終章 第2話 神速のリクソン
(客観視点です)
エレーナ峠戦から1か月半が経った7月初め、中立国ゲルマーにおいて、講和会議が開催された。ホランドとスロベニーは外務大臣が、マケドニーは国王自らが、エリトニーは内・外務大臣兼務のクレマンが参加し、ゲルマーの迎賓館に5日間滞在して、エリトニーの独立とその条件について話し合いが持たれた。
エリトニーは、中東貿易市場から上がる利益が年々増大していることから、思い切って、「ホランドに対して年間5000億ゴールドの協力金を支払い、鉄鋼については原価+運送費用のみで卸す」こと、そして「政治経済の人的資源の貸し出しも行ってホランド経済のテコ入れをする」ことまで加え、「両国が手を携えて共存共栄を図っていきたい」と、熱意を持って申し入れた。
もちろん、エリトニーに援軍を送ったスロベニーと、親エリトニーであるゲルマーも異存はなく、第4皇子ミシェルがエリトニーに身を寄せているマケドニー国王もこの講和条件が成就するように切望した。
しかし、ホランドの外務大臣は、前向きに検討している姿勢を見せつつ、言を左右して結論を先送りした。それで、ゲルマーの大統領が、「私どもは、東ナーロッパの新秩序の確立を希望しています。このまま戦局が推移するようであれば、優勢な勢力に助力することも考えていますよ」と、暗に「エリトニーに援軍を送る」ことを示唆してプレッシャーを強めたが、ホランドが折れることはなかった。
そのため、話し合いは停滞し、予定の5日を大幅に延長して倍の10日間も時間をかけたが結論は出なかった。
結局、参加5国が、最終日に、「東ナーロッパの秩序構築に最大限の努力を行う。今後も真摯に講和の交渉に取り組む」との共同声明を発し、各々がゲルマー共和国作成の仲裁案を持ち帰って検討し、2か月後の9月を目途に再び講和交渉を行うことにして、今回は散会となった。「決裂するよりはまし」と言った程度の成果だった。
仕方なく、クレマンはそのまましばらくゲルマーに滞在し、大統領及びクラウスと、善後策について知恵を出し合うこととなった。
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丁度その頃、講和会議が膠着している間に、ホランド国王のゲルンハルトは、先に使者としてスロベニーに入ったリクソンの後を追い、自ら5000人の兵を集めて、スロベニーとの国境に到達していた。
スロベニーは、エリトニーの西側の隣国で、英雄王ウォレムの独立戦争時もエリトニーに味方し、今回も首都エリトニーに1万人もの援軍を送って、守りについていたはずだった。
だが、国境の砦を守る吏員は、眼下にゲルンハルトの姿を確かめると、一つ頷き、あっさりとゲートを開いて、「王から指示が来ております。ゲルンハルト様、どうぞお通り下さい。ようこそスロベニーへ」と、恭しく最敬礼しながら、自国内に招き入れたのだった。
ゲルンハルトは、笑顔なきまま、「大国の王」たる威厳に満ちた巨躯を馬上に揺らし、昨日までの敵地に堂々と脚を踏み入れた。
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(アロイス視点です)
クレマンから手紙が届き、またもホランドとの講和が不調に終わったことを知らせてきた。一応、2か月後に再び話し合いが持たれることになっているが、今回のホランドの頑なな姿勢を見る限り、「絶対に握手したくない」というのが本音で、もはや経済合理性で判断ができなくなっているように感じる。こちらも思い切った条件を差し出したし、決して悪い話ではないと思うが、それを蹴るとは、自国民を置いてけぼりにした愚かな政治判断としか言いようがない。
話し合いが不調に終わったということは、きっと(エレーナ村の人質は殺されても仕方ない)ということだろうから、これ以上占拠しておく意味もなくなったし、寡兵で敵地に滞在するのも危険なので、僕は村を解放して、騎兵隊のマチアス、ステラ、ジョナタン、そして総指揮官の軍師アランを首都エリトニーに呼び戻した。
暑さが本格化するにつれ、僕の体調は少しずつ悪くなっていて、今は腹痛がひどく、週3日は鎮痛薬を飲んで寝ていないと、思うように国政の仕事が遂行出来なくなってきていた。先頭で動けるのもあと半年くらいかも知れない。僕に残された時間は少ない。命がある間にエリトニーの独立と、そして今後の体制の構築を進めないといけない。
