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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
2月 チョコレート☆パニック
75/79

第75話 ただまっすぐに

 その日の勝ち抜き戦は、瀬李部長が圧倒的な最多勝数で部内一位の座を不動のものにした。

 二位もまた、不動の順位ではー子先輩。

 いつもならここで大仏先輩が三位につけるのが番付の定番だが、今回は四位につけて、三位の座は安芸先輩に明け渡す形となった。

 部長との試合に負けた後から、すっかり調子を崩してしまったのが原因だった。


「ごめん、なづなちゃん。私――」

「いえ……ありがとうございました」


 部活の後、申し訳なさそうに口にした彼女に、私は笑顔で答えた。

 もちろん、怒ったり責めたりするような気はない。

 先輩は、私のために闘ってくれて、私も先輩と一緒に闘った。

 だけど、相手はそれ以上に強大だった。

 すがすがしいほどに。


「部長は、強かったですか?」

「うん……とっても」


 そう言って、彼女も小さく笑う。


「なづな――と、大仏も」


 部長の声に、ふたりして振り返る。

 いくらか気まずい空気が流れるのを覚悟したけど、先輩ふたりは思いのほか和やかに対峙する。


「いい試合だった」

「絶対に差し込んだと思ってた。でも……想像を上回られた。完敗」

「謙遜するな。こちらも、いろいろと気づかせてもらった」


 部長の視線がこちらに向いて、ドキリとした。

 負けた弱みか、たじろいだように後ずさってしまう。


「なづな」

「部長……その、約束は、約束なので。分かってます」

「ああ、そうだな。約束だ」


 大仏先輩が勝ったら、部長は私の話を聞いてくれる。

 だけど、負けてしまったから……それは、無かったことになる。


「なづなの話は聞かない」


 ズキリ。胸が痛む。

 だけどその痛みを優しく包み込んでくれるように、部長が笑った。


「代わりに、私の話を聞いてくれないか?」





 学校の自販機で、部長が缶コーヒーを買ってくれた。


「微糖で良かったか?」

「はい。缶のブラックは苦手で……」

「はは、分かる」


 道場の外は、夜風が少し染みたけど、暖かいコーヒーが喉を落ちていくと、ほっと身体が芯から温まる。


「それで……部長の話って?」


 多少怖さが先行したけど、汗に濡れた部長をこのまま寒空にさらすわけにもいかないと思って、胃を決して尋ねた。

 彼女は、もうひと口コーヒーを飲み下してから、ほうと白い息を吐き出して答えた。


「今日、大仏が本気でぶつかってきて、ひとつ思ったことがあった。全国制覇は、確かに私の夢だった。だが、それをみんなの夢にしたあの日から、今度は私のほうが遠慮してしまっていたんじゃないかと」

「遠慮……?」

「部長だから、部のために身を粉にて尽くさなければならないっていう、そういう遠慮だ」

「それって……遠慮って言えるんでしょうか?」


 むしと、部長として立派というか。

 模範的というか。


「遠慮だよ。いい先輩、いい部長であろうっていう。そうしなきゃいけないっていう、遠慮だ」

「部長は、いい部長ですよ」

「ありがとう。そう言ってもらえるなら、これまでやって来たことも価値があったと思える。だけど、それじゃダメなんだって、今日の試合で思い知らされた」


 どこか自分に言い聞かせるように、彼女が語る。


「もちろん、目標を成し遂げるためには、部員みんなの協力が必要だ。そして、それをまとめるのは部長の仕事だと思う。だけど、それだけじゃダメなんだ。誰もがレギュラーの座を狙っているように。九条たちがトップを狙っているように。私自身も、どん欲にならなきゃいけない。部長であることに甘えちゃいけない」

「甘えてるとは、思っていませんよ」

「もちろん、怠けていたわけじゃないさ。ただ、()()()()でいるだけでもダメだ。私自身ががむしゃらに、自分勝手に、掴みにいかないと」


 彼女の横顔には、遠く未来を見据える決意が覗く。

 その瞳が見据える遠くの景色を、私は同じように見られているのだろうか。

 今日の試合すらも、大仏先輩に重ねてようやく同じ目線に立てたような気がしたのに。

 同じ気持ちで前を向いていられているかと言われると、自信がない。


「みんなが……部長ががむしゃらでいられるように、サポートするのが私の仕事です。だから、困ったことがあったら何でも頼ってください」

「ダメだ」

「……え?」


 思わぬダメ出しに、返事が一瞬遅れる。

 彼女の深い色の瞳がまっすぐに私を捉えて、缶を握りしめたまま動けなくなってしまう。


「ダメ……って?」

「マネージャーとして。肩書で、ここまで大変な役目をこなしてきてくれたことには感謝してる。でも、無理を強いているなら。私は、なづなにそこまで強いるつもりはない」

「そんなことはないです!」


 私は、食い気味に反論する。


「私、剣道部に誘ってもらって良かった。ここを、自分の居場所だと思ってマネージャーをやっています。だから……」


 自信の無さが、言葉を弱める。

 それでも、気持ちだけは大事にしたくて、私は絞り出すように続ける。


「そんな寂しいこと、言わないでください」

「……ありがとう。意地の悪い聞き方をしてしまったな」


 ポンポンと、部長が項垂れた私の頭を撫でてくれた。


「大仏が、なづなの代わりに勝負を仕掛けてきたとき、少し悔しかったんだ」

「悔しい?」

「細かい理由で言えばいろいろあるが……大仏の力がないと、大事な相談ができないような関係だったんだなとか。そもそも、その相談をするくらい大仏の方が頼りにされてるんだなとか」

「そ、それはその……相談の中身のせいというか、なんというか」

「ああ、いや、これは完全に個人的な気持ちだ。ある意味で、嫉妬と言ってもいい」

「嫉妬……」


 部長の口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなくて、飲み込むのに時間がかかる。


「だから、なおさら今日は、負けたくないと思った。大仏が勝ってなづなの話を聞くのではなく、私が勝って話をしようって」

「それって、どっちにしろ話はできたってことですか?」

「そうなるな。でも、私の気の持ちようが違う。勝ったからこそ、自信を持って言える」


 彼女は、頭を撫でてくれた手を私に差し出して、寒さに負けない熱い呼気で告げた。


「私たちの――いや、私の夢のために、なづなには最後まで一緒に走って欲しい。険しい道だ。最後までたどり着けないかもしれない。それでも……その瞬間まで、一緒に」


 瞬間、コーヒーとは別の熱が、じんわりと身体の内側から全身に広がる。

 差し出された手と、彼女の顔とを見比べて、私は思わず伸ばしかけた手を、一度引っ込めた。


「全国の結果が出るまでですか……?」

「え?」

「一緒に走って良いのは、部長が引退する時までなんですか?」


 今ここで彼女の手をとってしまったら、私たちの関係はそこまでだと思ってしまった。

 あと半年……引退したら、ただの先輩後輩。赤の他人になる。

 そして卒業して、それっきり。


「そんなの嫌です。全国制覇の夢を果たしても、そこがゴールだなんて……終わりが決まっているなんて、私、走れません」

「なづな……」


 部長は、どん欲になると言った。

 だったら私も同じくらい、どん欲でいなければ並ぶことができない。

 同じ気持ちで、同じ夢を追うために、私も自分勝手に。


「ずっと一緒にいてください。私、瀬李部長のこと……好きです」


 彼女の剣道みたいに、私の気持ちをただまっすぐに。

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