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第8章 第2話 機は熟した

(アロイスの視点です)


 僕は、この4月からランドルフ私塾の副校長に就任した。

 それまで副校長だったクラウス先生が、ゲルマーの防衛副大臣に昇進したのに伴い、公務に専念できるようにとの配慮で、ランドルフ先生から僕に打診があったんだ。

 僕はまだ18歳だし、そんな大役が務まるか悩んだけれど、「大丈夫、生徒も教授陣も誰も疑問なんてない。『なるべき人がその地位に就いた』って思うさ」と言って貰い、謹んで就任要請を受けることにした。

 今では、14歳から20歳の、4クラスの政治・経済と軍事の授業を担当している。

 お給料もマチアス父さんと同じ位貰えるので、我が家の生活水準は劇的に向上した(笑)。


******


 秋口になり、僕とお姉ちゃんが19歳になったある日、大統領府の応接室を借りてクレマンさんと面会した。今年もゲルマーに表敬訪問に来たからだけど、僕の家まで来ると、誰かに見られて足が付くかも知れないからね。もちろん、お姉ちゃんとマチアス父さんも同席している。

 

 クレマンさんは、

「アロイス様。機は熟してきました。エリトニーはホランドの搾取で極度に困窮しており、人口も減少傾向で、ダミアン総督に対する不満や怨嗟が高まっています。ホランド本国も経済が低迷しており、エリトニーまで手を回す余裕がありません」と、率直に切り出した。

 僕が、「エリトニーは経済規模が小さいですから、鉄鋼と海運である程度回ると思うのですが、どうしてそうなるのでしょうか」と尋ねると、

「利益が一旦すべてホランドに吸い上げられることもあるのですが、結局のところ、産業と経済を育てる能力と意欲のある人材がホランドにいないのです。行政の上層部は世襲の貴族ばっかりで実務能力がありませんから。鉄に関しては一次産品の鉄鉱石を輸出するだけですし、3つの良港も船舶の係留料が他国の倍もするので滞在費がかさみ、しかも関税も倍なので、物を運んできてもあまり売れないんです。だから外国船舶は空船で来て、鉄鉱石だけ積んですぐ帰ってしまうんです」と、憮然とした表情で返してきた。


「ああ、それはやり方が逆ですね。目先の小銭に心を奪われて、商売の基本『損して得取れ』をすっかり忘れてる。船舶が寄り付けば街も潤うのに、勿体ないですね……」

「そうです。まあ、私も、人民の怨嗟が募るのは好都合なので、献策しないんですけどね。おかげで、政庁内では、『ダミアンの腰ぎんちゃく』みたいに陰口言われてますよ(笑)」

 そこで、クレマンさんは、僕に身を乗り出して、

「アロイス様。もう、ホランドは倒れかけた巨象です。図体が大きすぎて、全体に栄養が回っていません。エリトニー内では、ダミアン排斥の機運が盛り上がっていて、私が連絡を取り合っている民間の右派運動家も、逆の左翼系の共和主義者も、政治思想はさて措いて、ダミアンに代わる指導者の登場を待ち望んでいます」と、熱っぽく訴えてきた。


「ですが、まだまだ単独でホランド相手に独立戦争を遂行する実力はないですよね。隣国スロベニーの動向はどうですか?」

「もちろん、そこに抜かりはありません。この何年か私が交渉を重ねてきましたし、先日もゲルマーに来る前に訪問してきました。……スロベニーは、エリトニーが独立するならば力を貸してくれるそうです。ホランドへの国内の通過だけでなく、1万人程度であれば援軍も出してくれるとの内諾を得ています」

「おお、いいですね! それは心強いお話ですね」

「ウォレム様の時も助けてくれましたからね。それに、スロベニーは、現在、ホランドを通じて鉄鉱石を買っているのですが、以前の3倍もの高値にされ、麦などの穀物も相場の倍もふっかけられているんだそうです。足元を見られているんです。そのため、国内ではインフレが深刻化していて、ホランドには悪感情しかないそうです」

「そんなことになっていたのですか‥‥‥」

「ええ、だから、スロベニー国王からは『独立後も末永く友好を保ちたい』とおっしゃって頂けました。ただ、援軍は膨大な費用がかかりますから、国民の理解を得るためにも、出動費用として1000億ゴールド、そして援軍を前線には送らず後詰に起用すること、また滞在中の宿泊と食料の費用は全て出して欲しいそうです」

「そのくらいは仕方ないですね。スロベニーの援軍は首都エリトニーの守りについてもらうことにしましょう」


******


 そしたら、クレマンさんが、

「それでは、アロイス様が帰国されたタイミングで、私がクーデターを起こして政庁を掌握しますから、すぐにアロイス様を王にして、独立宣言を出しましょう」と、性急に言ってくるので、僕が、

