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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
12月 合宿所のクリスマス
56/79

第56話 故郷の味 ~しらすピザ~

「それじゃあ、ご指導お願いします! 料理長!」

「だから、私も初めて作るんだけど……」


 意気揚々と敬礼するすずめちゃんに、私は丁寧に手を洗って消毒してから、発酵させた生地のひとつを取り出す。


 ピザの作り方自体は、それほど難しいものじゃない。

 生地ダネさえ作ってしまえば、あとは丸く伸ばして、具を乗せて、焼くだけだ。


「おお、意外と伸びないね。元の形に戻っていく力が強いみたい」

「そう。だから、これが結構重労働……なんだって!」


 私は両手の指先を、交互に押し付けて、少しずつ生地を伸ばしていく。

 これは……結構、疲れる。

 テレビやネットの動画だと簡単に伸ばして、こう、クルクルーって宙で回したりするけど、いかに熟練の技なのかと思い知らされる。


「こ、こんなもんかな?」


 それっぽいフリスビー状になったのを確認して、ようやくひと息。

 ちょっといびつなところは、そっと生地を引っ張ってあげて形を円形に整える。


「こっからは時間の勝負だよ。ソースを乗っけたら、どんどん生地が緩くなって崩れちゃうから、大胆に手早く!」


 今回は、定番のトマト味を作る。

 ソースは言わずもがな、今日のメニューで出したサルサの流用だ。

 隠し味で白だしを加えたのは、このためと言って良い。


「適量のソースをスプーンで生地に載せて、うすーく広げる。その上に溶けるチーズ、薬味にネギを散らして――最後にしらすを、ばばーっと埋め尽くすように!」

「おおー、具沢山たっぷり!」


 生地の上に降り積もるしらすは、どこか雪みたいだなと思った。

 最後に、上からオリーブオイルを垂らすようにかけて、軽く胡椒を振って完成。


「具を乗せたら、生地が千切れないように慎重にフライパンに載せて、コンロにかけるだけ。あとは焼ければ完成だよ」

「ピザってフライパンで焼けるんだね?」

「うん。昔は、宅配ピザとかもフライパンで焼いてたとこあるくらい、定番の焼き方だったみたいだよ。チーズに焦げ目とか欲しいなら、最後にバーナーで炙ればいいし」

「なるほどねー」

「じゃあ、すずめちゃんにバトンタッチして良いかな? フライパンあるだけ、どんどん焼いちゃおう」

「おっけー」


 私が火の番をしている間に、交代ですずめちゃんが次のピザを作り始める。


「中心から外に広げるように……っと」


 私と同じく初めてだと言っていたけど、彼女の手つきは手馴れているというか、生地を触ることに対しての遠慮が無い。

 これは、普段から生地ものを扱いなれてるかどうかの差と言う奴だろうか。


「……あれ?」


 彼女の手さばきに関心していると、ふと視界の端に炊事場の前を横切る人影がかすめた。

 今乗って、もしかして――私は、慌ててすずめちゃんの肩を叩く。


「ごめん、すずめちゃん! ちょっとだけ離れる!」

「え? あ、うん!」


 ほとんど返事も待たずに、私は廊下に飛び出した。

 それから、遠く歩き去ろうとする背中に声をかける。


「安芸先輩!」

「……あ?」


 安芸先輩が、機嫌悪そうな顔で振り返った。

 それだけで気おされそうになってしまうけど、ここは勇気を振り絞って、そろりそろりと歩み寄る。


「あの……どこに?」

「部屋に帰る。食うモン食ったし」

「でも、ほら、まだメインとケーキもありますし」

「あー……別にいいわ。チキンとシチューで十分食ったし」

「そんなこと言わずに」

「んだよ……くどいぞ、お前」


 安芸先輩は、一層不機嫌そうに私を睨みつける。

 不断ならそれで引いてしまうところだけど、今日ばかりはそうもいかない。

 別にケーキはいい。

 でも、メインのピザだけは……これだけは、どうしても彼女に食べて欲しかった。


「なづなちゃーん。いい感じに焼けてるっぽいよ」


 炊事場の方から、すずめちゃんがひょっこり顔を出して私を呼ぶ。


「じゃあ、これだけ! これだけ食べてってください!」

「これだけって、何を――」


 その時、不意に辺りに香ばしい小麦の香りが広がった。

 焼きたての、ちょっとおコゲ感もある、甘ーい生地の香り。


 安芸先輩の鼻先も同様のものがかすめたのか、彼女は小さく鼻を鳴らしてからちらりと辺りを見渡す。


