第15章 第3話 見えざる敵
要塞の門扉に殺到する兵士の頭上に落ちてきたのは、先端に見慣れない丸い塊の付いた、8本の長大な矢だった。おそらくは、巨大ボウガンで打ってきたのだろう。
兵士たちが注視する中、火花を放っている紐が「シュシュ」と音を立てて塊に吸い込まれたその時、落下した8か所全てで「カッ!」と眼も眩む白い閃光がひらめいた。瞬時に、鼓膜を突き破るような「バッカーン!」という巨大な炸裂音を発し、「ドンっ!」という重い衝撃波が、付近にいた兵士を吹き飛ばす。飛ばされた兵士たちは、例外なく「ぐえーっ!」「ギャーっ!」と叫びながら顔や手を押さえてのたうち回っている。
これがアロイスが考案した、「中世のロケット」砲とも言うべき新兵器だった。
アロイスは、20億ゴールドもの大金を注ぎ込み、優秀な職人が精製した良質の黒色火薬だけ買い付け、それを15㎝の丸型に成型して、周りを分厚い陶器で覆ったのである。アロイスによって、(これ、何て言おう? ……陶球弾? ……まあ単に「爆弾」でいいか)ということで、「爆弾」と命名された。
この爆弾は、後に発明された、ニトロを原料にしたダイナマイト程の威力はなく、周りの兵士も即死にまでは至らなかったものの、厚い陶器が無数の鋭い破片となって兵士を襲い、その顔や手足に裂傷を引き起こし、肉に深く食い込み、多量の流血を強いるものだった。死亡させることよりも、怪我による戦闘不能と、悲鳴を挙げて苦しむ仲間を介抱する兵士の負担を狙った、まさに悪魔の兵器であった。
さらには、眼を覆うような白い光、耳をつんざく大音響や衝撃波、そしてその得体の知れない新兵器への恐怖感から、ホランド兵の戦闘意欲を大きく減損させることもアロイスの狙いであった。
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しかし、そこで、いったん矢が止んだ。巨大ボウガンはセットに時間がかかるので、そう多数の爆弾を放つことはできない。大将軍はそれを看破して、「落ち着け! そう多くは飛んでは来ないぞ! 今度落ちてきたら、とにかく離れて伏せよ! その間に門を破壊するぞ。あと一撃だ、急げ!」と、再び兵を叱咤し、衝角(攻城兵器)から垂れ下がった綱を指差した。
が、そこに、「うわーっ!」と叫びながら、上からバタバタと数名のホランド兵が落ちてきた。見れば、丘の上にいたはずの斥候部隊だ。一体、何が起きているのか?
大将軍と軍師が左右の丘を見上げると、東洋の風貌を持つ男を先頭にした部隊が、ずらりと並んでいた。男は、口の端をあげてニヤッとして、「よう、待たせたな! エリトニー名物の花火だ。遠慮なく受け取ってくれ!」と軽口を叩きながら、「シュシュ」と火花を散らす爆弾を「ほらよっ」と下に放って来た。
カンネイに続き、丘の上のゲリラ部隊が数十発の爆弾を投げ入れ、地獄の火花を散らしながらホランド兵の頭上に降り注ぎ、その間にまた要塞の向こうからも、爆弾の矢が「ヒュルルー!」と鳴りながら飛翔してきた。
狭く密集したホランド軍の中に、先程の数倍もの爆弾が投げ込まれ、そこここで「カッ!」と閃光が走り、「バッカーン!」と炸裂している。逃げようにも逃げ場がなく、次々と裂傷を負った怪我人が増えていく。全員が真っ赤な血塗られた顔で逃げ惑うしかない。これはもう、阿鼻叫喚の世界だ。
それを見た大将軍は、それでも冷静に、(これは一旦退避するしかない。また仕切り直そう)と判断し、「全軍退却ーっ! 入口まで戻れーっ!」と号令を発し、それを合図に(この地獄から早く離脱したい)とばかりに、歩兵も騎兵も入口に向かって疾走を始めた、その時……。
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ホランド兵の前方百メートルくらいの地面が「ムクっ」と盛り上がったように見えたと思ったら、「ババっ!」と土煙が上がり、穴から続々と出てきたのは、艶消しの黒い甲冑を纏い、20㎏はあろうかという巨斧を提げた、筋骨隆々の重装歩兵集団だった。
「げえーっ! あれはヘラクレス軍団! いつのまに?」
ホランド兵の脳裏に、あのリガー海岸戦の忌まわしい記憶が蘇る。分厚く重い甲冑に槍も刀も全く通じず、全員が機械のように列をなして、ゆっくり迫ってきて無慈悲に殺戮を繰り返す殺人集団。それが、あとからあとから湧き出し、ずらりと巨体を並べて通路を塞ぎ、巨斧を肩に一歩一歩近づいてくる。
