終章 第3話 潔い散り際 そして血を繋ぐもの
(客観視点です)
~ ゲルマー共和国の大統領府 ~
ゲルマー商会の早船から報告を受けた副大統領のクラウスが、血相を変え、足早に大統領の執務室に向かう。
そして、ノックの返事ももどかしく部屋に入り、「ホランド軍がエリトニーを急襲し、首都を掌握しました! 同盟国のスロベニーが寝返ったようです。今、クレマン大臣からも援軍の要請が来ています。すぐに差し向けましょう!」と、口角泡を飛ばし、デスクの向こうの大統領に迫る。
クラウスは、大統領が、いつものように「おう! 任せとけ!」と言ってくると思っていたが、むしろあまり気乗りしない様子で「ウーン……」と唸った後、「でも、我々が加勢すると、4国入り乱れた大激戦になるぞ」とだけ返してきた。
「だ、だから、3万とか5万の大軍を派遣しましょう! それでエリトニー城の精鋭と挟撃すれば、短期間で勝利できるはずです。というより、その前に敵が退却する可能性が大きいと思います!」と、情熱を持って訴えても、
「いやあ、そんな大軍、どんだけ金がかかるんだよ。うちは共和国なんだから議会の承認が必要なんだぞ。それに、そうそう短期間で議論がまとまらないだろうに」と、素っ気ない対応だ。
「ですが、エリトニーが潰れたら、我が国のゲルマー商会が大打撃ですよ! いいんですか!?」
「いやまあ、さすがに倒産したりしないだろ。それに、うちは中立国なんだぞ。そうまでして助ける義理なんてあるのか。アロイスとセシルがお前の教え子だってのは分かるけどさ」
「ですが、あの二人を失うのは、我がゲルマーにとっても損失なんです! 生き延びてさえくれれば、必ず役に立ってくれるはずです!」
すると、大統領は、興奮するクラウスを手で制し、顔を傾け、「なあ、クラウス……。お前、次の大統領になるんだから、上から物を見て、よく考えてみろよ。うちが援軍出さずに、ホランドとエリトニーが戦ったら、どっちも立ち直れないくらいの損害が出るわけだろ? そうしたら、一体誰が得をするんだ?」と、聞き分けの無い子供に諭すように言葉をかけた。
クラウスは、「そ、それは、まさか……?」と言葉に詰まる。
「そうだよ。どちらも死に体になったら、うちが両国を併合する目も出て来るんじゃないか? それをやるのは、多分、お前なんだぞ」
「……」
大統領は、クラウスの表情が変わったのを見逃さず、「そうだろ? それが『大局観』というものだ」と畳みかけ、続けて「だからクレマンに伝えろ。『到底短期間で議会の承認は取れないから、援軍は出せない。そのかわり軍船を向かわせるから、主だった者は脱出してゲルマーで再起を図れ』とな。上手く逃げられたなら、うちで引き受けてやろう。それでいいだろ?」と、クラウスの訴えを一蹴し、冷徹に結論を突き付けた。
クラウスは、国益と感情の狭間で揺れ、今度は顔を青ざめさせ、しかし整理がつかず、ただ悄然と立ち尽くしていた。
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その3日後、ゲルマー商会の早船がエリトニー港に入港し、急いで下船してきた人物を、リクソンが笑顔で出迎えた。
「やあ、クレマン大臣。これはご無沙汰しておりました。今回は直々にゲルンハルト様も来られていますが、ご挨拶して行かれますか?」
「いや、遠慮させて頂きます。一刻も早く、お城に入れて下さい」
「それで、ゲルマーはなんと? 私も報告しませんと」
「そ、そんなこと、死んでも言いませんよ!」
クレマンはそう吐き捨て、憮然とした表情で、お城へ向かう海上の回廊に入って行った。
遠くで、「クレマン大臣のお帰りだ! 早く王様に伝えろ!」と、警備の者が慌てて城に入っていくのが見えた。
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すぐさま王の間に、セシルやマチアスら主だった家臣一同が集められ、クレマンからの報告を聞く。
「クレマン。まずは長い旅程、お疲れ様」
「ありがとうございます。それどころじゃないので、疲れなんて忘れてました」
「それで、ゲルマーはどうするんだって?」
「それが……援軍は、断られました!」 それを聞いた一同の眼に深い失望の色が浮かぶ。
「そんな! 嘘よ! クラウス先生が私たちを見捨てるはずないわ!」 そうセシルが叫ぶが、クレマンは、下を向き、
