が、誰もいない。


「私は」


 静寂を打ち破るように、凛とした声が響く。

 瀬李部長だ。


「少なくとも、十文字との間に大きな差は無いと思った」

「そりゃ、お前は勝ったから、高みの見物決め込めるだろうが」

「私だけじゃない。引き分けた九条や大仏には、もちろんチャンスはあったし。安芸と鈴奈だって、決して相手に劣っていたわけじゃない」

「運次第だとか言うつもりじゃねぇだろうな?」

「そうも言ってない。あえて言うなら……ほんの少しの気持ちの差。覚悟と言っても良い」

「覚悟……?」


 ずっと静かだった大仏先輩が、ぽつりと零すように尋ねる。

 部長は、頷き返してみんなの顔を見渡した。


「魁星旗では、みんな挑戦者のつもりで十文字との試合に挑んだと思う。私もそうだ」

「それは……相手は近年の全国常連だし。優勝だって何度もしているし」

「そう。あっちは、全国制覇のプライドを胸に、勝って当たり前の気持ちで私たちとぶつかったはずだ。対して、挑戦者として心のどこかでビクついていた、私たちとの大きな差」

「王者と、挑戦者……か」


 鈴奈先輩が、悩ましい顔で呟いた。


「そうは言っても、挑戦者なのには変わらないでしょ? 沢産としてもずいぶん久しぶりの全国挑戦だし。私たちの世代は、先輩も含めて全国経験者――瀬李が言う、全国のプライドを持った選手はいなかった」

「それが、何より私たちに欠けた部分だ。高校剣道という環境での全国を知らない。だからこそ、挑戦者としてお客様気分が抜けない」

「はっ、じゃあどうやってそれを抜くって言うんだよ? インハイに向けて、選抜は経験のために捨てるってなら話は分かるが」

「いや、全くおらんわけやないやろ?」

「え?」


 安芸先輩が、驚いた顔で振り向く。

 思いがけないことを呟いたはー子先輩に、みんなの視線が集まる。


「おるやん。この部の中で、高校全国の恐ろしさと、そこで戦い抜いたプライドを持っとる人」


 さも当然のことのように彼女は口にするが、誰一人としてピンと来たような顔をしない。

 私もそうだ。

 ある意味アホ面を並べた私たちの様子に満足したのか、はー子先輩は、ニンマリと嬉しそうな笑みを浮かべてもうひと言付け加えた。


「かつての沢産女子剣道部・栄光の黄金期のレギュラーメンバー。我らがアカオニ――赤江先生」




「――なるほど、挑戦者気分ですか」


 午前中の稽古が始まってすぐ、部長たちは先生のもとに相談と言う名の直談判に向かった。

 先ほど食堂でしていた話を掻い摘んで聞き届けた先生は、視線を外して、しばし考え込む。


「今の我々が挑戦者である、ということは抗いようのない事実です。ある意味で、挑戦者としての退路の無さ……ハングリー精神のようなものが、有効に作用することもあるでしょう」

「ですが、私たちは左沢産業高等学校女子剣道部です。確かに、成績が振るわない世代が続いていましたが、先生方が積み上げて来たブランドへの敬意と誇りを忘れたことはありません」


 それを聞いて思い返したのは、去年の夏の引退式のことだ。

 大会で試合に負けて、悔しくて泣くのはまだわかる。

 しかし、先輩方は、引退式の場で改めて、結果を残せなかったことを後悔して、涙を流した。


 今、瀬李部長が口にしたのはそういうことだ。

 赤江先生は、いくらかバツが悪そうに微笑む。


「私は、かつての歴史を今の世代に背負わせるつもりはありません。もともと学生剣道という競技は、世代ごとの波がある環境です。なにせ、たった五人のチームメンバーで競うわけですから。それまで無名の高校でも、数人の名手が集まれば、一躍全国レベルの高校へと成り代わる。その逆も然りです」

「しかし、歴史ある沢産剣道部では、こうして全国から名手が集まり、世代のベストメンバーを選出できる環境にあります。団体戦ギリギリの部員しかいない、多くの高校とはわけが違います。それもすべて、この剣道部が持つ歴史ゆえのことでしょう」

「そうですね」


 部長の言葉を、先生は躊躇なく肯定する。


「分かりました。今週末……授業が終わった後の金、土、そして日曜にかけて臨時で合宿をしましょう」

「合宿……ですか?」

「はい。急なことで申し訳ありませんが、いつもやるように全部員で。学校への申請はしておきますので、そちらは部員への周知をお願いします」

「わかりました」


 部長は、半分飲み込まされたような様子で、戸惑い交じりに頷く。


「あの、すみません」

「なんでしょう?」

「今さら……と言うと失礼かもしれませんが。数日の合宿で、何か変わるものでしょうか?」

「分かりません」


 先生は、笑顔でキッパリと答えた。


「しかし、できることはあります。理解されていると思いますが、今更小手先の技術を伸ばしたところで、選抜に大きな影響はないでしょう」

「はい」

「気持ちの問題ということであれば。それを、みなさんが手に入れようと心に決めたのであれば、応えましょう」

「本当ですか?」


 期待で声が弾んだ先輩方に、先生がいつもの柔らかい笑顔を返す。


「ただし、苦しんでもらいます。レギュラーはもちろん、レギュラー以外のすべての部員にも」


 その宣言に、誰もが息を飲んだのは言うまでもない。

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