表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/73

第9章 第4話 アロイスの戴冠

 僕らがエリトニーに帰ってから2週間ほどたった春の日。

 戴冠式の開始を告げる花火が青空に鳴り響く。街全体がさざめき、祝祭の雰囲気に満ちあふれている。


 正装した僕とお姉ちゃんは、花火の音を待って、エリトニー城を家臣と一緒に歩いて出た。お姉ちゃんは、イボンヌ母さんの形見の濃紺のベルベットのドレスと、イミテーションのティアラとネックレスを着けている。お下がりのドレスとガラス玉なのに、目に眩しいような美しさだ。

 

 穏やかな陽光の中、お城からウォレニー広場(「ダミアン広場」から名称が変わった)に向かう海上の回廊を進んでいくと、海の上には、ボートに乗った市民が沢山待っていて、手を振りながら「アロイス様ー!」「セシル様ー!」「お帰りなさーい!」と口々に声を上げ、赤やピンクの花びらをパっと投げて祝福してくれる。


 手を振りながら、回廊を抜けて広場に入ると、そこからは立錐の余地もないくらいに、首都エリトニーの市民が押しかけていた。マチアス率いる近衛隊が通路を確保する中、僕とお姉ちゃんは花吹雪を浴びつつ、笑顔を振りまきながら進んだ。


 集まった女性たちが、

「見て見て、あれがアロイス様よ。20歳だって。小っちゃいけど……ハンサム。カッコいいー♡」

「セシル様もすっごくお綺麗ねー。黒い髪が素敵。細いけど胸おっきいー。メラニー様に生き写しだわ!」

「……王様に似なくてよかったわね……」「ほんとほんと」などと、小声でささやく声が漏れ聞こえてくる(笑)。


 広場に急ごしらえされた舞台にあがってみると、うわー、これはすごい。何万人いるんだろう? こんなの見たことない。殆ど視界の果てまでエリトニー市民で埋まっていて、商魂たくましいなあ、あちこちに露店も立ち並んでいる。

 市長と商工会長、それと民主活動家らが、「今日だけは半休取って戴冠式に行くように!」と、市民に宣伝と告知をしてくれたんだ。市長は、「全力で動員します。10万人を目指します!」と言ってくれてたけど、本当に10万いるかも知れない。首都エリトニーの人口の半分だ。


******


 僕は、お姉ちゃんと一緒に壇上に立ち、笑顔で歓声に応え、左右に手を振ったあと、詰めかけた聴衆が少し落ち着くのを待って、静まり返ったところで、第一声を発した。


「エリトニーの皆さん! 私は、愛するこの国に、皆さんの元に、帰ってきました!」 


 その瞬間、10万の聴衆から、「ウォーーーーーっ!」と地鳴りのような歓声が湧きあがり、耳をつんざくような万来の拍手とともに、「「「「アロイス! アロイス!」」」」とコールが繰り返された。


 僕は聴衆を笑顔で見渡し、その後、手で制し、再び静まったところで、

「私は、今日、皆さんの信任が頂けたならば、このエリトニー公国の国王に就任し、合わせてホランドからの独立を宣言したいと思います!」と叫ぶと、聴衆から、再び地鳴りのような歓声と拍手が湧きあがり、広場全体が、「「「「「アロイス!! アロイス!! アロイス!!」」」」」という大合唱に包まれた。


 僕は、「ありがとう! ありがとう、皆さん!」と声を発したあと、「でも、ここで一つだけ言わせて下さい!」と付け加え、右に立つクレマンを手で示して、「今、僕がここに立っていられるのは、全てこのクレマン大臣のおかげです! 彼は、ホランドとダミアンへの忠誠を装い、じっと耐え忍び、15年もかけてこの革命の下地を整えてくれました。常にダミアンの傍にいる彼を冷ややかに見ていた人もいたでしょうが、今日、その認識を改めて下さい。そして、誰よりも功績の大きい、この偉大な功臣クレマンに、皆さんからも大きな称賛と拍手をお願いします!」と述べたとたん、歓声と拍手が湧きあがり、「「「「クレマン! クレマン!」」」」と唱和された。


 クレマンは、しばらく笑顔で聴衆に手を振っていたが、そのうちこの15年の苦労が脳裏に蘇ってきたのか、堪え切れずに目じりから涙をあふれさせ、あれれ? 膝をついて男泣きを始めちゃったぞ。肩をワナワナさせ、右手でゴシゴシ眼を擦っている。

 僕は、クレマンに近づいて肩に手をかけ、「あはは、ごめんごめん。泣かせちゃったね。でもクレマン、大事な式典の途中だから。ほら、立って、シャキっとしよう」って言いながら、助け起こした。クレマンは立ち上がってからも、まだ眼を擦り、それでまた歓声が一段と大きくなった。


******


 こうして、エリトニー人民の信任を得られたので、いよいよ、僕は、正式な王として、今日まで大切に守り続けた英雄王ウォレムの王冠クラウンを戴くこととなった。ゲルマーの貧乏時代にも一つも手を付けなかった150個の宝石全てが揃い、丁寧に磨かれ、陽光にまばゆい光を放っている。


