第6章 第3話 凄腕スパイ要員。快男児カンネイ登場! (挿絵あり)
~ このエピソードの登場人物 ~
・カンネイ
元ゲルマーの海賊団の幹部、今はゲルマー首都で山賊や強盗、そして情報屋として働いている。しかし殺しは嫌いで、根っからの悪人ではない。身のこなしが速いうえ、頭も回り、情報収集能力に長ける。後の独立戦争時には、エリトニー軍の諜報部隊長兼ゲリラ部隊長として活躍。プロローグではホランドの兵糧船を焼いた。30歳。173㎝。
・ベラ
カンネイの情婦。カンネイに心底惚れ抜いており、独立戦争時にも行動を共にする。切れ長の眼をした鋭い顔つきながら情に厚く、スタイル抜群のグラマー美女。いつも露出度の高いセパレートのコスチュームを着ている。23歳。170㎝。
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(アロイス視点です)
少しずつ冷え込みが厳しくなってきた晩秋の夕暮れ時、僕とお姉ちゃんは、ランドルフ私塾を退出して、南の森の中を通り、家路を急いでいた。
この辺りは、深く薄暗い道が30分も続くので、特に治安が悪い。実際に、時折強盗や人さらいが出るため、これまでずっとマチアス父さんが付き添ってくれていた。
だけど、父さんもお城での軍事指導が忙しくなってきて、午後2時間も勤務を外れるのが難しくなったのと、僕たちきょうだいもだいぶ大きくなってきたことから、近頃では二人だけで帰ることも多くなってきた。
護身のために、お姉ちゃんは、背の高さと同じ位の杖を持っている。学校に刃物を持っていくのはご法度だからね。
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今日は、二人で国際政治の研究課題の資料を集めていたので、出るのが少し遅くなって、今は17時。森の中は、もう殆ど真っ暗と言っていいくらいだ。そしたら……
「!」 僕は、周りに不穏な人の気配を感じ取り、
「お姉ちゃん……」と左右を見ずに囁いた。
「……そうね。囲まれたわ」
「3人か。なんとかなるかな」
「うん、きっとね。大丈夫よ」 お姉ちゃんが僕を横目で見て、ニコっと笑った。
すると、すぐに、「坊ちゃん、嬢ちゃん、待ちな!」ってイカニモな声を発し、小ぶりなナイフを構えた男が三人飛び出してきて、行く手を塞ぎ、すぐにお姉ちゃんを取り囲んだ。
そして、不覚にも気付かなかったが、大柄な女が、「おっと、坊ちゃんもだよ。大丈夫、大人しくしてたら、命までは取らないからね」って言いながら、僕を後ろから羽交い絞めにしてきた。気配を完全に消して、これは手練れだな。
仕方ない、とりあえずは様子見だ。だけど、刃物を突き付けてくる気配はないな。素手なんだ。……はは、チビだからか。なんだか舐められたものだな。
三人の男は、お姉ちゃんにジリジリ近づき、お姉ちゃんは怯えた目を男たちに向け、震えながら弱弱しく棒を構えた。いいぞ、そうだ。間合いまでもう少し。あと30㎝。
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と、その時、「お前らやめろ」という制止の声が、ブナの大木から響いた。
落ち着いた、よく通る、耳に心地よい声だった。
仲間の一人なのか、僕を押さえた女が、「カンネイ、どうしてだい?」と聞き返すが、カンネイはそれに答えず、「だから、お前ら動くな! 頼む、お嬢ちゃんやめてくれ! そいつらも、大事な俺の手下なんだ」と、逆に仲間を庇うような声を掛けてきた。
女が、「なにワケの分からないこと言ってるんだい。こんな上玉、ほかにいないよ。勿体ないだろ!」と声を上げると、「お前らがそう言うから、駆け付けてみたらこれかよ。いいからやめとけ、お前らがどうにかできる相手じゃない」と、手下を窘めてきた。
女はなおも、「こんなガキ共が? あんた一体どうしちゃったんだい?」と食い下がるが、カンネイは、「まったく、分かんないのか? ……その嬢ちゃんの杖には隠し刃が入っている。あと一歩で、お前ら全員脚が真っ二つにされてたぞ」と呆れたように声を発した。
皆が「ハッ!」として杖に目をやると、露出した薙刀の刃がギラリと鈍い光を放ち、演技を止めたお姉ちゃんが、中段の構えで正面の男の喉を狙っていた。
その「スッ」と細めた鋭い眼光と、全身から迸しる闘気に、三人の男が一斉に怯み、その場から動けなくなった。
「で、でも、あたしがこの子を押さえてるから、人質取ってるから……」と女がまだ諦めずに言うが、男は、「あーもう、ベラ。お前も1mmも動くな! 坊ちゃん、悪かった。勘弁してやってくれ」と声をかけた。
それを聞いた女が「?」と目を凝らすと、正面で見えなかったのだろう、右目のほんの数ミリ先に、紙のように薄い、ダガーの刃が突きつけられていた。僕が常に腰に差している、エタン(伝説的刀匠)のサファイヤだ。
ようやく事態を飲み込んだ女の全身から力が抜け、「わ、分かったよ。ごめん、やめて。なにもしないから……」と怯えながら、両手を挙げて、ヨタヨタと後ずさった。
そこに樹上から男が、「トン」と身軽に飛び降りてきた。
黒い髪に切れ長の眼を持つ、東洋の血が混じった顔つきだった。
