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第11章 第2話 外交戦略会議

(アロイス視点です)


 8月に入り、カンネイとベラが2か月にわたる諜報活動から戻って来た。

 ゲルマー商会の商船に乗って、エリトニーの東のマケドニーからホランドに入って、また同じルートで帰って来たんだ。偽の社員証とビザを用意してくれたゲルマー商会の会頭には本当に感謝だ。


 それで、今日は、カンネイを呼んで、王の間でパワーランチを開催した。

 僕は、食事しながら行政官や兵士から現場の話を聞きたいので、普段はお城の食堂で済ませているけど、今日は国家機密に関わる話だから仕方ないね。


 簡素で機能的に作り直した王の間には、窓から夏の日差しが差し込み、だけど涼しい風が通って、レースのカーテンを揺らしている。

 テーブルには、カンネイのほか、内務外務大臣のクレマンと、軍事大臣に就任したお姉ちゃん、それと経済大臣が同席している。並んでいる料理は、お城の食堂と全く同じ、チキンソテーのバルサミコソース、付け合せの温野菜、それにスープと切った黒パン。必要十分だ。ちゃんと美味しいし。


******


 「カンネイ。長旅お疲れ様。早々に呼び出してすまないね。1時間しかないから、早速、マケドニーの現状から聞かせてくれないか」  

「ああ、マケドニーは国全体に活気というものがなかったぜ。斜陽もいいとこだ。港には国の船団が停泊したまんまだし、市場も商品が少なくて閑散としていたな」

「そんなひどいのか」 僕は、肉にナイフを入れながら相槌をうつ。

「ああ、8つの港のうち4つをホランドが永久租借してるから、海運の経済がまるで回っていない。財政は商会からの借金で補ってる。もう利息の支払いだけで精一杯だろう。きっと破綻も近いぜ」


「軍事力はどのくらい?」

「ずっと3万人のままだったけど、金がないんで、こないだリストラを断行して2万人になった。新兵の採用も半分にしてるから、老兵が多くなってるな。うち殆どが水軍だ。ろくに給料も払えないから、兵士の兼業を認めてて、訓練も週3日だけ。練度も士気も低い。誰も戦争なんてやりたくないだろう。たぶん地上戦ならウチの敵じゃないぜ」

「そうか、国民も兵士も、マケドニーをこんなにしたホランドに反感があるだろうから、こっちに付いてくれないかな?」

「どうだろうなー? 実際、街では不平不満が聞こえてきたけど、あそこは伝統的に『ホランドの海の玄関口』だったわけで、一心同体みたいなとこがあるから、今更寝返るのは望み薄じゃないかなあ。王族もボンクラばっかりで人物がいないし、現状を根本から変える度量まではないだろう」

「うーん、そうか……」 僕は黒パンをちぎってスープに浸し、しばし考え込む。


「だけど、一人だけ、『これは』ってのがいるぜ。第4王子の『ミシェル』がそれだ。ミシェルと、その参謀の『アラン』のコンビは相当強力だぞ」 

「第4王子のミシェル……。初めて聞く名だな。王宮か政庁にいるなら知ってるはずなんだが……」

「いや、ミシェルは水軍の大将軍になってる。俺の見たところ、唯一、こいつだけは王たるに相応ふさわしい素質があるが、残念ながら妾複しょうふく(側室の子)なんだ。だから、正妻が生んだ三人の王子と違って、完全に家督争いから外れてる。本人も目端めはしの利く奴だから、借金まみれの国を背負うの嫌って軍人になったんじゃないか?」

「そうか……、そしたら、個別にミシェルだけ取り込むのはありかな?」

「工夫次第だけど、あり得る手だな。特に、連合軍で攻めてきたときに寝返らせたらデカいだろう」

「なーるほどね。考えておこう。……それで、独立戦争になったら、初戦はやっぱりリガー海岸になるのかな?」

「間違いない。北側の国境のエレーヌ峠は、当然ウチがガチガチに守備しているから、出兵するならマケドニーとホランドの連合軍が船団で来るはずだ。だけど半島の突端のエリトニーは、遠いうえに、こちらも精鋭を揃えてるし、スロベニーの援軍も入れば、いきなり攻め込んでくるとは思えない」

「まあ、そうだろうね」

「マケドニーから出てリガー海岸ならすぐだし、ここに上陸して、陸路でエリトニーを目指すのが、一番やりやすいな。ホランドも水軍は多くないし、上陸してからが本番と考えているだろう」

