第10章 第2話 天才鍛冶師 エタン(4代目)登場!
~ このエピソードの登場人物 ~
・ エタン
メラニー女王の形見、双子が使うダガー、「エタンのルビー」「エタンのサファイア」を打った伝説的名匠エタンの四代子孫。自身も刀剣の名工であるが、その卓越した鍛造の技術で、アロイスとともにセシル専用のライフル銃の開発に従事する。35歳
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(アロイスの視点です)
僕は、5月に入ってから、エリトニーに来訪したゲルマー商会の会頭と一緒に、国土の東側に位置するリガー港、半島先端の首都エリトニー港、そして西側のポルコ港を、2週間かけて回り、今後の経済復興に必要なインフラ整備と、その運用計画を練った。
その結果、首都エリトニー港は、港湾施設を2倍に拡大したうえで、中東の物品の市場を設立し、そのための購入資金を融資する銀行を設立することにした。
二人で考えた商流はこうだ。
例えばゲルマーから穀物を積んだ船が入港した場合(エリトニーは国土が痩せているから、穀物は輸入に頼っているんだ)、普通は穀物を下ろして鉄鉱石を積んで帰途に就くところ、中東に向かわせる。その際、鉄鉱石よりも、ペルシャ絨毯や重油の方が高いから、購入資金も融資する。
中東で商品を仕入れて帰って来た船は、港の中東市場で商品をセリにかけて売却する。我々は、売却金額の中から銀行への返済金(もちろん利息を付す)と市場利用の手数料を徴収して、残りを商船に支払う。
商船としては、一度の航海で二度の儲けを得るチャンスがあるし、我々も利息と手数料が儲かるわけで、ウィンウィンの関係だ。地中海は穏やかだから、海難事故も滅多にないしね。
「会頭。まずはゲルマー商会の商船で実践してみましょう」
「もちろん、そのつもりですよ」
「これを周知して広げていくためには、何が必要でしょうか?」
「そうですね。商会の立場からすると、儲けが多くなるように、利息などの経費は安い方がいいですよね。だから、プロジェクトに参加する商会の船は、港の係留料と関税を優遇して、金利も低くしましょう。普通は年7%くらいでしょうが、これを5%にするとか」
「いいですね。薄利でも、参加者が膨大な数になれば結局は利益が大きくなりますからね」
「それと、もう、鉄鉱石の輸出はやめた方がいいですね。完全にゼロにはできないでしょうが、儲けが少ないので、ポルコに精製工場を建てて、高級鋼材の輸出に切り替えましょう。また、それがポルコの鉄器産業を下支えするはずです」
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次のポルコでは5日ほど滞在して、近くにある鉄の鉱山を見学し、そこから鉄鉱石を運ぶ動線を確認して、鉄鋼の精製工場の計画地を定めた。工場のそばに鍛冶職人の工業団地も作りたい。
そして、港には、鉄製品の市場の設立と、やはりここにも銀行を作って融資を行うことにした。ポルコ港に入った船が鋼材を積んで中東に行って、帰りにエリトニー港で売却したっていいんだからね。だから、ポルコとエリトニー間の銀行の連絡網の整備も急務だ。
これら一連のインフラ整備で、約3000億ゴールドもの資金が必要になるが、最初が肝心なので、潤沢に注ぎ込むことにしよう。それにより雇用も創出され、国全体の経済も活況を呈することになるだろう。
僕の試算では、3年程度で、港湾の管理を一手に担うゲルマー商会の上げる利益は、年間1兆5000億ゴールドに達するはずで、うち3割を国庫に納めて貰うと、エリトニーの取り分は4500億ゴールドとなる。なので、その半分くらいをホランドに毎年供出して、和平を維持して貰えるよう、使者を通じて交渉してみるつもりだ。おそらく、その先もどんどん利益は増えるだろうから、そのくらいで済むなら安いものだ。戦争など、しないに越したことはない。
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最後に、僕と会頭は、ポルコの鍛冶職人組合を訪問して、これからの開発計画について話し、鉄工団地への職人の誘致について話し合った。
組合長は50絡みの、いかにも「頑固職人」といった風貌だったが、話してみると実に人当たりの柔らかい好人物だった。だから慕われて組合長になっているんだな。
そして、その隣に、少し若い、一見鍛冶職人と思われないような、細くて白い男が座っていたんだけど、組合長の紹介を聞いて、僕は本当に驚いてしまった。
