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終章 最終話 二羽の小鳥、エリトニーの空へ(挿絵あり)

挿絵(By みてみん)


読者の岩名理子さんの作品です。


 

 アロイスとゲルンハルトが窓から見ている前で、王妃の塔が根元からポッキリと折れ、スローモーションのようにゆっくりと倒れていった。

 やがて、「グワッシャーーーーンっ!!」と耳をつんざく轟音を発しながら回廊に打ち付けれられ、粉々の瓦礫となって1000人の兵を埋め尽くした。最上階の「王妃の間」も粉々に崩れ、ダミアンの命も瓦礫とともに散った。

 巨大な構造物が倒壊したので、轟音だけでは済まず、ビリビリとした振動がエリトニー城本体をも揺るがし、ゲルンハルトは思わず窓枠に手をやって、転倒を免れた。

 そのうち、下敷きになった1000人のホランド兵の血潮が欄干から溢れ出し、左右の海を赤く染めていった。それはまるで、多くの命を飲み込んだ回廊と海が、嘆きの涙を流しているかのようだった。


 アロイスは、全く表情を崩すことなく、(マチアス父さん。立派な最期でした)と心の中で声を掛けたが、ゲルンハルトは、眼前の信じがたい光景に青ざめ、次いでハアハア息をつきながら蒼白となり、やがて赤みを帯びてきたと思ったら、禿げあがった頭頂部までも紅に染め上げ、全身を怒りに震わせてアロイスに迫った。


「き、き、貴様……。こ、この悪魔がーっ! なんということをしてくれたんだ!」と怒声を発して、右腰の長剣を抜き払い、振りかぶって切りかかる。アロイスは何も言わず、静かにそれを見あげるだけだ。


******


 丁度その頃、筋骨隆々の大男二人が、アロイスに命じられたとおり、城門にかんぬきを差し込み、外から鍵をかけていた。

 そして、「これでよし。あとはこっちだ」と示し合わせ、塔へ続く回廊の方に向かったところで、倒壊の轟音と振動に遭遇した。二人は、その衝撃の大きさから、「おわーっ!」と、しばらく頭を抱えてしゃがんでいたが、やがて立ち上がり、倒壊して埃を巻き上げる塔を見て、「ああっ、兄貴ーーーっ! さよならーっ!」「師匠、お見事でした! 俺、ずっと忘れません!」と、華々しく散ったマチアスにはなむけの言葉をかけ、「さ、こっちだ。急ぐぞ!」と、城の壁面に辿り着いた。


 イワンが、「ここだ。取っ手がついてる」と言い、ジョナタンが「それじゃ早速」と答え、二人で手をかけ、足を踏ん張って抜こうとするが、なかなか抜けない。

「なっ? 俺たち二人でも無理か?」「さすがお城の石は大きいんだよ」と声を掛け合い、「もう一回。せーのーっ!」と、巨大な筋肉をプルプル言わせながら引っ張った。すると、ジリジリとした速さであったが、少しずつ石が抜けてきて、「よし! 出てきたぞ!」と励まし合いつつ、ついに2mほどの石を「ズボっ!」と抜いて、「ズシーンっ!」と下に落とした。


 二人はゼイゼイ息をしながらへたり込んだが、「ハっ!」と顔を見合わせ、「急ごう! もう一本!」と言いながら、門の前を駆け抜け、反対側に回って、もう一つのブロックの取っ手に手をかけた。

「ふんぬーっ!」「どりゃーっ!」 大男たちが叫びながら全身の筋肉を怒張させて引っ張る。今、腰がグキっとなったらそれまでだが、そんなことは言っていられない。そのうち、また、「ズリズリ」と音を立ててブロックが抜けてきて、ついにはこちらも「ズボっ!」っと抜け落ちた。


