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第12章 第3話 出陣式で起きた悲劇

(客観視点です)


 ジリジリした陽光が差す7月半ば。エリトニー城下のウォレニー広場で出陣式が行われている。

 5万人を超えるエリトニー国民が広場を埋め尽くす中、選抜された城下の精鋭5000人が隊列を組んで整然と入場してくる。真夏の太陽が、兵士たちの真新しい鎧に反射し、無数のプリズムが放たれている。

 先頭はマチアスとステラをツートップにした騎兵隊。次いでイワンが率いる歩兵部隊、そしてステファンを先頭にした弓隊が続く。どの兵士の表情も固く引き締まり、しかし手足は一糸乱れず大きく振り上げられている。

 

 アロイス王とセシル大臣、クレマン大臣は、壇上に上り、頼もしそうな面持ちで、精鋭の隊列を見渡している。


******


 兵士全員が整列した後、アロイス王は、ざわめきが落ち着くまでしばらく待った後、集まった国民に小さく頷いて合図をし、出陣の挨拶を始める。


「エリトニーの皆さん! 本日は暑い中こんなに大勢集まって頂いてありがとうございます! しかしながら、今日は残念なお知らせをしなければなりません。もうご存知と思いますが、先日、ホランド王国のゲルンハルト王より、我がエリトニーに対して宣戦を布告する書簡が届きました!」 ここでアロイスは一呼吸おき、

 

「もとより、私自身、そして我々エリトニー国民の誰も、戦争は望んでいませんでした。私も、再三、ホランドに使者を送って、長く親睦を保ち、共に繁栄を目指そうと、我が国の富の一部を毎年お届けすることを伝えてきました。しかし、先月、我が国にとってとても負担の大きい多額のお金を送ったにもかかわらず、ホランドは我が国の独立を是とせず、それどころか、我々が力を合わせ、血のにじむような努力の結果ようやく手にできた復興への端緒を、全て手中にしようと画策してきたのです!」 その言葉を聞き、国民と兵士の眼に、ホランドの果てなき富への渇望と、その傲慢さに対する怒りの色が浮かぶ。


「エリトニーの皆さん! 私は5歳まで過ごしたこの国を、まるで昨日のように覚えています。それは、我が父、英雄王ウォレムが、苦難の末独立を勝ち取り、国民と手を携えて経済を発展させ、豊かな文化も育んでいたあの時代、すなわち国中に希望が満ちていたあの時代です。残念ながら、その後に訪れたひどい飢饉により、まだ小さく力もなかった我が国は倒れ、母メラニー女王は処刑され、幼い私と姉はゲルマーに亡命せざるを得ませんでした」 聴衆は一言も発さず、皆が聞き入っている。


「私がゲルマーで力を蓄えている間、聞こえてきたのは、ホランドがエリトニーで強い圧政を敷き、その富の大半を本国の維持と繁栄に費やしていたことでした。もとよりホランドは、私の母や愛する人々を虐げた憎い国ではありますが、しかしそれは私怨に過ぎません。もしホランドがエリトニーを庇護下に置き、慈しみ、共に歩んでくれていたならば、私が帰ってくることはなかったでしょう。しかし、現実は、全くそうではなかった。ホランドの抑圧と搾取で、エリトニーの民は経済的にも精神的にもひどく疲弊し、文化も民心も荒廃している、そんなことばかりが聞こえてきました。だからこそ、私は、エリトニーをホランドから取り戻し、再び命を吹き込むために帰って来たのです! 私は、この暗黒の15年に決して逆戻りしないよう、国民の皆さんとともに力強く未来へと進むべく、ホランドと戦うことを決めたのです!」 

 アロイス王の熱い言葉に呼応して、国民と兵士の間から、小さいが、「ウォー」という、精神が高ぶったようなうなりが湧いてくる。


「ホランドは大国であり強大な軍事力を備えていますが、しかし、我が軍も、とても、とても強いのです! この一年以上、毎日厳しく調練され、その技能も士気も天を衝くと言っても過言ではありません。ホランドの半分にも満たない兵力ですが、そうそう負けたりはしないでしょう。そのうえ、心強い友人である隣国のスロベニーが、来週には1万人の援軍を派遣してくれ、この首都エリトニーの守りに就いてくれます! 私たちはホランド軍を一兵たりとも首都に入れさせませんから、どうか安心して下さい!」 アロイス王はそう言って一呼吸置き、最後に国民全員を右から左に見渡して、


「我々エリトニーの精鋭は、来週にも戦場に移動し、来るべきホランド軍を迎え撃ち、必ずや痛手を負わせ、追い返します。だから皆さん、我々をどうぞ支えて下さい! 皆さんの期待と声援、そして勝利への強い願いが、戦場を駆ける我々の力となるのです。どうか皆さんその力を戦場に届け、共に戦って下さい! お願いします!!」 