「僕の考えも全く同じだ。さすがカンネイ。元海賊だね(笑)」 僕はナイフを置いて微笑みかける。クレマンとお姉ちゃんも感心してうんうん頷いている。


******


「ホランドの国内世論はどうだった? 開戦と講和」

「最初は開戦論がかまびすしかったみたいだな。もともと、ホランド王のゲルンハルトが好戦的な奴なんで、『絶対許せん!』と憤ってて、役人も国民もその熱に当てられてたらしい」

「まあ、父様の時と合わせて2度目だからなあ。飼い犬に手を噛まれたような気持ちなのかな?」

「そういうことだ。プライドと虚栄心の強い男だからな。ただ、お妃が兄のダミアンのことをすごく心配して、王を止めに入ってるらしくて、すぐに開戦ということでもなさそうだ。それに……」

「それに?」

「そもそもゲルマーにはすぐに戦争を起こすような体力がない。兵士が15万もいるっていっても、広い国土に点在しているわけだし、その点で3つの港と北の峠だけ守ってればいいエリトニーとは全く違う。こっちに軍隊向けるといっても、2万がいいとこじゃないか? 練度も低いしな。もちろん油断は禁物だが、あんまり強くないと思うぜ」


「ふーん、そうか。……それで、厭戦の噂は広めてくれた?」

「もちろんだ。役人や兵士の集まる酒場なんかで、ベラと一緒にいろいろ吹き込んでやったぜ(笑)」 そう言って、カンネイがちょっと得意げにフォークをピッピッって振ってくる。

 僕が「へー、どんな?」と、それに乗っかると、

「うん、『エリトニーの復興ぶりは目覚ましい。あと、すごく兵士が強い。戦争やって沢山死んで、兵士の年金で苦しむより、生かしておいて、貰うもの貰った方がずっといい。こっちから働きに行ってもいいんだし』ってな。みんな、疑いもせず『そりゃ戦争で死ぬより、生きて金稼いだ方がいいよなあ』って頷いてたぜ。さすがゲルマー商会のブランド力は絶大だったな」とのことだった。

「おお、すばらしい! さすがカンネイだ。さしずめ、特殊能力『流言飛語』だな(笑)」

「特殊能力? まあいいや(笑)。とにかく、それが効いたかは分からないけど、今は世論は半々くらいになっているみたいだぜ。……そんで、こっちの使者にはゲルンハルトになんて言わせてるんだ?」


「うん、戦争を仕掛けてこないのであれば、今年中に1000億ゴールド支払う。来年は復興具合によるけれど、1500億ゴールド支払いたいと。数年たって、経済が回るようになったら、条約を締結して、以後毎年利益の一定割合を支払うので、独立を承認して欲しいと言ってる」

「ああ、上手い手だな。向こうにも魅力的に映るだろうな」

「金額は僕の推測でそのくらいにしたんだけど、去年までホランドがどのくらい吸い上げてたか、情報は得られた?」

「ちょっと具体的な数字までは探れなかったな。でも、金融の役人が言うには、『そんな大した金額じゃない、多分、イメージの3分の1くらいだろう』ってことだった。1500億ゴールドなら、そこそこ見合う金額かも知れないぞ」

「僕もそう思ってその金額にしたんだ。ホランドから派遣されてた行政官は、商売が下手で、穀物と鉄鉱石の貿易しかしなかったから、殆ど儲けは出てなかったはずだ。クレマン、こっちの試算ではいくらくらいだったっけ?」

 急に話を振られたクレマンは、ちょっと驚いたが、

「はい、一度、売り上げを全部ホランドに送ってましたから、キャッシュフローのデータがなく、確実な数字までは分かりません。ですが、先日送り返した行政官の供述を総合すると、おそらく利益は2000億ゴールドに届いていないと思われます」と、即座に答えてきた。

 僕は、腕を組んで、「うん、確かそのくらいだったね。ホランドだって、収支がそれほど変わらないなら、膨大なコストをかけてまで戦争するメリットは全くないだろう。もちろん、こちらも資金潤沢じゃないから、そのぎりぎりのところを探っていきたいな」と、独りごちた。


