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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
12月 合宿所のクリスマス
51/79

第51話 ノエル

 その日の夜、私は自室の布団に寝転がって、ノートに向かっていた。

 開かれたページに書かれているのは、パーティ当日のメニューだ。


 クリスマスだし、チキンとケーキは欠かせない。

 しかし、この人数だし、骨付きチキンとホールケーキを人数分用意するのは、バイトする暇もない剣道部員の懐事情的には厳しいものがある。

 とりあえずチキンに関しては、鶏もも肉をパリッと照り焼きにすれば、()()ものが作れるかな。

 ケーキは……うーん、作ってみても良いんだけど、心得は無いのでそれほど自信はない。

 カップケーキをクリスマス仕様にする、なんてのもアリ?

 何かしら手はありそうだ。


「うぅ、さむ」


 足元から震えが上ってきて、私は掛け布団の中に潜り込む。

 灯油がまだ届いておらず、とりあえずエアコンの暖房で凌いでいるが、骨まで冷える山形の冬を乗り切るには、どうにも心もとない。


 ……震えのついでに、トイレに行きたくなっちゃった。

 このうえ、暖房すらない廊下に出るのはちょっと憚られたけど、生理現象には抗えない。

 私は、毛糸のカーディガンに重ね履き用のズボンも身に着けて、しばれる(冷え込む)廊下に足を踏み出した。


「さむさむさむ」


 声を出したからと言って、寒さが和らぐわけではないが、ストレスを吐き出すくらいの意味はある。

 剣道の()()と似たような理屈なのかな、なんて思いながら、共用トイレで用を済ませて、これまたキンキンに冷えた水道で手を洗った。

 早いところ部屋に戻ろう。

 そう思って廊下に戻った時、向こうから話声のようなものが聞こえる。

 誰かが、通話をしているようだった。


「――じゃき、いらんて」


 うんざりしながら嗜めるような、そんな声だった。

 独特の方言は、合宿所で過ごしていて初めて聞いたものだったけど、声からそれが安芸先輩のものであることは、すぐに分かった。


「そんなが、わざわざ送ってくる親おらん。前も、他の部員に笑われたが……おう……おう」


 砕けた印象と話しぶりを見るに、どうやら相手は地元のご家族のようだ。

 どうしよう、部屋に行くのにあっちの方へ行かなきゃいけないんだけど。

 動けずにいると、その後短いやり取りを済ませて、通話が終わった。

 独特な冬の静けさの中に、乾いた溜息が響く。


「……あ?」

「あ」


 ふと――おもむろに振り向いた安芸先輩と、目が合った。

 さっと血の気が引いて、この寒さの中でまだ体温が下がるんだーなんて、現実逃避に似た考えが頭の中をめぐる。

 それは、どこか走馬灯にも似ていて、気分的にはまさに蛇に睨まれた蛙……いや、虎に睨まれた兎だった。


「あの」


 気まずさで声が詰まる。

 電話のことには触れないほうが良いよね。

 でも、この場を切り抜けるようなうまい言葉なんて思いつかなくって。

 とにかく何か、話題……話題……。


「あ……安芸先輩、そういえば、もうすぐお誕生日なんですよね?」

「あぁ?」


 さっきよりも、激しい怒気を孕んだ目で睨まれる。

 つい日中モールで聞いたことを口走ってしまったけど、どうやら逆効果だったみたいだ……ひぃ。


 そのまましばらくにらみ合っていると、やがて安芸先輩の方から舌打ち交じりに視線を外してくれる。

 それから、機嫌が悪そうに肩をいきらせて、私の横を通って自室に帰っていった。


「次、その話したら殺すぞ」


 すれ違いざまにかけられた言葉は、とてもじゃないが冗談には聞こえなかった。




 翌朝。

 私は、食器洗い当番だった鈴奈先輩に、昨晩の話をした。


「ああ、ははは。そりゃ、難儀なとこに居合わせたね」

「安芸先輩って、親と仲悪いんですか?」

「うーん、詳しく知ってるわけじゃないけど。ウチに来るの、相当反対されたっては聞いてる」

「そうなんですね」


 まあ、四国から東北だもんね。