「まあ、それだけなら」

「はい! じゃあ、どうぞどうぞ」


 気持ちが変わる前に――私は、先輩を炊事場に押し込むように誘った。


「ピザ? 良くこんなん作るな、お前ら」


 調理台の上に、皿に盛られた焼きたてのピザがあった。

 パリパリに焼けた生地に、とろーり熱々のチーズ。

 それから、ふっくらつやつやに()()()()()()ようにも見えるしらすが、ほんのり海の香りを漂わせていた。


「最後に、バーナーで軽く炙って……と!」


 すずめちゃんが、仕上げのガスバーナーで表面を炙る。

 途端に、磯焼きじみた潮の香りがふわっと部屋中に漂う。

 これは……食べなくても分かる。

 絶対に、うまい。


 最後に、この日のために通販で買っておいたピザカッターでザクザクと切り分けて――しらすピザ(トマト味)の完成だ。


「ささ、熱いうちにどうぞ」

「急かすなよ。別に逃げねぇよ」


 先輩は、切り分けたピザの一切れを手に取る。

 たっぷり乗せたしらすは、溶けたチーズが絡んでなお生地から零れ落ちそうで、それをひと息に口に頬張る瞬間は、見ているこっちも思わず喉が鳴った。


 安芸先輩は、しばし無言で咀嚼した後に、ごくりとひと息で飲み干す。


「良いしらすだな」

「え?」

「ワタの苦みよりも、身の甘みの方が強い。しっかり栄養を取って育ってるしらすの証拠だ」

「ああ……はい、すごく、立派なしらすでした」

「釜揚げなのが勿体ない。()()()なら、もっと旨いだろ」

「どろめ?」

「生しらすだ。地元じゃよく食ってた。醤油じゃなくて酢味噌で食うんだよ。ニンニクとか薬味を効かせて」

「味噌、ですか……それ、ありかも。ねえ、すずめちゃん」

「やってみる!」

「は?」


 理解の追い付いてない安芸先輩を余所に、私はすずめちゃんと一緒にソースの改良を始める。

 もとの白だしのサルサソースに、味噌と刻みニンニクを適量で混ぜ込む。

 酢の酸味は、トマトの酸味で代用ってことで良いかな。


 出来上がった即席ソースを、すずめちゃんが作りかけていた生地に乗せて、同じように具材をたっぷり散らして――焼く!


「――ということで、即席トマ味噌ソースのしらすピザです! ささ、熱いうちに」


 見た目は、先ほどの試作と大きく変わったところはない。

 先輩は、とてもめんどくさそうな表情をうかべて、大きなため息をつく。


「ほんとにこれで最後だぞ」

「はい、ほんとに」


 念を押されて、先輩が新作ピザの方に手を付ける。

 同じく、こんもりと盛った釜揚げしらすが零れないように、生地をスプーン替わりにするようにして掬って、一気に口に放る。


 しばらくモグモグと咀嚼して――今度は、飲み込む前に()()と、目が見開かれた。


「……うめぇ」


 ぽつりとつぶやいて、ようやく飲み込む。

 手に持った齧りかけのピザも、すぐに口の中に放って、今度はほとんど噛まずにがっつくように飲み下す。


「めちゃくちゃ旨いな、これ」

「ああ、良かった! トマトに味噌だから、絶対に合うと思ったんです。味噌の旨味とトマトの旨味って、すごく相性が良くって」

「初めて食ったのに、なんか懐かしい味がする。これって――」


 安芸先輩の視線が、調理台に置かれたしらすのパッケージで止まる。


「……この間のアレか」


 ようやく理解したのか、途端に辺りの空気がずんと重くなる。

 怒りとか、そういうんじゃない、ただただにじみ出る嫌悪感。

 ここで逃げたらダメだと思って、私は真っ向から立ち向かう。


「先輩のご実家から送られて来た荷物の……中身です」

「処分しろつったよな?」

「それは……はい。でも、こんな立派な食材を前にして、捨てるって選択肢はなかったので」

「お前な――」


 先輩が、今度は明確な怒気を纏って私に迫る。

 思わず身構えてしまったけど、不意にバタバタと、食堂とを繋ぐカウンターの辺りが騒がしくなった。


「あ! ピザつまみ食いしてる!」

「ずるい! こっちにも出してよ!」


 匂いに釣られたのか、パーティー中だった部員たちがカウンターに集まっていた。


「今、試しに作ってたとこで! すぐにみんなの分焼きますからー!」


 すずめちゃんが、慌てて部員たちに説明する。

 その間に安芸先輩は、興がそがれたのか舌打ちをひとつ吐き捨てて、ドカドカと炊事場を出ていく。


「邪魔したな」

「あ、ちょっと――」


 ピザの方は、すずめちゃんにお任せして大丈夫……かな?

