第7章 アロイス 天才故の葛藤 第1話 後継者
(セシルの視点です)
気持ち良く晴れた秋の日。ゲルマー共和国軍の弓術演習場。
私は片目をつぶり、ボウガンの照準を70m先にある人型の的に合わせた。
幅1.5mの最大クラスのボウガンは、有効射程が100mほどだが、重力や風の影響もあるので、狙って当たるのは70mが限界だ。
後ろに立つアロイスが、「心臓」と声を掛け、私は、2秒以内に狙いをつけ「ガシュ!」っと発射する。矢は、ほんの少し上方に向けて飛び出し、殆ど地面と平行に這うように飛び、糸を引いて的に吸い込まれ、左胸に「タンっ!」と突き立った。
私は、ボウガンに付属されている巻き上げのハンドルを回し、弦を引っ張ってトリガーに固定し、次の矢をセットする。合計20秒。次の射撃に備えて息を整える。
アロイスが、「左肩」と指定し、また2秒で狙って発射すると、さも当然のように的の左肩に「トンッ!」って矢が突き立った。
その瞬間、周りで見学していた弓隊の兵士たちから、「うおー、セシル、すごい!」「この距離でよくピンポイントで狙えるなー!」「こ、これ才能か……」という感嘆の声とともに、パチパチと拍手が湧く。
私は、「エヘヘ」って気持ちよくなって、笑顔でみんなに手を振って応える。
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今日は良く晴れているので、ボウガンからマスケット銃(マッチロック式。いわゆる火縄銃)に持ち替え、同じ的を狙う。雨が降っていると発火率が極端に下がるから使えないんだ。女の私には銃は重いので、銃身を台に乗せて、照準を合わせる。
引き金を引くと、火縄が火薬を入れた穴に落ちて「シューっ!」と発火し、1秒後に、「パンっ!」と炸裂音がして、鉛の丸い弾丸が発射される。
……が、的に当たった気配はない。
次の弾は当たったが、3発目、4発目は外れ、最後の5発目は当たった。
「うーん。お姉ちゃんでも、4割なのか。しかも、部位を全然狙えないな」 後ろからアロイスの声が聞こえる。
「そうね。50mまでなら半分は当たるけど、そこを超えると、極端に命中率が落ちるわね。勝手に弾が曲がるから、ちょっとどこに飛ぶか分からないな」 私はがっかりして、小さくため息をつく。
だけど、銃の教官は、「いや、2つ当たるだけでもすごいぞ。普通の兵士なら、まず当たらないからな。やっぱりセシルは狙撃手の素質があるよ」って、慰め込みで、褒めてくれる。
アロイスは、手を頬にあて、「うーん、お姉ちゃんを敵前70mに配置するわけにもいかないし、銃はまだまだ狙撃用には使えないな。弾丸も製品誤差が激しいし、あと銃身ももっと長い方がいい」って言った後、ちょっと考え込み、「でも、究極レベルで鉄製品の精度を出せる職人がいれば、もっと詰められると思う。エリトニーに帰ったらいい鍛冶職人を探そう。僕がお姉ちゃん用のスペシャルを作ってあげるよ」とも言っていた。
……と、そこに、「いよう! セシル、アロイス! 精が出るな!」って言いながら、ものすごいマッチョマンが声を掛けてきた。イワン兄ちゃん(ゲルマー最強の歩兵。マチアスの舎弟)だ。
「あれ? イワン兄ちゃん、なんで弓隊にいるの?」って私が聞いたら、「ああ、俺、筋トレしてるからすごい力持ちだろ? だからロングボウの練習にも来てるんだよ。ほかの射手より50mは飛ぶぜ」と言って、ぶっとい腕をムキってやった。うわ、すごい。気持ちわる(笑)。
アロイスが、「イワン兄ちゃん。ロングボウやるなら、右も左も打てるようにした方がいいよ。片方だと、筋力と体形がいびつになって、ロングボウ以外できなくなるからね」と釘を差したら、イワン兄ちゃんも、「ああ、お前の言う通りそうしてるよ。実際、俺くらいパワーがあると、左右どちらも遜色なく撃てるな。右が疲れたら左に持ち替えればいいわけで、連射可能だし。まあ、その分練習が二倍必要ではあるけどな」って笑って答えてた。