「いや、本当です。クラウスさんは援軍の派遣を強く具申してくれたようなのですが、大統領が是としませんでした。『今から議会で議論している時間はない。中立国なんだから援軍を出す義理もない』とのことでした」と、歯を噛み締めた。
アロイスは、「そうか……。援軍は断ってきたのか。大軍を差し向けてくれたら、退却したかもしれないのに。……まあ、確かに議会の議決には何週間もかかりそうだし、膨大な戦費もかかるから否決される公算も大きいしね」と唇を噛んだ後、続けて、「もしかしたら、ホランドとエリトニーが共倒れになるのを待ってるのかも知れないな」と、ため息をついた。
そこにクレマンが、「ですが、脱出用の軍船は出してくれました。既に出航していますから、2日後には到着するはずです。だから、我々は城を明け渡して、海の下の隠し道を通って亡命し、また再起を図るのがいいと思います」と付け加えると、マチアスやイワンら歴戦の勇士が色をなして、「城を明け渡すですって? こんなに頑張って来たのに、たった一戦で諦めるんですか? アロイス様! 戦いましょうよ! 仮にスロベニーがホランドについても、この精鋭たちなら撃破できますよ!」と、デスクに両手をついて、熱く訴えてきた。
しかし、それを聞いたアロイスは、ちょっと手をひらひらとさせ、「いや、それはやらないよ。市街地や市庁舎を戦場にしたくない。民間人の犠牲者は絶対に出さない。就任演説でもそう約束しただろ? それに、せっかくここまで復興が進んできたんだ。最終的に勝つとしても、焼け野原になった首都を再興するには長い長い時間がかかるだろう」と、主戦論を明確に排し、続けて「だから、僕が死のう。ゲルンハルトが憎いのは僕だけなんだから、僕が死んで、ほか全員が投降すれば、もともとホランドの大事な国民と国土だったわけだし、悪い様にはしないはずだよ」と、自らが一人犠牲になる決意を告げた。
「「「「そんな!」」」」 全員が一斉に悲鳴を上げる。
「いや、是非そうさせてくれ。……実は、みんなも薄々気づいていたかも知れないけれど、既に僕の身体は限界なんだ。多分動けるのはあと半年くらい、命もよく持って1~2年というところだろう。とても復興まで担う時間はないんだ。だから、この命を活かせる間に、最大限活かしたい」
「…………」 アロイスの告白を聞いて、長い沈黙が王の間に漂う。皆、日々痩せ衰えていくアロイスを見て気付いてはいたが、誰も聞けなかった。イワンとジョナタンは、眼を赤くし、鼻をグスグスして堪えている。
そこに、思い切って、セシルが、「……そうか。アロイスは、この1年すごく痩せちゃって、寝ていることも多かったから、そうじゃないかと思ってたんだ。もしかして、父様と同じ病気なの?」と、遠慮がちに聞いてきた。
「うん、そうだね。若い分、進むのが早かった……」 そう言って、アロイスは小さくため息をついたあと、柔らかい笑顔を浮かべ、「だから、残念だけれど、もう、僕はここまでだ。長かった旅も、ここで終わりだよ」と、優しく言い渡した。
「…………」
「まあ、だけど、お姉ちゃんは投降しても殺されそうだから、ミシェルやアランと一緒に逃げて欲しいんだけどな」
「な、何言ってんの! 私もアロイスと残るわよ! ずっと一緒だったじゃない!」 そうセシルが両手を握りしめて叫ぶと、アロイスは、穏やかに微笑んで、「それはダメだよ。ねえ、ステラ」と、ステラに眼をやると、ステラも、「そうよ。セシル。もうあなた一人の身体じゃないんだから、お腹の赤ちゃんを大事にして、次の世代に血を繋げないといけないでしょう?」と、微笑んで小首を傾げた。
「し、知ってたのか……」
「そうだよ。お姉ちゃん、近頃体調悪そうだったし、見てたら分かるって。だからこれは王の命令だよ。お姉ちゃんは、英雄王ウォレムの血を残すことが、次の使命だと思って、ゲルマーに逃げてくれ。ミシェル、アラン、ステファン、お姉ちゃんを頼んだよ」 アロイスはそう言って、セシルに微笑みかける。
セシルは、両手を強く握り、眼を真っ赤にして唇を震わせ、自分と子供の命を守るために弟を置いて逃げるのか、今、心が引き裂かれそうになっている。
……と、そこにミシェルがそっとセシルの肩に手をやり、グッと引き付けて、「セシル。生きろ。お前はエリトニーの希望だ。俺が絶対に守るから」と、小さいが力強い声を掛け、それを聞いたセシルはミシェルの腰に手を回して、ついに「ア、アロイス。ううーっ!」っと声をあげ、顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流し始めた。