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「坊ちゃん、嬢ちゃん、悪かったな。勘弁してくれ。まさかお前たちだとは思っていなかった」 カンネイという男が、穏やかに声を掛けてきた。危害を加えるつもりはなさそうだ。
「? お前たち?」と僕が反応すると、
「ああ、セシルとアロイスだろ。すぐに分かったぜ」ってニヤっとしながら言ってきた。
「どうして僕たちのこと知ってるんだ?」と、僕が訝しんで問い質すと、
「ははは、そんな顔するなよ。俺は、山賊や強盗もやるけど、本業は情報屋なんだ。偉い奴に頼まれて、いろんな奴の情報、例えば汚職とか弱みとか、そういうのを集めてる」って、笑顔で返して、続けて、
「とにかくいろんな情報を手当たり次第に集めるのが大事だから、『ランドルフの二天才』のことも前から知ってたぜ。有名だからな。確か親父はゲルマーの武術教官だったよな」と、こともなげに言い当てた。
「うわあ、ずいぶんよく知ってるわねー」ってお姉ちゃんが感心して言うと、
「だから本業はそっちなんだって(笑)。こうやって金持ち狙って人さらいもやるけど、こっちはオマケだ。いつも身代金だけ貰って解放してるんだぜ。今日は手下どもが、『上物のガキが通ってる』って言うから駆け付けたら、とんでもない、大物過ぎて手が出なかったな。あはは」って言い、そこでハッとして、
「‥‥‥って、お、そうだ、名乗り遅れた、ごめんな。俺は『カンネイ』って言うんだ。若いときは海賊やってたんだけど、人殺しが嫌になって、陸に上がって来たんだ。先祖は中国で代々海賊やってたらしいけど、もう俺の代でお終いだな」とのことだった。
そして、隣に立つ女を顎で指して、
「そんで、こっちは『ベラ』。ちょっときつく見えるけど、悪い女じゃないんだぜ。こう見えてすごく優しいし、頭もいいし、それに美人だしな」ってニヤッとすると、ベラは、「ちょ、あんた、こんなとこで、もう、やめておくれよ……」って、顔を赤らめ、カンネイの肩をペチって叩いて、両手を頬に当てて向こう向いちゃった。
何、一体、この二人の関係、なんなんだ?
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「でも、セシルとアロイスが、ゲルマーに来ているのは訳ありなんだろ?」
「? どういうこと?」
「……確か、8年前にエリトニーがぶっ潰れた時に逃がされた王家の双子が、未だに行方不明なんだってなあ。そんで、エリトニーの人民が、その帰還を待ち焦がれてるんだってなあ」
「……一体、誰のことだろう。知らないな」 僕は、とぼけた顔をしてごまかす。
すると、カンネイは、
「はは、まあいいさ。俺は口を割らないから安心しな。だけどな、いつかその時が来たら、俺にも声かけてくれよ。きっと役に立つぜ。俺は、そういうヒリヒリしたのが大好きなんだ」って、鼻に小じわ寄せてニヤってして、
「まあ、今日のところは、ご挨拶程度にしとこうか。俺たちは、このブナの大木を西に曲がって5分歩いたところにある洞穴がアジトなんだ。入口は分からないようにしてあるけど、その前の大きな洞のある木が目印だ。もちろん住んでるとこは別だけどな。まあ、そのうち遊びに来てくれよな」 カンネイはそう言って右手を差し出してきた。
僕は、どうしようか、何か罠でもあるのか、と、一瞬迷ったけれど、(アジトまで教えて、それはないだろう)と判断して、右手を出して握手を交わした。カンネイの手は、割合小さくて、しっとりした、信頼できそうな手に思えた。
カンネイ。海賊あがりの山賊兼情報屋だけど、 「清濁併せ呑む」みたいに、こういう人たちとも関係を持っておくことは、後々役に立つかも知れないな。
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この日以後、僕とお姉ちゃんは、時々カンネイのアジトを訪ね、中にいたときには、情報交換をしたり、武術を教えてあげたりした。カンネイは、ゲルマーだけではなく、エリトニーやホランドの事情にも明るく、各国の現状を知るうえで貴重な存在になった。
カンネイによれば、「ホランドは、長く続く王族と貴族の世襲で、浪費が激しいうえに人材が枯渇している。経済もだいぶ傾いてきていて、その不足をエリトニーからの搾取で補っている。エリトニーの人民も政庁内もホランドに反感を持つものが多くなり、総督のダミアンから心が完全に離れている。今のエリトニーは、大臣のクレマンでもっているようなもんだ。彼が本気になればクーデターを起こせると思うが、今のところその気配はないな」とのことで、現状を実に正確に把握していた。
不思議に思って、「それ、一体、どうやって情報を仕入れているの?」って聞いてみても、ニヤニヤしながら、「さあな」って教えてくれなかったけど(笑)。
ちなみに、ベラは、いつも、深緑でセパレートの露出度の高いコスチュームを着ているので(腰に短刀差してる)、「それ、かえって危なくない? あと目のやり場に困るんだけど……」って聞いてみたら、「これが山賊の女っぽくて好みだって、カンネイが言うの……」って言って、また両手を頬に当てて、乙女みたいに恥じらっていた。
そうなんだ。カンネイ、コスプレ好きだったんだ……。
いやはや、ごちそうさま(笑)。