そしたら、アロイスが、頬っぺたに手をあてて、「ロングボウと歩兵の二刀流は面白いな……。みんな身体大きいし……」って言って、黙り込んでしまった。きっと、また、悪魔みたいな脳みそで、何か戦術を考えているんだな(笑)。
イワン兄ちゃんが「そういえば、今日、マチアス兄貴とステラは?」って、聞いてくるので、
「重装騎兵の訓練に行ってるわよ。ステラ、身体が大きくて、力もあるんだけど、馬への当たりがすごく柔らかいんだって。父さんも『姿勢が安定して馬上で槍を使えるから十分戦力になるだろう』って言ってた」って返すと、「へー、そりゃすごい。さすが、エリトニーの騎兵隊長の娘だ」と、しきりに感心していた。
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ゲルマーに来てから12年がたち、私とアロイスは17歳になった。
私はだいぶ背が伸びて175㎝になったけど、アロイスはあんまり伸びなくて158㎝で止まっちゃった。ほんとに「小悪魔」だ(笑)。ステラが今195㎝で、「まだちょっと伸びているの。恥ずかしいから2mはホントに勘弁してほしい……」って言ってるから、すんごい身長差カップルね。まあ、本人たち、あんまりっていうか、まるで気にしてないし、お似合いじゃないの。
私たちは、学校には週4日通い、週2日は、今日みたいにゲルマー共和国軍の訓練に混ぜて貰っている。マチアス父さんが教官なのと、クラウス先生が軍事顧問なので、みんなが可愛がってくれる。
私は、ボウガンとマスケット銃を中心に、ステラは騎兵の訓練を中心にやっている。アロイスは、あまり訓練には参加しないで、クラウス先生と一緒に軍全体を回って、戦術や作戦の勉強をしている。まあアロイスは先頭に立って戦うこともないだろうし、それがいいわよね。
アロイスは、学校では一番上の20歳クラスに在籍しているんだけど、もう勉強を教わるということはなくて、一部屋貰って研究にいそしんでいる。軍の顧問が忙しくなったクラウス先生に代わって、6歳~16歳クラスの軍事と政治も教えていて、お給料も頂いている。まだ17歳なのに、生徒からも教授からも、なんら疑問を差し挟まれることはない。「ランドルフ私塾に『小悪魔アロイス』あり」といった感じね。
……だけど、私、近頃、アロイスが、部屋で黙って物思いに耽っているのを感じてもいる。軍の訓練も、学校での研究も、ちょっと迷いがあって、身が入っていないように見える。
でも、私、その気持ちが良く分かるんだ。私もそうだもの。
毎日が、こんなに楽しくて、充実していて、幸せに溢れていて、どうしてエリトニーに帰って、命を懸けてまで戦わなければならないのか。このままゲルマーで研究して、軍事や政治の中枢で活躍する未来はないのか。いくら、エリトニーに生まれ、人民に待望されているからと言って、なぜ自分が一国の復興と未来を背負い込まなければならないのか。
それって、当然の疑問よね。もうゲルマーに来てからの方がずっと長いし、友達も、お世話になった人も沢山いるんだもの。それに、アロイスだって私だって、エリトニーに帰って戦うのは、やっぱり怖いもの。できれば避けて通りたい気持ちだって、どこかに湧いてくるのが、人情というものよね。
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(クラウスの視点です)
「お呼びでしょうか」 僕がランドルフ先生の校長室に入ると、
「ああ、クラウス。そこにかけてくれ」と、大きなデスクに座った先生が立ち上がり、来客用のソファに腰かけるように、促してきた。
ランドルフ先生は、ローテーブルを挟んだ向かいのソファに座り、僕に、
