第4章 第3話 仮初めから真の家族へ
(本話はイボンヌの視点です)
私はイボンヌ。
今は亡きメラニー様に頼まれ、マチアスさんと一緒にゲルマーに亡命して、セシルとアロイスの母親役を務めている。
私もマチアスさんも、父を戦争で亡くし、母親が女手一つで育ててくれたんだけど、もうその母もいない。二人とも、天涯孤独だったから、メラニー様も声を掛けやすかったのね。
私は10歳の時に性病で母親が死に、だけど幸いお城の女中見習いになることができて、当時女中頭だったメラニー様に鍛えられて(最初は鬼みたいに見えたw)、お城のいろんなところでメイドを務めたあと、15歳のときにメラニー様のお付きになった。
あの頃は若かったし、毎日生きるのに必死だったから、将来のことなんか全然考えてなかった。だけど、なんとなく、お城の中の若い有望な男性と一緒になれたら、お互い仕事のことを良く分かってるし、理想的じゃないかなあ、子育てなんかも手伝ってくれる優しい人がいいなあ、とは思っていた。
それが、全く想像もしてなかったんだけど、今はこうしてゲルマーの地で、優しい夫と、可愛い子供たちに囲まれて、楽しい毎日を過ごしている。ていうか、私がずっと欲しくても手にできなかった、絵に描いたような幸せな家庭を、突然手にすることができた。ご近所さんからも、「マチアスさんのお家は幸せそうでいいわね」って思われていることだろう。
最近、マチアスさんの弟分になったイワンも、しょっちゅう家にやってきてご飯を食べていくけれど、私のことを「おかみさん」って呼んでる。
イワンはすっごく沢山食べるから、「もうー、ご飯食べる日は、朝、お城に行く前に家に寄って、『今夜来ます』って言いなさいよ。そうじゃないと翌朝、うちで食べるものがなくなっちゃうのよ。それと、うちのお父さん、まだ安月給なんだから、食費は一人分出してよね」って言ってる。いや、これはもう、確かに「おかみさん」ね(笑)。
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だけど、実は、私たちは仮初めの家族。私は、マチアスさんと結婚しているわけでもなければ、セシルとアロイスも実の子供ではない。双子が大人になるまで、しっかり守って育てる、という共通の目的ために一緒にいるにすぎない。
もちろん、子供たちは素直で可愛いし、私も家事が好きだし得意だから、十分幸せなんだけれど、どこか空疎な気持ちが心から離れない。
なにより、マチアスさんが、私に全く手を付けようとしない。寝室のベッドも二つあって、別々に寝ている。
じゃあ、私はマチアスさんをどう思っているのか。ふと顧みて考えてみると、そうね、うん、「好き」と言っても差し支えないくらいの気持ちかしら?
だって、マチアスさんは、まずまずハンサムだし、すごく強くて、頼りがいがあって、穏やかで優しくて、子煩悩で、背が高くて、あとあの引き締まった素晴らしい肉体は眩しいくらいだ。いつも夕食後に、二人で洗い物をして、そのあと紅茶を飲みながら延々とおしゃべりするのも、私の楽しみの一つだ。
……って、あれ? 何よ私、マチアスさんのこと、好きなんじゃないの? あれ、そうなのか。うん、そうね。今気づいたわ。私、マチアスさんのことが大好きなんだわ。
そうよ。考えてみれば、メラニー様だって、全然当てずっぽうに二人を選ぶわけないし、私たちの生い立ちとか、相性とか、この先一緒になること考えて声かけてくれたに決まってるわよね。
だけど、私、ずっとお城の中でメラニー様の世話をしてきたから、男の人とお付き合いしたことなんてないし、こんな宙ぶらりんの状態でも、どうしていいかなんて良く分からない。愛し方とか、気持ちの伝え方とか、そんなこと習ってこなかったもの。
かといって、いまさらこのゲルマーで別の男の人見つけるなんてできないわよね。当たり前よね。だって、今、現に、夫も子供もいるんだから(笑)。
だから、もうマチアスさんと一緒になるほかないのよね。こんなの私から聞くのもなんか変だと思うけれど、大事なことだからちゃんと聞かないといけないわ。
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私は、夕食後、マチアスさんと一緒に洗い物したあと、テーブルに紅茶とクッキーを出して、向いに座るマチアスさんに切り出した。
「ねえマチアスさん」
「ん、何?」
「私たち、ずっとこのままでいいのかな?」
「ぶっ(紅茶を吹く)……? 何かあったの?」
「別に何もないわよ。毎日が楽しいわよ。だけどね……」
「だ、だけど……」
「マチアスさん、私のこと、どう考えてるの?」
「‥‥‥ど、どうって、すごい器量よしで、優しくて、芯が強くて、家事は完璧で、すごい女の人だなあって思ってるけど……」
ああ、もうこの人、身体は大きいのに、シャイではにかみ屋だから、はっきり聞かないとダメなのね。
「それじゃ、私と結婚するつもりはあるの?」
「け、結婚? それはそうなったら嬉しいけど、イボンヌはメラニー様に言われて着いて来てくれてるわけで、イボンヌの気持ちは分からないし、イボンヌにはイボンヌの人生と幸せがあるわけだし……」
「そんなね、今更、こっちでいい人探して一緒になるなんておかしいでしょう? 仮初めとはいえ、夫と家族がいるわけでしょう? 無責任に放り出していくはずないでしょう? それに……」
「それに?」
ああ、もう、こんなことまで言わせないでよ!