 それとなくアイコンタクトで「あとはお願い!」と送って、私は先輩の後を追う。


「安芸先輩!」


 慌てていたせいか、彼女のジャージの袖をむんずと掴んでしまった。

 先輩は、うっとしそうにそれを払いのける。


「なんだよ。うるせぇな」

「あの、これ!」


 私は、彼女の目の前にもうひとつの荷物――平べったい包装紙を突き付けた。


「この間の荷物に、一緒に入ってたものです。その……ごめんなさい。これも、捨てられなくって」


 先輩は、無言で差し出されたプレゼント包みを見つめる。

 感情の読み取れない無表情……いや、半ば無関心とも思える冷たさに、背筋が震える。


「気にすんな。捨てとけ」

「ダメです、そんな……ムリです、私には!」


 先輩のご両親が、どういう気持ちで荷物を送ったのか、私に想像はできても真実は分からない。

 だけど、単に私の立場だけで言えば、私はかつて両親に迷惑をかけてしまった側の人間だから――親という存在の言葉や助言を、ないがしろにするという考えが、ない。


 だから、理由がなんであれ、両親の反対を押し切って沢産へやってきた安芸先輩のことは、理解ができない一方で、すごいとも思った。

 私とほんのひとつ先輩なだけの――こんな歳で、自分のやりたいことがハッキリして、そのために行動できるのが羨ましいとすら思う。


「先輩……ピザ食べて、故郷の味、思い出したんですよね」


 私は、プレゼントを突き付けたまま、絞り出すように口にする。


「だったら、捨てちゃダメです」


 押し付けるように、プレゼントをずいと差し出す。

 先輩はまた、しばらくじっとそれを見つめた後に、ひったくるようにして受け取ってくれた。


「……あ!」


 かと思えば、私の目の前でビリビリ包装を破くように中身を開封する。

 包みの折り目を丁寧に開こうなんて気の毛頭ない、豪快な開きっぷりに唖然とする。


「それって……サポーター?」


 中から出てきたのは、スポーツ用のサポーターだった。

 そう言えば、晴海さんたちも安芸先輩用のプレゼントに、サポーターとかテーピングとか買ってたな。


「先輩って、どこか怪我してるんですか……?」


 素朴な疑問に、先輩はプレゼントを見つめたまま答えてくれた。


「昔、家族でキャンプに行った時に不注意で脚の骨折ってから、ずっと膝に違和感がある。別にプレーには支障ないが」

「あ……そう、だったんですね」

「小学校とか、そんなガキの頃だ。怪我はとっくに完治してるし、違和感との向き合い方も心得てる。でも、いつまでもガキのまんまなんだよ、あいつら(両親)にとっては」


 その語り口は、心底うんざりした様子だった。


「手の届くところに置いておかないと、信用がねーんだ。何かしでかすんじゃないかって」

「そんなこと……単に、心配してるだけだと思いますけど」

「同じことだろ」


 先輩はそう言い捨てて、破り取った包装紙を私に押し付ける。


「これ、捨てとけ」

「あ、はい。あの、そっちは?」


 私は、彼女が持ったままのサポーターを指さす。


「捨てられないんだろ。だったら自分でどうにかする」

「どうにかって……捨てないでくださいよ!」

「考えとく。あと、ピザはうまかったわ。残ったら明日食うから取っといてくれ」

「え!? た、たぶん、残んないと思いますよ!」


 ゾンビのようにカウンターに群がってた部員の様子を見れば、あるだけ全部食いつくされる様が、存分に想像できた。


「じゃあいいわ。年末帰った時に、どっかで食えんだろ」


 そう言って、彼女は自分の部屋へ帰っていった。


 これで、良かったのかな……?

 良かったと言えるのほどの自信は、ない。

 でも、今の自分にできる精一杯だったと思う。

 贈り物を「美味しい」と食べて貰えた――ただ、それだけで。


 故郷の味。

 生まれてこの方、故郷から出たことのない私には、生まれてこの方感じたことの無い感覚。

 遠く地元を離れてこの寮で暮らすみんなの気持ちを、私は知らない。

 それでも、この場所が第二の故郷みたいに思ってくれたらいいなって――私は、そう思う。

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