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第10章 鍛錬の時 新兵器プロトタイプ

~ このエピソードの登場人物 ~


・ ステファン 

  エリトニー軍の弓隊小隊長。驚異的な視力と距離感覚の持ち主。後に、セシルを狙撃手としたチーム「ブラックローズ」の隊長となり、攻撃において重要な役割を果たすことになる。セシルの大ファンで、淡い恋心を寄せているが、果たして? 175㎝ 70㎏ 26歳


******


(アロイスの視点です)


 5月に入って少し日差しが強くなり、身体を動かすと汗ばむ季節になった。

 朝9時30分。僕は、演習場の端に備え付けたお立ち台に上り、広大な演習場全体を俯瞰ふかんして見渡す。既に5000人の兵士が集結し、それぞれの持ち場で、準備を終えている。


 今日の演習は「パターンA」。

 ホランドとの和平交渉が決裂し、独立戦争に突入した場合、初戦が予想されるリガー海岸での戦いを想定したものだ。


 敵役の騎兵と歩兵合計2000人が、菱形の方陣(陣形の一つ。密集しているため、どこからの攻撃でも対処しやすい)を作り、約500m離れて我が軍の重装騎兵隊が待機している。


 僕が、さっと右手の赤旗を敵役に向けると、「おーっ!」っと気勢を上げつつ、マチアスとステラを先頭にした300人の騎兵隊が綺麗な縦列を作って突っ込んでいく。その後を、短槍を持った軽装歩兵700人が追いかける。


 あと50m。突っ込んでいく先の方陣が、迎撃のため、密集した槍衾やりぶすまを構築する。もちろん槍は模造で、危険はない。

 そこで僕が、左手に持った白旗を振ると、騎兵隊はそれに瞬時に反応して、すれすれのところで敵兵を交わし、向かって左に進路を取って直進するが、僕がまた右手の旗を振ると、急激に進路を右に変え、そのまま方陣の左角に激突する。

 まるで、ムクドリの大群が、一つの生き物のように全形を変えながら、戦場を自由に飛び回っているかのようだ。


 重装騎兵が突き崩して混乱が広がる敵兵に、追いついてきた軽装歩兵が槍で突っ込み、削りにかかる。序盤は圧倒しているように見える。

 しかし、多勢に無勢。次第に敵も落ち着きを取り戻し、少しずつ押し返して、エリトニーの寡兵を外側から包みにかかる。そこで僕が、また二本の旗を振ると、重装騎兵が固まって、両サイドの敵兵を追い散らして血路を開き、その中を軽装歩兵が全力で走って離脱する。


 そのまま、騎兵と歩兵が背中を見せて左に退避し、当然敵はそれを追撃するため、強固な方陣が崩れ、横長に間延びした横陣となる。

 その刹那、僕が左後方に待機するロングボウ部隊に黄旗で合図を送ると、イワン率いる筋肉軍団1000名が、キリキリと振り絞った2mのロングボウを一斉に放つ。

 

 模造の矢なので150mしか飛ばないが、1000本の矢が綺麗な放物線を描いて、敵兵の頭上に降り注ぐ。そこで、敵は転倒者が続出して混乱が全体に広がっていく(という想定だ)。

 僕は、壮健な敵兵が多く残っているであろう部分を見つけ、黄旗で合図してロングボウの落下地点を少しずつ変えていく。左右均等に鍛え上げたロングボウ部隊は、10射打っても左右の腕を替え、5秒間隔で打ち続ける。まるで、ホースから放たれる水流が、途切れずに乾いた地面に降り注いでいるかのようだ。 


 40連射したところで、さしもの筋肉軍団も疲労困憊となり、矢が止まった。

 そこを見計らって、旗の合図と同時に、お姉ちゃんが率いる弓と槍を持った軽装歩兵1000人が、弱った敵兵に突撃し、それに合わせて、一度退避したはずの騎兵と歩兵も舞い戻って殲滅にかかる。見事な連携だ。


******


 演習終了後、僕は、お立ち台の上から、勢ぞろいした5000人の兵士に声を掛ける。


「みんな。お疲れ様! だいぶ良くなった。まるで全体が生き物のように動けるようになった。このパターンAは、リガー海岸では一番ありそうな展開だから、何度も何度も繰り返して、身体に沁み込ませよう! 僕たちは兵数じゃ敵わないから、全軍が一体になって、知恵とチームワークで立ち向かおう!」と、まずは労ったうえで、続けて、