実は、アロイスはトンネルを合計8本掘っていた。
そのうち4本は丘の中を浅く通して、通路の壁に出るものだったが、こちらはホランドに発見させるためのダミー。本命は、丘の下を掘った4本で、うち2本が丘の上に、うち2本は通路の真ん中に出られるようになっていた。それによって、上からはカンネイ率いるゲリラ部隊が、通路からはイワン率いるヘラクレス軍団が登場できたのである。
ホランドに、(トンネルを発見した!)と思わせて、喜んで攻め込んできたところを爆弾で迎撃し、さらには出口を塞いで挟撃して殲滅する、というのがアロイスの考えであった。コンタクトが殆どないため、エリトニーは無傷で、一方的にホランド兵だけ刈り取られる作戦。大雨であれば使えない手であったが、リクソンの不在が幸いした形となった。
ヘラクレス軍団は、巨斧を肩に通路を塞いで、ズンズンとホランド軍に迫ってくる。「あ、あ、ヘラクレス軍団……」とホランド兵は足がすくんで後ずさりするが、後方でも絶え間なく爆弾が投げ込まれ、バタバタと同胞が倒れている。まさに「進退両難」とはこのことだ。
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大将軍は、(これはいかん! 退路が塞がれたら殲滅だ! 敵うかどうか分からないが突破するほかない!)と、「騎馬隊突撃ーっ! 奴らを突き崩せ! 血路を開けーっ!」と大音声で叫び、それに、「「「オウっ!」」」と呼応した、勇気ある幹部クラスの騎兵隊が、全速で軍団に突っ込んでいった。さすがのヘラクレスも、人馬で1t近くある騎兵の直撃を受けては無傷ではいられない。うまくすれば、軍団に穴が開いて突破できるかも知れない。
そう考えて、大将軍が、自ら先頭で激突し、見事に2~3人の兵士を吹っ飛ばして、「よし、いけるぞ。それそれ!」と槍で突き崩していた、その時……。
「チューンっ!」と小さな金属音がして、大将軍の胸に火の棒が差し込まれたような激痛が走った。見れば、甲冑の左胸に小さな穴が空き、その内側の心臓が貫かれている。大将軍は「ぐふっ! 何が……?」と呻き、穴から「ピューっ」と鮮血を噴出しながら、耐え切れずに「ドっ」と落馬した。
そこにイワンが、「頑張ったな大将軍。その雄姿、俺が見届けたぜ」と、はなむけの言葉を放ちながら近づいてくる。仰向けになった大将軍の眼に映った最後の景色は、緩慢な動作で彼の首に振り下ろされた、巨斧の煌めきだった。
「あっ! 将軍!」 隣で戦っていた副将軍が思わず驚きの声をあげる。(なんだ? 何が起きている? どこから狙ってる?) そう思って、左右を見渡し、最後に通路入口方向にじっと眼を凝らしたとき、「ビシっ!」と兜の額が貫かれた。副将軍は、「ぎえーっ!」という断末魔の悲鳴ともに即死し、兜から血を吹き出しながら、大将軍のすぐ横に落馬したのだった。
「黒い壁」とも言うべきヘラクレス軍団にせき止められた騎馬隊の幹部将校が、的になって戦場に浮かび上がり、訳も分からず、次々と見えない敵に葬られていく。
銃声すら聞こえず、隣で仲間を叱咤して戦っていた将校の頭がいきなり弾け、次の瞬間には、自分の胸に風穴が空いている。それはまるで、死神が気まぐれに指をさした者から、順々に魂が刈り取られているような、人知の及ばない光景だった。
将校たちはそれを見て戦慄するが、血路を開かない限り全滅が目に見えている。立ち向かって戦わざるを得ない。それからも馬上の騎兵は倒れ続けた。
こうして、たった5分なのに、15人もの将校クラスが、胸や頭を貫かれ、絶命して落馬した。これによって、またホランドの指揮系統は、完全に破壊されることになったのだった。
この空中戦による指揮系統の一方的な破壊は、リガー海岸戦でも見られたものである。その結果、統制を失って烏合の衆となった大軍を精鋭部隊で殲滅していくのが、兵数で劣るエリトニーを率いるアロイスの得意とする戦略であった。
それはまるで魔法か呪いのようにしか見えなかったが、その時、前線を押し上げたヘラクレス軍団のはるか後方、弓矢など到底届かない通路上で、白い硝煙がたなびいていたことなど、ホランドの騎兵たちは知る由もなかった。




