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第13章 オマケ 月影のロマンス

(客観視点です)


 エリトニーとホランドの激戦が終了して4日がたった。

 明日、大勝を手土産に首都に凱旋することになるエリトニー軍は、兵士たちが戦勝の喜びに浮かれ騒ぎ、野営地近くのリガー港もきらびやかな装飾で祝祭ムードに溢れている。

 

 しかし、殆ど日の暮れたリガー海岸には、そんな喧噪も届かない。

 西の空低く白い上弦の三日月が浮かび、すぐ傍には明るく光る宵の明星が寄り添っている。


 その砂浜を二人の男女が歩いている。

 一人は黒い軍服を着た背の高い美男子で、もうひとりは青いベルベットのドレスを着た黒髪の美女だ。歩きにくいのか、ヒールの紐を手に提げて裸足で歩いている。艶やかな長髪はアップにして後ろにまとめ、真っ白な肌に赤いルージュが良く映えて、まさに匂い立つような美しさだ。


「ねえ、ミシェル」 セシルが隣に歩く男に声をかける。

「ん、なんだ?」 ミシェルはセシルに微笑み掛け、そっと手を伸ばす。

 セシルは、ほんの少し迷った末、結局手は取らず、ニッコリと微笑みだけ返して、

「ここ、大勢の兵士が死んだなんて、今となっては全然想像つかないわね。まるで何事もなかったみたいに、穏やかで、静かで」と続ける。


「そうだな。地上の争いごとなんて、宇宙の時間から見たら、ほんの小さな些事さじなんだろう。過ぎれば一瞬なんだ。……でも、俺の裏切りで沢山死んだし、セシルも指揮官を狙撃したんだから、俺たち地獄に落ちるんじゃないのかな?」

「あはは、そうかもね。だけど、ちゃんと夢や理想があってやってることだし、こちらも死んだかも知れないんだから、そこに迷いはないわよね。そのかわり、エリトニーやマケドニーにいる、沢山の人を助けられればいいんだし」

「ああ、そうだな。だけど、お祈りだけはしておこう」 ミシェルがそう言い、二人で立ち止まって、胸に手を当て、「エル・ディナス(全て神の御心のうち)……」と、霊魂たちに祈りを捧げた。


 そこで、セシルがミシェルの前に出て、後ろ向きに歩きながら、上目遣いになって、「ねえ、ミシェル。エリトニーに戻ったら、何をするの?」と聞いてくる。

「ああ、それ、アロイス様と話したんだけど、俺とアランが中心になって手薄なエリトニーの水軍を鍛えて、あとは弓の歩兵隊の訓練にも混じることになってる。実際、ホランド相手に水軍戦の機会はあんまりないだろうしな」

「弓隊の訓練なら、私と一緒にやることになるわね」 

「ああ、そうだな。俺、陸戦では弓使いだったんだ。頼りになると思うぜ」

「へー、そうなんだ。楽しそう。……じゃさ、今度訓練で私と腕比べしようよ!」

「えー? いや、まあ、それはやめとこう。だって俺、500m先からセシルに殺されかけたんだぜ(笑)。天才狙撃手(スナイパー)とは腕が違い過ぎるよ」

「もう、だからごめんてー。悪かったー(笑)。知らなかったんだからしょうがないでしょう? ほんと、当たんなくてよかったわよ」

「あはは、代わりにハートを射抜かれたけどな」


******


 そこで、さっき、伸ばした手を振られてしまったミシェルが、思い切って、

「なあ、セシル」と話しかける。

「ん、何?」

「俺たちさ、結構お似合いなんじゃないかな? 隣国の王子と王女なんだしさ」 そう眉毛をいたずらっぽく上げるが、セシルは、

「ふふふ、王子って、今は『根無し草の素浪人』でしょ?」と素っ気ない。


「まったく、軽い話じゃないんだぜ(笑)。……俺だって、愛してた故郷、家族や友達を全部捨ててエリトニーに乗り換えたんだ。俺にとっちゃ、命がけの恋なんだからな」と、ミシェルが苦い顔を作って言うが、セシルは、

「ふふふ、そういうの簡単に言えちゃうから怪しいのよ。だってあなたとってもモテそうなんだもん。いろんな人に同じこと言ってそうなんだもん」と、横から疑わしそうに横目でジトーっと見上げてくる。


「そんなことないって! 人が思うほど遊んじゃいないよ。あとでアランに聞いてくれ(笑)。俺は心底惚れた女以外はダメなんだ」

「ふーん。でもあなた、国に誰か待たせてるんじゃないの? いい人いなかったの?」

「そりゃいたよ。婚約者だった」

「えーっ? それなのによく私にぬけぬけと! 誰なのよ一体?」

「いや、ゲルンハルトの三女。俺さ、ゲルンハルトのお気に入りだったんだ」

「な、なんですってーっ?! そりゃ大物よね……。だけど、それなら出世街道まっしぐらだったんじゃない。結婚すればよかったのに。美人さんなんでしょ?」

「ああ、まあな。セシルと比べたらさすがに可哀そうだけど。……だけど俺だって嫌だよ。政略結婚なんて。本人も『田舎に嫁に来てやる』くらいの感じでさ、性格キツいんだ。逃げ出したくもなるってもんだ」 ミシェルは顔をしかめてそう言ったあと、少し言い淀んで、「まあ、でも、その子には悪い事したよ。本当にひどい裏切りだ。きっと深く傷つくだろうな……」と、唇を噛んだ。