「わ、私、マチアスさんのことが、大好きなのよ! すっと寄り添って、支えていきたいの! だ、だから、早く私をしっかり捕まえてよ!」って、思わず大きな声で言っちゃった。
そしたら、マチアスさんは、眼を大きく見開いたと思ったら、すぐにパっと満面の笑顔になって、あれれ、立ち上がってこっちに回ってきて、「さあ」って私を立たせて、あれ、ちょ、ギュって強く抱きしめてきた。なになに?
「ああ、イボンヌ。ほんとごめんな。もっと早く、先に俺から言うべきだった。‥‥‥俺は、メラニー様にイボンヌのこと紹介されたその時から、ずっとずっと好きだった。でも、自分に自信がなかったらさ」
「え? こんないい男なのに?」
「いや、はは。ずっと軍人だったから、女の人のこと良く分かってなくてな」 そういって、ちょっと屈んで、私と目線を合わせ、
「ありがとう。イボンヌ。前からずっと思ってた。‥‥‥俺と結婚してくれ。本当の夫婦になってくれ。俺には誰よりイボンヌが必要なんだ。異国の地で家族一丸で頑張っていこう。だからお願いします!」って、ああ、やっと言ってくれた……。
私、目じりから涙を零しながら、「うん! こちらこそ! これからもお願いします! 嬉しい!」って言いながらギュって抱き着いちゃった。
そしたら、マチアスさんが、ちょっと迷いつつ、おずおずと顔を近づけてきたので、私も、それに合わせて、微笑んで、上を向いて、そっと睫毛を伏せた。
こんなのも初めてなのよ。私。
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その夜は、ちょっと恥ずかしかったんだけど、一緒にお風呂に入って、お互いを綺麗にしてあげて、そして一緒のベッドにもぐった。
私、マチアスさんの胸に顔を埋めて、彼のすべてを受け入れた。
そうして、私は女になり、私たちは真実の夫婦になった。
この日から、マチアスさんは、「マチアス」か「あなた」もしくは「お父さん」になった。
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翌朝、朝食の席で、お父さんが、子供たちに切り出した。
「あのさ、セシル、アロイス」
「なんでしょう。お父さん」
「俺と母さんは、本当に結婚することにしたよ」
「「おおっ、そ、それはおめでとうございます!!」」
「いやあ、傍目から見ると、どうみても夫婦なんで、今更ちょっと恥ずかしいんだけどなあ。でも分かってくれてどうもありがとう」
「いやいや、ようやく本当の夫婦になるんですから、大賛成です!」
「それで相談なんだけどな」
「なんでしょう。なんでも言ってください!」
「うん。メラニー様から頂いた金貨を10枚使って、結婚指輪を作ってもいいかな? 父さんの給料じゃ全然足りないんだよ……」
「もちろんです! 10枚と言わず、存分に使ってください! 日々の生活費に使うんじゃなくて、そういう記念のぜいたく品に使うの、すごくいいと思います!」
「おお、そうか! どうもありがとうな。じゃ、遠慮なく使わせて貰おう。俺もお城で頑張って稼ぐからさ」
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指輪が出来上がった週末、私とマチアスは、町の小さな教会で結婚式を挙げた。ウェディングドレスを借りてきて着てみたら、マチアスと子供たちが「あんまり綺麗で眼がつぶれそうだ(笑)」って褒めてくれた。
今更、結婚式というのも不自然なので、ご近所さんやお客様は呼ばず、4人だけでひっそりと式を挙げた。指輪を交換して、口づけして、そして最後にブーケを投げたら、セシルが「ボトッ」って落としちゃったので、「もうー、何やってるの(笑)」って、もう一遍やったらうまく行った。ふふ、セシルも幸せになるのよ。
ああ、よかった。嬉しい。
私は、今日、小さな頃からずっと欲しかった、理想的な家族をいっぺんに手に入れることができた。
小さい頃から、ずいぶんいろいろあって、とても遠いところに辿り着いてしまったけれど、私、これまで生きてきた20年間で、今日が一番幸せ。
この家族は、どんな宝石よりも大事な宝物ね。
いつか、夫と子供たちは、エリトニー再興のために、死地に赴くのかもしれないけど、私はそれまで、この心身を捧げて、全力で支えて行こう。
私は、本当に、心から、そう思った。




