第14章 第2話 ハイパーウェポン、セシル・スペシャルの誕生
(アロイスの視点です)
10月に入り、吹き渡る風も涼しくなったある日、エタンさんが新型ライフル銃のプロトタイプを持参して、首都エリトニーにやって来た。
挨拶もそこそこに、早速演習場に移動し、昼休みに入ったところで、お姉ちゃんに見せて試射して貰った。
エタンさんが大きなケースから取り出したのは、とても銃身の長い、全体で2m以上もある大きな銃だった。通常のマスケット銃より全体が太いのだが、長さがあるのでそれを感じさせないスマートさだ。だけど、鍛造鉄をふんだんに使って強度を出してあるので、重量は20㎏もある。これは台座を持ち運んで、乗せて使うほかないな。
お姉ちゃんは、ライフルを見たとたん「うわー、かっこいいー! スマート!」と嬉しそうに叫び、「おー、いいスね、これ!」「かっけー!」とブラックローズの隊員たちが続く。
エタンさんが、「弾丸はこれです」と言って出してくれたのは、1㎝×3㎝の紡錘形の鉄の塊で、先端だけが少し黄身がかっていた。小さいけれど、ずっしりと重い。
「主に軟鉄製で、底部を叩いて直径を少し大きくしてあります。4本のライフリングを刻んだ銃身は超硬の鍛造鉄ですから、弾丸が溝に食い込みながら飛び出すことになりますね。すごい回転量ですよ」
「なるほど、前に言ったとおりに作って下さったのですね」
「ただ、それですと摩擦で少しスピードが犠牲になりますから、貫通力を増すために、弾丸の先端だけは超硬鉄を使っています。『フルメタル・ジャケット』とでもいうべき構造ですね」
それを聞いたお姉ちゃんが、「ほんとだ、貫通力高そうねー」と、眼をキラキラさせて細い弾丸を見つめている。
続いてエタンさんが、「それから、粉火薬はもうやめて、こちらを使います」と見せてくれたのは、円柱形の3㎝くらいのタブレットだった。
「これは30gの黒火薬を固めて薄い紙の被膜で包んだものです。湿気に強いのと、弾丸と一緒にセットするだけでいいのがメリットですね。いちいち先端から詰めるより、大幅に時間短縮できるはずです」
「エタンさん、これ、火薬の量がずいぶん多いようですが?」
「通常の2倍です。ですが、銃の構造を頑丈にして、しっかりしたカバーを付けてありますから大丈夫です。火薬自体も、腕のいい職人に頼んで、純度を高めて精製しています。質の悪いものだと黒い煙が出ますが、これは真っ白ですね」
エタンさんは、続けて、「そして、これが今回一番の売りです。『ボルトアクション』と呼んで下さい」と言って、トリガーの上部についているレバーをストッパーから外し、「カシャっ!」と後ろにスライドさせたら、トリガー上部に弾丸と火薬タブレットを装填するスペースが現れた。
僕たちが、「おおーっ! すごい!」と感嘆して覗き込むと、エタンさんは少し得意そうに、「まず、この銃身の穴に弾丸を詰めて下さい。お尻がちょっと大きくなっているので、そこで止まります」と言って弾丸をギュッと詰め、「その後ろにこのタブレットを置いて」と火薬をセットし、「レバーを戻すと、グッと全体が圧縮されます」と言って左右を見渡し、ちゃんと見ているか確認したうえで、「最後に、レバーをストッパーにしっかりと固定します。暴発すると危ないので、これは必ず守ってください」と言って、最後に「スチャっ」とレバーを固定した。ガタついた音が全くしない。極めて高い精度で、ピッタリと部品同士が組み合わされている。
「これで装填完了です。レバーを固定しないと火縄とトリガーが動かない構造にしたので、安全面はある程度担保されていますが、それにしても毎回チェックしながら使って下さい」とのことだった。
お姉ちゃんとステファンが、(早く撃ちたくて仕方ない)という様子で、食いつき気味に、「も、もう試射していいですか?」と聞いたら、エタンさんは、「もちろんどうぞ。ポルコの演習場で、ある程度試射してきましたから、殆ど微調整程度で足りると思いますよ」と言ったあと、「あっ、忘れてました! これ」と言って、ケースから取り出したのは、細長い望遠鏡のような筒だった。
「これは遠距離狙撃用のスコープです。20倍の望遠鏡をモデルにして、照準を内蔵して作ってみました」と言いながら僕に手渡し、「これは苦労しましたよ……。大小のレンズ5枚と、レチクル(照準用の十字線)を刻んだガラス版が内臓されているのですが、どんなに腕のいいガラス職人でも、研磨の精度には限界があるので、全部で300枚もレンズを作って、その中から最高の組み合わせをセレクトしました」とのことだった。300枚! とんでもないコストがかかっているんだな。
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では、早速撃ってみよう。
まずはお試しで、100mから。この距離なら、スコープは要らないね。
的には、ジョナタンが一騎討ちの時に着けていた最厚の甲冑を使った。巨大ボウガンの矢さえ通さなかったが、果たしてどうかな?
