第3章 オマケ 小悪魔アロイス見参!
~ このエピソードの登場人物 ~
・ ランドルフ
ゲルマー共和国の軍事・政治学の第一人者。私塾を構え、多くの門下生を世に送り出している。日本で言えば吉田松陰の松下村塾。ゲルマー滞在中のセシルとアロイスに、政治、経済、軍事など、あらゆる社会科学を教え込んだ恩師。厳しいが温厚な人格者。55歳。
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(ランドルフの視点です)
目の前に、ものすごい大男、その隣に超美人、その横に利発そうな男女の双子、最後にクラウスが並んで座っている。
クラウスが、「ランドルフ先生。こちらのお子さんが、去年お伺いしたメラニー女王様の双子、姉のセシル、弟のアロイスです。そちらの男性がマチアスさん、二人の父親役として同行されています。エリトニー史上最強の重装騎兵で、ゲルマーのお城で武術師範をすることになっています。
その横がイボンヌさん。メラニー女王のお付きだったのですが、女王様に頼まれて、母親役として同行しました」と紹介してくれた。
そう言われてみれば、子供たちはメラニー女王にそっくりな美形だ。頭も良さそうで、性格も素直そう。両親役の二人もしっかりしている。入校になんの支障もなさそうだ。
私は、マチアスを見て、
「メラニー女王様から、じきじきに入校のご要望を頂いております。お子さん方もとてもよい子のようで、全く問題ないと思います。住居が落ち着いたら、毎日通っていらっしゃい」と声を掛けたら、マチアスとイボンヌが、「本当ですか? ありがとうございます。まだ5歳なので、学齢に達していないかと心配していました」と、ほっと安堵の息を漏らした。
「はい、一番下のクラスは、6歳からなのですが、もう読み書きはしっかり出来るようですし、一緒に学んでも大丈夫でしょう」 そう私が答えると、すぐにクラウスが、
「ランドルフ先生。入るクラスのことなんですが、私が、エリトニーからゲルマーに向かう船の中で、いろいろ話をしたり、国際情勢を教えたりしたところ、二人とも相当程度、学習が進んでいるようで、政治や経済、軍事のことについても、基礎的なところは身に着けていました。能力的には、もう一つ上の8歳以上のクラスで大丈夫だと思いますよ」と言ってきた。
(ふーん、それはどうかな?) 私はそう思って、双子に向き直り、
「二人とも、もう勉強を始めていたんだね。それじゃアロイス君、君はおそらくエリトニーの復興を期待されてここに来ているのだと思うけれど、君が将来エリトニーを担うとしたら、どうする? まずは軍事と政治は?」と、聞いてみた。
アロイスは、ちょっと驚いた顔で私を見つめてきたので、(そりゃ5歳の子供にいきなりそんなこと聞いても分かんないよな)と思って、
「いいんだよ。思うように答えたらいいんだ。今は分からなくても、ここでみんなと勉強して、どんどん知識を蓄えていけばいいんだよ」と、フォローを入れたら、
「はい、ランドルフ先生。僕も、本当に基礎的なことしか習っていませんし、それに何年も先の話になりますから、その時、各国の力関係がどうなっているか分からないので、確定的なことまでは言えないのですが」と前置きして、
「まず、軍事に関しては、ホランドに比べて、圧倒的に兵力が足りません。ホランドは15万、エリトニーは5万人しかいませんから。なので、兵士を増やすのはもちろんですが、個々の兵士を徹底的に鍛え上げて、また戦術理解も極限まで高める必要があります。それが大前提になります。それでも、単独では全く敵いませんので、隣国、すなわち、左隣の中立国、スロベニーの助力は絶対に必要になります。スロベニーの援軍もそうですし、スロベニー経由ならば、容易にホランドに侵入することができます。右隣りのマケドニーは、ほとんどホランドの属国ですので、協力をあおぐのは難しいかも知れませんが、なるべくなら味方に引き入れたいところです」と述べてきた。
私は感心して、
「なるほど。君のお父様、英雄王ウォレムが取った方法だね。それでも勝ち切るところまで行けるかな? あのウォレム王も3年もかかってようやく講和したんだよ」と指摘すると、アロイスは、ちょっと微笑みを浮かべ、