「アロイスのことなんだがな、彼はいつエリトニーに帰るつもりなのかな」って聞いてきた。
「それは、ちょっと分かりません。本人に明確に聞いたこともありませんので」
「そうか。‥‥‥彼は、このままゲルマーに留まってはくれはしないだろうか」
「うーん、どうでしょう? もちろん、こうしてゲルマーに亡命して、先生を含めて多くの人に支えて貰っているわけですから、恩義は感じているでしょうが……。彼は使命感が厚い人物でもありますし、正直、あまり期待できないのではないでしょうか?」
すると、ランドルフ先生は、
「クラウス。私も、もう67歳になったんだよ。このところ、頭の回りや記憶力もだいぶ落ちてきたし、疲れやすくもなった……」と、少し寂し気に呟き、皺だらけになった指を組み、視線を少し落として考え込んだ後、顔をあげ、
「お前も今は本塾の副校長をして貰っているけれど、近い内に防衛副大臣になるだろうし、公務が忙しくなるだろう? だから、お前に替わってアロイスを副校長に据えたいと思っているんだ。そして、何年かしたら、私は名誉会長職に退いて、アロイスにこの塾を任せたいと考えている」と、驚くような話を切り出した。
「え? 副校長って、まだ17歳ですよ?」
「年齢は関係ない。お前も分かっているだろうが、アロイスは間違いなく我が塾始まって以来の英傑だ。人品は素晴らしいし、人心掌握力、統率力、そして経営力もそなえている。生徒も教授も誰も反対したりしないよ。アロイスは、この塾を率いるに相応しい人物だ」
「‥‥‥確かに、自分が17歳だった時のことを考えても、到底アロイスには及びませんね。今の私でも、既に追い抜かれているかも知れません」
「そうだろう? クラウス、あれほどの天才が目の前にいたら、引き留めなければ嘘だ。アロイスはあまりに惜しい。このランドルフ私塾にとってだけでなく、このゲルマーの政治と軍事の発展に必ず貢献してくれるはずだ。みすみすエリトニーに帰して、死んでしまうようなことになれば、我が国にとっても大きな損失なんだ」
「‥‥‥」
「だから、難しいかもしれないが、ちょっとアロイスに話をしてみてくれないか。脈がありそうなら、私も膝を詰めて説得するから」
ランドルフ先生は、そう言って、僕の眼を真っすぐ見つめ、真剣に訴えかけてきた。
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僕は、このランドルフ先生の意向をうけ、後日、アロイスに話をしてみた。
てっきり、アロイスは即座に断ってくると思っていたら、彼は「うーん」と、頬に手をあてて考え込んだ後、「お話は理解しました。‥‥‥僕には、これまでエリトニーで僕に力を貸してくれ、そして犠牲になってくれた人たちがいますから、帰国してホランドと戦うのが使命であると思って日々過ごしてきました」と言った後、顔をあげて、
「ですが、このゲルマーで助けてくれた人たちもまた沢山います。その御恩もありますし、勉強や研究は楽しくて充実していますから、ランドルフ先生のお話はとても魅力的に聞こえます。だから少し考えさせて下さい。例えば、帰国の時期をずらしたり、あるいはゲルマーに滞在しながらエリトニーの指揮を取れないかなど、いろいろ方策もあるんじゃないかと思います。僕の一存だけではなく、両親やクレマンさんとも相談してみたいと思います」と、揺れる胸の内を吐露してきた。
そうか、考えてくれるのか。
僕も、アロイスが引き受けてくれれば、国政の方に専念できるし、ありがたいことではある。しかしそれはすなわち、定まった彼の人生の方向を大きく曲げてしまうことを意味する。
だが、彼の人生なのだから、彼の選択を尊重しよう。
僕は、精悍ながらも、まだあどけなさの残る、彼の端正な横顔を見つめながら、そう思った。