「でも、まだ反応が遅いし、スピードももっと欲しい。特に、今日は、重装騎兵が血路を開くシーンで、何騎かが合図に遅れた。たかだか5秒か10秒かも知れないが、それで逃げ遅れた何十人もの歩兵の命が左右されるわけだから、マチアスとステラを中心に皆で反省すること。それから、ロングボウは、飛距離があと100m欲しい。実戦で350m飛ばせれば、物陰から撃てるようになるからね。イワンを中心に、もっと身体を鍛えて、沢山食べて、少しずつ伸ばしていこう!」と、現状の課題も忘れずに付け加えておいた。


「今日の全体演習はここまで! お昼が出来てるから、それを食べて、1時間後に、各兵科でそれぞれ訓練すること。それじゃ、解散!」


 神妙な面持ちで、聞いていた兵士たちは、握りこぶしを胸にあて、「「「「「はいっ!」」」」」と元気に返してきた。気持ちいい返事だな。みんな勇敢な兵士の顔つきになったきたぞ。


******

 

 僕は、お立ち台から降り、お姉ちゃんが今日の演習の反省と課題を訓示している弓隊のところに移動して、終わって解散になったのを待って、「お姉ちゃん」と声を掛けた。


「ああ、アロイス。何?」

「例のアレのプロトタイプが出来たんだよ。今日の午前中に、大工たちが弓の演習場に据え付けてくれたから、お昼食べたら試射しよう。僕も見学するよ」

「えーっ? ほんと? アレできたの? じゃ、すぐ行くわよ。早く見たい!」

「お、そっか。じゃ行こうか」と言うと、

「セシル様! アレが出来たんですか? じゃ、俺も見に行きますよ!」と、セシルと一緒にいた小隊長が声を上げた。

 お姉ちゃんが、「ステファン。あんたもこういうの好きねえ。だけど、お昼休み短くなっちゃうわよ」と言っても、

「そんなの全然。俺、セシル様が弓打ってるとこ見るの大好きなんです。的を狙ってる真剣な表情が凛々しくて、すっごく綺麗で……」 そういってステファンは、顔を赤らめて、地面を足でズリズリしている。これは明らかに惚れてるな……。


 そしたら、それを聞きつけて、「え? ついにアレが出来たんですか? じゃ、俺たちも見たいから一緒に行きます!」って、10人くらいの弓マニアが集まって来た。まあ、弓が好きだから、弓隊に入ったんだもんな。ご自由にどうぞ(笑)。


******


 弓の演習場に移動すると、眼の前には、架台に取り付けられた、幅5mもある、過去に前例のない、途方もなく巨大なボウガンが鎮座していた。通常は幅1.5mだから、まるでスケールが違う。単一素材で弓を成形するのは無理だったので、固いニレの木を5枚合板にして、さらに強度を増すために、特注の鋼板が一枚挟んである。


「すっごーい、でっかーい! 強そうー! カッコいー! アロイスありがとね!」 武器マニアのお姉ちゃんが、眼をキラキラさせて、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。

「いや、試作品だからさ、まだまだいじるところがあると思うよ。僕が製作初期からずっと見てたから、そこそこ完成度は高いと思うけど、今日はまず試射して課題を見つけよう」 僕はそう言って、お姉ちゃんを架台に上がるよう、促した。


 架台に乗り込んだお姉ちゃんが、「これ、すっごい張力だと思うけど、人力で引くのは無理そうね」と言うので、「うん。大男5人でも難しいだろうね。だから、そこのハンドルを3人で巻くようにできてる。ステファン、ちょっと巻いてあげてよ」そう言うと、「待ってました! おい、いくぞ!」と声を掛け、3人のセシルファンが飛び乗って、嬉々として、ハンドルをキリキリと回した。

 ギア比を大きくしてあるので、3人いれば回せるけれど、その代わり時間がかかる。三人の男がハアハア言いながら、弦をトリガーに引っ掛けるまで、1分近くかかってしまった。

 そこに、専用の矢をセットする。お姉ちゃんが、「うわー。矢もずいぶん長くて重そうねー!」と感嘆の声を上げる。そのとおり、一般的にボウガンの矢は1m強、重さは80g程度だが、これは弓長が5mもあるので、矢の長さも必要になり、通常の倍以上の2.3m、もちろんその分重くなり300gもある。当然、貫通力、耐風力も段違いだ。


