第13章 第4話 ミッドナイト・ベット(真夜中の賭け)
俺はエリトニーの一行を甲板に上げ、だめもとで「槍はここに置いて行って下さい。念のためです。こちらも危害を加えるつもりはありません」と言ったところ、アロイス王は、「それはそうですね。旗艦はよそのお城と同じですから」とあっさり承知し、「マチアス、ステラ」と声を掛けて、長槍をマケドニーに預けた。一体何でそんなに信頼されてるんだ? どこまで豪胆な奴なんだろう。
俺は、背を向けながら、「どうぞこちらです。船上のことで狭くて申し訳ありません」と手で示し、4人を甲板後部にある艦長室に招き入れた。10畳ほどの部屋に、デスクと丸テーブル。俺の向かいにアロイス王とセシル王女が座り、その後ろに護衛の二人が立った。
「さて」と、俺はアロイス王を見て、「ホランドに露見したら大変です。端的に、どんなご用向きで来られたのかお聞かせ願えませんか」と尋ねると、打てば響くように、「では、明日の戦いではエリトニーについて下さい。背後からホランドを攻撃して欲しいのです」と返って来た。
俺は、アロイス王が、あまりに大それたことを簡単に言うので、面食らってしまい、「いや、なんでそういうことになるのです? 私は大将軍に任命されて、ホランドの援軍に来ているのですよ?」と、思わず反発すると、
「あなたを思えばこそです。ミシェル王子。まず、あなたは明日の戦いで死ぬ可能性がおおいにあります。私にはその高い公算があります。あなたをむざむざ死なせたくないのです」と、真顔で返って来た。
「いや、アロイス王様。それはエリトニーの利益に誘導する『おためごかし』というものです。それでは私が祖国とホランドから『裏切者』の汚名を着ることになってしまいます」
「もちろんホランドに対してはそうでしょう。ですが、マケドニーについては裏切りにはなりませんよ」
「どうして? 同盟国に背くのは祖国に背くことでしょう?」
すると、アロイス王は、一つため息をつき、俺の眼を見つめながら、
「ミシェル王子。それでは率直にお聞きしますが、マケドニーの敵はエリトニーなのですか? マケドニーを今こんなにも窮乏させ、国力を削ぎ、人民を苦しめているのは誰なのですか? 実のところ、あなたもよくお分かりでしょう?」と、心の内に踏み込んできた。
それで、俺が、「……」と黙り込んだところで、
「海浜国ゆえに海運貿易が生命線なのに、8つの良港のうち4つをホランドが永久租借しているから、収益力は半分以下。戦争の度に水軍を援軍で送り、その都度大事な兵士を損耗。死んだ兵士の年金も大きな負担。だから、国家運営の予算も足りず大手商会からの借金まみれで、利息の支払いだけで精一杯。私の見たところ、あと数年でマケドニーそのものが消滅する可能性がおおいにあると考えています。違いますか?」と、冷徹に突き付けてきた。
それで、俺が、「……まあ、あなたならそのくらいのことはお調べでしょう。概ねそのとおりです。だからと言って……」と言い淀んでも、
「だからこそですよ。失礼ながら、マケドニー国王が凡庸な上、腹違いの兄は3人とも揃ってボンクラ。あなたは王になるのを嫌って大将軍になったのでしょうが、国がいよいよ消滅の危機に瀕したとき、必ず呼び戻されることでしょう。あなたしか頼りになりませんからね」と畳みかけて来る。
「それは……確かに、あるかも知れない……」
「そうでしょう? その段に至って王になっても、もう遅い。かつてのエリトニーのように、ホランドの一州となり、圧政と搾取に喘ぐことになるでしょう。つまり、あなたは、このままホランドの援軍として戦っても、明日死ぬかも知れないうえ、運よく生き延びても、今より良くなることは決してなく、数年後は破綻する祖国を背負わされることになりますね」 そうアロイス王は、冷たい口調で告げ、続けて、
「翻って、エリトニーについたらどうなるか。まず、明日の戦闘は圧勝に終わり、ホランドには壊滅的な被害を与えるはずです。むろん、ホランドは強大な軍事力を有していますから、すぐさま戦争が終わるわけではないでしょう。しかし、講和の話を蹴って開戦に踏み切ったのに、初戦で惨敗したわけですから、国内世論の突き上げは厳しくなるでしょうね。兵士の遺族の感情もあるでしょうし」と言うので、
