第9章 第3話 政権奪還!
翌日、お昼の12時になったのを見計らい、僕たち7人は、カンテラを手に暖炉奥の入り口から隠し通路に入った。
暗い中、灯りを頼りに100段ばかり階段を降りたところで、通路が平らになった。ああ、今、海の下に入ったんだな。
タイルの中ほどにあるギザギザの目地に指をあてて進み、突き当たった壁の取っ手を引くと、手前にスーッと開いた。
僕が、「ここを左だよ。右は二手に分かれていて、どちらも罠だ。槍の突き出た穴に落ちるようになってる」と、一応、皆に注意を促したところで、「でも、ちょっと待ってて。確かめたいことがあるんだ」と断って、足もとを照らしながら右手に進むと、「あ、あった! あの時のままだ!」と、思わず声を上げてしまった。
15年前、5歳の僕が、母様と一緒に逃げた時に置いた白いハンカチが、まだそこに落ちていた。だいぶ茶色くくすんでしまったけれど、確かに僕のだ。
「うわー、懐かしいわねー」と、後からついてきたお姉ちゃんも感心している。
僕は、「この通路、今後使う折があるか分からないけど、一応換えておこう」と言って、新しいハンカチと交換してポケットに詰め、「お待たせ。さあ、行こう」と皆を促した。
そこから少し歩くと、階段に突き当たり、上を見ると遠くに出口が明るく光っていた。クレマンがもう開けておいてくれたんだな。
大丈夫だとは思うが、用心のために、剣を手にしたマチアスが先頭に立ち、50段ばかりの階段を上り切ったところで、王の間から、
「やあ、アロイス様。エリトニー城へようこそ。そしてお帰りなさい」と、嬉しそうなクレマンの声が聞こえた。
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暗闇に眼が慣れていたので、眩しくて何度か瞬きしてから、部屋を眺め渡してみると、椅子に縛り付けられて落ち着きなくキョロキョロする、太った初老の男がいた。こいつがダミアンなんだな。栄養がいいのか、肌もつやつやしている。
僕は、ダミアンの横に立っているクレマンに、「どうもありがとう、クレマン。首尾よくホランド勢は拘束できたようだね」と声を掛けると、「ええ、ここまではそれほど大変じゃなかったです。問題はこれからですね」と、笑顔とともに返って来た。
僕は、ダミアンに近づき、冷ややかな眼で見つめながら、
「あなたがダミアンだね。初めまして。僕はアロイスだよ。あなたが火あぶりにして殺したメラニー女王の息子だ」と声を掛けると、
「お、お前がアロイスか! もっと早く始末しておけばよかった! こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」と高い声でキーキー喚くので、
「そりゃ済まないだろうね。だけど、そんなの覚悟のうえさ」と、ちょっと眉を上げて言い放った。
「お、俺を殺す気か? メラニーを殺したのだって、お前の親父が俺の大事なジュリアンを殺したからだぞ。だからおあいこじゃないか!」
「ふうん、それじゃ、クリステル様は? トマおじさんは? イボンヌ母さんは? そしてこの15年苦しみ続けてきたエリトニーの国民は? だいたい、あなたがちゃんと統治してくれていたら、僕は帰って来なかったと思うよ。やりたいことが沢山あったのに。その点でもあなたには恨みがあるんだ」
「い、嫌だ! 頼む、殺さないでくれ!」
「ああ、命乞いか。醜いね。僕だって、火あぶりにしてやりたいのは山々だけど、あなたは大事な人質だからね。心配しなくても大丈夫。生かしておくよ」
一瞬、ダミアンの眼に「パっ」っと安堵の光が広がったところで、僕は、腰からエタンを抜いた。ダミアンの顔が再び恐怖にひきつる。
僕は、ダミアンの頬にエタンのサファイヤをピタっと当て、
「動かないで。これ、すごく切れるんだよ」と言いながら、右の鼻に先端を入れ、
「これは……、二人の母様の分」と言ってから、右に「ピンっ!」っと弾いた。
