表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/87

終章 第5話 「王妃の塔」の秘密

 

 クレマンとリクソンは、エリトニー城に続く回廊の前で、ゲルンハルト王が入城していくのを見送っていた。

 王が、開け放たれた城門から姿を消したところで、リクソンが横を向き、「クレマンさん。アロイス王の反乱は今日で収束するわけですが、あなたは明日からどうされるおつもりですか?」と聞いてきた。

 クレマンは正面を見据えたまま、少し考え、リクソンの顔を見ずに、「私は残ります。アロイス様がいなくなっても、ここがホランドの『エリトニー州』になっても、誰かが運営していかないといけませんから。まあ、殺されたら、そこまでの人生だったと考えることにします」と、寂しげに呟いた。


「そうですか……。あなたなら、十分この国の王にもなれたでしょうに。病身のアロイス王を継ぐおつもりはなかったのですか?」

「いえ、リクソンさん、私は根っからの文官なのです。やってやれないことはなかったでしょうが、時の施政者を傍で支えるのが天職だと思ってやってきたんです。それに、私ももう59ですから、戦って荒廃した国を盛り返すには、齢をとりすぎました……」

「そうですか……。まあ、確かにクレマンさんは、この地方を知り尽くした大事な人材ですから、この後も重用されるとは思いますよ」


 二人がそう話しながら、しばらく佇んでいたところに、港湾の見張りについていたホランド兵の班長が駆けつけ、リクソンに、「今、ゲルマー商会の中型船が、許可なく出航して外洋に向かいました! 追いかけて臨検しますか?」と、聞いてきた。

 リクソンは、一瞬「?」という顔になって、じっとクレマンを見つめると、クレマンは正面を向いたまま、「アロイス様は城内にいます。彼はここで逃げ出すような男ではありません」と、きっぱり答えた。リクソンは、それを聞き、ほんの少し迷ったあと、班長に、「それでは、ほっておこう。第三国の船では手出ししにくいし、それにウチも船がないんだから、スロベニーに掛け合っている間に逃げてしまうだろう」と静かに命じた。


 クレマンは、そこで初めて横を向いて、リクソンの眼を覗き込み、「リクソンさん。ありがとうございます……」と熱く感謝の言葉を述べ、両手を取って、深々と頭を下げた。

 リクソンは、「いえ、いいんですよ。私も、ゲルンハルト様から頂いたご恩はこれで十分返せたと思っていますし、それ以上に、エリトニーを根絶やしにするのは本意ではないのです」と言いながら、城を遠く見つめ、「今日、このあと起きるであろう悲劇が収まった後、私はゲルマーに向かうと思います。今日は、ナーロッパ全体を巻き込む激流の始まりになるのでしょう。だから私は、ナーロッパの秩序構築のために、その先頭に立って働きたいんです」と言って、クレマンに柔らかい笑顔を向けてきた。


******


 丁度その頃、アロイスとステラは、謁見の間でゲルンハルトを待っていた。アロイスは軍服姿で玉座に座り、横に白いドレスを着たステラが立っている。

 やがて、100人ほどの護衛兵をドヤドヤと引き連れ、「ここだな」と言いながら、ゲルンハルトがカツカツと軍靴を鳴らして大股で入って来た。


 アロイスは、その無遠慮な振る舞いを咎めたりもせず、「やあ、ゲルンハルト様。初めまして。ようこそエリトニー城に。ご心配なく、私は丸腰ですよ」と、穏やかに微笑みながら玉座を降り、赤い絨毯の上に立つゲルンハルトに近づいて、正対する。ゲルンハルトの巨躯の前では、アロイスはその胸までもないくらいだ。


 大国の老王は、小国の反逆児をじっと見下ろし、「お前がアロイスか。ふん。またずいぶんとチビなんだな」と薄ら笑いを浮かべて、「しかし、なぜ膝まづかない。お前は敗残の将だろう」と言うと、その視線を正面で受け止めたアロイスが、「膝まづく? どうして? 城は明け渡しましたが、戦いはまだ終わってはいませんよ」と、涼し気な声で返した。

 

 ゲルンハルトが、またあざけるような笑みを浮かべて、「はっ。『戦う』って、二人だけでどうするつもりだ?」と聞くと、「これだけいれば十分です。それに、ほら、もう既に一人戦っている」と、アーチ形の窓に案内すると、外では、王妃の塔の入り口に巨大な騎兵が立ち塞がり、その前には既に30人近いホランド兵の死体が折り重なって、回廊の石畳は一面血潮で濡れそぼっていた。


