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第3章 第2話 手の中の珠(たま)

(イボンヌの視点です)


 二人が最後の咆哮をあげ、包丁を手に歩兵隊に突っ込んでいくのが見える。


「あーっ! おばあちゃーん! トマおじさーん! いやーっ! だめーっ!」 セシルとアロイスが叫ぶ。

 これは、とても見せられない。私は、咄嗟に「見ちゃだめ」と二人を胸に抱き寄せる。


 クリステル様とトマさんは、待ち構えた射手から何本も矢を射ち込まれ、しかしそれでも倒れずに歩兵隊に突っ込み、滅茶苦茶に暴れている。何人もの歩兵が転び、二人を制圧するのに手間取っている。


 だけど、二人とも老人だから、やがて倒されてしまい、それを乗り越えた兵が防波堤の突端まで走って到達した。三人の射手がこちらに向かってボウガンを構えている。有効射程は70m。ギリギリだ。


「狙ってる! もっと、もっと早く漕いで!」と私が叫び、マチアスさんとクラウスさんが必死の形相でオールを動かす。


 と、そこで、「タンっ!」と乾いた木の音が響いて、ボートのフロアに矢が突き立った。いけない、まだ届くんだ! 防波堤の上で、射手が次の矢をセットしているのが見える。

 マチアスさんが、双子に覆いかぶさってかばおうとするので、私は、

「何やってるの! あなたは漕いで! 私がやる!」と大声で制して、双子を抱き寄せて背中で隠した。当たるなら私に、どうか私に!


 じきに 「ヒュンッ!」って矢が風を裂く音がして、「当たるな!」と思わず身体を固くすると、「パシャ!」という水音がして、ボートの後ろの水面に落ちた音がした。続けて2回、同じ水音が聞こえてきた。


 ……ああ、今、射程から逃れたんだ。助かった……。


 全員で深く息を吐き、しかし手は休めずに漕ぎ続ける。念のため、私もまだ二人にかぶさって守る。


 しばらくして、マチアスさんが、「もう大丈夫だよ。イボンヌ」と声をかけてきて、ようやく私は「怖かったね。でも、もう安心していいのよ」と言いながら、体を起こして子供たちを離した。

 ギリギリだったけど、なんとか手の中のたまを守り切った。無事でよかった。


******


 と、上を向いて放心していたら、そこに、パタパタと羽音がして、さっきの亜麻色の小鳥が飛んできた。


 船べりにとまって、ククっと首を振って挨拶をしたと思ったら、チョンとアロイスの肩にのり、頭を首に擦りつけ、そのあとセシルの肩にも飛び乗って、同じように頭を擦りつけた。

 そして、キョロキョロと皆を眺め渡した後、コクっと頷き、心を決めたかのように、パっと飛び立って、そのまま港の出口の海中に没していった。

 

 それを見て、「イボンヌ母さん。母様がここに眠っているのですね」と、アロイスが尋ねてくる。

 私は、マチアスさんを見て、眼で合図して、そこに同意のサインを読み取ってから、

「‥‥‥そうよ。5日前、エリトニーの国民みんなに見送られて、ここに埋葬されたの。とても誇り高い最期だったわ。これからは、ずっと、港の出口でこの国を守って下さるのよ」と、正直に話して聞かせた。


「わーーーーーん! 父様も母様も死んじゃったーっ! おばあちゃんも、トマおじさんも、みんなみんな死んじゃったーっ! こんなの嫌ーーーっ! わーーーーーん!」 セシルが顔に手をあてて大声で泣き出す。アロイスは、じっとこらえて、静かに涙を流すだけだ。


 私も涙を流しながら、二人を抱き寄せ、

「そうよね、悲しいわよね。私も悲しい。うんと泣くといいわ。だけど、二人には、父さんと母さんがついてるからね。大丈夫よ」と言って、頭を撫でて、続けて「でもね、二人は沢山の人に生かして貰ったんだから、命を大切にして、頑張って生きていこうね」と声をかけると、二人ともグスグス言いながら、胸に埋めた顔をコクコクとしていた。


 クラウスさんは、メラニー様が亡くなったことを知り、なぜか顔面が蒼白になり、沈痛な面持ちで、水面をじっと見つめ、両手を合わせていた。


******


 それから、30分ばかり、外洋に向かってボートを漕ぎ続けた。

 この数日間、いろんなことが、ひどいことが多すぎて、もう誰も言葉を発しようとしない。


 そのうち、「さあ、見えてきました」とクラウスさんが言い、皆で沖に眼を凝らすと、遠くに巨大な帆を持つ軍船らしき船影が見え、デッキからチカチカと合図が送られてきた。


 クラウスさんも「おーいっ!」と叫びながら、カンテラで合図を送り返した。


 地上でなにがあろうとも、世界は変わることなく、空には、満天の星が綺麗に瞬いていた。

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