ステファンがレバーをスライドさせて、慎重な手つきで弾丸とタブレットを装填し、ストッパーに留め、火縄の点いていることを確認して、台座で待機しているお姉ちゃんに手渡した。
お姉ちゃんは、片目をつぶって照準を合わせ、「いくわよ」と一声かけたあと、静かに引き金を引くと、火縄が「ポっ」とタブレット上の穴に落ち、「シュ!」と点火した音がしたら、一瞬で「バーンっ!」と低い大音響を響かせて弾丸が発射された。すぐに普通のマスケット銃ではありえない大量の白煙が湧きおこり、目の前の視界が遮られて、果たして命中したのか全く分からなかった。
煙がはけてから、お姉ちゃんが、ステファンに「どう?」と聞くと、目を凝らしたステファンが、「うーんと……」と言ったあと、「あっ! すごい、心臓を完全に貫通していますよ。小さな穴が開いてる!」と叫んだ。そうなんだ、巨大ボウガンより貫通力が高いんだ。これは小さくて重い弾丸と大量の火薬のなせる技だな。
ステファンが、レバーを引いて、ポンポンとタブレットの燃えカスを排出している横で、僕が、「お姉ちゃん、どうだった。何か課題がある?」と聞くと、「ううん、もう完璧。これすごいわ。エタンさん、ありがとうございます。ただ……」「ただ?」「煙がすごいわね。5丁揃えたら、多分10秒以内で連続発射が可能だと思うけれど、配置を工夫しないと煙で前が見えなくなるのと、狙撃のはずが居場所がバレちゃうわね(笑)」とのことだった。
なので、「あはは、そうか。そしたら、風下から順次撃って行けばいいんだよ。場所がバレちゃうのはもう仕方ないな。だから、本当に遠方から一撃必殺で何発か命中させて、『あとはスタコラ逃げる』っていう使い方になるだろうね(笑)。巨大ボウガンと違って身軽なんだから、ゲリラ戦で使おう」と言っておいた。
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「それじゃ、遠距離の狙撃に使えるか試してみよう」ということで、ジョナタンの鎧を一気に400m先の板に立てかけて試射してみた。
撃つ前に、エタンさんが銃身の上部にスコープを取り付け、400m先の的を覗いてピント調整したあと、「はい、大体これでいいと思います。ダイヤルが二つ付いていて、上下と左右に動きますから、ご自分に合わせて調整して下さい。0.1mm単位で調整できますよ」と言いながらお姉ちゃんに手渡し、「だけど、ポルコで試射した時には、この距離では、銃の名手も含め、誰も当てられなかったですよ」と言い添えてきた。へー、面白いじゃないの。
ステファンが弾丸を装填したライフルをお姉ちゃんに渡し、お姉ちゃんがスコープを覗いて、「あ! すっごく良く見える! 肉眼と全然違うわね。……うーん、だけどこれはさすがに遠いなー」と言いながら照準を合わせて、「バーンっ!」と発射した。白い煙と硝煙のが匂い辺りを漂うが、耳を澄ませても命中した音は聞こえない。
お姉ちゃんが無言でステファンを見て、ステファンは望遠鏡で目を凝らして確認し、「あー、外れましたね。高さは心臓にピッタリですが、右に50cm外れました」と、悔しそうに告げてきた。
お姉ちゃんは、「ふーん、そうか」と言って、「エタンさん。この横のダイヤル、回すと左方向ですよね?」と聞いて、エタンさんが頷いたのを見て、スコープを覗きながら、「うーん、このくらい?」と、ダイヤルを2回、「カチっ」っと捻った。わずか0.2mm。
そして、再びお姉ちゃんが、狙いを定めて「バーンっ!」と発射すると、1秒くらい遅れてから、「ビシっ!」という小さな命中音が、はるか遠くから響いた。
ステファンが望遠鏡で確認し、「おー、お見事! 心臓に命中して完全に貫通しています!」とのことで、見ていた隊員から「うおー、セシル様、すげーよ!」という声が一斉に上がった。僕もエタンさんも、「さすが!」と、笑顔でパチパチと拍手を送った。
その後、お姉ちゃんは3発の試射を行い、いずれも命中させ、ステファンから「お見事。全部直径20cmの範囲に収まっています!」と声を上げた。
エタンさんが、「あは、あははは」と笑って、「まさか全部当てるとは……。もはや慣れっこになってしまいましたが、セシル様はこれまでこの世に存在しなかった『人間狙撃兵器』ですよ。工夫次第で革命的な戦術が可能になるはずです」と呆れつつ言うので、僕は、「これもエタンさんの卓越した技術があったからですよ。本当にいいものを作って下さいました。ありがとうございました」と、最大限の賛辞を送っておいた。
