第13章 第5話 一騎打ちは戦(いくさ)の華か?
~ このエピソードの登場人物 ~
・ジョナタン
→ ホランド軍最強の騎兵。初日の惨敗で地に落ちたホランド兵の士気を鼓舞するため、自ら単騎で進み出て、あえてセシル砲の的になる。その後、エリトニー最強のマチアスと一騎打ちを行う。勇敢で朗らかな好漢だが、オツムがちょっとw イワンと相性がよさそうだが、エリトニー陣営に加わるか。188㎝。85㎏ 24歳。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(客観視点です)
リガー海岸上陸戦。戦闘二日目。午前9時。
よく晴れ渡った空のもと、海岸にホランド・マケドニー連合軍の上陸船が押し寄せて来る。合計12000人の大軍だ。もう、海上の艦船に残っているのは、ホランドとマケドニー合わせても3000人程度で、殆ど全軍突撃と言っていい。
対するエリトニーは、騎兵が1000、歩兵と短弓隊が4000と少しで、合計5500人程度。そしてその後ろに三台の巨大ボウガンと1500人のロングボウ部隊が待機している。今日は、灌木に隠れることなく、堂々と表に出てその全容を露わにしている。
ホランド・マケドニー連合軍は、上陸船から波打ち際に降り立ち、盾で前方を防御しつつ、4000人に密集させた綺麗な菱形の方陣を3つ作った。右翼と真ん中がホランド、左翼がミシェル将軍率いるマケドニーだ。
連合軍が上陸中の今が迎撃の好機なのに、初日と同じくエリトニーはじっと動かない。なすがままにさせている。しかし、昨日と違い、全軍を眼前に晒しているうえ、連合軍がロングボウ対策のため歩兵に大きな盾を持たせ、さらに巨大ボウガンに備えて騎兵が最厚の装甲を纏っているため、取れる作戦は限られてくる。何を考えているのだろうか。
******
連合軍は陣形を整え終わり、海岸奥に待機するエリトニーと、約500mの間隔を保って対峙した。
と、そこに、ホランドの中軍から、馬に乗った一人の偉丈夫が、両軍の真ん中まで進み出て、兜を外した。艶めく金髪が溢れ出る。20代半ばと思しき、凛々しい重装騎兵だ。
その若者は、「我が名は『ジョナタン』! 槍で我に敵うものなし! 昨日は小悪魔の姑息な謀略で不覚を取ったが、今日は絶対に負けんぞ!」と大音声でエリトニー軍に呼び掛け、そして勇敢にも、
「聞けーっ、黒薔薇! お前の細腕で、この俺の胸を貫けるならやってみろ!」と叫び、右手の親指で自らの心臓をグっと指さした。それを聞いたホランド軍は、にわかにさざめき立ち、「おおーっ! ジョナタン! かっこいいぞー!」「そうだ! もっと言ってやれー!」と、大きな声援が飛んでいる。
セシルは、「ふん。威勢のいいこと言うじゃないの。お望み通り、私が串刺しにしてやるわよ!」と言って、「ステファン。照準角度セット。距離250m!」と指示を出し、素早くボウガンに乗り込む。
そこで、セシルが、左手の丘の上にチラっと視線を送ると、アロイスが赤い旗を前方にビっと向け、(いいじゃないか、やってやれ!)のサインを出したのが見えた。
「じゃ、いくわよ……」 セシルは、ジョナタンの顔は狙わず、ピタリと心臓に照準を定め、「アディオス、ジョナタン。恨みっこなしだからね」と呟いて、息を止め、静かにトリガーを引くと、「ズドン!」という発射音とともに、限界まで引き絞られた弦が、一気に直線に戻り、重い鋼鉄の矢が真っすぐに放たれた。
(さあ、どうだ?) 両軍は声もなく静まり返り、息を飲んで見守っている。
ジョナタンは、避ける素振りすら見せず、馬上で堂々と待ち受けている。
やがて、地を這って高速で飛行する矢が、ジョナタンの心臓部に「ガシャン!」と金属の悲鳴のような音を響かせて命中し、ジョナタンはその衝撃にのけ反って馬から落ちそうになる。これは貫いたか?