「しかし、それでは私が帰るところがなくなってしまうではありませんか」と、当然のことを言うと、
「もちろん、しばらくはエリトニーに身を寄せて頂くことになります。我が軍の一部隊として参加して頂きます。ですが、私は、この戦争を延々と続けるつもりはなく、局地戦で勝利を収めるたびに、ホランドに講和の使者を送る所存です。その際に、あなたの帰国と、マケドニーの4港の返還を持ちかけてみましょう」などと、何か夢のようなことを言ってきた。
「そ、そんなものゲルンハルトが受けるはずないでしょうに!」
「そうでしょうか? 要は、ホランドにある程度の権益、すなわち戦争を続けるより魅力的な経済的利益が残ればいいのですから、エリトニーからもマケドニーからも『ホランドへの貢ぎ物』という形で、毎年なにがしか贈ればいいんだと思いますよ。港が自由になれば、いくらもやりようがあるはずです。『損して得取れ』と言うではありませんか」
「……」
「現に今、エリトニーはゲルマー商会の助けを得て、急速に経済が復興しつつあります。失礼ながら、港も街も閑散としているマケドニーとは段違いです。……ミシェル王子、私も力になりますから、隣接した海浜国同士、連携して仲良くやっていきましょうよ」
俺がアランを見て、「どう思う?」と意見を求めると、アランは表情を消して、賛成も反対もせず、「お話の内容は良く理解できましたから、熟慮して回答すればいいと思います。今、ここで決める必要もありませんし」と述べてきた。
なので、俺は、「分かりました。アロイス王様。よく考えさせて下さい。結論は、後で使者に持って行かせます」と言ってから、
「ただし……」
「ただし?」
「仮にそちらにつくとして、エリトニーに残るのは、このアランをはじめ、私直属の2000名程度になると思います。マケドニーに妻子を残しているものは、帰してあげて下さい。それが条件です」
「もちろん、そうしましょう。名高いマケドニー水軍の精鋭部隊が傘下に入るだけで、我が軍は大きく強化されますよ。ホランドとの同盟は切れないでしょうが、あなたのいないマケドニー軍など怖くありません」 そう言ってアロイス王は立ち上がり、「それではよいお答えをお待ちしております」と言いながら、微笑んで握手を求め、俺とアランがそれを受けた。白くて小さくて柔らかい、少女のような手だった。
すると、それまで黙って話を聞いていた「黒薔薇セシル」も、まさに花のような笑みを浮かべて立ち上がり、ドレスと同じベルベットの声音で、
「それでは、ミシェル王子様、アランさん。これで失礼します。エリトニーは若くて勢いがあって、楽しい国ですよ。一緒にホランドと戦って、共に未来に進んで行きましょう」と囁くように述べたあと、「だけど……、明日攻めてきたら、私が撃っちゃうからね!」って言いながら、パチッと片眼をつぶって見せた。
……いやはや、これ、本当にいい女。俺、こういうの弱いんだ(笑)。
そうしたら、退出時に、アロイス王が、「あ、そうだ、忘れてました!」と言って、「お近づきの印に、これを」と、慌てて腰からダガーを抜いたので、一瞬緊張が走ったが、アロイス王は鞘の方を持って、「エリトニー伝説の名匠の4代目、エタンの打ったダガーです。おそらく史上最高の一本だと思います。値段の付けられるようなものではありません。我が国の復興の証です」と言って、俺に一本のダガーを手渡した。
……これは、見事な品だ。俺は、そのシャンパンゴールドの上品な装飾にひと目で魅了され、スっと刀身を抜いてみると、曇り一つない細い銀色の刃が現れた。しかも美しいだけじゃない、細かくラインを刻んだマットな手触りの柄は、手に吸い付くようで、俺とアランはその究極の機能美に思わず息を飲んでしまった。これが有名なエリトニーの刀剣なのか……。
「いや、でも、このような貴重品を頂くわけにはいきません。まだご返事もしていないのですから」