 ゲルンハルトが、思わず、「何て卑怯な! 『クレマンは門番が入れてくれる』と言っていたぞ!」と抗議すると、「いや、熱くなると言う事を聞かない男でしてね。申し訳ありません。だけど、さすがに一人で大軍の相手は無理ですから、もう時間の問題でしょう。あの男を倒せば、鍵は手に入りますよ」と、シレっと返してきた。

 塔に続く回廊は、1000人の兵で充満しており、今もまた、命知らずの若い兵士が飛び掛かっていったところだ。


******


 その時、塔の中には、カンネイとベラがいた。

 螺旋階段を少し昇り、カンネイが「ここだな。白いマークがついてる」と言って、外壁の石のブロックを指差すと、「対面のこっちにもあったわよ」とベラが答えた。


「しかし、こんなことして、俺たち死んだりしないんだろうな?」

「アロイスが『多分大丈夫だよ』って言ったんだから信用するほかないでしょ?」

「まあ、そうだな。……それじゃ、さっさとやっちまおう」 そう言って、一本の石に手をついて、「せーのっ!」と二人で押すと、油が塗ってあるのか、案外簡単にスーッと滑って、「スポンっ!」と抜け落ち、暗い塔の中に、真っすぐ陽光が差し込んできた。

 

 続いて、対面の石に移動し、また二人で押し出したが、「うーん……!」「こっちはちょっと固いわね。あ、でも動き始めた!」「もう少しだ。がんばれ!」などと、声を掛け合っていたが、あと50㎝くらいのところで動かなくなった。

「あー、ダメだ。……仕方ない、ちょっと怖いが、俺が入って押そう。ベラも後ろから押してくれ」と言って、カンネイが狭い穴に入り込み、「いいぞ。押してくれ!」と声を掛けた。二人でウンウンと石を押し、「よし! 動いてる、あと少し!」とカンネイが言ったところで、ついに「ズボっ!」と抜け、石がガラガラ落ちていく音が聞こえた。

 しかし、すぐに、上の段の石がミシミシ言い出し、穴を塞いで落ちそうになる。

「おっと、崩れる! ベラ、引いてくれ! 早くーっ!」 そうカンネイが叫び、ベラも「キャー、だめーっ!」と、顔を真っ赤にして両足を掴んで引っ張る。

 両手を伸ばしたカンネイが「スポンっ!」と穴から抜けたのと、隙間が塞がって石が「ズシンっ!」と音を立てて落ちたのが同時だった。カンネイとベラは、スリルと恐怖で声も立てられず、息を切らしてペタっと座り込んだ。


 そうしたところ、今、石が崩れた振動が反対側にも伝わったのか、最初に抜いた石の上段も「ガシーン!」と言いながら崩れ落ち、その次の瞬間、その段の石が全て「グシャグシャっ!」と、音を立てて潰れてしまった。

 

「あ、これ、石じゃない! 張りぼてだ!」「抜いた二つの石で支えられてたのね。重量に耐えられかったんだ!」と二人が叫んだところで、石に目地が入っていなかったのだろう、隙間になった段の上から、石が連鎖的にバラバラと崩れ落ち、眼前がぽっかりと開いてしまった。外では、マチアスがホランド兵相手に立ち回っているのが見える。

 まるで木こりが巨木を倒す時に、根元にくさびを入れたような割れ目ができ、上を見ると、塔全体がミシミシと不穏なきしみ音を立てながら、傾き始めていた。

「あっ、予め傾けて建ててあったんだ! これは倒れるぞ!」

 離れの塔は、巨大な重量に耐えきれず、最上階の「王妃の間」にダミアンを入れたまま、ゆっくりと倒れようとしていた。


******


 その時、マチアスはまだ塔の入り口で戦っていた。

 しかし、すでに50人近いホランド兵を一人で葬り去り、さすがに人馬ともに疲労の極限に達し、肩で大きくゼイゼイと息をしている。愛用の黒い長槍は折れ曲がり、刃こぼれして、軽装歩兵を貫くのも困難となってきていた。さすがのマチアスも、もう限界が近い。


 そこを見計らって、二人の大きな装甲歩兵が、「マチアス将軍、よく頑張ったな!」「最後に俺たちが相手だ!」と口々に叫びながら、巨斧を手にゆっくりと迫って来た。

 斧で軍馬の脚をがれると転倒するので、マチアスは愛馬から降りて応戦するが、この槍では、もう分厚いヘビーアーマーを貫くことはできない。


 二人の装甲歩兵は、姑息にも、左右から同時に「ウオーっ!」と雄たけびを上げて切りかかって来た。マチアスは右の兵の斧を槍で「ガシっ!」と受け止めたが、当然もう一方は避けきれず、「ギャンっ!」という切断音を立てて、左腕が装甲ごと落とされてしまった。