 二人は、もうパワーを使い果たし、石畳に座り込んで両手をついたが、城の外壁はびくともしない。


 イワンが、「あれ? なんともないぞ。聞いてた話と違うな?」と言って、ジョナタンを促して立ち上がり、「蹴ってみよう。せーのーっ!」と声をかけて、抜けた穴の横のブロックを「ダンっ!」とストンピングすると、外壁から「ミシミシっ!」という重苦しい音が響き、やがて「ダダダダダンっ!」と、城の外壁一周分のブロックが一気に潰れてしまった。


「あ! 張りぼてだ! あの二つだけでこの城を支えていたのか?」と、二人が驚きの声を上げると、今の振動が伝わったのか、連鎖を起こして、一段おきのブロックが、次々に「ダダダダンっ!」と潰れ始めた。そのうち、つぶれたブロックでそこかしこに隙間ができたが、本物の石材のブロックは目地でとめていなかったらしく、段がずれ、はずれ、ついにはバラバラと倒壊を始めた。まるで城全体が瓦解するがごとく自壊し始めたのである。


 上から降り注いでくる巨大ブロックに、イワンが「やっば! 死ぬぞ、これ!」と悲鳴を上げると、ジョナタンが「兄貴、あれ!」と、沖を指差した。

 二人は、「あ、セシルの船だ!」「それ、飛び込め!」と言い合い、すぐ城から離れ、「ドッポーン!」と海に飛び込んだのだった。


******


 その頃、謁見の間では、激高したゲルンハルトが、冷ややかに見上げるアロイスに向かって、「この悪魔が! 死ねっ!」と呪詛の言葉を吐きながら、大剣で切りかかっていた。

 ゲルンハルトは、次の瞬間、反逆児の首が宙を舞うことを夢想したが……、振り挙げた両手は動かなかった。後ろから誰かが押さえている。


「はっ」と振り返れば、巨躯のゲルンハルトよりもさらに大きい、白いドレスの美女が、「無駄よ。やめなさい」 そう毅然きぜんと声を掛け、そのまま手首をねじりながら、前傾して全体重をかけた。ゲルンハルトは激痛に耐えきれず、宙を一回転して、背中から「ドシーンっ!」と石のフロアに叩きつけられ、「くっ!」と、しばらく息が出来なくなった。

 そこに、護衛の兵士が、「無礼者!」「捕らえろ!」と、何十人も押しかけて来るが、ゲルンハルトの剣を取り上げたアロイスが、冷たい目線で見渡して、「やめろ。刺すぞ」と声を掛け、兵たちがピタリと止まり、身動きが取れなくなる。


 アロイスは、兵たちに「そのまま動かないで。大丈夫。殺す気はないよ」と言いながら、ゲルンハルトに手を差し伸べて助け起こし、「憎み合いの果てには、何も残りませんよ。私たち、もう殺し合うのはやめましょう」と言って顔を見上げ、「どのみち、私たちは今日で終わりなのです。この続きは、我々を引き継いだ者たちが解決してくれることでしょう。それを我々は天の上から見守ろうではありませんか」と、少し微笑みを浮かべながら、声を掛けた。


 と、その時、エリトニー城内部から、ミシミシと建物がきしむ音が響き、城全体がガタガタと音を立てて揺れ出した。シャンデリアが左右に大きく揺れ、天井の石材が割れて、破片がパラパラと落ちて来る。

 ゲルンハルトは、足もとから伝わってくる振動に戦慄し、アロイスに詰め寄って、「き、貴様、一体何をやったーーーっ!」とわめくように言いたてるが、アロイスは穏やかに微笑んだまま、小首を傾げ、


「さっき、となえたんですよ」と言って、ステラにチラっと視線を送って笑顔を交わした後、ゲルンハルトに向き直って、


「そう、滅びの呪文をね!」と、清々しい顔で言い放った。


 そこに、謁見の間のシャンデリアが、「ガッシャーンっ!」と轟音を立てながら落下し、下敷きになった5名ほどのホランド兵が「ギエーっ!」と呻きながら命を落とした。


 ゲルンハルトは、血走った目でアロイスを睨み返し、「な、なんてことを……!」と怨嗟の声を絞り出し、しかし慌てて兵たちを振り返り、「脱出するぞ! 一刻も早く!」と叫んで、ダダダっと全員で、謁見の間から飛び出して行った。


