第14章 第3話 大国の意地 不屈のゲルンハルト
(アロイス視点です)
11月に入り、カンネイとベラが、約2か月にわたる諜報活動から帰って来た。ゲルマー商会の船に同乗して、マケドニーで鉄製品を卸し、内陸のホランドまで売りに行っていたんだ。
早速、その報告と検討を兼ねて、王の間でパワーランチを開催した。
カンネイのほかには、内・外務大臣のクレマン、軍事大臣のお姉ちゃん、マチアス将軍、そして今回からミシェル副将軍と軍師アランが同席している。
僕は、お城の厨房から取り寄せたAランチ(一番高いやつ。1300G)の、タラのトマトクリーム煮を黒パンに乗せて齧りながら、「カンネイ。結局、マケドニーはホランドにつくことにしたのかい?」と聞いてみた。
カンネイは、パンでクリームを拭きながら、「ああ、そうだ。リガー戦のすぐあと、マケドニー王が飛んでって『ウチのミシェルがとんでもないことを!』って、ゲルンハルトに土下座して忠誠を誓ったらしいぜ。なんでも足蹴にされて、援軍の謝礼も反故にされたんだってよ」と、こともなげに答えてきた。
ミシェルとアランは横を向いて、居たたまれない表情をしている。
僕が、「そうか。マケドニーも今がホランドと袂を分かつチャンスなのにな」と残念そうに言うと、ミシェルが、「アロイス様。ホランドには兄貴とその家族が人質に取られているから、おいそれと歯向かえないんです。ただ、俺が抜けてしまった今、戦力としてはそれほど期待されていないでしょう」と言い、アランも、「私もそう思います。『エリトニーに付かれるよりはまし』くらいの感覚ではないでしょうか」と続くので、「なるほど。そうかも知れないな。そうすると、次戦はやっぱり海ではなくて、山岳戦になるんだろう。アラン、今度一緒にエレーナ峠の視察に行こう。現場を見て意見を聞かせてくれ」と声をかけると、アランは、「はい、お供します!」と元気に返してきた。
次に、僕が、「カンネイ。ホランドに派遣した使者は、こないだ追い返されてきて、ゲルンハルトはまだやる気満々なんだけど、世間と政庁の雰囲気はどうだった?」と聞いてみたところ、「そりゃもう断然、厭戦ムードだ。講和を望む声一色だったぜ。年間予算の半分を費やしてリガー戦に臨んだのに、たった二日で壊滅して、死傷した兵士の年金の負担が加わった上に、エリトニーからの上納金も途絶えてるんだからな。『このまま戦争続けても、いいことが一つもない』ということは、みんなが分かってる。死んだ兵士の遺族会も、『補償の手続が遅い。額も少ない』って騒いでるしな」とのことだった。
「ふーん、じゃ、もう、ゲルンハルトの意地でやってるだけなのか」
「まあ、そういうことだ。今回のリガー戦で、お前の評判がナーロッパ中に鳴り響いたのも一因だな。『老害』のレッテル貼られたまま引き下がれないんだろう」
「まったく、それが施政者のやることか? そんなんじゃ、そのうち革命が起きるんじゃないのかな」
「そのとおり。実際に動きがある。国内の右派と左派の勢力が、主張の違いは一旦措いて、『ゲルンハルト下ろし』で団結して、隠居してたゲルンハルトの兄貴を担ぎ出そうとしてる。兄貴は政治や戦争が嫌いで国政からは離れてたんだけど、事ここに至ると静観もできなくなったらしいな」
「そうか。革命の胎動があるのか。それじゃ、次戦の結果次第では、政権が転覆する可能性もあるな。案外、王政が終わって、共和制に移行するかも知れないね」
そこで、お姉ちゃんが、食後のクッキーをモグモグしながら、「そうだ、カンネイ。今、リクソンはどうしてるの。あのあと気になってたんだ」と聞いたら、カンネイは、「ああ、リクソンは敗戦の責任取らされて左遷された。もともと末席の軍師だったから、身分はそのままだけど、今は首都で新兵の訓練を担当してる。軍師団長もクビにされて、次席の軍師が繰り上がったな。リクソンはもしかしたら、エレーナ峠には出てこないかも知れないぜ」とのことだった。
「そうか、リガーでは一人だけ光を放っていたのに、まさに『宝の持ち腐れ』だ。気の毒に……。団長に抜擢すれば大活躍するのに、勿体ないな」
「一体、どの口が言うんだ(笑)。お前が堂々と、『エリトニーに加われ』とか言っちゃったから、怖くて前線で使えなくなったんじゃないか」
「あはは。そうかな。まあ、でも、上手くいったよ。助かった(笑)」
パワーランチの最後に、「クレマン。そう言えば、近頃すっかり忘れてたけど、『妃の間』に閉じ込めてあるダミアンはどうしてる?」と聞くと、「ああ、憑き物が落ちたように大人しくしてますよ。クーデター後、何か月かは、『出せ!』ってワーワー騒いでましたけどね。戦争が始まってからは、もうホランドに見捨てられたような気持ちなのでしょう」と言うので、「ふーん、そうか。今思えば、彼もきっとノルマとか大変で、ずっと苦しかったんだろう。今は講和を望んでいるのかな?」
「まあ、そうでしょう。そうでないと帰れませんからね」
「ちょっと気の毒な気もするけど、彼は、なんといってもゲルンハルトの義兄。大事な人質なんだから、しばらくは入っててもらおう。あるかどうか分からないけれど、首都攻防戦になったら、最後の切り札になるわけだしね」 僕はそう言いながら、コーヒーの最後の一口を飲み干した。
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その1週間後、僕と軍師のアランは、ポルコの鉄工場と市場を見学して、ついでにエタンさんと会ったあと、北にあるエレーナ峠を視察した。