しかし、すんでのところで、ジョナタンは落馬を免れ、驚いたことに左手に鉄製の矢を掴んだまま、馬上に体勢を立て直した。矢は、正確に心臓部に命中し、装甲をくぼませたが、貫通まではしなかった。
ジョナタンは、朝日に煌く銀色の矢を頭上に高く掲げ、「新兵器破れたりーっ! 不死身のジョナタン様には通じないぞ! ははは、黒薔薇、残念だったなーっ! 所詮は女のひょろひょろ矢よ!」と挑発し、それに呼応して、ホランド軍からは、「おおっ! ジョナタン! よくやった!」「さすがホランド最強だぜ!」「お姫様の細腕じゃ無理だったなー。あははー!」と、拍手喝采が湧きあがり、全軍の戦意が一気に最高潮に達した。
セシルは、首から上を真っ赤に染めて、「な・ん・で・すってーっ! ふざけんじゃないわよ!」と歯ぎしりし、すぐ次のボウガンに移動しようとしたが、丘の上からアロイスが手をひらひらと振り、(あー、もう熱くなんないの)と制止のサインを出した。それを見たセシルは、屈辱のあまり「うぐぐ」と呻きながら、両肩を怒らせ、ボウガンから降りたのだった。
******
すると、気をよくしたジョナタンはさらにエリトニー軍に近づき、「昨日のデカい男、出てこい! 俺と尋常に勝負しろ! 貴様の心臓を一突きにして、この槍のサビにしてくれるわ!」と、今度はマチアスに一騎討ちを挑んできた。
もちろんマチアスは、そんな安っぽい挑発に血が昇る男ではないが、丘の上を見上げたところ、アロイスが旗を前に向けてゴーサインを出しているので、「それでは遠慮なく」と、すぐに兜も甲冑も全て外し、愛用の黒い長槍だけ持って、馬に飛び乗り、ギャロップでジョナタンに近づいて行った。
そして、ジョナタンのすぐ目の前に対峙すると、「我が名はマチアス! エリトニー史上最強と言われる騎兵だ! ホランドのお調子者は俺が成敗してやるから覚悟しろ!」と、戦場に浪々と響く大音声で叫び、今度はエリトニーから、「おおーっ! マチアス将軍なら秒殺だぜ!」「将軍、カッコいいとこ見せてー!」と大声援が飛んでいる。
ジョナタンは、「はあー? 甲冑着けないだと! 俺相手に正気か? しかもいい齢したオッサンじゃないか? あんた……ほんとに大丈夫か?」と、やや拍子抜けした声を発し、マチアスが、「はっ! お前は俺に触れもしないから、甲冑なんて要らないんだよ! こっちのほうが動きやすいからな! 若いの、あとで吠え面かくなよ!」と応戦したところで、ホランド陣営から試合開始を告げるドラが、ゴングのように「ジャーン!」と打ち鳴らされた。
その瞬間、ジョナタンが、「うおーっ!」と雄たけびをあげながら、10㎏はあろうかという長大な槍を、怪力を見せつけるように頭上でヒュンヒュンと回転させ、「喰らえっ!」と、袈裟懸けに叩きつけた。いつもなら、これで相手の槍は吹き飛んでしまう。しかし、マチアスは、涼しい顔で「ガキっ!」と受け止め、「おっ! これは重い。ホランドにも少しは骨のある奴がいるな!」と感嘆の声を上げると、ジョナタンは、「へっ! よく止めたな。だけど、いつまでそんな余裕こいてられるかな?」と言いつつ、矢継ぎ早にマチアスを突いてくる。その速さはまさに電光石火。とても、重い甲冑と槍を持っているようには見えない。
