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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
2月 チョコレート☆パニック
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第72話 先輩として、部長として ~苺のパウンドケーキ~

 翌日の稽古後、私は瀬李部長に連れられて、駅からほど近いところにあるカフェへと出向いていた。

 大方の予想通りというか……歌音さんも同伴だった。


「こんなところがあったんですね」

「今日は、お礼だから奢らせてくれ。ガトーショコラか、季節のパウンドケーキがオススメだ」


 珍しがる歌音さんと一緒にメニューを眺めて、私と部長はパウンドケーキ。歌尾さんがガトーショコラを選んで、コーヒーセットで注文をする。

 待ってる間、ちょっぴり手持無沙汰な時間を潰すように、私はそれとなく口を開いた。


「昨日も言いましたけど、そんな、わざわざお礼なんて」

「私の気が済むんだ、やらせてくれ。それに、一年生と改めて話す機会も今は必要だと思ってな」

「ん……?」


 妙に含みのある言い方に聞こえて、私は小首をかしげる。

 歌音さんも同様に、意図を測り切れない様子でじっと部長の言葉を待っていた。


「いつもならこの時期は、チームの地力アップのためにキツイ基礎練習をするのが習わしだった。寒稽古という、精神的にキツイ時期でもあるしな」

「鈴奈先輩が言ってた、地獄の冬籠りとかいう……?」

「ああ。基礎に力を注ぎながら、それぞれの課題と向き合って指導をする。それは二年生だけでなく、一年生も同じだ。我々二年は、来年以降のことを考えて一年生にできる限りのことを伝える。今くらいしか、そういう時間はないからな」

「年度が明ければ、夏大会に向けた本格的な稽古が始まりますからね。その辺りは、心得てます」

「ただ……今年の二年に、その余裕はない。全国選抜のチケットを手に入れてしまったのもあるが、部の目標のために、自分の実力を伸ばすので精一杯だ。レギュラー陣は無論、非レギュラーでも、いつ実力がレギュラーを抜き去って入れ替わるか分からないくらいの実力者が多い。正直なところ、私も気を抜けない」

「だったら――」


 なおさら、こんなことをしている暇は無いんじゃ。

 そう思ったけど、彼女がやりたくてやっていることにいちいちケチをつけるようなことも無いだろうし……申し訳ないような、その一方で気晴らしになってくれていたらいいなって思うような、微妙な気持ちが胸の中を渦巻く。


「つまるところ――下級生の面倒を全くと言っていいほど見れていない。それは、問題だと思ってる」

「仕方ないと思います。誰かを気にかけていられるほど、全国の道のりは簡単ではないはずです」


 歌音さんが、迷うことなく言い切る。

 その意志の強さは、彼女もまた中学時代からの実力者――全国を目指す者のひとりなんだってことの、現れだろう。

 部長は、いくらか優しい笑みを浮かべて頷いた。


「ありがとう。そう思ってくれているなら、少しは気が晴れる。だけど、やはり部としては――いや、部長としては、このままじゃ良くないと考えてしまう。だから、昨日のバレンタインは、掛け値なしに嬉しかった。他の二年にとっても同じだと思う。だから、ありがとう」


 そう言って、彼女は深く頭を下げた。

 あっけに取られてしまった私たちだったが、ちょうど注文した品が届いて、ありがたいことに間を繋いでくれた。


「食べてくれ。今のパウンドケーキは、苺か。うまそうだ」

「そうですね。苺がみずみずしくって」


 せっかくなので、届いたばかりのところでパウンドケーキに舌鼓を打つ。

 パウンドケーキと言えば、ボウルひとつで材料を混ぜるだけで作れる超基本&お手本のようなケーキだ。

 だからこそ、熟練の技が垣間見える。


 ベーキングパウダーのような膨らし粉なしに、しっとりふわふわの舌触りと歯ごたえ。

 噛むのではなく、顎や舌で雪をかき分けるようなふんわり感だ。

 中に混ぜ込まれた苺は、焼かれたことで軽くキャラメリゼされたように甘さが引き立ち、ほのかな酸味が爽やかな後味を演出する。

 これは、美味しい。


「ガトーショコラも美味しいです。()()()使ってるんですって」

「おから? へぇ、レシピ知りたいなぁ」


 そう言って教えてくれるならわけはないけど……お店の味をどうやったら再現できるのか、頭の中でいろいろレシピを想像してみるのも、外食のひとつの楽しみだ。


「そう言えば歌音、驚いたけど……本当に、お願いはあれでいいのか?」

「お願い?」

「なづなさんにも言いましたけど、昨日のプレゼントに私の言いたいことはすべて込めたので」

「メッセージカードが入ってたんだ。内容は……いや、これは言ってもいいのか?」

「いいですよ」


 まったくもって平常心の歌音さんを前に、部長は「だったら」と口を開く。


「次の勝ち抜き番付の時、本気で勝負してください――と」


 その言葉に、私は虚を突かれた気分で飲みかけのコーヒーの手が止まる。


「一度で良いので、本気の部長と戦っておきたいんです。それが、私の願いです」

「こちらとしては、部内戦で手を抜いてるつもりはないが……まあ、大会前の調整で無意識にセーブするところはあるのかもしれない」

「私にとっては、コートの上が全てです。だから……そこですべて出し切るつもりで、向き合って欲しいんです。たった一回だけで良いので」


 そう語る彼女の瞳に、僅かながら不安げな揺らぎが見えた気がした。

 方法は、思いもよらないものだった。

 でも……これが彼女なりの、本気の向き合い方なんだろうなって、私には、いや、私にだけは手に取るように伝わった。


「分かった。それで歌音に何か得るものがあるのなら、先輩の務めとして引き受けよう」

「いえ……先輩でも、部長でもなく、ひとりの剣士として。西川瀬李として、中津歌音と戦ってください。大会で出会ったように」

「……分かった」


 言葉を改めて、もう一度深く頷いた。

 それだけで伝わる――ふたりの間にある、剣道という繋がりが、今はこれほどに羨ましい。


「三月になれば、より大会以外のことを考えられなくなる。四月になれば、全国予選まで秒読みだ」


 部長が、どこか寂しげに語る。


「残り時間は少ない。一日一日を悔いが無いように、やれるだけのことをやって行かなければ」


 それは、焦りというよりは部長としての重い責任を帯びての言葉だと思う。

 思えば、全国出場ではなく全国制覇と目標を改めたのも、彼女の言葉を発端にしてのこと。

 その責務と、部長としてみんなをそこまで引っ張っていかなければという責任が、今の彼女を形作っているのだろう。


「そう言えば、昨日……なづなの話も途中だったな」

「え……ああ」


 そんな気持ちを感じ取ってしまったら、これ以上に個人的な想いを背負わせるなんてこと、私にはできなかった。


「……夏なんて言わず、来月の選抜で優勝目指して頑張ってくださいって。そう、エールを送りたいなって思って」


 私の言葉に、部長はいくらか驚いた様子で目を丸くする。

 言い切ってから、何様の台詞だって思いもしたものだけど、すぐに部長が笑ってくれたのでほっと胸を撫でおろした。


「それは、その通りだ。夏に優勝するのも、選抜で優勝するのも、どちらも日本一を目指すのに変わらない。当然そのつもりで、力の限りを尽くす。約束する」

「はい。約束です」


 部長が、机越しに小指を差し出してくれたので、私もそれに自分の小指を絡めて、指切りをした。

 そんな私の横顔を、歌音さん少しだけ怒ったような顔で見つめていたのが妙に印象的だった。

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