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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
1月 おはようおかえりやす
59/79

第59話 ただいま

 はー子先輩が寮に戻って来たのは、鏡開きから数日後のこと。

 いよいよ明日から年明けの授業が始まるっていう、冬休み最終日のことだった。


「えろう、心配おかけいたしました」

「いえ、お大事になさってください」


 みんなが道場で稽古に励んでいる中、寮の掃除をしていた私は、管理室で話す赤江先生とはー子先輩の声を聴く。

 先輩、帰って来たんだ――なんて、何の気なしにお出迎えしようと部屋の前で待っていると、やがてドアを開ける先生に先導される形で彼女が姿を現す。


「え、ど、どうしたんですか先輩」

「あら、おったんか、マネージャーはん」


 先輩は、松葉杖をついていた。

 右足首のあたりに、もとの脚の倍ぐらいの太さに巻かれた包帯と簡易キブス。

 痛々しい格好ながら、はー子先輩は涼しい顔で笑顔を浮かべた。


「あほやってもうてなぁ。二、三週間ってとこや」

「そんなに」


 この手の怪我に縁が薄い私にとっては、それが長いのか短いのか分からなかったが、こと彼女がスポーツ選手だと言うことを考えると、とてもじゃないが、大丈夫には見えない。


「そないなわけで、ウチもしばらくマネージャー手伝うから、よろしゅう」

「え!?」


 怪我に加えて、驚きのダブルパンチ。


「そんな、怪我してるのに無理しなくても」

「何言ってはるの? ウチが剣道部員で、ここが剣道部の寮である以上は、なんもせんでぼーっと隠居してるわけにはいきまへん」

「それは、ご立派な考えだと思いますが」

「ついでに、マネージャーはんの働きぶりも見させて貰いましょ。どうぞ、よろしゅうおたのもうします」


 言いながら、先輩は爽やかな笑顔でお辞儀をする。

 松葉杖があるせいで斜めった不格好なお辞儀だったが、私には十分な威圧感があった。

 まさか、こんなことになるとは……。


「あ……でも、その前に」


 私は、思い出したように彼女に向き直る。


「おかえりなさい」


 そう告げると、彼女はちょっぴり驚いたように目を丸くしてから、薄く笑みを浮かべた。


「ただいま」


 年が明けてから、ようやく寮に全員が揃った。




「えー! はー子先輩どうしたんですかそれ!」


 晴海さんの素っ頓狂な声が響く。

 部活が終わってみんなが寮に帰ってくると、当然のように、はー子先輩の周りに人だかりができた。

 みんなの注目は、もちろん彼女の脚のキブスについてだ。


「あほやってもうてなぁ。実家の階段で足滑らせて、こうや」


 言いながら、先輩は手を足に見立てて、すてんと足を滑らせた様子と、ぐきりと足首をひねった様子を、それとなく実演する。


「古い家やから階段もとってつけた風で、急で。ウチも年老いた人多なっとるから、バリアフリーにせなあかんのちゃう? って話してたところに、自分がこれやもの。世話ないわ」

「九条サン、三月の大会は」


 九条派の筆頭こと安芸先輩が、珍しく真剣な面持ちで尋ねる。


「完治まで二、三週間ってとこ。動けるようなるのは、もっと早い思うし。そう心配せんでええよ」

「そうっすか。なら、良かった」

「いや、ほんとですよ。先輩抜けたら、その穴どうするって話です。はー子先輩の穴埋められる選手なんて、そうそう居ないんですから」


 晴美さんの言葉を横耳に、私は今の部の体制をぼんやりと思い浮かべる。

 今のところ、この部の実力的なスリートップは、瀬李部長、はー子先輩、そして大仏先輩の三人。

 実力は、三人とも拮抗しているほうで、調子さえ良ければ大仏先輩が半歩先を行くくらいの塩梅だ。

 部長とはー子先輩なら、僅かに部長がリードする。


 ――ここ一番の勝負強さは、相変わらず恐れ入ります。


 いつか、ふたりが部長の座をかけて真剣勝負を行った時、負けたはー子先輩がそんなことを言っていた。

 はー子先輩も、部長の実力は認めている。

 東と西のふたつの派閥に分かれながらも、どうにか部がひとつにまとまって見せているのは、彼女の譲歩によるところが大きいと、最近よく感じるようになった。


 存在感はあるが、自ら主張をしない。

 それが、はー子先輩なのだ。


「そういうわけで、ウチはしばらくマネージャーのほう手伝うから。みんなは心配せんで、稽古に励みぃ」


 私に告げたのと同じことを部員たちにも告げる。

 その表情は、どこまでも涼しげだ。

 たいしたことじゃないんだ――と、部員たちを安心させる意味もあるんだろう。


(私の方は、全然大丈夫じゃないんだけどな)


