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とある高校女子剣道部の合宿メシ  作者: 咲樂
8月 波乱の夏合宿
14/57

第14話 歌音のお願い ~山形だし~

 夕飯が終わったあと、炊事場には私、すずめちゃん、そして歌音さんという、あの時のメンバーが揃っていた。

 すずめちゃんも居るのは、歌音さんが「どうせなら」と言い出したからだけど、正直どんな大事な相談だとしてもふたりきりになるのは気まずかったのでありがたい。


「ごめんね。明日の仕込みしながらでいい?」

「もちろん。何を作るんですか?」

「だし。朝ごはんで出そうと思って」

「それは、お味噌汁用の?」

「ううん。その出汁(だし)じゃなくって――」


 ()()とは、山形の郷土料理のひとつだ。


 作り方は簡単で、きゅうり、なす、ミョウガ、大葉などのお野菜を、細かく微塵切りにする。

 野菜は、お漬物にしたら美味しそうなものなら何を入れてもいいんだけど、上の四つはだいたいベースとして入れるかな。

 そこに出汁醤油(めんつゆでも可)、お酢少々、そして粘り気のある海藻(私は好みでとろろ昆布)を入れてボウルでよく混ぜる。

 お好みで塩と砂糖で味を調えて、冷蔵庫でひと晩寝かせて完成だ。


「言うなれば、和風サルサソースってとこかな」

「ごはんや豆腐にかけたり、お蕎麦にかけたり、美味しいよねぇ。ザクザクのお野菜と、海藻のネバッとした旨味と……うう、よだれが。おかーさんがたまに真似して作るけど、ウチだとオクラとかモロヘイヤ入れるよ」

「ねばねば野菜を追加するのもいいよね。逆にそういうの入れて、海藻入れないとか」

「ご家庭の味というやつですね」


 ただ、その微塵切りにする過程がとにかく大変で……私は、歌音さんの話を聞きながら、ひたすらまな板に向かわせてもらうことにした。

 ザクザクザクザク、こればっかりはもう()()ではなく()()だ。

 フードプロセッサーを使えば楽なんだけど、野菜のシャキシャキの食感を残すにはよく研いだ包丁で微塵切りにするのがベストなんだもん、仕方ない。


「それで、歌音さんの相談って?」

「ええ、まあ、大した話ではないのですが」


 彼女は、もじもじとしながら視線を宙に泳がせる。

 言いにくいことというよりは、言うのが恥ずかしくて覚悟が必要って感じだ。

 やがて観念したように、私たちふたりを見渡して口を開く。


「明日の夜に、レクリエーションがあるの知ってますか?」

「最終日だから親睦会みたいなのがあるっては聞いてるけど、レクリエーション?」

「はい! 私、更衣室で先輩に聞いたよ!」


 すずめちゃんが、元気よく手を挙げて口を挟む。


「夏合宿の恒例なんだって。三年生の先輩方が、受験や就活の鬱憤を晴らすために本気で仕掛けてくる肝試し!」

「え……なにそれ?」


 肝試しはいいけど、三年生の先輩方がなんだって?


「毎年ルートは変わるそうですが、指定された場所に行って、()()()という証明の品があるので持って帰ってくるという」

「そ、そうなんだ」

「それで、くじ引きでふたりひと組で行くそうなのですが……もしお二人が部長と一緒の組になったら、ぜひ代わっていただきたく」


 なるほど、そういうお話ね。

 もったいぶって「相談」なんて言うから、変に身構えてしまった心が、ちょっとだけ落ち着く。


「私たち三人だけで示し合わせても、部長と一緒にならない可能性の方が高くない?」

「その時はその時で諦めもつきます。ただ、ひとりより三人の方が可能性が上がるのは自明の理なので」

「それはそうかもだけど」

「ダメ、ですか?」


 歌音さんの瞳がじっと私を見つめる。

 相変わらず、ポーカーフェイスな表情からは何を考えているのか全く分からない。

 ただ、こちらの心中を見透かそうとしているような実直な視線には、下手な返事ができないほどの凄みがある。


「分かった。でも、バレたりしないかな?」

「交換自体は別によくある話だと聞きました。ただ、交渉が成立するかどうかは別の話で。なのでこうして、先んじて手を打っておいたわけです」

「歌音さんって……そんなに部長のこと好きなんだね」

「こうして一緒に居られるのもあと一年だけですから。先輩が引退して、卒業してしまえば、もう会うこともないかもしれない」

「それは……」


 言われてみれば、そうなのか。

 一年生の私たちからすれば、まだまだ高校生活最初の夏であって、もう二年間は未来もある。

 でも先輩たちからすれば、泣いても笑ってもあと一年なんだ。


 限られた時間の重さに、少しだけ息が詰まる。


「……あいたっ!」

「わっ! なづなちゃん大丈夫!?」


 ぼんやりしていたら、指先を包丁で切ってしまった。

 だしを刻むのに、鋭く研ぎすぎたかな……傷はそれほど深くないけど、じんわりと指先に血が滲む。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと切っただけだから」


 心配するすずめちゃんに笑顔で返して、私は、反対の手でぎゅっと傷口を圧迫する。

 案の定、すぐに血は止まったので、一度手を洗って念のため消毒だけしておいた。


「あはは……ぼーっとして指切っちゃうなんて、恥ずかしいなあ」

「バンソコ持ってこようか?」

「ほんとに大丈夫。それに絆創膏貼ったら料理し辛くなるし」

「ごめんなさい。私、何か変なことを言ってしまいましたか?」

「ううん、歌音さんのせいでもないって。ほんとに私の不注意」


 料理人としては恥ずかしいこと。

 私もまだまだだな。


「では……用件は以上なので、私はこれで」

「あっ、私もそろそろランニング行かなきゃ」

「え、すずめちゃんこれから走るの?」

「うん! 早朝ランニングが五キロだから、夜にもう五キロ。一日十キロ走るのを、合宿中のノルマにしてるんだ」

「毎日十キロ……そ、それは、頑張ってね」

「うん! なづなちゃんも仕込み頑張ってね!」


 日中もへとへとになるくらい練習しているはずなのに、ふたりは疲れなんて全く感じさせずに炊事場を出て行った。

 体力あるっていいなあ。

 私もマネージャーとはいえ、せっかく運動部に入ったんだし、少しは体力付けたいな。


 そうじゃないと、限られた時間に全力で向き合う彼女たちに、振り落とされて置いて行かれてしまいそうだ。

 いきなり五キロや十キロは無理だけど、早朝ランニング、少しだけ混ぜて貰おうかな。

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