お姉ちゃんは、その後も「キャー、楽しいーっ!」と喜んで、バンバン、ビシビシと的に当て、哀れジョナタンの鎧は穴だらけになってしまった。隊員たちは「ねえセシル様ー、一発撃たせてくださいよー」とせがみ、お姉ちゃんは「えー、だって、あんたたちどうせ当たんないでしょ?」とか言い返している(笑)。
僕は、もう十分と思い、「お姉ちゃん。そのくらいにして、無駄打ちしないの。その弾丸とダブレット。一発、3万ゴールドもするんだよ」と言ったら、「え? そんなにするの?」と驚くので、「そうだよ。一個一個エタンさんが鍛造で打って、火薬も一番いいの使ってるんだから。一発で兵士10人の一日分の食費だよ。だから心して使ってね」と言ったら、「そ、そうか。ごめん。それじゃ真剣に練習するときだけ使うわね」と反省したようだった。
なので、もう一言付け加えようと思い、「あとね、そのライフル、一丁3000万ゴールドもかかってるんだよ。唯一無二の『セシル・スペシャル』なんだから、落として壊したりしたらひどいよ」って言ったら、お姉ちゃんは、「3000万! あわわわ、家が買えるじゃないの。ひーっ!」と慄いて、急に大事そうに銃身を撫で始めた(笑)。
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最後に、さっきタブレットを見て、ちょっとアイデアが浮かんだので、一個土に浅く埋めて、遠くから棒で火縄を付けてみると、「ズドン!」と音がして、30cmくらいのクレーターが出来た。おお、なるほど。
僕は、エタンさんを見て、「これ、ずいぶん破壊力ありますね」と言うと、「そうですね。ライフルは頑丈に作りましたから内燃するだけですけれど、露出していたら危ないですよ。タブレットの扱いには気を付けて下さい」と返ってきた。
あんまり意図が伝わっていないようなので、「いや、だから、直径10cmくらいの塊にして、導火線を点けて敵中に投げたりできないかなってことです。例えば巨大ボウガンで300m飛ばすとか」って言ったら、「あ、それは……。そうですね、それが出来れば付近の5人くらいは戦闘不能になるかも知れません。音も衝撃も大きいですし、恐怖感で士気も削ぐでしょう。こちらにも事故のリスクがありますが、使い方次第で効果は絶大ですね」と答え、一つ息を吐いた後、まじまじと僕を見て、「アロイス様……。あなたは、本当に悪魔のように頭がいい方ですね。ちょっと空恐ろしくなる位です。エリトニーの王でいて下さってよかった」と、笑顔なく、真顔で返してきた。
僕は、「あはは、そんな大層なアイデアじゃないですよ。最初に考え付くのが大変なだけで、きっと100年たったら、みんなやってるんじゃないでしょうか」と笑って答え、「それじゃ、今日注文出しますから。同じライフルをあと4丁、そして、爆弾のプロトタイプを作ってください。予算の交渉はあとでクレマンと話してくださいね」と片目をつぶって返した。
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~解説~
こうして完成したライフルは、マスケット(火縄銃)とボルトアクション(トリガー上部を開閉して弾丸を詰める構造)のハイブリッド版であった。
ボルトアクションのライフルは、そのシンプルさと狙撃性能の高さで、長く戦場でも主戦の武器として使われ、第二次世界大戦でも活躍している(日本軍では村田銃が典型)。
今回のセシル・スペシャルは、まだ薬莢式ではなく、火薬も後の無煙火薬にニトロを加えたものほど高性能ではないが、当時の黒火薬の優良品を倍量使用し、それに耐えうる頑強な構造を備えることで、ほぼ薬莢式のライフルと同等のパワーと飛距離、すなわち400~500m先でも正確に命中し、最厚の鎧をも貫通する性能を備えている。
むろん、「連射が利かない」「居場所が露見する」といったマイナス面もあるが、こと狙撃能力としては、後世の主戦モデルに全く劣るものではなかった。それはもはや、20世紀の狙撃の伝説的名手が1400年代のナーロッパの戦場に降り立ったのと同じであった。
軍事に関するアロイスの卓抜したアイデア、名匠エタンの精巧な鍛造技術、そしてセシルの類まれな天才的狙撃能力が揃い、数百年も時代を先取りして、奇跡のように生まれたハイパーウェポン、それがセシル・スペシャルであった。