 一行は階段を二つ駆け降り、出口に辿り着き、ゲルンハルトが、「よしっ! 開けろ!」と命じて、兵士たちが門扉を押すが、びくともしない。押すたびにチラチラ開く隙間からしっかり閉められたかんぬきが覗いている。

 ゲルンハルトは、「ああっ! アロイスにやられた! 奴の墓場に閉じ込められた!」と絶望して天を仰ぎ、「そうか……リクソンはこれを知っていたのか……」と呟いたとき、眼前の天井が崩れ落ち、大国の王を潰してくるのが見えた。


******

 

 アロイスとステラは、謁見の間に佇んでいる。


「あーあ、出てっちゃったよ。どうせ門は開かないのにね」

「まあ、最後が二人きりっていう方が、ロマンチックでいいじゃないの」

「それもそうだな。それじゃ、ステラ、いつもみたいに抱っこしてくれよ」

「……まったく、みんなの前じゃあんなに立派な王様なのに、二人きりの時は、ほんと甘えん坊さんなんだから(笑)」

「はは、体の大きさ全然違うんだから、仕方ないだろ?」


 ステラは、アロイスの腕とひざ下に手をかけ、この一年ですっかり軽くなってしまったアロイスを、お姫様抱っこでヒョイと持ち上げた。アロイスがステラの首に手を回して甘えて来る。

「ふふふ。やっぱり、アロイスは可愛いな」 そう言って、ステラも愛おしそうに頬ずりして、白い頬に何度もキスをする。


「そうだ、ステラ。本当は独立を達成してからって、思ってたんだけど……」と、アロイスがステラの眼を覗き込み、ステラも「何?」と、エメラルドの瞳を輝かせる。


「……今日、いや、今、僕と結婚してくれ。お妃様になってくれ!」

「もちろん、喜んでお受けするわ! 嬉しい。私、一日限りのお妃様になったのね」

「遅いくらいだったよ。ごめんね」

「ううん、いいの。別に私、お妃様になりたかったわけじゃないんだから。アロイスのお嫁さんになりたかっただけなんだから。……私、12の時にあなたに偶然巡り会って、初めて愛を知って、今までずっとずっと輝いた日々だったけど、間違いなく最後の今日が一番幸せよ」

「そう、僕も、今日、重圧から解放されて、自由になって、ようやく愛する人と結ばれたんだな。僕も、ステラと一緒に過ごした9年間ずっと幸せだったけど、今日が人生最良の日になったよ」

「うん、本当にそうね。アロイスがそう思ってくれてて、私も嬉しい」


「ステラ、長かった僕たちの旅も、今日、ここで終わりになるけど、二人で天上の星になって、あとに残したみんなを優しく照らそう」

「うん、それがいいね。私たち、これからは永遠に一緒でいられるのね」

「そうだな。ステラ、今まで本当にありがとう。愛してる……」


 そう言って、アロイスは、睫毛まつげを少し濡らしたステラに、顔を近づけて、そっと口づけを交わしたところで、ついに天井から石のブロックが落下し始めた。しかし、不思議な力が働いているかのように、二人の上には降り注いでこない。


 二人は降りしきる瓦礫にも構わず、きつく抱き合いながら、優しく、でも深い口づけを繰り返す。

 

 ついに壁が崩れ、床が抜けるまで、二人の抱擁と口づけは、長く、長く続いた。



******



「ああーーーっ!! いやーーーーっ!! アロイス―――――っ!!!」 


 セシルが、船の上から、崩れ落ちるエリトニー城を見詰めて泣き叫ぶ。

 エリトニー城は、1000人のホランド兵、アロイス、ステラ、ゲルンハルトを閉じ込めたまま、巨大な自重に耐えきれず、外壁が全て垂直に落下し、自ら沈みこむように崩れ落ち、海上からその威容を消し去った。残ったのは、もうもうたる土埃つちぼこりと、積み重なった瓦礫の山だけだ。