 マチアスは、左肩から「バーっ」と、血しぶきを噴出しつつ、「くっそー!!」と叫んで、左の兵の腰から剣を抜き、胸と腹の装甲の隙間に、「ザクっ」と差し込んだ。「ギヤーっ!」という装甲歩兵の断末魔の声が響く。しかし、もう一人が、剣を持ったマチアスの右腕に「ギャンっ!」と斧を打ち込んで切り落とし、マチアスは両肩から血をほとばしらせつつも、眼に真紅の炎をたぎらせ、「まだまだーっ! このーっ!」と叫んで、「うおおおーーーっ!」っと、歩兵を足で突きとばし、手すりを越えて右の海面に蹴り落とした。「ドボンっ!」と落ちた兵は、重い甲冑に耐えきれず、そのままブクブクと泡を立てて、海中に没して行った。


 両腕を失い、全身を真っ赤に染めたマチアスが、通路のホランド兵を振り返る。

 まさに「鬼神」と言うべき強さとその姿に、皆もう遠巻きにするだけで、襲いかかってくる者はいない。

 そうしている間に、「ああっ! あれは!?」と、頭上を見上げたホランド兵たちの顔に、一様におびえの色が浮かんだ。そして、慌てふためいて、「わーっ! 下がれー!」と急に退却を始めたものの、立錐の余地もなく密集した兵たちは身動きが取れない。


 既に覚悟を決めていたマチアスは、それを心静かに眺め、多量の出血で次第に遠のいていく意識の中で、これまでの人生の中で愛した人たちを、脳裏に思い浮かべていた。


「ウォレム様……」

「メラニー様……」

「セシル……アロイス……!」


 マチアスは、もう立っていることもできず、力なく両ひざをつき、「ああっ」と息を吐きながら中空を見上げる。

 そして、両眼から涙を流し、もう失われたはずの両腕を高く広げて、最後の命の咆哮ほうこうをあげる。


「イ、イ・ボ・ン・ヌーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 マチアスが最後に見たのは、視界を塞いで倒れて来る、王妃の塔だった。



******



 その時、カンネイとベラは、塔の中でしっかりと抱きあいながら、「きゃー! 倒れるー!」「アロイスー! 恨むぜー!」と、悲鳴を上げていた。

 そして、「ズズーンっ!」と、耳をつんざくような轟音とともに、ついに塔が倒壊し、瓦礫となって回廊を埋め、もうもうと立ち昇るほこりが収まった後、ぽっかりと上空が開け、夕空が広がっているのが見えた。


「あれ? 助かったのか?」 そう言って、カンネイがキョロキョロする。

「ああ、きれいにポッキリ折れたのね。よかった!」 ベラもそう応えてカンネイの首にかき付く。 

 カンネイがベラの肩越しに見てみると、城へ続く回廊は、1000人のホランド兵を乗せたまま、塔の残骸で埋め尽くされていた。


「うっわー、ひどい事になってる。恐ろしい。恨むならアロイスを恨んでくれよ!」「本当ね。エル・ディナス(全て神の御心のうち)!」と言い合った。

 そして、カンネイが沖に眼をやると、今まさに、エリトニー港から、ゲルマー商会の船が城に向かって海上を進んで来るのが見えた。


「セシルたちが乗っているのはあれだな。ベラ、役目はもう十分果たした。長居は禁物だ。ずらかるぜ!」「うん!」 そう言い合って、カンネイは昔懐かしい山賊の服に、ベラは緑色のセパレートになって、エリトニー城に向かって、「それじゃな! アロイス! 楽しかったぜ!」「今までありがとう! さよなら!」と声を掛けて手を振り、ドボンと海に飛び込んだのだった。


******


 1000人のホランド兵を道連れに、王妃の塔の下敷きとなって、マチアスが世を去った。享年42歳。


 騎兵歩兵の区別を超え、その雄大な体格と破壊的な戦闘能力で、「エリトニー史上最強兵士」と賞された、伝説的戦士。

 その狂暴ともいえる強さとは裏腹に、優しく、穏やかで、誰をも愛し、そして愛された人生だった。


 こうして、セシル、アロイスの育ての父が、精一杯の生を全うし、同じく育ての母であるイボンヌの元へと旅立っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