そうしていた7月の終わり、援軍として首都の守りについてくれていたスロベニーの将軍が、急に挨拶に来たので、何かと思ったら、「アロイス様。援軍の1万人は、もう1年半近く滞在しておりますので、さしあたって半分の5000人が交代要員としてやってきます。2日後に補充の兵士が船団でエリトニー港に入りますので、その許可をお願いします」と言ってきた。
僕は、「問題ないと思いますが」と言って、傍らのアランに目をやり、目線で同意してきたのを確認して、「もちろん、そうしてください。援軍で来て下さったスロベニーの兵士も、故郷が恋しくなっていることでしょう。お疲れ様でした。今までありがとうございました」と、すんなり許可を出した。
思えば、この時、「スロベニー軍を歓迎する」という名目で、お城の精鋭を港に待機させればよかったんだ。
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(客観視点です)
その二日後、スロベニーの大きな軍船10隻が、エリトニー港に入り、分乗した交代要員の兵士5000人が一斉に下船した。
が、よく見ると制服が違う。スロベニーのものではない、ホランドの軍服だ。
先頭に立つリクソンの「行け―っ!」との激に、「「「おうーっ!」」」と応えたホランド軍は、そのまま港湾事務所になだれ込み、「多勢に無勢」で抵抗らしい抵抗も出来ないまま慌てる吏員を捕縛して、すぐに首都エリトニーの市街地に向かって行進を開始した。そのうちに歩様が速まり、ついには「ダダっ!」と突撃が始まった。
スロベニーの駐屯地であるウォレニー広場など見向きもせず、その真ん中を通り抜けたが、援軍のはずのスロベニー軍は何も手出しせず、これを見送り、ホランド軍のなすがままにさせている。
5000人のホランド軍は、そのまま広場の右手にある市庁舎に乱入し、混乱する職員と市長を拘束したうえで、政庁付近の市街地を占拠し、道路を封鎖して、首都の主要部を制圧してしまった。
下船からわずか1時間。「神速」とも言えるスピードで首都を陥とした、リクソンの見事な作戦と鮮やかな用兵だった。
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「スロベニーが裏切った!」との報を受けたエリトニー城内には大きな衝撃が走り、セシル、マチアス、ミシェルなど、主だった家臣が、急な事態に青い顔となって王の間に集合し、急場の対策を協議した。
しかし、アロイスは特段慌てた様子も見せず、穏やかな声で、「城内には精鋭7500人がいる。相手は5000人、戦えばおそらく勝てると思うけど、スロベニー軍1万人の動向が分からないね。静観するだけなのか、ホランドと一緒に戦うのか。いずれにしても、市庁舎と市街地が戦場になるのは避けたいな」とだけ話し、「ゲルマーに行っているクレマンの帰りを待ちたいね。首都占拠の報はゲルマーにも伝わると思うけれど、大統領とクラウス先生はどう判断するだろうか」と言うにとどめた。
と、そこに、息を切らせた警備の主任が飛んで来て、「アロイス様! 今、ホランドの使者が来て、面会を求めています! 『大軍師リクソン』と名乗っています!」と告げてきた。
アロイスは、「ああ、そうか。ついに彼が立ったのか……。確かに、この作戦は彼じゃないと無理だっただろうね」と呟き、頬に手をやってため息を一つついて、「うん、いいよ。入って貰ってくれ」と告げた。
そして、セシルやマチアスを始めとした家臣を眺め渡し、「ついにリクソンに一撃喰らったね。まあ、どんな話をしてくるのか、聞いてみよう」と声をかけ、皆で謁見の間に移動した。
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リクソンは、たった一人で使者としてやってきた。大柄な警備兵5人に囲まれ、隠れて見えないくらいだったが、堂々と胸を張って、しっかりした足取りで謁見の間に入ってきた。そして、セシルら家臣から憎悪と非難の視線が集まるのをものともせず、膝をついて周囲に礼をした。