******


 そこで、これまで大人しく二人の話を聞いていたお姉ちゃんが顔を上げ、

「そういえば、あの人、ええと、リクソンはどうしてる? 気になってたんだ」とカンネイに聞きながら、食後のクッキーをポイっと口に放り込んで、コーヒーを含んだ。


「ああ、元気にやってたぜ。こないだ軍事顧問に格上げになったってさ」

「なっ? 本人にあったの?」

「そう。とある小隊長を手懐けて、リクソンが出入りする飲み屋で待ち伏せたんだ。ほら、俺と同じ東洋系の顔だから、すぐ分かるしな。とても他人とは思えん。昔から友達だったような気がする(笑)」

「さすがカンネイ。すっご……」

「ははは、さすがに大物すぎるからな、直接話し掛けたりしないよ。隣に座って聞き耳立てただけだ」

「えー、でも出世しちゃったんだ……。将軍になったら厄介ね」 

「まあ、軍事顧問になったって言っても、まだまだ12人もいる顧問団の末席だな。それでも貴族の世襲ばかりのホランドでは大抜擢だ。まだ31歳で若いし、庶民の出だから兵士の人気はとても高いな。アロイス、確かにあいつはやるぞ」


「そうか。やっぱりリクソンがちょっとずつ出てきたか。くすぶったままでいて欲しいんだがな……」

「まあ、献策してもあんまり相手にされないらしいし、上の方とは折り合いが悪いようだけどな。だから酒場でクダ巻いてるくらいで、この辺がキャリアの終着駅じゃないか?」

「それならいいけど、気を付けるに越したことはないな」

「てか、そんなに心配なら、俺が消してやろうか? 簡単だぜ」

「いやいや、それ禁じ手ですから(笑)。まだ開戦もしてないんだから。恨みも何もないんだから」

「何甘いこと言ってんだ。俺がリクソンだったら、真っ先にお前を狙うぜ。エリトニーはお前でもってるのがバレバレなんだから(笑)」

「凄腕スパイからそんなこと言われると、背中が薄ら寒くなるね。はは」

「まあ、今のは冗談半分だけどな(笑)。だけど戦争がおっぱじまったら、あんまり人前に出ない方がいいぞ。影武者も何人か用意した方がいい。それくらい危険だ」

「そうだな。考えとくよ。僕はチビだから、女性の兵士がいいかな」


******

 

「カンネイ、お疲れ様。とても充実した情報が得られたよ。長旅と緊張で疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ。ベラにも宜しく伝えておいてね」

「ああ、そうする。あいつはお前の熱烈なファンだからな、喜ぶよ」


「うん、それで、実は10日後にゲルマー商会の船が出るから、今度はクレマンと一緒にスロベニーに行ってくれ。スロベニーの政庁に新ホランド勢力がどのくらいいるのか、あと世論も探ってきて欲しい」

「10日って、全く人使いが荒いな(笑)」

「ははは、ごめんごめん、でもこういうの好きだろう? スロベニーは一応、友好国だから危険はないよ。ホランドと開戦するまでだいぶ時間が稼げそうだけど、スロベニーはちゃんと繋ぎとめておかないとな。だからクレマン」

「はっ!」

「援軍の約束、念押ししてきてくれ。開戦が決まったら、すぐに1万人派遣してくれるように。『約束通り1000億ゴールドは即金で支払うし、援軍は前線に送らず、首都エリトニーの守りについて貰う』と。それなら僕たちも安心してお城の精鋭をリガーに送り込めるから、メリットは大きいよ」

「はい、必ず言質取り付けてきます!」 クレマンが、笑顔でシュタっと敬礼した。


「それとカンネイ」 

「はいはい、今度はなんでしょう、アロイス王様(笑)」

「その足で、またベラとホランドに行ってくれ」

「また厭戦の流言飛語か?」

「それもあるけど、もう一つ」

「なんだ?」

「政庁と軍隊に、『リクソンが待遇に不満を持っている。能力がありながら東洋系なので出世できない。戦争になったらエリトニーに寝返るかもしれない』と、噂を流してくれ」

「お前も悪い奴だなー(笑)。人の出世の邪魔かよ。まあ、確かにそれなら怖くて前線には出せないな」

「しょうがないよ。ウチは人もお金も不十分なんだから、知恵で戦わないと(笑)。やりすぎると、逆に大出世させる恐れもあるから、あくまで疑惑程度にしてね」 そう言いつつ、僕はコーヒーの最後の一口を飲み干した。


 こうして、充実した一時間のパワーランチが終了した。


 だけどリクソンには申し訳ないことしたな(笑)。

 別に恨みはないけど、出てこられると面倒なんだ。

 後ろで大人しくしててね。 


 


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