******


 200m先の的に、通常程度の厚みの鉄製の装甲を立てて試射を始める。

 見学している大工たちは、お姉ちゃんのことを知らないので、(200m先の人型を狙う? 正気か?)というような眼で見つめている。


 お姉ちゃんは、手前の照準の谷、そして先端の照準の山を合わせ、「撃つわよ」と言ってから、トリガーを引いた。すると、たわんだ5mの弓がピンと真っすぐに戻り、通常の「ガシュ!」ではなく、聞いたことがない「ズドンっ!」というような重い発射音が響いた。打ったあとも、強く張られた弦が、「ビーン!」と振動している。


 矢は、「スーっ」と飛んでく普通のボウガンと全く異なる、「シュンッ!」という桁違いのスピードで放たれ、殆ど高度を落とさずに、真っすぐに飛んでいく。

 

 が、視界から消えた後も、的に当たった音がしない。


「ステファン、今、どこに当たった?」とお姉ちゃんが尋ね、

「的から2m右ですね。高さはあってます」と、ステファンが目を凝らして答える。

「ふーん、じゃ、もう一本」


 また三人がハンドルを回し、セットした矢を再び放つ。が、また外れた。


「今度は?」

「殆ど同じところです」


 見物する大工たちも、(そりゃそうだよ。あんな先の的に狙って当たるもんじゃない)という顔つきで、頷きあっている。


「アロイス」

「何?」

「このボウガン。私専用なのよね」

「もちろんそうだよ。戦闘中にこちらが歩兵中心になる局面があったら、敵の馬上の指揮官を狙い撃ちにしたいんだ。高さが違うから味方には当たらないからさ」

「それじゃ、いじっていいわね。……このボウガン、照準がほんの少し左に向いてる」


 そう言って、お姉ちゃんは、ハンマーをもって先端の照準を2回、トントンと叩き、台座に戻って狙いを確認した後、もう一度ハンマーで軽く「コン」とやった。


*******


「撃つわよ」という声とともに、「ドンっ!」と放たれた次の矢は、地を這うような弾道で的に向かって一直線に飛び、やがて「ガシャン!」という衝撃音が聞こえたと思ったら、的の装甲が斜めにひしゃげたのが見えた。お見事、命中。

 見ている隊員たちも、「おーすげー!」「セシル様かっけー!」って、パチパチ拍手している。


「うん。よくなった。私に合ってきた。的が斜めになって難しいけど、もう一本」


 お姉ちゃんがそう言って、再び放たれたその矢も、寸分違わず「ガシャン!」と音を立てて、装甲に命中した。


「ステファン。矢はどうなってる?」 そうお姉ちゃんが聞くと、

「二本とも胸を完全に貫通していますね。すさまじい破壊力です。セシル様なら倍の400mくらいまでは十分狙撃できるんじゃないですか?」って、ステファンはさも当然のように答えた。

 

 台座の下では、集まった大工たちが、口をあんぐり開けている。

 

 僕は口の端でニヤリと笑って、「見たかい? 世の中には、人知を超えた天才ってのが、本当にいるんだよ」って言ったら、皆、無言でコクコクと頷いていた(笑)。


******

 

「アロイス。本当にありがとう。とてもいいわよ、これ」

「どう致しまして! 今日打ってみて、何か課題はある?」

「うん、張力が高いから仕方ないところもあるんだけど、強いて言えば、トリガーが固いな。引くときに『ウっ!』ってやってると、瞬間的に軌道がずれるのが怖いから、軽く指を置くくらいで発射できるようにして欲しい」

「なるほど」

「あと、わたしがやるんじゃないけど、巻き上げのスピードを速めたい。3人でできるのは分かったから、ギア比を小さくして、4人で30秒でセットできるようにしたい」

「そうだね。そのくらいにできたらいいね」

「それで3台欲しいな。私が移動して撃つから、その間に次の矢をセットするってやり方で。それなら連続狙撃できるでしょう?」

「いいねー。『チームセシル』だね!」

「うん。どのみち私、歩兵に交じって前線に出ても役に立たないし、これ専用の部隊を作った方がいいわよね。お金も沢山かかっちゃって悪いけど、アロイス様、宜しくお願いします!」 そう言ってお姉ちゃんは片目をパチってやって、両手を合わせてニッコリした。横でステファンがポーっとなってた(笑)。


 こうして、今日、寡兵で形勢を逆転するための強力な切り札、人間狙撃兵器のセシル砲が誕生したのだった。

 


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