先にアロイスが、「やあ、リクソンさん。ご無沙汰しておりました。1年ぶりくらいでしょうか。大軍師になられたそうですが、遅いくらいでしたね。ホランドも今まで一体誰を見ていたのでしょうか」と涼やかな微笑みととともに声をかけたが、リクソンは微笑みを返すことなく、アロイスの顔をしげしげと見、「こちらこそご無沙汰しておりました。1年ぶりにお顔を拝見しましたが、ずいぶんお痩せになられましたね」と返した後、「もしかしたら、私も、ちょっと慌てていたかも知れません」と付け加えた。言外に、(これならいずれアロイスは死んだかも知れない)と、ほのめかしてきたのである。
アロイスは、そんな邪推は相手にせず、「いや、激務で痩せてしまいました。なにせやることが山ほどあるものですから」と受け流して、「それにしても、今回の作戦はお見事でした。一体、どうやってスロベニーを寝返らせたのですか?」と率直に聞いた。
「いや、寝返らせたのは私ではなくて、ゲルンハルト様ですよ。私の助言で英断してくれました」
「英断とは?」
「ゲルンハルト様は、ポルコと鉄鉱山を含む、この『エリトニー州』の西の3分の1をスロベニーに割譲することを決心されました」
さすがにこれにはアロイスも驚愕し、「ポルコを割譲ですって?! それは……、考えもしませんでした。ですがそれは経済合理性が完全に欠如している。この国の柱の半分を失って、ホランドが国体を維持できるとは到底思われませんが……」 そう言葉を詰まらせ、しかし、努めて冷静になって、「リクソンさん。それは捨て身の外交戦術です。一時の快楽を求める劇薬でしかないでしょう……」と続けても、リクソンは、「アロイス様。私は軍人ですから、私が考えるべきは、今この戦いをどう勝つかということだけなのです。あとはゲルンハルト様がそれを採用されるかです」と、にべもなく突き放し、続けて、「もっとも、私の考える限り、エリトニー港とリガー港の海運は残るわけで、ゲルマー商会も膨大な資金を投入していますから、おいそれと権益を手放すことはしないでしょう。要するに、アロイス様に代わって、ホランドがゲルマーと仲良くしようということではないでしょうか。それができるかどうかは、私の関知するところではありませんが」と、冷ややかに告げてきた。
「ああ、そうか……。目の前の戦いに勝てばよいリクソンさんの考えは、未来を見据える私には測りきれなかったのか……。いや、到底賛同はできませんし、上手くいくとも思われませんが、お話の内容自体は理解致しました。それで、ゲルンハルト王は、私に何を要求されているのでしょう?」
「即時の無条件降伏です。もちろん、人質に取られているゲルンハルト様の義兄、ダミアン様の解放も条件です。そうすれば、『兵士も市民も害することは決してない』とおっしゃっています。元はと言えばホランドの同胞なんですし、敵対する意味がありませんから」
「まあ、そうなるでしょうね。私自身、もう命は惜しくはありませんが、戦って沢山の兵士や市民が犠牲になるのは本意ではない。だから、ゲルマーからクレマンが帰ってくるまで、答えを保留にさせて頂けませんか。ゲルマーの動向も気になりますし。そのうえで、攻城戦と市街戦に入るのか、答えを出します。クレマンが帰ってから2日以内に方針を決めて使者を出します。その間、市庁舎も、市街にも、一切危害を加えないのが条件です」
「分かりました。私には決定権がありませんから、今のお答えをそのままゲルンハルト様に伝えます。特に連絡なくば、承諾とお考え頂いて結構です。ただし、ゲルマーが援軍を準備するのも怖いので、今日から10日以内に結論を出して下さい。クレマン大臣が帰ってきたら、そのままお城にお通ししますよ」
そう言って、リクソンが一礼して帰ろうとするので、アロイスは、
「あ、ちょっと待ってください」と呼び止め、「リクソンさん、今回は本当にお見事でした。作戦の立案も実行も、まさに神速というに相応しい早業でしたよ。まったく、リクソンさんは、早くこちらに抱き込むか、密かに消しておけばよかった(笑)。戦わずして勝つ。 エレーナ峠戦の逆をやられました」と笑顔を向けると、「そんな褒め殺しをされても対応は変わりませんよ。私自身は、アロイス様と戦っても到底勝てないとつくづく身に染みたので、戦わなくて済む方法を必死で考えたのです。それは、あなたの一番弱いところ、すなわち『人を愛する心』を突くことです。本当に汚い方法で、忸怩たるものがありますけどね。一番確実な方法でもありました」 そうリクソンは笑顔なく言い残して、アロイスほか家臣を眺め渡し、敵意むき出しの視線を受け止め、ちょっと会釈して、振り返って早足に去っていった。




