第12章 第2話 大国のプライドと悪意
(アロイスの視点です)
僕がエリトニーに帰ってきて最初の年が明けた。首都エリトニーは海沿いの街なので、気温自体はそこまで低くはないが、それでもやはり冬の海風は冷たく、頬が凍り付くようだ。
年末には、1000億ゴールド(以下「G」と言います)の進上金を預かった使者が、マチアスやステラが率いる護衛隊と共に、北のエレーヌ峠を越え、ホランドまで届けてきた。マチアス曰く、ホランド王のゲルンハルトは、労いの言葉一つかけず、かえって、「まあ、もともとがホランドの物なんだから当然だな。来年の分は6月終わりまでに持って来い。その限りでエリトニーを生かしておいてやる」と言い放ったそうだ。
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エリトニー国内は、ゲルマー商会からの資金援助を受けてインフラ整備を急ピッチで進め、首都エリトニーを中心に港湾施設を2倍に拡充し、銀行と中東商品の市場を突貫工事で設立した。完成直後から、ゲルマー商会ほか、ナーロッパの3つの有力な商会がプロジェクトに参加し、銀行から融資を受けて、中東からせっせと商品を仕入れて、港湾の市場で売却していった。
それらの商流と金銭の管理は全てゲルマー商会が取り仕切り、そこにエリトニーの吏員が出向する形をとっている。給料もゲルマー商会持ちだから、助かるなあ。
毎日、エリトニー港では、商品を満載して入ってくる商船の帆が林を作り、香辛料や重油の匂いが潮風に乗って漂ってくる。活気あふれる市場では、金貨を数える音が絶え間なく響き、立ち働く人々は充実感に頬を紅潮させている。
商品を市場で卸した船は、また資金融資を受けて中東へと旅立って行く。市場で中東商品を購入した船も、ナーロッパ中に散らばっていく。市場の商品は、中東から近いので変質が少なく、ゲルマー商会の厳しい品質チェックも通っていることから、信用力も絶大だ。それに、港が賑わえば、船員が飲食や宿泊で落としていくお金も膨大な額に上る。
それから、ポルコ港から鉄鉱石を輸出するのはもうやめた。鉄鉱石は、港近くに聳え立つ製鋼所に運んで、最新の鋳造・圧延技術で高級素材に加工して輸出することにした。トン当たりの金額も鉄鉱石と比較にならない。さらに、製鋼所の周りに工業団地を造り(エタンさんが率先して入ってくれた。ありがたい)、そこで優秀な職人が打った包丁や鍋釜といった鉄製品に「ポルコinエリトニー」の刻印を入れ、市場で売却した。こちらは貴族の館や高級レストランで使うようなブランド品として評判になっているようで、少しずつ国庫を潤してくれている。
それらと合わせ、農民には、開墾による麦の増産も督励した。エリトニーはもともと山地が多く、土地も痩せていたため、穀物は輸入に頼る割合が多かったのだけど、これを少しでも内国産で賄いたいからだ。当面5年は、開墾による増産部分を非課税にして、その代わり安価で国内に卸すように誘導した。
エリトニーは、人口が70万人しかいない小さな国なので、こうして、経済と農業両面の改革を少し進めただけで、輸出が増えたうえで農産物の輸入は減り、少しずつ
収支が改善して、国中が「ようやく復興の端緒についた」と実感できるようになってきた。
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そういうわけで、ゲルマー商会の会頭は、「もう、ゲルマーに帰っている暇がありりません……」とこぼしつつ、だけど楽しそうに、ずっとエリトニーに滞在して頑張っている。こないだ港近くに家まで買ったそうだ。
僕が、 「プロジェクトがスタートして3か月経ちましたが、手ごたえはいかがですか?」と聞くと、会頭は「うふふ」とニヤニヤしながら、
「想定をはるかに上回る売り上げが上がっていますよ。中東の商品は、思っていたよりもずっと儲けになる宝の山だったようです。ペルシャ絨毯や工芸品のような贅沢品だけではなくて、案外、ランプ用の重油や、黒コショウ、カルダモン、クミンと言った香辛料も高値で売れています」と言うので、