ダミアンは、「ホゲーッ!」と聞くに堪えない悲鳴を上げて、鼻から血を噴出したが、僕は、「いや。まだだよ。動かないで」と声を掛けて、今度は左の鼻にエタンを入れ、
「これは、おばあちゃんとトマおじさんの分」と言って、再び、エタンを弾いた。
ダミアンは「ギエーっ!」と声を発し。両の鼻から血を滴らせ、涙を流し、だらしなく失禁してしまった。
部屋にいる誰もが、戦慄して見守っている。
僕は、ふーっと鼻から一つ息を吐き、「まあ、このくらいにしておこう。傷の手当をしてやってくれ」と言って、クレマンに眼を向け、「クレマン、ほかのホランド派遣の行政官は?」と聞くと、
「全員、拘束してあります」とのことだったので、「そうか。それではダミアンと一緒に、当面、離れの塔の『王妃の間』に入れておいてくれ。僕たちには、やらなきゃならないことが、本当に山ほどあるからね」と言い、初動の計画に頭を切り替えた。
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その後、クレマンと一緒に、謁見の広間に移動すると、すでに大半の家臣が揃っていた。大臣、行政官、近衛隊、女中たち。見知った顔も大勢いる。大きな拍手と笑顔で迎えてくれて、(みんな待っていてくれたんだな)って思うと、胸が熱くなった。
僕は皆に手を振って笑顔で見渡し、「皆さん。暖かく迎えてくれてありがとう。僕とお姉ちゃんはエリトニーに帰ってきました。ホランドの圧政から、この国を解放するためです。皆さんも、体制が大きく変わることになって不安かも知れないけれど、やることは変わりません。お金の工面は僕の方でなんとかしますから、これまでと変わらず、誠実に仕事に励み、そして僕を支えて下さい!」と述べると、万来の拍手とともに、「アロイス様ー! お帰りなさい!」との声があちこちから飛んだ。
僕は、「本当は一人一人に挨拶して回りたいけれど、今日はやることが沢山あるので、このくらいにしておきます。これからも宜しくお願い致します!」と声を掛け、続いてお姉ちゃんも簡単に挨拶したあと、拍手の中、打ち合わせのために別室に引き上げた。
別室で、軍事大臣、金融大臣、そして内務・外務大臣のクレマンと一緒に、当面の活動方針について協議を行う。
その結果、まず軍事に関しては、すぐに全国で兵を募り、今の5万人から2万人程度増員すること、週3日しか行ってこなかった訓練を週6日にして鍛え上げること、兼業を禁止して兵士に専念させることとした。訓練は、マチアスとイワンを中心にして行い、お姉ちゃんとステラがそれらの補助と、僕から示される強化計画のマネージメントを担当することとなった。武具と防具も大量に必要だ。近いうちにポルコの町に赴いて、鍛冶職人の組合長と話をしよう。
経済に関しては、埠頭の複数化や防波堤の延伸など、まずは生命線である港湾の整備と拡充を急ぎ進め、合わせて船舶の係留料と関税を値下げして、外国船舶が寄り付きやすくすることとした。7日後に、ゲルマー商会の会頭が船で来訪する予定なので、僕と金融大臣とで3つの港を案内して回り、港の拡充計画と、製鉄工場の建設、中東物品の市場設立、銀行の設立について、詰めた協議を行うこととした。
外交に関しては、近隣諸国に、エリトニーが独立したことを宣言し、独立支持の要請を行うこと、ホランドに対してはダミアンを除く国内の行政官を全て帰し、使者を通じて、「エリトニーは争いを好むものではない。今後も友好を保ちたい。独立と安寧を守ってくれるのであれば、毎年一定金額をお支払いしてもよい。時間をかけて話し合いを続けたい」旨を通告し、時間を稼ぐことにした。ダミアンを人質にしているとはいえ、さすがにクレマンを差し向けるのはリスクが大きすぎるので、使者は別の者を担当にした。
いやはや、こうしてみると、やることは無限にあるな。ランドルフ私塾の副校長時代とは段違いだ。本当に、身体が5つくらい欲しい。
だが、独立への情熱に支えられ、その後も打ち合わせは深夜まで続いた。