 マネージャーとしてこの寮で働き始めた時も、真帆先輩から仕事を教わりつつ、はー子先輩からもかなり厳しく指導を貰った。

 あれがまた繰り返されるのかと思うと、実に憂鬱だ。




 そうして、不安は現実になる。


「ほら、シーツはもっとぴしーって張りぃ。ああ、真っすぐ干したら変な癖がつくやん。角が下を向くように、三角に干すんよ……ああ、そう」


 布団のシーツを干している私を、はー子先輩は縁側に腰掛けながら、松葉杖を指揮棒みたいに振って指導をする。

 私は、言われた通りに干し方を正しながら、泣き言をいうように振り返った。


「先輩、これじゃ手伝いじゃなくて監督です」

「何言うてはるの。この足じゃ、()()()ことと()()()()ことがあります。()()()ことはもちろんやる。()()()()ことは任せるしかないからこそ、代わりに知恵を貸すんやいの」

「そうですか……」


 昔のドラマでよく聞く嫁姑戦争ってこういうのなのかな……御免被りたい。


「ところで、今日のお夕飯は何にするん?」


 尋ねられて、私はシーツの端を「ぴしーっ」と張りながら、ぼんやりと今ある食材を思い出す。


「お正月のお餅がまだまだあるので、それの消費ですね。雑煮は流石に飽きたので、納豆餅あたりにでもしようかと思います」

「納豆餅。へぇ。また、手間のかかる料理が好きやなぁ」

「手間? めちゃくちゃ手抜き料理じゃないですか、納豆餅って?」

「何言うてはるの」

「だって、納豆混ぜて――まあ、ネギとか薬味くらいは刻みますけど――それを、お餅に絡めて、終わりじゃないですか」

「何やそれ。納豆餅ちゃいます」


 はー子先輩が、怪訝な顔で首を横に振る。


「納豆餅言うたら、大福みたいにお餅で納豆をくるんで、表面にきな粉振って、焼いたやつやろ。もしくは、お餅はん自体に納豆練り込むか」

「ええ、なんですかそれ!? 聞いたことも無いですよ!」

「聞いたことも無いって……ほら」


 納得がいかないのか、はー子先輩はスマホを取り出して、何やら検索した画像を私に見せてくれた。


「わ……ほんとだ。お餅で納豆包んでる。大福みたい」

「これが、本当の納豆餅や」

「本当って言われても……ああ、なるほど、京都の郷土料理で。でも、私の納豆餅はこれじゃないです」


 返す刃のように、私も私のスマホで納豆餅を検索して、そのページを彼女に突き付ける。

 そこには、お団子みたいにお餅を納豆のタレで絡めた納豆餅の姿がありありと映し出されている。


「はあ、山形の納豆餅ってこないなん? なんていうか、素朴で優しい味がしそうやなぁ」

「それ、褒めてます?」

「もちろん、褒めてるんよ」


 先輩は、けったいなものでも見たかのような顔で、スマホを帰してくれた。


「でも、これだけじゃ足りんやろ。栄養バランスも良くない」

「そうですね。豚汁と、あと鶏肉をすっぱ煮にでもしようかな。手羽元が買ってあったはずなので」

「ほな、なづなはんは鶏肉と納豆餅のほう頼むわ。ウチが豚汁の面倒見る」

「はい……え?」


 あまりに自然に役割分担をされて、思わず頷いてしまうところだった。


「はー子先輩、ご飯作るの手伝う気……じゃなくて、手伝ってくれるんですか?」

「当たり前やん。それがマネージャーの仕事なんやから。()()()ことはする、言うたやろ?」


 そりゃ、怪我をしてるのが足なら、料理は()()()ことに入るだろうけど。


「ええと、でも、その」


 それは困る。

 例の()は、まだ治ったとは言い切れない状態だ。

 だから、寮でも調理中は誰も炊事場に来ないようにとお願いをして、どうにか今日までやって来たのに。


「何?」


 先輩は、不機嫌そうに首を傾げた。

 そりゃそうだ。

 マネージャーなら料理を手伝うのは至極まっとうな話で、事実、真帆先輩が居た時は私も彼女の料理の仕込みを手伝っていたし。

 それを渋る私は、何か後ろめたいことがあるのではとでも、思われているんだろう。


 だけど、この複雑な事情を彼女が知る由もなく。

 参ったな……説明、するしかないのかな。

 説明すること自体はいいのだけれど、また、語るにもややこしいと言うか。


 どうしよう。

 ここに来て、まさかのピンチ到来だ。

掲載が連載もとに追いつきましたため、今後の更新は「火・木・土」の週3回となります!

お楽しみに!

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