アロイスは、セシルが決心を固めたのを見て、「お姉ちゃん、ありがとう」と言った後、「このあといつ渡せるか分からないから、これ、形見に預けておくよ」と、左の腰から「エタンのサファイヤ」を抜いて、セシルにそっと手渡した。
セシルは、手で口を押えて嗚咽をこらえながら、小さな声で、やっと「う、うん。私、大事にする……」とだけ言って、震える手で受け取った。
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次に、アロイスは、傍らに寄り添っているステラを見上げ、
「本当は、ステラも皆と一緒に逃げて欲しいんだけどな……」と言うと、ステラは、
「もう……そんな悲しいこと言わないでよ。私、12のときにアロイスに助け出されて、心を救われて、愛するあなたのためだけに生きるって決めたのよ。ずっとずっと必死に生きてきたんだから……」と言葉を詰まらせ、眼尻から細く涙を流して、「だから、私、アロイスを失ってまで生きていたくないの。アロイスのいない世界には、私もいないのよ……。もう二度とそんなこと言わないで」 そうアロイスを見下ろして哀願した。
アロイスは、「フーっ」とため息をついたあと、しかし満足そうに微笑み、「そうか。それじゃ、最後まで僕を支えて貰おうか。ステラ、本当にありがとう」と言いながら、そっとステラの手をとった。
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次に、アロイスが、「マチアスはどうする?」と聞くと、マチアスは、清々しい面持ちで、「アロイス様。私はもう十分に、そして全力で生きました。このあと亡命しても、再興に力を尽くすには、もう齢を取り過ぎました。幸い、イワンやジョナタンといった頼もしい後継者もできましたから、最後までアロイス様にお供致します。だから、このあたりでイボンヌの傍に行かせて下さい……」と、笑顔で返してきた。
アロイスも予想通りの答えだったのか、眉をちょっとあげて、「そうか。頼もしいね。それじゃ、マチアス、最後に『エリトニー史上最強兵士』に相応しい、立派な死に場所を用意するから、存分に暴れてくれ」と微笑んで、肩に手を伸ばしてポンポン叩いた。
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最後に、アロイスは、エリトニー人ではない4人に顔を向けた。
「イワン、ジョナタン」
「何だい、アロイス様?」
「それから、カンネイとベラ」
「お、なんだ? アロイス」
「君たちは、エリトニー人じゃないんだから、僕と一緒に死ぬ義理はない。お姉ちゃんと一緒にゲルマーに脱出してくれ」
「ああ、まあ、そうさせて貰うかな。長い付き合いだったから、俺もお前とお別れするのは悲しいけどな。どのみちそうなるわけだしな」
アロイスは、「ふふふ、カンネイらしいね。さっぱりしてていいよ。でも、最後に4人には一仕事して貰うからね。そのあと海から逃げていいから」と笑ったあと、クレマンを見て、「それじゃ、クレマン。今夜にでも地下をくぐって、ゲルマー商会に早船の手配を頼んできてくれ。幸い、今回ホランドの水軍は来ていないから、ゲルマーの軍船まで届けて貰うようにね」と、脱出の段取りを指示した。
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アロイスは、「さて、これで各々役割分担が定まったね。あとは、最後に何をするかなんだけど……」と言いながら、クレマンとマチアスに向かい、「前に母様が言ってたこと、覚えているかい?」と聞いてきた。
二人が「?」という表情をすると、「このお城にはね、父様が仕込んだ大がかりな仕掛けが3つあるんだ。一つは地下の隠し道だけど、あと2つは……」と言って、「みんな、ちょっと近づいてくれ」と言って、皆をテーブルの周りに集めた。
そして、ヒソヒソと小声で指示を出すと、それを聞いた全員が眼を大きく見開き、頬を紅潮させて、「お、王様は、そんなことまで考えていたのか!」と驚愕の表情を見せた。
アロイスは、満足そうにニッコリ笑って、「そうさ。だからみんなでホランドに引導を渡してやろうよ」と言ってから、晴れ晴れとした顔で皆を眺め渡し、
「さあ、今こそ見せてあげよう! 英雄王の魔術を!」 そう檄を飛ばした。




