第8章 第3話 ホランドからの刺客
(アロイスの視点です)
クレマンさんがエリトニーに帰ってから2週間がたった、晩秋のある日。
僕とお姉ちゃんが、夕方4時にランドルフ私塾を出て、マチアス父さんと一緒に薄暗い森の中を通って家に帰る途中、そいつらが現れた。
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「! 父さん! 囲まれた!」 気配を感じ取った僕が、周りを見ずに声をかけると、
「ついに来たな。7人いる」 と、父さんも振り返らずに答えた。
すぐに、道の両脇から剣を持った男たちが現れて、僕たちを取り囲んだ。
お姉ちゃんに3人、父さんにも3人がつき、僕にはリーダー格らしい鎖帷子の男が一人で近づいてきた。僕がチビだから、(一人で十分)と思われてるんだな。
僕が訝し気に眼を細め、
「ホランドの刺客か?」と尋ねたが、男はそれには答えず、
「アロイス王子……。長くかかりましたが、ようやく見つけましたよ。我々と一緒に来て下さい。抵抗しなければ手荒な真似はしません。命も保証します」と、あまり感情の籠っていない、無機質で平板な口調で語りかけてきた。
周りをチラとみると、お姉ちゃんは例によって、おびえ切った表情で体を震わせ、杖を握りしめ、そこに3人の男たちがじりじりと間合いを詰めている。お姉ちゃんを生け捕りにする気なんだな。
父さんを囲んだ3人は、(こ、これは強い!)というのがひと目で分かったのだろう、間合いを離して動きを牽制するだけだ。だけど、父さんも、僕とお姉ちゃんに刺客が付いているから、迂闊に動けない。散開した7人を一度に相手にはできない。
僕は、正面のリーダーに向き直る。両手で構えた剣が、僕の喉元に向けられている。
どうする? もうポケットから目つぶしの砂を出す余裕はない。
鎖帷子は切れないから、狙うなら首か。殺したくはないけれど、仕方ない。悪く思うなよ。
僕は、リーダーの眼をじっと見つめ返して、少し首をひねって眉根を寄せ、(どうしようかな)と逡巡した表情を見せたあと、何の前触れもなく、スッと両手で刀身を掴んだ。
「!? 刃を掴んだ?」 リーダーの眼に動揺が走る。僕はダガーしか持っていないから、剣の相手は分が悪い。だからコイルを仕込んだ防刃手袋をしてるんだ。ああ、これは毎日の練習通りの展開だ。
イワン兄ちゃんと一緒に鍛え上げた僕の握力は80㎏。到底抜けるものではない。僕がそのまま剣を左下に引っ張ると、離せばいいのに剣に固執した男はその怪力にバランスを崩した。僕は引くと同時に左腰から順手で抜いたエタンを、「シャッ!」と左から右に薙いだ。何百回も繰り返した一連の動き。身体が勝手に反応した。
スっとエタンの刃が男の首を薄く撫でたその一秒後、切断された頸動脈から「ブワーっ!」と、鮮血の霧が扇形になって宙を舞った。急な出来事に、男は「‥‥‥」と声も立てられず、眼が生気を失い、両ひざをついて倒れ込んだ。
よし、リーダーを仕留めた。僕がすぐにお姉ちゃんを見ると、三人の男があまりの展開の速さに「!」となり、注意が逸れたところで、演技を解いたお姉ちゃんが鋭い眼光を放ち、薙刀を下段に構えて横一文字に「シャッ!」と一回転した。もう見えない位の速さだった。
一瞬で白い刃が光の輪を作り、男たちは全員両腿をパックリと割られ、「ギエーっ!」という断末魔の叫びとともに、足から朱色の血を迸らせ、両ひざをついたあと、しかし支えきれずに地面に倒れ伏す。
だけど、お姉ちゃんは、初めての実戦で衝撃を受けたのか、血の海に茫然と立ちすくんだまま動けないので、僕は、うつ伏せに倒れてうめき声をあげる3人の心臓をエタンで突いて回る。とどめを刺さないと危ないし、足からの失血死ではかえって長く苦しいだろう。
これでお姉ちゃんは安全だ。あれ、そういえば父さんは? と思って眼をやると、既に3人の刺客は、袈裟懸けに切られた者、胴体を両断されたもの、首をはねられた者、三者三様で地面に転がっていた。さすがエリトニー史上最強兵士。プロの刺客をまるで問題にしなかった。
父さんが「大丈夫だったか?」と声を掛けつつ、僕とお姉ちゃんに近づいてくる。
お姉ちゃんはまだ人を斬ったショックで、細い息を吐いてあえいでいる。
が、「! お姉ちゃん、後ろ!」 しまった、暗くて分からなかった。森の中から、ボウガンを構えた男がボーっと立っているお姉ちゃんを狙っている! もう狙いをつけて、引き金に指を乗せている!
