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第8章 第4話 イボンヌ 育ての母の願い

 

 息を切らせて家に向かって走る途中、僕はマチアス父さんに声を掛ける。


「父さん……こないだ、ホランドが僕たちを探し回っているって話をしたとき、イボンヌ母さんが言ってました……」

「何だ? 何て言ってたんだ?」

「‥‥‥もし一人でいるときにさらわれたら、必ず、すぐに自分で死ぬから、だから、絶対に追ってくるなと、ホランドの思惑にはまるなと‥‥‥」

「な! そ、そんなことさせるか! 急げ!」


 残り2㎞以上ある道のりを10分で駆け付け、家に着いてドアに手をかけるが、内側から鍵がかかっている。あ、いや、それは当然だが、中に誰かいる気配がする。

 すぐに僕が鍵を開け、壁に父さんが背中をつけて剣を構え、お姉ちゃんはドア正面に薙刀を持って待機した。

 僕が、「いくぞ」と声をかけ、「バッ!」っとドアを開けるが、中からの反応は全くない。


 ダダっと、三人で家に踏み入ったところで、あ! 2、3人の男が、台所の勝手口から逃げ出すの見え、僕は「シャ!」って、エタンのサファイアを投げたが、「ダンッ!」っと、閉じられたドアに突き立った。

 いや、それより母さんが先だ。どこに? いた! 台所の床だ! だが、


 ……左胸に包丁を突き立てて倒れている……。


 ******


 駆け付けたその時、まだイボンヌ母さんには息があった。

 急いで近づいて包丁を抜いたら、勢いよく血が噴き出した。急所を貫いているんだ。


「イボンヌ! しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」 父さんが叫んで抱きかかえる。


 そこで母さんは三人に気づき、

「あ、あ……。よかった……、最後にみんなに会えてよかった……」 そう言って、苦し気に、喉からヒュルヒュルと細い息を漏らす。……ああ、これは、悲しいけれど、もうすぐだ……。


 母さんは、「これ。私が自分でやったの。さらわれる前に死のうと思って。いつか、こんなことあるんじゃないかって、思ってたの」とかすれた声で言って、「ゴホッ!」と咳き込んで、少し口から血を吐いた。刃が肺に届いてるんだ。


「イ、イボンヌ。あ、ああ……」 父さんも母さんの最後を悟って、もう声も出せない。


 母さんは、父さんを見て、眼を細めて穏やかに微笑み、そっと頬に手を伸ばし、

「マチアス。そんな顔しないで。悲しまないでよ。‥‥‥私、今まで、あなたと一緒に過ごせて、とっても幸せだったわよ。私、10歳で孤児みなしごになったけど、メラニー様に拾って貰って、そのあともいろいろあったけど、こうして愛する人に巡り合えて、こんな優しい家族に囲まれて、本当に夢みたいな人生だったんだから。すごく満足してるんだから。だから、そんな悲しい顔しないで」と、小さい声でささやいたあと、手を握る僕とお姉ちゃんに眼を向けて、


「セシル、アロイス。私、父さんとの子供はできなかったけど、こんな素直で可愛い子供たちに囲まれて幸せだったわ。二人が小さい頃から、私のこの手で、こんな立派になるまで育てられてよかった。すごく嬉しい……」と、そう言った後、

「だけどね、私から最後にお願いがあるの。よく聞いてね。……私がこんなになったからって、エリトニーに帰ってホランドと戦わなくてもいいんだからね。二人の人生なんだから、思うように生きて、幸せになってね。それが私の最後のお願い……」  と、僕たちに語り掛け、細い涙を流しながら三人を眺め渡して、

「もう、ほらー。最後なんだから、泣いてないで、笑顔を見せて」と話しかけ、僕らが必死に泣き笑いの顔を作ると、

「ああ、ふふ、いい笑顔ね。私の命は今日で終わりになるけど、みんなのことはずっと空から見てるからね。私、みんなを守っているからね。みんな頑張って生きるのよ」って笑顔をみせてくれたけれど、