「いいんですよ。そんなもので歓心を買おうとは思っていません。ただあなたに相応しいと思うから差し上げるだけです。それにね、私は初代エタンのダガーがありますから、2本は要らないのです」 そう言って、アロイス王が左腰を見せると、なるほど、青いサファイヤの埋め込まれた、これまた見事なダガーが差さっていた。
「分かりました。では、一時お預かりしておきます。ですが、あとで使者に持たせるかも知れませんよ。お断りするのに頂くわけにいかないですから」
「あはは、そうですか。それではお好きにされて下さい」
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アロイス王の一行がボートで帰ったあと、俺はアランと船長室で向かいあった。
「どうすればいいだろう?」
「それは、ミシェル様のお心次第ですよ。まさに人生の岐路ですから考え所です。『保身はできるが、現状維持もしくは悪くなる方』に賭けるのか、『破滅のリスクはあるが、良くなるかも知れない方』に賭けるのか。私はどちらでもミシェル様の決めた方についていきますよ」
「……そうか、ありがとう。そりゃそうだ、俺が決めなきゃ始まらないよな。しかし勇気のいることだが、エリトニーの連中にはどうにも惹かれてしまうな。俺がずっと思っていたけど言えなかった声を上げて、命を懸けてホランドに立ち向かっている。しかも軽やかで楽しそうだ」
「ははは、そうですね。『双子の英雄』の噂は本当でした。とても魅力的です」
「アランが俺ならどうする?」
「なんだ、結局聞くんじゃないですか(笑)。惑わすつもりはないですが、私なら自分も祖国も救われる可能性に賭けます。あの二人を信じて付いていくでしょう。『失敗しても仕方ない』と思うくらいじゃないと信頼ってできないですしね」
「……なるほど。そうか……」
俺は、大きく一つ息を吸って吐き出して、中空を見据えて立ち上がり、すっきりした面持ちで、アランに声を掛けた。
「アラン!」
「はい!」
「マケドニー全船に指令! 今すぐ艦長と副艦長を旗艦に呼べ!」
「はい! 直ちに!」
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(セシルの視点です)
ミシェル王子との話が終わり、私たちは小舟に乗り、自陣に向かって穏やかな海面を進んでいる。
「それにしても呆れたわよ。あんたほんとにハッタリうまいわねー。『あなた明日死にますよ。死ななくてもどのみちマケドニーは終わりだ』って(笑)」
「あはは、やっぱりハッタリは堂々と自信もって言わないとさ。本当にそうなるって思わせないと。それに、僕も必死だったんだよ。明日は最終的に勝つとしても、損害も大きいだろうなって」
「確かにマケドニーがこっちに付いてくれたら大きいわね」
「うん。僕が心配してたのは、大軍をバラして、丘を急襲されて僕が追い散らされることとと、一部がリガーの港に向かうことだったんだ。僕が用兵できない上に、挟撃される可能性がある」
「うん、リクソンならそのくらいのこと考えそうね」
「そう、マケドニーが港に向かわないで、こっちについたら、プラマイで全然違うしね」
そうしたら、アロイスが、後ろのマチアスとステラにも顔を向けて、
「それにしても、驚いたね。あの人、本人が目の前にいるかと思ったよ」って声を掛け、私も一緒に、みんなで、
「「「「ミシェル王子って、クラウス先生にそっくりーっ!」」」」って言い合った。
「いや、ほんとに似てたわよ。若い頃のクラウス先生そのものだったわ」
「性格もよさそうだし、お姉ちゃん、これは気になっちゃうね!」
「もう、やめてよ(笑)。こっちに付いてくれるか分かんないんだし、そうじゃなかったら、明日狙い撃ちしないといけないんだから(笑)」
こうして、命がけの説得工作だったのに、小舟には私たちの笑い声が絶えず、心配して待っていたイワンやステファンが拍子抜けする中、無事に浜辺に辿り着いたのだった。