「ふーん。そうなのか。そう思ってるのか。……ミシェル、あなたって、見かけよりずっと優しくて誠実な男なのね。ごめんね、さっきはちょっと茶化すみたいなこと言っちゃって」 そうセシルは、瞳を伏せて謝り、ミシェルも、「いいさ。だって本当のことだし、今更もとに戻らないんだもんな」と受け止めた。


 セシルは、少しうつむいて考え込んだあと、ミシェルの眼を見詰め、

「ねえ、もしかしたら、ミシェルには辛い話になるかも知れないけどね」と前置きして、「私ね、ほんの少女の頃からエリトニーに帰ってくるちょっと前まで、ずっと愛してた人がいたの。あなたにとってもよく似た人で、でも、あなたみたいに大統領の娘と結婚しちゃったの」と言って、少しミシェルの顔を伺い、

「その人、打算で結婚するような人じゃなかったから、きっとすごく奥さんを愛してたんだろうけど、私、その分、『私より好きな人が出来たんだ』って、すごく傷ついたの。今でも全部忘れたのか、すっかり癒えたのかっていうと、まだ分からなくて、思い出す度に胸がチクってなるのね。……だから、あの人に似ているあなたに心が近づいていくのが、今はまだ怖いのよ」と、赤らめた両目に光るものを湛えて、正直に伝えてきた。


 それを黙って最後まで聞いたミシェルは、穏やかな微笑みを向け、

「そうか。そういうことがあったのか。……うん、だけど、俺は俺さ。そいつじゃないし、代わりにもなれないよ。だから、セシル、急ぐ必要なんてない」と言って、ひと呼吸おいたあと、「……俺は、セシルの心が今どこにあっても構わない。ゆっくりと、俺のことを分かって、ちょっとずつ好きになってくれればいいさ」と、口の端を上げて、笑って返してきた。


「うん。そうか。ありがとう。そう、ちょっとずつね。……ねえ、でも、私でいいの? こんなに気の強い女でいいの?」

「そ、そこがいいんじゃないか! 勝気だけど、優しくて可愛らしい女。ど真ん中、もろ俺の好み(笑)」

 それを聞いたセシルは、少し小首を傾げて、眼を三日月にして微笑み返し、「そう。ありがとう、ミシェル。それじゃ、私の傍でしばらく待っていてね。私もあなたにゆっくり近づいていけるか、時々心をノックして聞いてみるから」と言って、「すっ」と、ミシェルにほっそりした手を伸ばした。


******


 二人は、そっと手を繋ぎ、並んで波打ち際を歩く。緩く絡めた指と指が、迷いながら、少しずつ力を込めていく。


 ミシェルがヒールを提げ、セシルはドレスを濡らさらないようにすそをあげている。波が打ち寄せてきて、セシルの真っ白い足首を洗っている。

 秋口の涼しい潮風が頬を撫で、サーっと静かな波の音が響き、三日月がセシルの白い顔に美しい陰影を刻んでいる。


「もう、水がちょっと冷たいな。この何日かで秋に近づいた感じね」

「ああ。もう8月も終わりだからな。だけどセシル……」

「何?」

「お前の足元から手が伸びて、海に引き込もうとしてるぞ」

「キャーーーーーーーーーっ!」 セシルが幼い少女のように悲鳴をあげ、慌ててミシェルに抱き着く。


「ああっ! ごめん! 驚かせちゃったか。そんなに怖がるとは思わなかった。ほんとに悪かった」

「もうー、そういうのやめてよー(怒)! わたし未だにお化けが怖いんだからね!」 セシルが眼尻から細く涙をこぼしながら、ミシェルの胸を叩いて抗議する。

 ミシェルは「いや、ほんとにごめんな。……だけど、お化けなんか出てきても、俺がセシルを守るから大丈夫だ。はは」と謝って、セシルの顔を覗き込んで、「俺は、いつでもセシルの傍にいるからな。戦争だから、いつ死んでしまうか分からないけど、それまでは身体と命を張って守るから、安心しててくれ」 そうミシェルが力強く応え、セシルは、「うん……」と言ったまま、ミシェルの胸に両手を当てて、黙り込んでしまう。

  