「ああ、そうか、それらは消耗品ですから、ナーロッパ中で必ず需要がありますものね。贅沢品ほどじゃなくても、安定した売り上げを続けてくれるでしょう」と言うと、会頭も「そうです、そうです」と嬉しそうに笑っていた。
「とはいえ、アロイス様、既に我が商会は、ホランドへの進上金も含め6000億Gの出資をしています。商会の年間利益の7割を占める大金です。こうして社運を賭けてるんですから、どんどん稼いで取り返しますよ!」
「おおー、素晴らしい意気込みですね(笑)。よかったです。我が国とゲルマー商会の取り分は3対7ですから、ウィンウィンになるように、存分に稼いでください」
「もちろんですよ。もうね、私、商売人の血が騒いで、楽しくて仕方ありません。こういう、少しずつ成果が上がり始めた頃が一番楽しいですね。『育ててる感』がありますよ!」
うん、この分だと、半年で1500億Gは余裕で貯まりそうだな。
「金持ち喧嘩せず」というくらいで、その程度で済むなら、戦争を回避して、毎年お金を払い続けていた方がよっぽどいい。
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しかし、残念ながら、それは、僕の甘い期待に過ぎなかった。
3月に入り、3度目のホランド遠征から帰って来たカンネイが、パワーランチでの会議で、僕に報告してきた。
カンネイは、白身魚のソテーにナイフを入れながら、ふと手を止め、「アロイス。今日はどうもあんまりいい報告ができなくて悪いんだがな……」とつぶやいた後、僕の顔を見て、小さなため息ともに、「ホランド王のゲルンハルトがな、開戦の意思を固めたらしいぜ」と伝えてきた。
「本当か? そんな余力が今のホランドにあるのか?」
「意外だが本当だ。あいつが大事なのは金よりメンツだったんだな。二度も裏切られて、国民の手前、エリトニーを叩いておかないと示しがつかないという判断だ。……それとな」
「それと?」
「いや、実はこっちのほうが大きいんじゃないかと思っているんだが、多分、あいつを突き動かしているのは、お前に対するやっかみの気持ちだろう。理屈ではコントロールできない、黒い、負の感情だ」
「そうなのか……」
「そうだ。考えてもみろ、奴はもう何十年もホランド王をやってきて、傾いた大国と同様、自分も齢を取って衰えてきている。国民からの不満も大きい。そこに、若くてハンサムで、人民に圧倒的に支持されているお前が登場して、自分に反旗を翻してきたわけだぞ。最後の力を振り絞って叩き潰したくなるだろう?」
「……なるほど。それは確かにあるかも知れない。まったく、男の嫉妬は醜いな」 僕はそう言って、眉をしかめ、切った黒パンに手を伸ばした。
「とはいえ、すぐに攻め込んでくることはないと思うぞ」
「カンネイは、いつ頃と踏んでる?」
「おそらく夏だ。6月終わりにウチから1500億Gを受け取った後、それを軍資金にして攻め込んでくる腹づもりだろう」
「……なんともセコい話だなあ。こちらはどんどん経済が発展してるんだから、やっかみはさておいて、仲良くしてくれたらもっと払ってもいいのに」 そう僕が黒パンをちぎって、ホワイトソースを拭って嘆息すると、カンネイは、ちょっと眉を上げ、
「いや、それは逆だな。エリトニーの復興が目覚ましいから、お前が整えた経済網とインフラを、そのまんま頂戴しようってハラだ」と、返してきた。
「ああ、そういうこと。なるほどねえ。ゲルンハルトもバカじゃないんだなあ」
「そうだな。まあ、リクソンほどじゃないが、あいつもそこそこだぞ。……それで、お前はどうするんだ。こっちから攻める気か?」
「いや、少しでも準備期間はあった方がいい。知らぬふりして6月にお金を送ろう。それで宣戦布告されてから、猛然と応戦するよ」
「なんで? わざわざホランドに軍資金送ってやることもないだろうに……」
「いや、だから、金貨詰めるのは箱の上だけ。10億Gもあれば足りるか? 残りは我が国特産の鉄鉱石でも詰めてあげよう。もう鋼材しか手に入らないから貴重だぞ(笑)。」と笑って答え、続けて、「それにね、『進上金を送ったのに攻め込んできた』って言う方が他国にも国民にも説明しやすいし、『ふざけんな』って、兵士の士気だって上がるだろう?」っ言ったら、カンネイがあきれ顔で、