マチアスは、「おー、やるやる! お前、なかなかいいなー!」と笑いながら、ジョナタンの槍を全て払い、「だけど兜を外したのは失敗だったな。それそれ!」と、ジョナタンの顔面を突きで狙う。そのスピードはジョナタンすら上回り、もはや眼に見えないほどで、「シュシュシュ!」と1秒間に5回も打突が繰り出されるため、ジョナタンは「ウワっ!」と首を振って5本の槍を避けるので精いっぱいだ。
その両者の超絶的な技巧に、両軍は釘付けになり、声を失ってただ見守るばかりだ。
両者は一歩も引かず、20合、30合と突き合い、切り合って、まったく勝負がつく気配もなかったが、次第に、ジョナタンの動きが鈍ったように見えてきた。そう、巨大ボウガンを防ぐ目的で、極厚の装甲を着込んでいるため、重すぎてスタミナが切れてきたのだ。いくら若いジョナタンでも、全力で動けるのはせいぜい3分が限界。このままでは、甲冑を付けていないマチアスの動きについていけず、最後は顔面を狙われて敗れ去ることになる。このあたりで決着をつけなければならない。
しかし、疲労しているのはマチアスも同じに見える。史上最強騎兵のマチアスも、もう42歳。いつまでも若者と同じ動きはできない。ジョナタンと同じく、次第に動きが鈍ってきて、ついにはハアハアと肩で息をするようになってしまった。
それを見たジョナタンは口の端に嘲りの笑みを浮かべ、「なーんだ、マチアスさんよ。やっぱりあんた齢……」とまで言ったところで、隙をみて「シャ!」っと心臓を狙って渾身の突きを入れた。
ジョナタンは、右手を大きく伸ばしながら、(勝った。最強は俺だ)と恍惚となりかけたが、あろうことか、そこにはマチアスはいなかった。
マチアスは瞬時に右方に身体を傾けて避けていた。そして、疲労困憊の芝居をやめ、息一つ乱さぬまま、「かかったな。お調子者め。ずっとこれを狙ってたんだ」と老獪な笑みを浮かべながら、ジョナタンの槍を左脇にガッシリ抱え、右手を添えて「ガっ!」と、思い切り引いた。
既に疲労が限界に達しつつあるジョナタンは、ボディビルで鍛えたマチアスの腕力に抗しきれるはずがなく、バランスを崩して地面にバッタリと落ち、うつ伏せになったところに、マチアスが馬上から跳んで覆いかぶさる。
マチアスは、ジョナタンを羽交い絞めにして、脚を絡めて裏返し、右腕を首に回すが、ジョナタンも左手を掴んで離さない。そこで、マチアスが、ジョナタンの後頭部に「ズゴっ!」と強烈な頭突きを見舞うと、たまらず「グっ!」と力が抜け、マチアスは素早く左手を右手とクロスさせ、頸動脈を締め上げる。長い腕が蛇のように絡みつく、完璧なチョークスリーパーの完成。
ジョナタンは、手足をバタバタして抵抗するも、これはもう抜けられない。5秒、6秒と経過したところで、ジョナタンはぐったりと動かなくなり、マチアスは念のため10秒まで数えてからチョークを解き、立ち上がった。
そして、完全に「落ちた」ジョナタンの装甲の襟首を掴み、もう片方の手で2頭の馬を引いて、顔色ひとつ変えず、ゆっくりとエリトニー陣営に引き上げてくる。
もちろん、エリトニー軍は、「おおーっ! マチアス将軍、つえー!」「すげーよ! さすが史上最強!」と、全軍から大歓声が湧きあがっている。
マチアスは、それを見て、少しだけ微笑み、そして空を見上げ、「……なあ、イボンヌ。見てるか……」と声をかけ、静かに一つ息を吐いて、「俺は今、確かに生きているぞ。死んだお前のため、立派に育った二人の可愛い子供のため、そしてエリトニーのために生きているぞ。俺は、もう、いつお前のそばに行ってもいいが、それまでは全力で生きるからな!」と、心の中で語り掛けた。