 

 アロイス王がそう叫んで頭を下げ、そして高く挙げた両手を振ると、広場中を埋め尽くす国民から、「ゴーっ!」っと地鳴りのような拍手が湧きあがり、「「「「「アロイス! アロイス! アロイス!」」」」」のコールが、広場を超え、はるか海上まで響き渡った。


******


 国民のコールが収まったところで、アロイスは、「そして、兵士諸君!」と兵士たちに目線を移し、「君たちは間違いなく強い! とても強い! 長く軍事に携わってきた僕には分る。油断せず、普段の演習に忠実に、そして全力で戦えば、必ず勝利はついてくる!」 と督励したあと、

「国民からお預かりした大切な諸君を、できれば一兵も失いたくないが、戦争である以上、損耗は避けられない。しかし、生き残りたければ勇気をもって戦え! 己を滅し、皆で力を合わせて一体で敵に当たれ! その勇気ある行動こそが自らを守る力になると心得よ!」と励まし、

「諸君の誠実で勇敢な戦いが、このかけがえのないエリトニーの山河を、家族を、きょうだいを、そして自らを守ることになる。心して当たり、この国を光溢れる未来へと導け!」と激を飛ばした後、胸に手を当てて、

「奮闘せよ! エル・ディナス(我ら全て神の心の内)!」と叫んで締めると、選ばれた5000人の精鋭と、集まった国民の全員が胸に手を当て、

「「「「「エル・ディナス!!」」」」」と唱和し、そして万雷の拍手が沸き上がったのだった。


******


 その後、楽隊の演奏に合わせて、会場の全員で、英雄王ウォレムの独立戦争時に作られた国歌「我らエリトニーの大地に捧ぐ」を合唱した後、アロイス王とセシル大臣は一旦退出し、その間を利用して、会場では模擬演習が行われた。


 ステラとマチアスのツートップが率いる騎兵隊が、まるで大きな生き物のように自在に動き回りながら、方陣を固めた歩兵隊に突っ込む。長い金髪をなびかせて先頭で突っ込んでいくステラの雄姿に、観衆から歓声が湧く。「うわー、ステラさん、かっこいいー」「私、大きくなったらステラ姉ちゃんと同じ騎兵になる!」などと、市場の女子たちから声があがる。


 しかし、鍛え上げられた歩兵隊も、密集した槍衾やりぶすまを作ってこれを受け止め、一歩も引かずに応戦する。演習とは言え、戦場に臨場しているような迫力に、大観衆が息を飲む。

 そのうちに、騎兵の倍の数がいる歩兵が徐々に押し返し、騎兵隊を包み込もうと広がったところで、騎兵隊は危険を察知して風のように素早く離脱し、そこに遠方から、イワン率いるロングボウ部隊が、空を黒く覆いつくすような矢の雨を降らす。はるか300m彼方から放たれた、水流のような矢の雨が、綺麗な放物線を描いて正確に歩兵隊の上に降り注ぐが、歩兵全員が小型の盾を手に素早く密集し、団結して矢玉を弾き返す。

 それら攻撃の正確性、そして防御の固さ、鍛え上げられた兵士たちの見事な連携に、集まった市民から「おおーっ」という感嘆の声が広がる。


 そこで模擬演習は終了し、兵士全員が市民の方を向いて直立し、手を胸に一礼すると、

「うおー、すげーっ!!」

「こりゃ強いぞ。勝つだろこれ!!」

「おとうちゃーん! がんばってきてー!」という、観衆の声援が湧きあがったのだった。


******


 模擬演習のあとは、アロイスとセシル、そして主だった家臣たちが、広場に降りて、市民の間を手を振って回る。

 これから生死をかけて国家と民族自決の戦いに臨むアロイス王は、国民から熱狂的に支持され、両脇から無数の手が伸びてきて握手攻めに遭っている。

 特に、夫やきょうだいを戦地に送り込むことになる女性からの応援は熱烈で、「王様! がんばっておくれよ!」「ウチの人を頼んだわよ!」「えーん、王様、死なないでー!」といった声がかかり、飛び出して抱きしめてくる者も出てきた。


 その人垣の中に、暑い盛りだというのに、長袖のブラウスを着た「少女」と言ってもいい若い女が混じっている。多くの女性と同じく、近づいてくるアロイス王に「王様ーっ!」と嬌声を上げながら駆け寄って来る。しかし握手をする手を差し出すわけでもなく、不自然に手首を曲げ、袖口から何か光るものを取り出している。


