第13章 第7話 夢の跡(動画&ファンソングあり)
アロイスの最後の指令に応えて戦場に登場したのは、艶消しの黒い装甲に全身を包んだ、1500人の重装歩兵だった。全員が180㎝、100㎏を超える筋骨隆々の大男たちで、20㎏はあろうかという黒い巨斧を担ぎ、整然と並んで、しかしゆっくりと歩を進めている。
それもそのはず、通常、兵士の装甲は、ジョナタンが身に着けていた最厚のヘビーアーマーでも約40㎏程度だが(全身に均等に重さが分散するため、そこまでは重く感じない)、ヘラクレス軍団が装着しているのは、エタン率いるポルコの鉄職人が打った超硬質の装甲で、その倍の約80㎏もある。当然厚みも2倍あり、もはや刀も矢も槍も全く通さないが、代わりに素早い動きは極端に制約される。
そのため、巨斧を肩にかけて、全員でひと塊になってズシンズシンと進むほかない。その様は、さながら歩く要塞、人の心を持たないサイボーグ集団のようだ。
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最後に戦場に現れ、不気味なほど規則正しいリズムで進軍してくる装甲集団に、撤退途中のホランド歩兵が戦慄する。そこに、味方の退避を援護しようと、騎兵隊の残兵が勇気を奮って軍団の進路を塞ぎ、槍で突きかかる。
熟練した装甲騎兵の槍は、当たり所さえよければ、ヘビーアーマーでも貫通可能だが、不気味な黒い軍団の装甲は、「ギャンっ!」と耳を突く金属音を立てて槍を跳ね返す。騎兵は手が痺れ、思わず槍を落としそうになるが、装甲にはかすり傷がついただけで、全く通用しない。その間も、歩兵は動きを止めることなく、悠然と騎馬隊に迫っていく。
そして、重装歩兵は馬上の騎兵を全く無視して、巨斧を「ブーン!」と大きく振るって、軍馬の脚に「ズガン!」と叩きこむ。軍馬の脚は泣き所。装甲を纏っていない上に、細く、しかも馬上の騎兵を含めた重量物を支えているので、わずかな抵抗もできず、「ボギっ!」と一瞬で両断され、哀れな嘶と共に、騎兵ごと「ズシンっ!」と横転する。
そこに、ゆっくりと重装歩兵が近づき、緩慢な動作で斧を頭上に振り挙げ、倒れた騎兵に、「ブーン!」と振り下ろす。装甲と歩兵の重量、合計200㎏もの重さが斧の刃に集約され、さすがのヘビーアーマーも耐え切れず、「グギャっ!」という不快な音を響かせ、装甲ごと騎兵の腕が両断されて、「ブハーっ!」と血しぶきが宙を舞う。
こうして、わずか数分の間で、100騎近いホランドの装甲騎兵が葬り去られた。なにしろ、雲霞のごとく群がる黒い歩兵には攻撃が全く通じない上、敵の攻撃は全く防げないのだから、もうやりようがない。機械仕掛けのターミネーター相手に戦っているような深い絶望感が、死の淵に立つホランド兵を支配することとなった。
騎兵隊も、(もはやここまで)と、戦うことを放棄して、我先に海岸に殺到して、退避を図る。それをまた緩慢な動きで黒い軍団が隊列を組んで追い付いてきて、歩兵と騎兵問わず、巨斧で次々に殺戮していく。まだ剣を持っているホランド兵は、勇気を奮って歯向かってはみるものの、わずかなダメージも与えられない。目の前の黒い巨象を虚しく見上げ、(ば、化け物だ! こんなの勝てっこないだろ!)と、恐怖のあまり逃げ惑い、背中から重い斬撃を受け、上陸船が近づいてきた波打ち際が血潮で真っ赤に染まっていく。
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しかし、そこで突如タイムアウトが訪れた。
軍団の先頭に立って斧を振るっていたイワンが、後方のマチアスを振り返り、甲冑の中では汗だくの情けない顔をして、手を小さく振り、(兄貴、俺たちもうダメ……)というサインを送る。なにしろ、合計100㎏の装備を付けているうえ、普段筋肉ばかり鍛えていてスタミナに乏しい連中なので、ゆっくり動いても10分が限界。それ以降は電池切れとなって、もう戦闘継続できない。もはや、転んだら自力で起き上がることすら困難だろう。
もちろんマチアスは、そんなことはおくびにも出さず、「ヘラクレス軍団! もういい、それ以上の殺生はやめろー!」と大声を発し、それに合わせて、軍団はロボットのようにピタッと静止し、直立して巨斧を肩にかける。続けて、マチアスは、「ホランド兵よ! もう勝負は決した! 武士の情けだ、投降しろ! アロイス様は投降した兵士を殺したりはしない! 戦争が終わったら帰すとおっしゃっている!」と呼び掛け、最後に締めの一言で、「さもなくば、再びこのヘラクレス軍団がお前たちに襲い掛かるぞ!」とハッタリを付け加え、二者択一を迫った。
すると、ホランド兵は一瞬静まり返り、周りを眺めて顔を見合わせたが、一人の兵士が「ガシャ!」と音を立てて刀を捨て、両手を挙げて進み出たのを見て、そこここから武具を捨てる音が響きわたり、やがて列をなしてエリトニー軍の前に進み出てきた。