「……ああ、もうだめみたい、景色が白くなってきた……」 母さんはそう言って、浅く何度か息を吸って、だけど必死に眼を見開いて、


「‥‥‥さよなら。マチアス、セシル、アロイス。 ほんとに今までありがとうね。私、みんなを、愛してるから……愛してる……愛し……」 そこまで言って、最後に「クッ」と身体を反らせ、そして、母さんは、そっと、眼を閉じた……。


******


「あーーーーっ! あーーーーーーー―――――――――っ!」 父さんが悲鳴のような鳴き声をあげて、母さんの亡骸を抱きしめる。僕もお姉ちゃんも頭を垂れて涙を流すばかりだ。

 こんな悲しいことが突然襲ってくるなんて、まだ頭がよく理解できていない。受け入れてくれない。どうか夢であって欲しい。


 と、そこに、買い物から帰ってきたステラが、野菜の袋を床に落としたのが見えた。両手を顔に当てて、泣きながら茫然と立っている。


 父さんは、「あ、ああ……イ、イボンヌ……くくっ」と嗚咽の声を漏らしながら、静かに母さんを床に横たえ、涙と鼻でぐしゃぐしゃになった顔で僕を見上げ、

「ア、アロイス!」と叫びながら僕にすがり付き、

「あ、いや、ア、アロイス様! わ、私と共に、ホランドと戦って下さい! 私のこの身体と命、全部アロイス様に差し上げますから! 私と共に戦ってください!」

「‥‥‥」

「お願いします! アロイス様の、そのお力をお貸し下さい! 私と、エリトニーの民を、どうかその力でお導き下さい! お願いします‥‥‥どうか……お願いします‥‥‥く、くうーっ!」 そう、泣きながら、すがるような顔で掻き付いてきた。


 僕は、そっと父さんを抱きしめたあと、スーっと一つ息を吸い、

「顔を上げてくれ、マチアス」と声を掛けて、マチアスと視線を合わせ、

「今、心を決めたよ。是非そうしよう。僕も、母親を二人殺され、おばあちゃんもトマおじさんも奪われては、もうホランドを許してはおけないよ。僕も、もとより非才ではあるけれど、この命と持てる力を、お前と、そしてエリトニーの民に捧げよう。だから、マチアス、お前も僕に力を貸してくれ。一緒に、全力で戦ってくれ」と、決意を伝えた。


 マチアスは、再び、大粒の涙をこぼし、

「あ、ああ……ありがとうございます! アロイス様、ありがとうございます! この私を、どうぞご存分にお使い下さい!」と大声で叫び、僕の胸で泣き続けた。


 僕が、マチアスの大きな背中を撫でながら、横たわっているイボンヌ母さんの顔をみたら、母さんは、優しく穏やかな微笑みを浮かべ、静かに眠っているかのように見えた。


 そうか、この決断は大丈夫なんだな。母さんも応援してくれているんだな。


 気付かなかった。知らぬ間に、セシルが僕に、ステラがマチアスの肩に、手を置いていた。心が一つに合わさっていた。


 この固い結束があれば大丈夫だ。


 みんなありがとう。僕は、やるよ。


******


 ゲルマーに移住して14年目の秋、イボンヌがホランドの刺客により世を去った。享年34歳。


 戦争で父を失い、次いで母も病没し10歳で孤児になったが、その優しさと賢さでメラニーに見いだされ、双子を幼少時から育てあげた。


 様々な運命に弄ばれた人生であったが、その中でも自分を強く律し、他者に愛を注ぎ続けた人生でもあった。



 あの優しかったイボンヌ母さんが、ホランドの刺客のために命を落としてしまいました。。

 読者様にも辛い展開ですみません。。

 しかし、これでアロイスの心は決まりました。次のオマケ編を挟んで、第2部の「メラニーの最後&ゲルマー編」は完結し、第3部の「新生エリトニー編」へと進むことになります。

 第3部は10話ほど書いてありますが、大体一週間に一話くらいのペースで書いておりますので、完結まではまだまだ時間がかかると思います。なので、第2部で本作は一旦完結にさせて頂きます。そして、第3部を全部書き上げてから、連載を再開して毎日アップしたいと思っています。

 何か月か間が空くと思いますので、すみません、とても少ない熱心な読者の皆さん、紛れないように、ブクマを、ブクマをお願い致します! いや、熱心な読者様が全員ブクマつけて5つなのかも知れないが。。









 


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