 そして、しばらく考えていた様子だったが、やがて顔を上げ、

「ねえ、ミシェル」と、話しかけてきた。

「なんだ?」

「さっきね、『しばらく待ってて』って言ったでしょ? 『ゆっくり近づくから』って」

「ああ」

「ごめんね。あれ、撤回させて貰うわ」

「ええー? なんだそれ? 期待させといてそりゃないぜー」

「ううん、『しばらく』じゃなくてね、私……もう、あなたを好きになり始めたみたい……」 セシルはミシェルの耳元でそうささやいて、背中に細い腕を回した。

 そして、ミシェルの眼を覗き込み、自分の眼が映り込んでいるのを見て、あでやかに微笑んだ後、瞳を閉じて顔を上げた。


 海辺には月明りが差し込み、二人の影を細く砂浜に映す。


 やがて、影は、静かに合わさって重なり、ずっと長い間、揺れ合っていた。



******


 その二人の様子を、ずっと遠くから3人の男が眺めている。

 うち一人が望遠鏡から目を離し、「うん、オーケー。こっちは順調だ。さて、じゃ、もう一人の手当に行こう」と声をかけて、3人はぞろぞろとエリトニー軍の兵舎に向かう。


******


 その頃、弓隊の兵舎で、一人の男が悶々としながら黒パンをかじり、カチャカチャ大きな音を立てて肉と野菜のシチューをかき込んでいた。周りの兵隊が気まずそうに様子を伺っている。


 そこに、「いよう、スーテファン!!」と、筋骨隆々の大男が尋ねて来る。

「あ、イワンさん。どうしたんです?」とステファンが答えると、「ずいぶんうらぶれてるじゃねーか! 明日はエリトニーに帰っちまうし、今日はリガーでパーッと一杯やろうぜ!」と声をかけてくる。


 ステファンは、「いやあ、お気持ちはありがたいんですけど、ちょっと今、そんな楽しい気持ちになれないんです……」といったんは断ったものの、今度は、「そうだぜ、ステファン! 嫌な事は酒飲んで忘れちゃえよ!」と、雲を突く大男が続いてきた。


「あ、マチアス将軍まで……」と言い淀んだら、「あー、楽しそう。それじゃ、僕も行こうかなー。みんな、飲み代は心配するなよ!」と、金髪の小男も加わって来た。

「あ、アロイス様までーっ! う、ううーっ!」 ステファンはついに辛抱しきれなくなり、男泣きを始めてしまった。


 そこを皆で、「泣くな、ステファン! 失恋なんて、世の中いくらもあることだぞ! お前、こんな優しくて、いい男なんだから、この先いくらもチャンスがあるって!」「そうだよ、それにお姉ちゃんだって、ステファンがいなかったら戦えないんだよ。お姉ちゃんの一番大事な仲間なんだから、また力になってあげなよ」「そのとおり! ほら、いくぞ!」と慰めて、イワンが「それっ!」と肩車をすると、ブラックローズの隊員たちから、一斉に、「ステファン隊長、行ってらっしゃい! ご存分に!」と声がかかる。


 ステファンは、イワンの頭上で、「ううーっ! わーん!!」と腕で眼をゴシゴシ擦っている。

 一行は、「ステファン! 大丈夫だ! 俺たちがついてるぞ! さあ朝まで飲もう!」と気勢をあげつつ、「それーっ!」と走ってリガーの港町へと消えて行ったのだった。


******


 翌日、ステファンはひどい二日酔いで、弓隊の出発に少々遅刻してきたが、アロイスに言い含められていたセシルは、怒りもせずに、かえってニッコリしながら、「さ、ステファン、いくわよ。あなたは私の一番大事な戦友なんだから、これからもサポートよろしくね!」と声をかけ、ステファンも「はい! 喜んで! 俺、毎日セシル様のお傍で頑張ります!」と、ズキズキ痛む頭を押さえながら、しかし張りのある声でハキハキと答えていたそうだ。

 読者の皆様。小田島匠でございます。 

 いつもわたくしの作品を読んで頂き、ありがとうございます。

 本作は、新生エリトニー編から独立戦争編初戦のリガー海岸上陸戦まで書いてきましたが、ここでストックが尽きました。ついに、本作のヒロインであるセシルにロマンスが訪れたところで、ちょうど切りがいいのではないでしょうかw

 なので、またここで休載として、次回は完結させてからまた連載を再開したいと思います。おそらくは2か月程度かかると思いますが、年末の忙しい時期でもあり、執筆もなかなか思うように進ませんので、どうか悪しからずご理解下さい。わたくしは、一話一話を丁寧に作り込むので、時間がかかるのです。


 と、気合を入れて書くものの、どうも熱心に読んで頂けている読者様は7~8人くらいの感じでございます。どうしてなろうではこんなに受けが悪いのか正直よく分からないのですが、数少ない読者様にはとても感謝しています。待ってくれている方がいるだけで、書き続ける意味はあると思っています。

 25万字以上書いてきて、底辺脱出とか、今更そんな大それたことは考えておりませんが、せめてブクマはして頂きませんと、次回再開しても全く情報が行きませんので、続きを読んでもよいと思ってくださる読者様はブクマを宜しくお願い致します。


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