僕が、バッとお姉ちゃんに飛びついて倒そうとしたその時、「ガシュ!」と発射音が響いた。間に合わなかったか! 頼む、急所は外れてくれ!
……と、そう思ったとき、静かにその男が前のめりに倒れたのが見えた。背中に矢が2本突き立っている。
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「カンネイか? ありがとう。助かったよ」 僕が薄暗い森の中に声を掛けると、
「‥‥‥全く、油断するなよな。危なかったぜ」って笑いながら、ボウガンを持ったカンネイと、いつもの緑のセパレートを着たベラが姿を現した。夜だと全然目立たないんだな。気付かなかったよ。
カンネイは、女の子座りして青くなっているお姉ちゃんに近づいて、
「セシルは殺しは初めてか。それじゃこうなるのも仕方ないな。だけど、やらなきゃこっちが死んでたんだから、恨みっこなしだぜ。これからもこういう機会はいくらもあるんだから、気にしてたらキリがないぞ」と声をかけ、ベラがしゃがみこんで頭を優しく撫でてあげると、お姉ちゃんは「う、うう……」って呻きながら、ベラの胸に顔を埋め、「わーん! ひ、人を殺しちゃったー。わーーーーーん!」って大声で泣き出しちゃった。
ベラは穏やかに微笑んで、背中に手を回し、そっと抱きしめて落ち着かせている。
カンネイは、「なんか、『怪しい連中が森をうろついてる』って、手下が言ってきたからさ、悪い予感がして駆け付けたんだ。間にあってよかったぜ。……ああ、そっちが親父のマチアスか。さすが見事な手並みだったな。俺はカンネイって言うんだ。山賊兼情報屋だ。これからも宜しくな」と、父さんに声をかけて右手を伸ばし、父さんもカンネイが誰だか分からず戸惑いつつも、「あ、ああ。どうもありがとうな……」とお礼を言って、手を握り返していた。
「しかし……」と、カンネイは僕に向き直り、「アロイス。いよいよホランドにバレちまったぜ。今日はなんとかなったが、このまんま済むとは思えないな。隠れ家なら俺が用意してやるから、今の家は引き払った方がいいぞ」と言ってきた。
「ああ、そうみたいだな。その時は宜しくお願いするよ。あと、僕らはあんまり外を出歩けないから、あちこちに情報を伝達して貰うのも頼みたい」
「ああ、任せとけ。だけど、のんびりしてられないぞ。早く家に戻れ。ここは俺たちが片付けておくから」と、そう言いながら、倒れた8人の刺客を眺め、「ああ、いい剣だ。こいつらの金と装備は全部頂くぜ。今日の駄賃だ」と言って、ニヤリとしてきた。
僕は、「ああ、もちろんだ。そうしてくれ」と言った後、父さんとお姉ちゃんに、「一刻も早く家に戻ろう。イボンヌ母さんが危ない!」と言うと、父さんがハッとして、「そうだ! 家にも刺客が行ってるはずだ! 急げ!」と叫んで、お姉ちゃんを助け起こした。
お姉ちゃんも、へたりこんでる場合じゃないので、すぐ起き上がって、3人で家に向かって走った。
イボンヌ母さん。どうぞご無事で! 神様、どうか、頼みます!