 同じ強豪校にしても、関西や、それこそ四国内にだっていくらでも選択肢があるだろう。

 そんな中で東北の田舎町、しかも寮住まいだなんて、ご両親からしたら突拍子もない進路だったに違いない。


「結果として来れてるから、納得はさせたんだろうけど。心配はかなりしてるみたいで、ちょくちょく電話来てるのは見てる。たまに仕送りも――ああ!」


 ポンと、鈴奈先輩は何かを思い出したように手を打った。


「それかー。あったわ、あったわ」

「何がですか?」

「安芸のサンタさん事件」


 なんだそれ。


「安芸の誕生日、クリスマスイブなの知ってる?」

「はい。九条派の子から聞きました」

「去年とか、クリスマスはとっくに帰省期間だったんだけど、安芸はギリギリまで家に帰りたくなくてこっちに残ってたのね。んで、帰省とか無い地元の子たちと自主練してたらしいんだけど、そこに仕送りが届いたんだって。誕生日プレゼント」

「はあ」

「これが、思いっきりクリスマスっぽい包装紙で届いたらしくてさ。ツリー柄にサンタのシールまでついて」


 なんか、イメージができた。

 きっと赤いリボンとかもついてたんだろうなとか、実に微笑ましい光景だ。


「そんなん届いちゃったらさ、まあみんなだってまだガキだし、悪ノリしちゃうわけよ。サンタさん来たじゃ~ん、みたいな」

「ああ……それは、安芸先輩めちゃくちゃキレそう」

「いやあ、そう。すごい怒ったって。暴れたって。後から聞いたんだけど、安芸ってクリスマスが誕生日なのが、昔っからめっちゃ嫌らしいよ」

「なんでですか? なんか、特別な日感あっていいのに……」

「まあ、いろいろ? 小さいころはプレゼントが誕生日とクリスマス一緒だったり。周りの子は、それぞれ貰ってるのにーみたいなのとか」


 ああ、やっぱ思うんだ、それ。


「ちょっと知識ついてくると、それこそ宗教的な意味で揶揄られたり。救世主(メシア)だーみたいなのとか。極めつけは名前」

「名前?」

「安芸の下の名前知ってる? あいつ、絶対に下の名前で呼ばせないから、たぶん下級生は知らないと思うけど」


 私は、無言で首を横に振る。

 そう言えば、みんな「安芸」ってしか呼ばないし、聞いたことがない。

 鈴奈先輩は、辺りを見渡して誰も居ないのを確認してから、顔を寄せて耳元で囁くように教えてくれた。


「安芸乃笑瑠(のえる)っての」

「うわぁ」


 可愛くて、いい名前だと思う。名前そのものは。なんか、お姫様みたいで。

 でも、安芸先輩のあの性格で、この名前は、本人も受け入れがたいだろうなって同情もする。


「そっから、もう実家とバチバチ。年末年始は帰らないってまで言いだしたけど、先生に説得されてどうにか帰省したみたい。合宿所も閉めないとだしね」

「そんなことがあったんですね……ちなみに、肝心のプレゼントは何だったんですか?」

「それは知らない。まあ、そんな状況で開封会なんてしないよね」

「それもそっか」


 と言うことは、昨日の電話は、その誕生日プレゼントの話か。

 うわぁ……そんなとこで誕生日の話なんて持ち出したら、そりゃ殺すなんて言われるよ……命があって良かった。


「そういうわけで、クリスマス会の時は、安芸の誕生日は絶対に触れないで。楽しい会にしたいでしょ? 触らぬ神に祟りなしってね」

「わかりまし……あっ」


 頷き返そうと思って、昨日の買い物のことを思い出す。


「どしたの?」

「あ、いえ……その」


 あの時、歌音さんたち、安芸先輩のプレゼント買ってたな、確か。

 あれ、非常にマズイかも。


「一年には私から言っときます」

「うん、それがいい。二年以上はたぶん、言わずとも触れないと思うから」


 そう言って、鈴奈先輩は「よろしく~」と私の肩を叩いた。


 今、ここで聞いておいてよかった。

 知らずに当日を迎えたら、せっかくのクリスマス会がめちゃくちゃになるところだった。

 ふたりには――いや、他にもひそかに検討してた一年生は居るかもしれないし、これは徹底して周知しておかなくっちゃ。


 でも……年に一度の誕生日をお祝いしないのも、なんか寂しいな。

 そう思うのは、私のエゴだろうか。

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