「それだとすぐホランドから軍が差し向けられそうですが……」と返すと、

「大丈夫だと思います。まずダミアンは人質のために生かしておきましょう。なんと言ってもホランド王の義兄ですから。合わせて、ホランドには『悪政の限りを尽くしたダミアンはやむを得ず排除したが、今後の両国にとって利益になるように、友好的に話し合いたい』とでも言っておけばいいんですよ。あっちにはろくな人材がいませんから、議論が芬々《ふんぷん》となって、半年や一年は時間が稼げると思います。その間に兵を鍛え上げて、迎撃の準備を整えましょう」とのことだった。


「なるほど。思った以上に、ホランドは人材が枯渇しているのですね。すると、軍も弱体化しているのですか」

「はい、エリトニーの5万を含めて20万人も兵がいますから、その維持だけでも大変で、訓練は週3回、しかも半日だけ。満足な給料も払えないので、副業に就くことも推奨しています。だから練度も士気も低いんです。但し……」

「但し?」

「一人だけ、『これは』という人物がいます。まだ若い30くらいの軍事顧問の見習いですが」

「ほう、なんという人でしょう?」

「リクソンと言います。どうも東洋の血が混じっている印象ですね。一度、エリトニーの軍の視察に来たのですが、指導方法、戦術眼、統率力、いずれも申し分なく備えていました。彼は切れますよ。要注意です。ただ、平民の出身で、ホランドでは出世が絶望的ですから、せいぜい顧問どまりでしょう。正直、彼には軍を率いて欲しくないですね」


 そしたら、いままで黙って聞いていたお姉ちゃんが、俄然興味が湧いたのか、

「へー、そんなすごい人なんだ。クレマンさん、アロイスとリクソンを比べたらどうですか?」って聞いたところ、クレマンさんはニヤっとして、

「いや、そんな、さすがにアロイス様と比べたら可哀そうですよ(笑)。そうですね……リクソンがホランドの明るい一等星シリウスだとすると、アロイス様は夜空に輝く満月スーパームーンのようなものでしょうか。が、それでも一等星には違いない。私の見たところ、クラウスさんくらいの力は秘めているように思えます。何度も戦ったら、一度くらいは手ひどい目にあいそうな、そんな気がします」とのことだった。


「そうですか。分かりました。リクソンのことは、よく覚えておきます」 そうか、ホランドにも人はいるんだな。リクソン。彼が不遇なのは幸いだが、油断しないでおこう。


******


 すると、クレマンさんが、

「なので、アロイス様、もういつ帰国されても大丈夫ですよ。帰国の日時については、今、ここで決めて頂く必要はありませんが、ある程度確度を持ったご返事を頂けますでしょうか」と、言質を取ろうとするので、僕も、

「クレマンさん。僕もそれについては悩んでいるのです。この4月から副校長に就任したばかりですし、担当している生徒も沢山いますから、さすがに年度末の3月終わりまでは放り出すわけにはいかないと思います。私も、ゲルマーには長く滞在して、ここまで育てて頂いた恩もありますし、そうそう無碍にはできません。場合によっては、クレマンさんがエリトニーの王になり、僕はゲルマーの助力を得て側方支援したり、年に何か月かエリトニーに滞在したり、そういう方法も考えられると思います」と、苦しい心中を吐露した。


「もちろん、最終的にはアロイス様のご意思を尊重しますが、私はアロイス様とセシル様を主君として仰ぎたいのです。そのためにもう15年近く圧政に耐えて準備してきたのですから。私にもやってやれないことはないと思いますが、やはりアロイス様が次の『英雄王』たるに相応しい器だと確信しています。私が備えているのはそれを支える『王佐の才』だけなんです。それに国民も、ウォレム様とメラニー様の時代を懐かしんでいますから、お二人が帰還されれば、大喜びで歓迎すると思いますよ」

「‥‥‥なるほど。お話は分かりました。僕も真剣に考えますから、少し時間を下さい。お姉ちゃんや両親とも話し合いたいですし」


******


 打合せが終わり、クレマンさんは、

「それではアロイス様、セシル様。私はこれで。春までによいお答えを期待していますよ」と言いながら退席しつつ、

「ああ、そうそう。言い忘れました。皆さん、身辺には十分にお気を付けください。ホランドがいよいよ危機感をもって、成人したお二人を探し回っています。これまでは、エリトニー国内と、友好国のスロベニーを捜索していたのですが、全く手がかりが見つからないので、最近ではゲルマーで諜報部隊が活動しているようです。万一のことがあってはいけませんから、外出時には必ずマチアスが付き添った方がいいでしょう。頼んだぞ、マチアス」と、一言注意を添えてきた。

 マチアス父さんが、「はい、必ずお二人をお守りします! そのための私ですから」と力強く返事をしていた。


 なるほど、そうか。そんなことになっていたのか。平和なゲルマーで長く暮らしていたので、少し危機感が麻痺していたかな。


 ただ、そうなると、いずれにしても、そう長い間、ここに留まることも難しいのかも知れない。


 僕は、自分の持つ宿命のようなものを、少し恨めしく思い、唇を噛んだ。

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