数千人の人足を1年以上稼働させただけあり、もう、峠の出口の広いスペースは消え失せて、両サイドに高く土が盛られ、幅30m、長さ1kmほどの谷状の狭い通路に造成し終わっていた。この出口を防壁で固めた要塞にすれば完成だ。
「随分大がかりな工事をされていたんですね」 感心したようにアランが呟く。
「うん、ここはもともと扇状地になってて開けていたんだ。ここに大軍を展開されると、迎撃するのに苦労するから、出口を絞らないとね。ざっと見たところ、改善すべき点はあるかい?」
「いいと思います。ただ、両サイドの斜度はもっと急にして、登れないようにした方がいいですね。大軍に谷底を通らせないと」
「うん、そうだね。壁面は直角近くまで造成しなおそう」 そう答えた後、僕は、ふと興味が湧いて、「……例えばアランがリクソンだったら、この地形を見て、エリトニーが何を企んでいると考えるかな?」と聞いてみた。
アランは、「うーん……」と言いながら、谷を遠くまで見通して、「やはり、谷が大軍で埋まった状態での、左右の丘からの迎撃ですね。エリトニーのロングボウ部隊ならば、ほぼ全体が射程になりますから。特に、油を付けた火矢が恐ろしいです。兵が密集してますから、火の回りも早そうですし。いかにも小悪魔が考えそうな作戦ですよ(笑)」
「あはは、やっぱりか。まあ、まずはそこを考えるだろうな。だから丘の上には、斥候を出して、安全を確認してからじゃないと谷に入らないだろう」
「そうなるでしょうね。ただ……」
「ただ?」
「上から攻撃するにしても、火責めにしても、反対側が塞がっていないわけですから、危機的状況に陥ったら退避することが可能です。要するに、エリトニーは挟撃できない。だから、挟み撃ちのために丘に開けられた抜け穴がないかは、すごく気になるところでしょう。必ず、丘を横に掘って、穴の有無を確認するはずですよ」
「ふふふ、やはり君は切れるな、アラン。エリトニーに来てくれてよかったよ。そのくらいのことはバレている前提で、巨大ボウガンや、新型ライフルとか、今あるものも組み合わせて作戦を練ろう。いざ戦闘になっても、僕とアランが分かれて指揮を取れるんだから、自由度が格段に上がったよ。頼りにしているよ」 僕はそう言って、アランに微笑みかけた。
アランも、「ああ、とても楽しいですね、アロイス様。ちゃんと自分の力が正当に評価されて、全力で発揮できる場が与えられる。それがエリトニーに人材が集まる秘訣なんですね。お見事です」 そう眼を輝かせて返してきた。
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僕とアランは、エレーナ峠の視察の帰りに、ジョナタンの様子を見に行った。ポルコ鉱山で働き始めて、そろそろ2か月になろうとしている。
ジョナタンが鉱石の採掘が終わる時間まで待って、ひと風呂浴びた後、特別に許可を取って、ポルコの街に連れ出して乾杯したところ、何やら心を決めたような面持ちになって、「あ、アロイス様! 俺もエリトニー軍の仲間に入れて下さい!」と大声で言ってきた。
「おおー、ようやくその気になってくれたか。嬉しいな。大歓迎だよ!」
「お、俺、アロイス様に惚れました! エリトニーの兵士や町の人たちの話を聞くたびに、これは本当に尊敬できる王様だと、この方に仕えたいと、心から思うようになりました!」
「そうかそうか、照れくさいけどありがとうな。それじゃ、ジョナタンは騎兵隊に入って、マチアスの下でやって貰おうか。ステラと合わせて、『エリトニーのスリートップ』になるね。なんとも勇ましくてカッコいいなあ……」
「それじゃ、明日にでも用意して、エリトニーに向かいます!」
「うん、そうして。現場監督に話を通しとくよ。ええと、持ち物は……、ああ、そう言えば!」
「……アロイス様。どうしました?」
「ごめん……ジョナタンの鎧、こないだ新型銃の標的にして、お姉ちゃんが穴だらけにしちゃった……」
「な、なんですってー! 『騎兵の命』になんてことを。さては黒薔薇の奴、『女のひょろひょろ矢』とか言われたから恨んでるんだな……」
「いやいや、そんな狭い了見じゃない(笑)。400mの距離で、新型銃がホランドの最厚の鎧を貫通できるか試したんだよ。だから役に立ってくれたよ」
「そうでしたか。だけど400mで貫通するんだ……。戦場で俺が狙われたら一発でやられてたんだ。もう重装甲と力攻めで戦うのは時代遅れなんですね……。これからは新技術と戦術の時代なんだ。アロイス様、どこまでも信じて着いて行きますから、この俺を存分に使ってください!」
「あはは、ありがとう。だけど鎧の件は本当に申し訳なかったね。エタンさんに頼んで、オーダーメイドで一番いいのを作って貰おう。僕からのプレゼントだよ!」 僕はそう言って、ジョナタンにビアグラスを掲げて、カチンとやった。
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こうして、ジョナタンは、2日後から、エリトニーでの訓練に加わった。
すぐに、マチアスを「師匠」、イワンを「兄貴」と呼んで慕うようになり、若くて気持ちのいい男なので、みんなからも可愛がられた。
エタンさんが丁寧に作り込んだ銀色の鎧を日光に輝かせながら、長大な槍を手に馬上で躍動する姿は、「さすがホランドの最強騎兵」と思わせる、凛々しい若武者ぶりだった。