 母様の時のように、人民を代表した少年と少女から被せて貰ってもよかったのだけれど、僕は、クラウンの戴冠役にお姉ちゃんを指名した。人民の中には、「アロイス様が王様になるのはいいけれど、セシル様はそれでよかったのだろうか?」と思う人もいるだろうから、お姉ちゃんも喜んでアロイス王を祝福していることを見せたかったんだ。


 透き通るような白い肌に、コントラストが鮮やかな赤のルージュを引いたお姉ちゃんは、艶やかな笑顔でクラウンを高く掲げ、四方を見渡して十分に見せたあと、クラウンを胸に抱え、僕に膝をついてニッコリと挨拶した。ほっそりした右腕がすっと横に伸びる。その優雅で匂い立つような美しさに、集まった人々から「ほーっ」って、ため息が聞こえてくる。

 そして、お姉ちゃんは立ち上がって、満面の笑顔で「アロイス王様。この日を心待ちにしていました! 心から祝福致します! おめでとうございます!」と澄んだ声で宣言しながら、優しく僕の頭にクラウンを載せてくれた。

 僕たちは、笑顔で人民に向き直り、右手を胸に優雅なお辞儀を披露すると、拍手と歓声は最高潮に達したのだった。


 そこで、僕は、思わず感極まって、「はーっ」って、ほんの少し空を見上げた。

 ……父様、母様、おばあちゃん、トマおじさん、イボンヌ母さん、見てくれていますか? 僕は、今日、エリトニーの王になりました。どこまでできるか分かりませんが、力を尽くすことだけは、お約束します。……お約束します!


******


 そして、戴冠式の最後に、僕の就任所信表明を行う。

 十分準備はしてきたけれど、うまく話せるかな? できれば原稿は見ずに、集まってくれた皆を見ながら語り掛けたい。 


 僕は、広場を埋め尽くす人々を左から右に眺め渡した後、一つ、スーっと息を吸って、

「今、私は、この場で、みなさんが寄せてくれた信頼に対して深く感謝するとともに、私の両親を含む我々の祖先、そしてこの15年間、皆さんが背負ってきた苦難と犠牲に対し、深く思いを馳せています」と話しかけた。


「今日、我が国は、宗主国ホランドの圧政から解放されましたが、まだ我々が危機の真っ只中にあることは、言うまでもありません。私が国王に就任しても、我々の国は、まだとても弱いままなのです。経済は疲弊し、人心にも余裕がないばかりか、再び多くの兵士によって国土が蹂躙されかねない状況が続くでしょう。それは、この国の外にいる人々の、過度な豊かさへの欲望と無責任な行動によってもたらされたものです」


 一言も聞き漏らすまいと、聴衆たちが息をひそめ、会場は静まり返っている。 


「まだ力のない我々は、そのような欲望から自らを切り離すとともに、新たな勇気ある決断をして、この国を新しい時代に備えさせることが必要です。経済も、軍事も、我々が直面している難問は現実のものであり、しかも数多くあります。その難問は、簡単に、あるいは短い期間では解決されないでしょう」

 

「我々の挑戦は長く厳しいものになりますが、しかし、我々の成功の拠りどころとなる価値観、すなわち勤勉さと誠実さ、勇気と公正さ、寛容さと忠実さ、そしてなによりこのエリトニーへの愛国心は、この国が産出する粘り強い鋼材のように、熱くそして強固なものであると、私は、確信しています!」


 大人しく聞いていた聴衆が、だんだんと赤い熱を帯びてきたのが分かる。


「エリトニーの皆さん! 我々自身が共通の脅威に直面している今、厳しい冬の時代にも心を一つにし、希望と美徳を胸に、凍った流れに立ち向かい、どんな嵐の訪れにも耐えましょう! 我々だけでなく、我々の子供たちに、この素晴らしいエリトニーの豊かな山河を、海を、空を、そして細やかに育んだ文化を遺しましょう! その地平線をしっかりと見つめ、慈しみと共に、自由という偉大な贈り物を運び、未来へと無事に送り届けましょう!」


 広場を埋めた10万人の聴衆が、こらえきれずに「ウォー」という声を漏らし、さざめきと、感動と、興奮が会場を覆っていく。自然と僕の言葉にも熱がこもる。


「エリトニーの皆さん! 今、私は、ここに、新生エリトニー公国の独立を宣言し、それを周辺国に認めさせ、私の父である英雄王ウォレムが育てた、経済も文化も、皆が希望を持って前に進めていたあの時代を取り戻し、決して後戻りしないよう、この身命を懸けて努力することを誓います!」


「エリトニーの皆さん! 私は、もとより若く、そして微力ではありますが、どうか皆さんの強く、広い心で、この私を支え、共に手を携え、未来へと進んで下さい! どうか、どうか、お願いします!」


 そこまで言って、僕が(これで終わります)と手を振って頭を下げると、あたかも「ゴーーーーっ!」と大地が唸るような、嵐のような歓声と拍手とともに、再び「「「「「アロイス!! アロイス!! アロイス!!」」」」」の大合唱が響き渡った。


 僕は両眼から、熱い涙をほとばしらせ、お姉ちゃんと一緒に、観衆に両手を大きく振って応える。


 10万人の歓声は、いつまでも、いつまでも続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