「もちろん、ホランドに勝ち切るなんてことは考えていません。国力も国土も全然規模が違いますから。だから、序盤で圧勝を重ねて、ホランド国民に厭戦ムードが漂ったタイミングで、周辺諸国も巻き込んで、講和に持ち込むほかないと思います。その時、ある程度はホランドに花を持たせて、権益を残す方向で考える必要もあると思います」と述べ、その後、頬に手を当て、ちょっと考えたと思ったら、
「ですが、一点、父様のときと全然違うところがあります。それは、僕が、今、ゲルマーにいて、ゲルマーで大人になることです。ゲルマーは、ホランドよりも大きな大国ですから、仮に援軍までは頼めないにしても、講和の際の後ろ盾になってくれれば、これほど心強いことはありません。だから、僕とお姉ちゃんは、クラウスさんに頼んで、なるべくゲルマーの中で協力を仰げそうな人たちと積極的に交流していきたいと思っています」と、真っすぐこちらの眼を見据えて答えてきた。
こりゃすごい。5歳でこれか? 私は、俄然興味が湧いて来て、続けて、
「それでは、経済はどう立て直す? エリトニーは人口も少ないし、経済規模も小さかったよね」と聞いてみると、
「そうです。僕がやるとしても、鉄鉱石と港湾の権益が二本柱になるでしょう。ですが、エリトニー産の鉄鉱石は良質ではあるものの、鉄鉱石のままで輸出するようなことは、全く生産的ではありません。いつか資源は枯れてしまうんですから。だから、例えば、大規模な工場を建てて、精製から丁寧にやり込んで高級品の鉄鋼素材にして輸出したり、また優秀な鍛冶職人も多いですから、刀剣に『エリトニー製』の銘を入れて、付加価値をつけて売り出したいと思っています」という答えが帰ってきた。
なるほど、一次産品と加工品の価値の違いをよく心得ている。
そう思って、「うん、いいね。だけど、多分、鉄鋼製品の輸出だけじゃ足りないよね。お金はどうやって回していく? お金がなければ、兵士だって、国民だって、ついてこないよね。どうする?」と、ちょっと意地悪く聞いてみると、
「鉄鋼で足りない分は港湾貿易から稼ぎ出すほかありません。幸い、エリトニーには、地中海の真ん中に突き出た半島の突端にエリトニー港があり、海運の要衝になっていますから、ここを経済の集積地にしたいと思っています。僕が不思議なのは、ナーロッパから来た船が、エリトニーで荷を下ろし、エリトニーの鉄鉱石を積んで帰ってしまうことなんです。どうして、荷を下ろしたあと、鉄鉱石を積んで、中東に行かないのかと。そうすれば、例えばペルシャ絨毯みたいな高額品を積んで帰ってきて、エリトニーで売りさばけるのに。一度の航海で二度美味しいのに。その商流が出来れば、中東製品のナーロッパ向けの市場も作れますし、中東に向かう船舶に購入資金の貸し付けなどを行えば、お金はどんどん増えていくのではないかと思います。お金がお金を増やしていくという循環が大事だと思っています」と言った後、また一呼吸置き、
「でも、それは、今までやったことのない試みなので、うまく行くか分かりませんし、初期投資がすごく必要になるんです。だから、僕は、ゲルマーの有力な商会と繋がっておきたいと思っています。例えば、商会に何年か港湾の管理を任す代わりに、売り上げの何割かを収めてもらうとか、そういうことです」 と、アロイスは、自信まではないようだが、私の眼を真っすぐに見て、訴えかけてきた。
いや、こりゃすごい。彼は本物だ。
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「クラウス」
「なんでしょう?」
「やっぱり8歳クラスはダメだな」
「え? 何でです? 十分に足りてると、先生だってお思いじゃないんですか?」
「いや、だから……」
「‥‥‥?」
「その二つ上、12歳クラスに入れよう。それでも窮屈かもな。こんな逸材がやってくるとは夢にも思ってなかった。これは本当に当塾の宝だ。‥‥‥クラウス、一緒に、大事に育てような」
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それが、後に、「小悪魔アロイス」と呼ばれることになる、ゲルマー始まって以来の大天才の初日だった。
セシルとアロイスは、あっと言う間に、ランドルフ私塾の若手ホープとなり、私塾を先導し始めることになった。