「お前も悪知恵の働く男だなあ……。まさに『小悪魔』だよ(笑)」って笑うので、
「あはは、お金貰ったのに、それ使って攻め込もうなんて、ホランドの方がよっぽど悪どいよ。浮いた進上金はスロベニーに回して、援軍を送って貰おう」って言いながら、冷めてしまった食後のコーヒーを飲み干した。
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その報を受けてから、僕はお姉ちゃんやマチアスに指示して、兵士の調練をさらに厳しくし、毎日、リガー海岸を想定した迎撃戦の訓練を積んだ。
そして、クレマンにスロベニーに渡ってもらい、半金の500億Gを即金で渡し、1万人の援軍を要請した。残りの半金は、援軍が首都エリトニーに配備された後に支払う旨を約した。
そのように用意を整えたうえで、6月終わりに、使者にお金を持たせてホランドに遣わしたところ、案の定、ゲルンハルトはお金だけ受け取って、書簡とともに使者をすぐに追い返してきた。その際、「殺されないだけありがたく思え」と言っていたらしいから、読まなくても大体想像はつくな。
僕は、帰って来た使者からゲルンハルトの書簡を受け取り、赤い封蠟をエタンで剥いで、クレマンやお姉ちゃんほか、主要なメンバーに読み聞かせた。
手紙には、大意、「反逆児アロイスよ、耳があるらば、しかと聞かれよ。貴殿は、父ウォレム王の時と同じく、我がホランドが貧しいエリトニー州の運営に努め、州民を庇護してあげていた恩を顧みず、却ってこれに背き、ホランドの国土であるエリトニーを実力で奪って、恥知らずにも独立を宣言した。誇り高きホランド王国及びその国民は、このような暴挙を決して許すことはできない。ホランド国内において慎重に検討した結果、貴殿のような些末な反乱分子を除き、再びエリトニー州に平和と秩序を取り戻すため、不本意ながらも鎮圧軍を差し向ける所存である。心して待たれるがよい。但し、我が国も徒に争いを好むものではない。貴殿を含め、主だった者たちが降伏して我が国の処断に任せるのであれば、州民の安寧は保証することを申し添え、本書簡を終わるものとする。エリトニー州民のためにも賢慮されることを望む。ホランド国王、ゲルンハルト・ヴィルヘルム・ルートヴィヒ」と、美しい筆字でしたためられていた。
さすがに僕もこれには内心がざわつくのを抑えられなかった。ゲルンハルトの綺麗な筆跡が、かえってその欺瞞を際立出せている。「エリトニーのため」を装いつつ、我々の成功を掠め取ろうとする卑劣な意図が見え隠れしている。
お姉ちゃんも、顔を真っ赤にして、「うっわー、なんだか都合のいい事ばっかり言ってるわねー。『主だったものが降伏したら』って、私たちみんなが苦労して築き上げたものをタダで手に入れようとしてるんだわ。ふざけんじゃないわよ! ギタギタにしてやるんだから!」とプリプリ憤って、クレマンや他の大臣、マチアスとイワンも、ウンウン頷いていた。
お姉ちゃんが代弁してくれたので、僕は、それでちょっと頭が冷えて、「あはは、まあ、恨み言が書き連ねてあるだけだよ。お金が偽物と判明した後だったら、こんなものでは済まなかっただろうね」と笑って返したあと、「『口は禍の元』だね。クレマン、これ、おおいに利用させてもらおう。お城の掲示板と、全国の役所に配布して、『今年の分の進上金を送ったにも関わらず、ホランド国王がこのように宣戦布告をして来た』と、国民に告知をしてくれ」と指示を出した。
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それから数日で、国民の間には、「また戦争になる。ついに、来るべきものが来た」と、恐怖と緊張が広がることとなった。
しかし、それと合わせ、国民のホランドに対する憤激と怨嗟は極限まで高まることにもなった。その怒りは、現政権を支える力へと変わり、エリトニー全土の意思を一つに固めたのだった。