 セシルは両手で顔を覆い、「うっ、うっ!」と嗚咽を漏らし、ミシェルが肩を抱き寄せる。

 アランとステファンは、「アロイス様……。見事な最期でした……」と涙に濡れ、引き揚げられたカンネイとベラも、「ああ、アロイス……」と言葉をなくし、崩れ落ち消失したエリトニー城を見つめている。


******


 そこに、「おーい!」と声がして、イワンとジョナタンが舷側まで泳ぎ着いたので、皆で、「捕まれー」「大役果たしたぞ!」「お疲れさん!」と、手を貸して引き揚げた。

 

 と、その時、港の方角から、一羽の小鳥が翼をはためかせて飛んできた。

 そして、育ての父と弟を一度に失って涙にくれるセシルの肩に、「チョン」と止まった。見れば、セシルが幼い頃に出会った、あの亜麻色の小鳥だった。


「あ、母様!」とセシルが声を立てると、小鳥は「ククっ」と声をたて、セシルの首筋に頭を擦り付け、周りをクルっと見渡したあと、コクっと頷いて、パっと飛び立ち、今はなきエリトニー城に向かって飛び去った。 


 皆が、目を凝らして見つめていると、亜麻色の小鳥は城の上空で「チチ」と鳴きながら舞い、そのうちに瓦礫の中から、二羽の白い小鳥がパッと飛び立ち、亜麻色の小鳥と合流して、しばらく三羽で踊るようにくるくる回って戯れ合った。


 やがて、三羽は、翼をはためかせ、海上に沈みゆく夕日に引かれた金色こんじきの道すじを辿り、それから空高く天上に向かってどこまでも昇り、そしてついに視界から消えて行った。


「ああ、アロイス……、ステラ……。さよなら。いつまでも幸せにね……」 セシルの声に、皆が胸に手を当てて祈る。


 そのはるか遠方の海上には、クラウス自らが率いる、ゲルマー共和国軍の軍船がこちらに向かってくるのが見えた。



*******



 マチアスに続き、この日、エリトニー城で二つの命が散った。


 ステラ王妃。享年21歳。

 人生最後の日に、愛するアロイスから求愛を受け、一日限りのエリトニー王妃となった。12歳のときにアロイスに出会い、助け出され、以来9年間、全力で愛し続けてきた。従順で、誰にも優しかったが、強い鉄の意志を持ち、惜しみなくアロイスに愛を注ぎ、そして守ることに人生を捧げ、最後まで添い遂げた。まさに王妃として相応しい資質を備えた女性であった。


 アロイス王。享年22歳。

 卓越した頭脳を持ち、軍略、政治、経済、外交、全てを最高レベルで兼ね備えた全能の天才。若くして没したが、その鮮烈な印象は、「小悪魔アロイス」「小さな英雄」として、ナーロッパ中に強く刻み込まれた。

 また、その優しさ、愛に溢れた人柄、そして美貌は、関わる者全てを惹きつけてやまず、国民皆に慕われ、優秀な人材が自ずと集まる人望をも備えていた。

 彼が頑健であれば、ナーロッパの統一まで可能だったかも知れない。実質2年間しか国を率いることはできなかったが、歴史上類を見ない彼の活躍は、いつまでも色褪せるものではない。


 ステラ、アロイス。天上で安らかに眠れ。


 エル・ディナス。




挿絵(By みてみん)


 みなさま、長い長い本編の読了、ありがとうございました。

 本作も、明日のエピローグ1 「アロイスの歌声が響く丘」 明後日のエピローグ2 「ナーロッパその後。そして語り部の正体」の2話で完結となります。どちらも、アロイスの死後、エリトニーを含むナーロッパがどのようになったのか、という後日譚になります。セシルやリクソンも出て来ますので、最後まで宜しくお願い致します。


 上記のアートは、読者のsabamisonyサバミソニイさんの作品です。

 読者の上田ミルさんの作詞で、本話のファンソングも作って下さいました。

https://kakuyomu.jp/users/siu113/news/822139844206201230 とてもよい曲なので、是非お聞きになって下さい。


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