「アロイス様。こちらは、組合の青年団長を務める『エタン』です。ここポルコの鉄職人の中でも抜きんでた実力を備え、『天才』と称されています。人柄も申し分ありませんから、今後お見知りおきを」というので、僕は驚いてしまって、
「エ、エタンって、あの伝説の名匠エタンですか?」と彼の顔を見ると、彼は、「はい。ですがそれは初代の話ですね。もう100年も前ですから、私はその4代目です」と、柔らかな微笑みを浮かべて返してきた。
僕は、「実は、私、エタンのダガーを持っているんです! 私の命を助けてくれたこともあるんです! これです!」と興奮気味に、エタンのサファイヤを腰から抜いて手渡すと、エタンはしげしげと装飾を見詰め、シュッと抜いて刀身を持って眼を凝らした。
「これは、素晴らしい。素晴らしいとしかいいようがない。これが100年も前に作られたなんて……。初代は、真の天才ですね。アロイス様、これは大事にされて下さい。もうどこでも手に入らない逸品だと思います」
僕は、それを聞いて俄然興味が湧いてしまって、つい、「先ほど組合長から、あなたも『天才』と紹介されましたが、失礼ながら初代と比較するとどうですか?」と不躾な質問をしてしまったが、エタンはそれには明確は答えず、ニコっと微笑んで、「それでは少々お待ち下さい。私のお店、すぐ近くなので」と言い残して、中座した。
しばらくすると、「お待たせしました」と帰ってきて、「これが私が打ったダガーです」と言って、サファイヤと同じくらいのダガーを手渡してくれた。
そのとたん、僕と会頭は、「うわっ!」っと声をあげ、ひと目でその美しさに魅了されてしまった。宝石など華美な飾りはないものの、シャンパンゴールドの鞘には、上品で繊細な装飾が施され、しかも柄にはマットな加工がされていて、手にしっとり吸い付くような絶妙の握りごこちだった。
そして、スっと音もなく抜ける銀色の刀身は曇り一つなく輝き、殆ど究極レベルにまで薄く、しかし見るからに硬質で力強かった。
芸術と機能美の、究極の癒合。
「こ、これは……」と僕が唸りながら、エタンのサファイヤを抜いて、その刀身を「キっ!」と擦ってみると、見えないくらいだけど、小さな、細い、傷が入った。信じられない。サファイヤよりも硬いんだ……。
僕が、「はーっ」と感嘆しながら、刀身を戻すと、寸分の狂いもなく「スチャ!」と収納された。そして、僕は、彼の眼をまっすく見据えて、「エタンさん。素晴らしいです。率直に言って、私のサファイヤより、一段優れたダガーであることが良く分かりました。あなたは、初代を超える天才だったんですね。先ほどの無礼な質問、どうかお許しください」と兜を脱ぐと、また彼は穏やかに微笑み、
「いえ、アロイス様。私のダガーの方が優れているのは当然なのですよ。100年もの間には、鍛造の技術も、鋼材の品質も、各段に進歩しているんですから。よりよい道具で、進化した素材を打てば、当然そうなるのです。初代のすごいところは、100年も前に、時代を完全に先取りして、そのサファイヤを打てたことなんです」と話し、一呼吸おいてから、僕を真っすぐに見つめて、
「アロイス様、私は、『天才』とは、同時代の水準をどこまで超越できたのか、それで決まるのだと思っています。私は確かに、それなりの職人ではありますが、まだまだ初代ほど、現代を突き抜けた水準にはないと思っています。その気持ちがなければ、進歩もできませんしね」と静かに語りかけてきた。
なるほど。進化と継承。そして謙譲。心に残る話だ。
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「エタンさん」
「アロイス様。もう国王なのですから、どうぞ呼び捨てで、敬語でなくてもいいですよ」
「いや、だめです。エタンさんは私の部下でもなんでもないんですから。お互い職業が違うだけで、プロなんですから。尊重の姿勢は大事だと思いますよ」
「あはは、そうですか。では、お好きになさって下さい」
「先ほど、『鍛造』とおっしゃいましたが、刀剣だけではなくて、丸いものや、棒状の物の削り出しなどもできますか?」
「もちろん。刀剣はむしろ贅沢品で、日用の鍋釜や包丁だって打ちますからね」
「それでは、お願いしたいことがあるのです」と、僕は一旦表に出て、待たせてあった馬車からゲルマー製のマスケット銃(マッチロック式。要するに火縄銃)を出してきた。
「これが現在のマスケット銃です。先端から粉火薬を入れて、その後、この丸い鉛製の弾丸を詰め、引き金を引くと、火縄が火薬に落ちて点火し、発砲する仕組みになっています」
「なるほど。本物を手にするのは初めてです。よく考えられていますね」