こうして、極限状況に追い込まれたホランド兵は、完全に戦意を喪失し、既に船に乗り込んだり、泳いで逃走を図っている者を除いて、歩兵も騎兵も両手を挙げて投降した。その数、優に1000人は超えていることだろう。
ヘラクレス軍団は、実際には、これ以上戦闘を継続することは困難であったが、その得体の知れない不気味な迫力で、戦場のクローザーとしての役割を十分に果たしたと言ってよい。
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この日の戦闘も、わずか2時間余りで終了し、ホランド軍は再び壊滅的な被害を被ることになった。この初戦に投入した兵士は約15000人。うち、死亡が4000人、怪我人が4000人、投降した者が約3000人で、五体満足で戦場から離脱できたものは、わずかに4000名程度に過ぎなかった。
対するエリトニーの死者と怪我人は、合計でも400名程度。その殆どが序盤に騎兵に突き崩された軽装歩兵で、騎兵や弓隊などの主力はほぼ無傷であった。
リガー海岸上陸戦は、ナーロッパの戦史上でも、まれに見るワンサイドの局地戦であったと言えるだろう。
こうして戦いの終わった海岸で、エリトニーの騎兵と歩兵は、残されたホランド兵の装備を剥ぎ、死体と怪我人を残し、マケドニー軍とともに、悠々とリガー海岸の奥に引き上げていった。
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エリトニー陣内では、騎兵のマチアスとステラ、ブラックローズのセシルとステファン、ヘラクレス軍団のイワン、ゲリラ部隊のカンネイとベラ、そこに司令塔のアロイスが戻って、役者が一同に集い、お互いの無事を確認して喜び、抱き合って勝利を祝福しあった。
そして、アロイスは、今日の戦闘で重要な役割を果たしてくれたミシェルに近づき、深々と頭を下げて、その両手を握りながら、「ミシェル王子様。今日は本当にありがとうございました。あなたの働きがなければ、我が軍はもっとずっと多くの被害を被っていたことでしょう。心から感謝致します」と真摯に声をかけ、その後ろでセシルも微笑んで膝を折った。
ミシェルは、ニッコリ笑ってそれに応えたあと、アロイスの前に跪き、その手を取って、「アロイス王様。私とアラン直属の2000人の兵士と5隻の軍船、喜んでエリトニーの麾下に加わります。どうか、アロイス様のお力で、我々をお導き下さい」と臣下の礼を取ると、アロイスもそれに応えて、「ありがとう、ミシェル。これからも頼りにしているぞ! 東ナーロッパの安寧のため、共にホランドと戦おう!」と述べ、ミシェルも、「はい! もとより非才の身ではありますが、我らは水軍戦以外でも、弓を使った歩兵戦が得意ですから、どうぞお役立て下さい!」と、頬を上気させて応えていた。
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次に、アロイスは、後ろ手に縛られたまま、呆けたように宙を見つめている若い大男に近づき、「ジョナタン……」と声をかけた。
ジョナタンは、急に声をかけられて、ハッと我に返り、「……な、なんでしょうか?」と声を上ずらせると、意外にもアロイスは、「貴殿も、我がエリトニー軍に加わらないか。有能な騎兵は歓迎するぞ。エリトニーは、若い兵士が多いし、風通しのいい、気持ちのいい軍隊だぞ」と言い、マチアスも「そうさ、ジョナタン。俺も齢だから、そろそろ後継者を育てないとな。一緒にやろうぜ!」と後に続いてきた。
ジョナタンは、二人の言葉に、「え? いや、俺、てっきり牢屋に入るか殺されるかと思ってました。ひどい事言っちゃったし。えー? うーん……」と混乱した様子を見せたあと、「あー、確かにホランド軍は貴族が威張るばかりで、俺なんて『駒』くらいの扱いだし、家族もホランド見限ってゲルマーで働いてるんで、俺がエリトニーに加わってもいいんですが……」と言い淀み、そこで少し間を取って考えた。
しかし、兵士の死体が累々と横たわる海岸を遠く見つめた後、アロイスに向きなおり、「……アロイス様。申し訳ありません。今日も仲間が沢山死にました。国同士の争いだから、どちらにも正義があるわけだけど、アロイス様が殺したんです。あいつらの流した血も乾いていないうちに、俺だけすっきりした気持ちで、エリトニーに加わることはできません。牢屋でいいから、しばらくほっといてくれませんか」と、穏やかな笑顔を見せた後、頭を下げた。
それで、アロイスはそれ以上深追いせず、「あはは、そうか。ジョナタン、君はなかなかいい男だな。気に入ったよ。それじゃゆっくり考えるといい。当面はポルコの鉱山で労働して貰うから、気が変わったら現場監督を通じて言ってくれ」と言って、眉を上げて微笑み返した。
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とそこに、歩兵隊長から、「アロイス王様。ホランド軍から使者が参りました」と言ってきたので、アロイスが目をやると、数人の使者団が待っていて、真ん中に中背の東洋系の男が立っていた。涼し気な眼差しが利発そうで、カンネイによく似た雰囲気の若い男だ。