 アロイス王が、少女に気付き、笑顔で向き直ったとき、少女から「すっ」と笑顔が消え、眼を大きく見開き、小さく「死ねっ」と声を放って、右手のナイフで王の心臓を突いた。

 その瞬間、王は身体をひねって避け、同時にステラが少女の右手に飛びついたが、間一髪間に合わず、ナイフは王の右胸を貫いた。


「ぐはっ!」と、王は、胸から血を噴き出しながら倒れ込み、ステラは少女を地面に組み伏せて、 真っ赤な鬼の形相で「うあーーーっ!」と、ナイフを持った腕をひねり上げ、少女は「くっ」とうめいて耐えたが、やがて「ボギッ……」と、腕が付け根から折れた鈍い音が響いた。


 突如目の前で起こった凄惨な出来事に、(不吉なことが起きてしまった)と、国民が凍り付く。唯一無二の大切な王を失ったら、もう戦いにならない。


******


 しかし、そこで、王の後ろに立っていた小柄な女性の兵士から、「ステラ。もういい。折れてる」と声がかかった。

 その女性兵士はすぐに倒れた王に駆け寄り、しゃがんで傷を確認し、耳元で「よく僕を守ってくれた。ありがとう! 大丈夫、右胸に浅く入っただけだ。急所は外したぞ!」と元気づけ、顔を上げて「クレマン、すぐに運んで手当を!」と大声で指示を出した。


 その声に、少女は地面にうつ伏せのまま、「!」と顔を起こして女性兵士を見上げ、瞬時に任務の失敗を悟った。そして、憤激のあまり眼を血走らせ、固く嚙んだ唇から血を流して、「ア、アロイス……。こ、この反逆児がっ! 小悪魔がっ! 貴様のおかげでどれだけホランドの民が苦しみ、傷ついているのか分かっているのか! 私が死して呪い殺してやる! 必ず、必ず!」とわめき散らした。

 しかし、そこで歯に仕込んだ毒が回ったのか、青ざめた顔で「ボエっ! うぷ……」とうめきだし、「ぐはーっ!」と、折れていない左手で首を掻きむしり、苦痛のあまり顔面を石畳に打ち付けて血だらけにし、全身を激しく震わせ、やがてビクビクと痙攣しながら、……静かに息絶えた。


*******


 刺客の少女が息絶えたあと、「この子も、運んでやれ。戦争が終わったら、骨は返してやろう」とアロイスが命じ、イワンやステファンが兵士らに指示を出す。

 そして、遠くの国民にまで聞こえるように、「みなさん、僕は無事です! 刺された彼も軽傷で済みそうです! 皆さん、大丈夫ですから安心して下さい!」と大声で叫び、数万の国民の間に、さざ波のように安堵のため息が広がっていく。


 そこに、「アロイス。危なかったわね」と、セシルが近づいてくる。

「うん、そうだね。もう戦いは始まっているんだな。影武者の彼には悪かったが、助けられたよ」 

「だけど、こんなの、この子一人で出来っこないわよ。絶対仲間が見てたはず」

「ああ、そうだろうね。だけど、失敗を見届けて、とっくに離脱しているだろう。追うだけ無駄だよ」

「それにしても、アロイスのおかげでホランドの民が苦しんでるって、何を教え込んで洗脳したのかしら?」 セシルは憤懣やるかたない感じだ。

「まあ、向こうには向こうの見方があるさ。国内の経済が傾いているのを、僕のせいだと喧伝けんでんしているんだろう。政治経済が不安定なとき、施政者は外敵や移民をスケープゴートにするのは世の常さ。貧しい人ほど、それを信じたがるしね」

「それにしても、ゲルンハルトのやり方はひどすぎる! 卑劣だわ! この子だって、ほんとのことなんにも知らされてなかったのに、こんな使い捨てにされて、可哀そうよ。家族だって、恋人だっていたかも知れないのに……」

「うん、そうだね。だけど、本当に貧しくて苦しんでいる人たちも多いんだろう。変わるべきは僕じゃなくて、ホランドの古い封建体制なんだけどね。はやく戦争を講和で終わらせて、どちらの国民も幸せになれるようにしたいな」

「本当にそうよ。アロイス、頑張って叶えようね……」 そう言ってセシルは、息絶えた少女を見て、グシグシと鼻を擦った。


 アロイスとセシルを囲んだ数万の民衆は、期せずして現実の戦闘を目の前で目撃し、「本当に戦争が始まってしまった……」と実感することになり、言葉もなく立ち尽くしていた。


 華やかな出陣式が開かれた広場は、最後に長い沈黙に覆われることになった。

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