「ええ、現在の水準ではこれが最先端なのです。ですが、実践ではなかなか使えない」
「どうしてです?」
「弾丸が曲がるのです。また、火力も弱いので、それほどの貫通力もない。50m離れたら、もう狙っても当たりませんし、少し厚い装甲なら貫通も難しい。だから、大量に数を用意して、柵の隙間から接近した相手に撃つ、というくらいしか使い道がありません。いちいち弾を込めるので一発一分もかかるし、雨の日は使えないし、値段も高いし、これを揃える意味はないと思っています。ただ……」
「ただ?」
「狙撃用に特化した、数丁のスペシャルを作るのはありだと思うのです。一丁何千万ゴールドかかってもいい。我が軍には、一人、人知を超えた天才狙撃手がいるので、いや私の姉なんですが、彼女に活かして欲しいと思っています」
「ほう。なるほど。興味深いお話です」 エタンさんは、そう言って眼を輝かせ、膝を乗り出してきた。
「アロイス様。それではこれのどこを改造していったらよいのでしょうか?」
「もちろん、エタンさんにも考えて頂いてよいと思いますが、私が今考えている限りのアイデアでは、まず弾丸を細長い紡錘形、つまりドングリみたいな形にすることです。丸い弾丸は、空気抵抗でどこに曲がるか分からないのです。実際に、子供の頃、紙を丸めて何時間も投げ続けましたが、丸い紙より、縦長にした方がずっと直進性が高いと分かりました」
「なるほど。では、紡錘形の弾丸を、精度の高い鍛造鉄で作るといいかも知れませんね」
「さすがです。そのとおりです。鉄は重いですから、細くても十分な貫通力が出ると思います。大量に使うことを想定していないので、熟練した職人に一つ一つ鍛造して欲しいと考えています。それと、回転もポイントです」
「回転?」
「そう。丸めた紙を、回転させて投げると、常に左にカーブします。逆は全くないんです。だから、飛翔時に弾丸が回転することも弾道の安定に繋がると思います。もちろん横回転したら曲がってしまうので(笑)、進行方向に対してドリルのように回したい。要するにジャイロ回転させるわけです」
「……そうか! 銃身の内側に螺旋の溝を刻んで発射時にジャイロ回転させるんだ!」
「ご名答。さすがですね! 溝の本数や、長さによって回転量や摩擦が変わるため、どのくらいが適正なのかは、プロトタイプを作りながら探っていくほかないと思いますが、やってみる価値は十分にありますよ」
「面白い! アロイス様、是非やらせて下さい!」
「ああ、嬉しいこと言ってくれますね。それとあと一つ、これは実用に関することなのですが」
「何でしょう?」
「いちいち銃の先端から粉火薬と弾丸を棒で詰めて、ギュウギュウ突いて固めるなんていうまどろこしいことは時間の無駄なんです。だから、トリガーの上部が開く形式にして、そこに弾丸と、湿らないように粉火薬を被膜で包んだタブレットをセットして、蓋を閉じてトリガーを引くと火縄が落ちる仕組みにしたいのです」
「それもいいですね! ていうか何で今までなかったのでしょう?」
「誰も気づいていなかったということもあるでしょうが、もしかしたら、強度の点で不安があるのかも知れません。暴発したら狙撃手の眼はもう使い物になりませんし。だから、蓋のロックの構造など安全面の配慮は十分にしないといけないでしょう」
「分かりました。考えてみます。今日から早速弟子と一緒に始めますよ。夢のあるお仕事をありがとうございます!」
「こちらこそありがとうございました。そのマスケット銃はおいていきますから、分解するなりして、研究用に使ってください。開発資金と研究用の銃は、言ってくだされば、いつでも送りますよ。是非、時代を100年先取りした狙撃銃を作ってください!」
そう言いあって、僕とエタンさんは、固く握手を交わしたのだった。
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帰り際、エタンさんは、なんと、あのシャンパンゴールドのダガーをお土産に持たせてくれた。さすがにそれは悪いので遠慮したのだけれど、エタンさんは、「アロイス様。それは相当に出来のいい品ですが、ふふ、でもね、私はいつでも同じものを打てるんですよ」って言って、ニヒルに笑って返してきた。ちぇ、なんだかカッコいいな。負けたぜ(笑)。
その日から、僕の左腰に「エタンのサファイヤ」、右腰に「エタンのゴールド」が装着され、二刀流となった。なんともエレガントでいいなあ。まあ、この二本を戦場で使っている時点で、もう死が確定しているわけだけど(笑)。
実戦では役に立たないけど、カッコいいから、二刀流、練習しよう(笑)。