男は、「アロイス王様、初めまして。ホランド軍の使者、軍師のリクソンと申します。これから上陸船を海岸につけて、死者と負傷者を引き揚げますから、攻撃はしないでください。我々も決して攻撃は致しません」と申し入れてきた。
アロイスは、「ああ、あなたがリクソンさんですか。お噂はかねがね聞いていますよ。もちろん、早く怪我人を連れて行ってあげて下さい。その代わり暗くて監視できなくなりますから、夕方までに終わらない分は、明朝9時に再開して下さい」と返すと、カンネイが後ろからアロイスの腰をつついて、(最大のチャンス。捕まえろ)と伝えてきたので、アロイスは後ろを向いて、目線だけで(だめだよ。使者を殺したら、こちらも安心して使者を出せなくなるだろ)と、窘めた。
リクソンは、「はい、そのように申し伝えます。その後、特段の連絡なくば、『承諾』とお受け取り下さい」と述べたあと、「しかし……」と言葉を濁したので、アロイスが首を傾げて「なんです?」と聞くと、リクソンは口元を引き締めて、「アロイス様、なんというか……今日の采配は本当に魔法のようでした。敵ながら見惚れてしまいました。巷間で、『小悪魔』とあだ名される理由が良く分かりましたよ」と言って、一つため息をつき、「今日は、アロイス様に、私がしたかったことの全部逆をやられてしまいました。次はこんなことにならぬよう、ちゃんと研鑽を積んで、兵士も鍛え上げますから、またお会いしましょう」と言ってきた。
アロイスは、「あはは、それは買い被りですよ。今日は、このミシェル王子のおかげで、たまたまうまくいったんです。勝敗は兵家の常。何かの拍子にクルっと入れ替わるものでしょう?」と謙遜したあと、「それより、リクソンさん。あなたは、それほどの能力がありながら、どうもホランド軍の中で窮屈にされているご様子。いっそ、我が軍に加わるおつもりはありませんか? 私も身体は一つしかありませんし、右腕になってくれれば、これほど心強いことはありません。エリトニーこそ、リクソンさんの能力を最大限に発揮できる場所だと思いますよ」と、勧誘の言葉をかけた。
リクソンは、一瞬、意外そうな顔をして、「アロイス様。それこそ買い被りというものです。私など、本当にアロイス様の足元にすら及びません。それに、私は、長じてからずっとホランドの禄を食んできた公僕なのですから、今の境遇を歯がゆく思っていても、すぐさま見捨てることなどできません」と答えて、ミシェルを顎で指し、「そこにいる、どこかの王子のように、無節操にはなれないのです」と言い捨てて、細い目で冷ややかに見つめた。
それを聞いたミシェルは、怒りもせずに、ニヤッと口の端に笑みを浮かべ、「それは違うだろ。俺は、ホランドから給料貰ってないからな。逆に、ホランドに虐められてきたマケドニーの公僕なんだぜ。立場が全然反対だろ」と応戦し、アロイスが「まあまあ、そのくらいにして(笑)」と遮って、リクソンに、「今日の今日とは言いません。ただ、私のみたところ、ホランドの封建体制は当面変わらないように思えますから、リクソンさんも将来の身の振りをよくお考えになって下さい。私はいつでも、人品の優れた才能ある方を愛する者ですよ」と微笑んで伝えたが、他の使者の手前、握手の手までは差し出さなかった。
リクソンは、「はい、そんなことにはならないと思いますが、今日、そのようなお言葉をかけて頂いたことは心に留めておきます」とだけ言いおいて、丁寧な礼をしたあと、背を向けて沖に手を振り、上陸船を促した。
しかし、リクソンは、船に向かう途中、左右の軍師見習いに、「巨大ボウガンと、ヘラクレスのアーマーはよく見ておいただろうな? 帰ってすぐ弱点をあぶり出すぞ!」と語り掛けるのも忘れなかった。
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こうして、翌日、リガー海岸の沖合から、怪我人4000人を含む8000人のホランド軍と、国に家族を残している3000人のマケドニー軍が引き揚げ、独立戦争初戦が幕を閉じた。
エリトニー軍が見守る中、ホラント・マケドニー連合軍の船団が、ゆっくりと視界から消えて行く。
激戦が展開され、多数の死体で埋まった砂浜はすっかり綺麗になり、兵の血潮で朱に染まった海岸も、今は穏やかな青い波が打ち寄せるばかりだ。
読者のsabamisonyさんが、リガー海岸戦のファンソングと動画を作って下さいました。とても気持ちの高揚してくる、素晴らしい楽曲と動画です。丘の上から戦場を俯瞰して指示を出すアロイスの凛々しい事よ。よく見ると、ホランドの方陣に突っ込んでいく騎兵隊ツートップや、ロングボウ部隊の黒い矢の雨も出て来ます。是非ご覧になって下さい。
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